受け止めるべき事
「骨抜き! 骨抜き! 骨抜き!」
調理魔法の「骨抜き」を使う度、土砂から倒木が引っこ抜かれ、邪魔にならない場所へと転がる。
木が引っこ抜かれた場所は念のため少し様子を見て、崩れそうになければ作業が再開され、土砂が除去されていく。
これをずっと繰り返しているけど、まだ向こう側には到達しない。
「若! またありました!」
「こっちもです!」
「ある程度は掘り起こしてくれ、でないと上手く掴めない」
「おっしゃっ、任せろ」
汗を拭う人達によって倒木が掘り出されたら、新たに発見された二本を「骨抜き」で引っこ抜く。
しかしこれで何本目だ?
もう結構引っこ抜いたのに、まだあるのか?
「大丈夫ですかシオン様、だいぶ汗が流れてますが」
「大丈夫、暑いだけだ」
昨日の大雨が嘘だったかのような快晴。
照りつける太陽の暑さを考慮すれば、汗だくになって当然だ。
「ならいいのですが、決して無理はなさらないでくださいね」
「分かってる。それよりワイズマンは、引き続き指揮を頼む」
「承知しました」
さて、強がったはいいものの、実際はだいぶ消耗している。
豊富な魔力があるとはいえ、水を吸って重くなった土砂から木を丸々一本引っこ抜くとなると、相当な量の魔力を消費する。
ここまで抜いたのが……大小合わせて十六本か。
一見すると力尽くで思いっきり抜けばいいようだけど、実際はその場から新たな崩落が起きないよう、だいぶ繊細な魔力制御の下で作業をしている。
それでいて土砂の重みに負けない力強さも必要だから、一回における魔力の消耗が結構大きい。
おまけに枝が土砂の中で引っかかるから、余計に消耗させられる。
「注水」
暑さと疲労からくる喉の渇きに、「注水」で空の革袋へ水を注ぎ入れる。
それを飲み、頭にも被ると少しスッキリした。
「シオン様、これをお願いします!」
「分かった!」
革袋を腰へ括りつけ、また新たに掘り起こされた倒木を引っこ抜く。
だいぶ下の方にあったからか、土砂の重みによる負荷が大きくて魔力を多く使ってしまった。
魔力はとっくに半分を切っているとはいえ、いつまで続くか分からないから先が見えない。
「父上! 領主様より救援物資と、魔族と獣人族の救援隊が到着しました!」
集落の指揮を任されていたワイズマンさんの息子が、救援隊だという魔族と獣人族達を連れてやって来た。
ざっと見、三十人ぐらいか。
「おおっ、それは良かった。皆さんもありがとうございます」
「良いってことよ、困った時はお互い様だ。いくぜ、テメェら!」
『おうっ!』
魔族の男が威勢の良いことを言うと、仲間達が声を上げて作業に取り掛かる。
褐色肌に赤い瞳と羊のような角が特徴の魔族は、瞬間的な力は竜人族やドワーフや一部の獣人族に劣るものの、持久力に秀でている。
長時間活動可能な彼らが、作業が長引きそうなこの現場に加わってくれたのは嬉しい。
「俺達も負けてられねぇぞ、いくぜ!」
『おうよっ!』
さらに体格の良い獣人族の男達も作業に加わる。
パッと見ただけでも牛や熊や虎といった、力自慢っぽいのが勢揃いだ。
「シオン様、集落へ戻らせた息子によると鬼族とドワーフ、それと蜥蜴人族による救援隊が、反対側から土砂の除去作業に当たることになっているそうです」
それは助かる。
一方から進めるより、両方から進めた方が作業が捗るからな。
「それと魔族と獣人族の救援部隊はここに来ている方々だけでなく、集落の方にもいるそうです。向こうの片づけや届いた食料で炊き出しをしていると」
「だったら集落は彼らに任せて、俺達は一刻も早い交通の復旧に当たろう」
「ですな。とはいえこの規模ですから、今日中には無理でしょうな」
予想は的中してこの日の作業は、日没により途中で終了。
鳥系の獣人の力を借りて向こう側とも連絡を取り、続きは翌朝からということになった。
疲れた体でエルフの集落へ戻ると、救援隊によって炊き出しが行われており、汗を拭いながらそれを貰った。
「美味いな」
炊き出しをしているのは俺と同じ調理魔法の使い手のようで、彼ら彼女らは足りない調理道具を調理魔法で補っていた。
そんな彼らの作った、肉と野菜入りのスープが体に染みる。
肉体労働した人用に塩気が強くなっているらしいから、余計に染みる気がする。
「シオン様、よろしいでしょうか?」
食事中に声を掛けて来たのは、同じスープを手にしているバハードだ。
「ああ、どうした?」
「領主様からの伝言です。交通の復旧作業が終了するまでは、この地に残って作業を続けよ。それと被害に遭った方々の様子をしっかり目に焼き付け、声に耳を傾けるようにと」
「……分かった」
滞在については出発前に言われていたから、覚悟はできている。
だけど現地の人と向き合う覚悟は、正直まだ出来ていない。
だから土砂の撤去作業に割り振られた時は、時間的猶予が出来て少し安堵した。
でもいつまでも逃げてはいられない。
残ったスープをかっこみ、器と匙を返却したら頬を叩いて気合いを入れ、腹を括る。
「行こう」
手拭いで顔の汚れと汗を拭い取り、避難所へ向かう。
土砂崩れに巻き込まれないよう、山から十分な距離を取って建てられていたそこには、被災者達が身を寄せ合っていた。
家を失ったのか着の身着のままという感じの人もいれば、疲れ切った表情で座り込み壁にもたれかかっている人、寝ている子供に膝枕をして背中を軽く叩いてやっている人もいる。
この人達を前に、俺は何もできない。
拳を握りしめるほど湧き上がるこの悔しさは、義母上の言っていた絶望や無力感といったものによるものなのか、この悔しさすらまだ生ぬるいのか。
それすら分からないくらい、こうした現場を知らな過ぎた。
だけどこの人達の様子をしっかり目に焼き付けて、話を聞かなくちゃ。
改めて腹を括り、彼らに話しかける。
「大丈夫か?」
声を掛けたのは俯いていた褐色肌が特徴のエルフ、ダークエルフの男。
「ええ、なんとか。家族も無事でした」
顔を上げた彼は疲れ気味の声で返事をした。
その様子から、なんと言えばいいのか分からなくなった。
下手な励ましをして、彼らを傷つけないだろうか。
いや違う、俺がすべきなのは下手な励ましじゃなくて、話を聞くことだ。
だから言うべきは……。
「俺は領主である義母上、リーチェ・バーナードの命を受けて来た、シオン・バーナードだ」
「……っ! あなたが、シオン様!?」
周囲の視線が集まってくる。
だけどもう引けない、このままいけ!
「今の君達の話を聞きたい。要望でも恨み言でもなんでも聞くし、義母上に伝えてほしい事があれば必ず伝える。だから話を聞かせてくれ」
俺がすべきは話を聞くこと。だから彼らの声は全て聞く。
「でしたら領主様へお伝えください。どうか一日も早い、集落の復興を支援してほしいと」
「一時的に他の集落か村へ、避難できないのですか?」
「親類がいる村へ一旦身を寄せたいんですが、できますか?」
「命以外は全部壊れた家の下敷きになっちまったんだ、早く掘り起こしてくれよ!」
「何も悪い事してないのに、どうして家が押し潰されなくちゃならないのよ!」
聞こえる声を全て耳に入れ、一つとして聞き逃さないようにする。
義母上へ伝えるべき話はしっかり伝えると返し、恨み言や理不尽な言い分には言い返さず黙って聞く。
これが災害に遭った人達からの、直の声なんだ。決して聞き逃すものか。
長いような短いような彼らとの話が終わると、外へ出て息を一つ吐く。
色々とぶつけられて複雑な気持ちを整理していると、誰かが歩み寄ってきた。
「お疲れ様です」
誰かと思ったらワイズマンさんか。
「ワイズマンほどじゃないさ。陣頭指揮を執るのは大変だろ」
「責任ある立場にいるのですから、仕方ありませんよ。シオン様もそうでしょう? 集落の者達の声を聞いていたのは、将来領主様の後を継ぐためにやっていたのでは?」
さすがは年の功、気づいていたか。
「まあな」
「中には心無い言葉もあったようで、申し訳ありません」
「ワイズマンが謝る必要は無いさ。誰だって突然、理不尽に家や生活を失えば気持ちが荒れても仕方ないって。それも含めて被災者の声だって、言われていて気づいたよ」
聞いている側として辛かったけど、被害者の彼らはもっとずっと辛いはず。
今回は死者が出なかったから、まだマシなのかもしれない。
もしも死者が出ていたら、さっき以上のことを言われていただろう。
「その気持ちはお忘れなきように」
「勿論だ」
忘れられるか、忘れられるはずがない。
これこそが、次期領主として最も学ぶべきことなのかもしれないんだから。
いや、そうでなかったとしても忘れるものか。
「ワイズマン、紙と筆はあるか? あの人達の話で伝えるべきことを義母上に伝えたい」
「すぐに用意しましょう。ですがもう暗いので、送るのは明朝にした方がよろしいかと」
「ん、そうしよう」
提案に頷き、用意してくれた紙と筆であの人達の声を書き記す。
それを済ませたら、救援に来た人が休むために用意された天幕へ入り、敷物一枚の上に寝転がって、他の人達と一緒に雑魚寝する。
出来るのであれば今すぐセリカに癒されたい。
あの肉感的な体に抱かれ、ポヨンポヨンな胸に顔を埋めて頭を撫でられて癒されたい。
そんなありえないことを思いつつ、意識は眠りに落ちた。
****
翌日も土砂の除去作業が続く。
昨夜に書いた義母上への報告書は、既に鳥系の獣人に頼んで送ってもらった。
今日は集落の土砂崩れ現場にて、家を押し潰して全壊させた土砂から、倒木を「骨抜き」で引っこ抜いている。
道の方は力自慢の人達で、なんとかするとのことだ。
「骨抜き!」
倒木を引っこ抜くと、少しだけ土砂が崩れる。
それが収まるのを確認したら、こっちの作業に割り当てられた人達が土砂を除去していく。
俺もスコップを手にそれに加わり、少しずつ見つかる家具やなんかを運び出す。
ほとんどの物が壊れるか、水分を吸って湿気って使い物にならない。
問題無く使えそうなのは鉄製の農具や調理器具や武器、それと金銭くらい。
他はほとんどが使い物にならず、この家の住人達は暗い表情を浮かべている。
「辛いなぁ……」
「甘いぞ若。こうした場所から、人を探すよりはずっとマシじゃよ」
近くで作業をしていたドワーフにそう言われた。
彼は何年か前にこの領地へ移住したそうだが、前に住んでいた所では鉱山で働いており、地震による落盤事故に巻き込まれた同僚達を掘り返した経験があるらしい。
「死人が見つかって運び出した時は、遺族が泣き叫んでいたたまれなかったわい。自然災害じゃから誰にも文句は言えんし、責任の所在がハッキリせんから上は擦り付け合い。見ていてなんとも言えなかったぞ」
確かにそれに比べれば、死人がいなくて家財道具を探しているだけの現状はずっとマシで、現状を辛く思っている俺は甘々だな。
「まっ、あんな現場は経験しない方が良いに決まっとる。若よ、ここがそうならなかったことを幸運に思うんじゃぞ」
「はい」
経験すべき事があれば、経験しない方が良い事もある。
一口に経験と言っても難しいもんだな。
ただ、こうした話を聞くのは経験すべき事に違いないはず。
そう思いながら作業を進めていくうちに、貴重品や思い出の品が見つかっていく。
すると住人達の暗い表情が少しだけ明るくなり、これが見つかってよかったと感謝された。
さらに昼休みの際には、昨夜に恨み言を口にしたエルフの男性から、昨夜は申し訳ないと謝られた。
一晩経って落ち着いたのか、それとも気持ちの折り合いが少しついたのか、何にしても俯いて嘆き続けているよりは良いんじゃないかな。
「シオン様! 領主様がお見えになりました!」
義母上が?
「分かった、すぐに行く!」
食べかけの雑炊を流し込んでワイズマンさんの後を追うと、開けた場所で義母上が竜人族の籠から降りて、積ませていた物資を運ばせていた。
「領主様、シオン様をお連れしました」
「ありがとう。……少しは災害現場と被災者を学んだみたいね」
「えっ、あ、はい」
何も伝えていないのに、顔を見ただけで察したのか?
「ここからは私の下に付いて、領主としてすべきことを学びなさい」
「分かりました。ところで、他の村や集落は?」
「大事ないわ。だからここに来られたのよ。それくらいは察しなさい」
「……はい」
未熟者でごめんなさい。
ちょっと落ち込みながらも義母上の後に続き、避難所にて被災者達と対面。
昨夜に彼らが訴えていた、復興への支援体制や一時的な避難について、ワイズマンさんを交えて説明と調整をする。
彼らと話し合って一時避難を希望する人達は、竜人族達に協力してもらい、親族がいる村や集落へ一時避難することになった。
さらにこの件を国へ報告し、集落から徴収する税を当面の間は免除してもらえるよう、手配するらしい。
「そういう制度もあるんですね」
「当たり前じゃない。税を支払うどころじゃないのに徴税なんかしたら、領地どころか国から人がいなくなっちゃうわよ」
おっしゃる通りです。
考えれば分かる事に感心してごめんなさい。
その後も勉強させてもらい、集落の様子と土砂崩れで塞がった道、それと水が引いてきたから橋の崩壊現場を順番に視察していき、今後の対応についてワイズマンさんと協議。
それが済んだら国への報告のため、義母上と一緒に引き上げることになった。
要するに国への報告の仕方を、屋敷へ戻って学べってことだ。
「たった一泊二日だったけど、色々学べたかしら?」
「はい」
結果的に一泊二日で終わることになったものの、ここでの経験は義母上の後を継いだ時に役立つだろう。
出発前に義母上が、災害現場と被災者を知っているのといないのは大違いだと言った意味が、身に染みてよく分かった。
特に被災者からの色々な声は。
「さあ、帰りましょうか。屋敷に帰ってからも、忙しいから覚悟していてね」
「分かりました」
普段の仕事に加え、国への報告や各種手配と色々あるんだろうな。
帰ってからの忙しさを想像しつつ籠に乗り込み、屋敷がある村へと飛び立つ。
到着するまでの間は義母上から他の村や集落の状況を聞き、それぞれの村や集落からはエルフの集落に対してどういった支援をするのかを教わり、領主として今後の支援体制についても教わった。
覚えることが多くて頭が混乱しそうだから、帰ったらしっかり復習しないと。
やがて村の広場へ降り立ち、運んでくれた竜人族達へお礼を言って昨日ぶりの屋敷へ帰る。
「戻ったわよ。シオンも一緒よ」
「ただいま」
婿入り先であって実家じゃないのに、凄く帰ってきたって気分になる。
「おかえりなさいませ、旦那様、お母様」
奥から愛しの妻のセリカがパタパタと駆けてきた。
ふわふわの髪がふわんふわんとなびいて、存在感を主張する胸が上下左右に揺れている。
うん、今ので少し疲れが吹っ飛んだ。
「旦那様!」
駆けてきた勢いそのままに、セリカが抱きついてきた。
あの縦横無尽に揺れていた胸が押し付けられて、ぶよよんとしたよ。
「えっ、ちょっ」
碌に体を洗えなかったから相当汗臭いのに、どうして抱きつくんだ。いや嬉しいけどさ。
「や、約束の、熱烈ハグでのお出迎え、です」
熱烈ハグでの出迎え……ああ、そういえばそんな約束をしてたっけ。
向こうで色々あったから、すっかり忘れてた。
「ん、ありがとな。汗臭いのにやらせてすまない」
「いえ、その……とても良い匂いです。すーはーすーはー」
えっ? 嫌がるどころか悦に浸って匂い嗅いでる?
「ふんふん。なんて香しいかほり……」
汗臭いはずなのに香しいって、どういうこと?
義母上の方を見ると、俺の首元へ鼻を近づけて汗臭いはずの香りを嗅いで魅了されたかのように悦に浸る娘の姿に、目を見開いてきょとんとしてる。
ひょっとして、何か新しい扉を開かせちゃったかな。
「旦那様?」
まあいいか、今日も嫁がかわいとおしいし。
なんでもないと返して抱きしめ、昨日ぶりのセリカの色々と柔らかい感触を堪能する。
ああ、これで気分的には疲れが完全に癒された。
やっぱり俺の嫁は最高だ。
ちなみに匂いに魅了されていた点に関しては、少し前からその気があったようで、洗濯前の枕やら服やらシーツやらの匂いをこっそり嗅いでいたと、恥ずかしがりながら教えてもらった。
就寝前のベッドの中、恥ずかしがって枕を頭にかぶりながら。




