土壌改善計画進行中
窓から差し込む朝日で目を覚ます。
昨夜は夫婦の営みを控えたから、俺も隣に寄り添って眠るセリカも寝間着姿。
だけど存在感抜群の胸が押し付けられているから、朝からムラッとしてしまう。
それを我慢してベッドから出て窓の外を見る。
天気は良好。今日から鬼族とドワーフを中心とした村での土壌改善作業が始まるから、それにはもってこいの快晴だ。
「にゃう……おひゃようございましゅ……」
朝に弱い愛妻セリカがもぞもぞと起き上がり、元から眠そうな目を擦っている。
ふわふわの髪が寝起きでぼわぼわになっているのと、毎回にゃうって言うから猫っぽく見える。
猫の獣人族のように耳と尻尾があるセリカ……うん、いいな。
もしもそうなら、毎日のように耳や尻尾をモフモフして愛でるだろう。
「ん、おはよう」
いつまでも空想の猫耳尻尾セリカに浸ってないで、目の前でポワポワしてる寝ぼけセリカを見て愛でよう。
返事をしながら歩み寄って、プニンとする頬に優しく触れる。
するとなんということでしょう、寝ぼけ眼が一瞬で見開いて耳や首まで一気に真っ赤になった、茹で上がりセリカの出来上がり。
「は、はわ、だ、だんにゃしゃま」
新婚三日目にやった際、この反応があまりにも可愛らしくて毎朝のようにやっているのに変わらないこの反応は、何度見ても可愛い。
「さぁ、着替えようか」
「は、はい」
寝間着から普段着へ着替える。
王族や裕福かつ地位の高い貴族は着替えを使用人に手伝わせるって聞くけど、バーナード士爵家はそんなのと無縁だし、実家でも無縁だったから自分で着替えるのに抵抗は無い。
とはいえ、ちょっと面倒だなって思っていた時間だけど、今はこの時間を迎えるのはまんざらでもない。
だって目の前でセリカの生着替え見放題だから!
脱いだ時にブルンと揺れる胸、ムッチリとした腹部と尻と太もも、そして俺を意識してか手持ちの中では色気のある下着姿。
そして何より、既に一糸まとわぬ姿を何度も見たのに、着替える度に恥ずかしがり照れる可愛いセリカ。
いい、実にいい目の保養だ。
これで朝からテンションが上がって、今日の仕事も頑張れる。
静かに気合いが入ったら、他の身支度を済ませて義母上と朝食を摂って今日の予定の打ち合わせをしたら、同行するセリカと移動用の馬を連れ、村までの道中を護衛してくれる冒険者と合流する。
「今日はよろしく頼む」
「お任せください。ねっ、ロット」
「……ん」
明るい笑顔を見せる人間のレイさんに対し、熊の耳と尻尾が生えている熊人族のロットさんは無表情で、一言どころか一文字だけ呟いて頷くだけ。
二人は領内出身の冒険者で、レイさんは軽装で弓矢を背負い、大柄でゴツい体格のロットさんは頑丈そうな防具を纏い、背には大きな盾と斧を背負っている。
こっちへ来る時に護衛してくれたラッセルさん達には劣るものの、この辺りの地形や生態系を熟知している中堅冒険者らしい。
「ちょっと、挨拶くらいちゃんとしなさいよ。申し訳ありません、この人ってば無愛想で」
「別に構わないよ。話は聞いてたから」
護衛としてこの二人を手配してくれた義母上から、ロットさんはこういう人だと事前に説明を受けていたから気にしない。
「レイさん、ロットさん、今日はよろしくお願いしますね」
「任せてください。それとセリカ様、我々にさん付けや敬語は不要です。普通に話してください」
「いいんですか?」
王都からバーナード士爵領へ向かう当日、俺もラッセルさん達と対面した時にそう言われた。
実家じゃなくて寄親の侯爵家が雇って護衛してもらう立場なのと、全員が年上だから敬語を使っておこうとしたら、貴族なら自分達のような冒険者には敬語を使わなくていいと言われた。
よほど酷い言葉遣いでない限りは気にしないとのことだから、お言葉に甘えて道中はさん付け無しの普通の口調で喋っていた。
尤も、俺が貴族だから向こうは敬語だったけど。
「いいんだよ。俺もこっちへ来る時、護衛の冒険者達にそう言われたから」
「分かりました、旦那様がそう言うのでしたらそうさせてもらいます。では、道中よろしく」
「お任せください」
愛嬌のある笑みで応えるレイさんに対し、ロットさんは無表情のまま会釈するだけ。
俺達は気にしないけど、地位をひけらかすような貴族相手だとロットさんは無礼とか言われそうだな。
「せめて一言言いなさいよ!」
レイさんがロットさんの背中を、スパーンと良い音を立てさせてはたいた。
だけどロットさんは痛がる素振りを見せない。
体がゴツいから頑丈さも相当なのかな。
「……よろしく」
「申し訳ありません、本当に無愛想で」
本当に一言だけ述べたロットさんをフォローするように、レイさんが頭を下げる。
改めて気にしないでと伝え、俺とセリカは馬に乗って出発。
村までの道はあるにはあるものの、さほど整備がされていない。
草むらを長年歩き続けたことで雑草が剥げたような、そんなちょっと荒れた道。
所々に僅かな雑草が残っているだけで、一応は道っぽく見える。
そんな道でも、後ろに乗ったセリカが背中に押し付けてくる柔らかい感触を思えば、そう悪い道のりじゃない。
「村までの道中に、魔物とかは出るのか?」
「う~ん、魔物はいますけどあまり出ないですね。それよりも、猪とか熊の方が出ますね」
そっちはそっちで怖いよ。
俺とセリカの戦闘力なんて皆無に等しいから、出たら二人に任せよう。
いざとなったら逃げよ、全力で逃げるよ。
体力的なものもあるけど、そのために馬に乗っているんだから。
「安心してください、何が出ようと私達が守ってみせます!」
「……ん」
任せろとばかりに薄い胸を叩くレイさんに対し、やっぱりロットさんは無表情で頷くだけ。
人柄的にはレイさんの方が好ましいけど、ロットさんも職人って感じがして頼もしい。
冒険者に対して職人っていうのは、ちょっと変な感じかな。まあいいか。
適当な雑談を交えながらの旅路は特に何事も無く、目の前を兎が横切ったり、茂みから顔を出した狸がこっちを見た途端に逃げ出したくらい。
そんな平穏な時間を過ごしているうちに目的の村へ到着し、村長の下へ挨拶に向かう。
「ようこそ、シオン様、セリカ様。お待ちしておりました」
「今日からよろしく頼みます、若様」
結婚式以来の対面になる、鬼族の村長とドワーフの代表者。
彼らと挨拶を交わしたら早速畑や田んぼへ向かい、土壌改善計画の作業を開始する。
「発酵」
まずは天候の関係でまだ未完成の肥料を「発酵」で完成させる。
「撹拌」
続けて必要な物を撒いた畑や田んぼを次から次へ「撹拌」で耕していく。
その度に持ち主や見物人達からは感心の声があがる。
「へぇ、噂には聞いていたけどあれは便利ね」
「……ん」
「さすがは旦那様です」
セリカからのさすが旦那様、略してさす旦、いただきました。
今のでちょっとテンションが上がったから、調子に乗って少しだけ耕す速さを加速。
あっという間に作業を終えて、次の畑へ移動する。
「大丈夫ですか? ずっと作業をしておられますが……」
案内のために同行している村長から心配されたけど、問題は無い。
「村までの移動は馬だったし、魔力はまだまだたっぷりあるから大丈夫だ」
たっぷりあるどころか、ここまでの作業でより魔法の調整をして効率化を図った上に、日々の魔法の行使で魔力量が毎日微量ながら増えている。
体力さえ持ちこたえられれば、一日中作業をすることだって可能かもしれない。
「それならいいのですが、無理はしないでくださいね」
「分かってるさ」
無理してぶっ倒れたらセリカを泣かせるかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
愛しい妻のセリカには、可能な限りいつも笑っていてほしい。
いやでも、照れる様子とか恥じらう様子とかワタワタ慌てる様子とか、笑うのと同じくらい捨てがたい可愛らしい姿がいくつもあるから、笑うだけはちょっと惜しいか?
……うん、泣かせなければいいな。
「シオン様、次はこちらの田んぼです」
「任せろ」
まだ水を引き入れる前の田んぼの中に入り、作っておいた肥料やらが撒かれているのを持ち主から聞いた後、「撹拌」で作業開始。
土の硬さを把握、回転をシャワワッて感じにして強さよりも鋭さを優先、魔力消費を抑えるためにギュッと絞って必要最低限を見極めつつ、固い場所があってもいいように安全マージンを確保する。
ふむ、魔力はクワワッって感じで大丈夫だな。
後はこれを維持するため、魔力の出力をガッと固定して作業を続けていく。
「おぉっ、俺達の田んぼが」
「腰を痛めて息子一家に作業を押し付けてしまうと思っとったが、ありがたやありがたや」
「良かったですねぇ、お爺さん」
「若様スゲェッ!」
「ええ、そうね」
持ち主の鬼族一家も喜んでいるようでなによりだ。
でもお爺さん、褒められるのは嬉しいけど拝むのはやめて。
こうして作業を進めていき、日が高くなったところで昼食がてら小休止。
村の集会所へ案内され、ご婦人方が用意してくれた食事をセリカと護衛の二人と一緒に摂る。
「大した食事は出せませんで、申し訳ありません」
「いやいや、十分ですよ」
鬼族が独自に生み出したっていう調味料、ミソとショウユ。
それらを使った焼き肉や野菜の煮込みは炊いた米との相性が抜群で、空腹なのを差し引いても美味い。
上手に使えばこんなに良い調味料が、他領や王都ではしょっぱいと不評なのが勿体ない。
やっぱり扱いに慣れている鬼族によって、直に広められたか否かが問題なのかな。
「旦那様、予定より作業が進んでいますので、前倒しは可能でしょうか」
セリカは単に付いて来た訳じゃなく、進捗具合に応じて予定を調整する役目を担っている。
料理が出来るまで村長や農家の人達と話し合っていたようで、前倒しを提案してきた。
「魔力に余裕はあるから、問題は無いぞ」
「……本当に大丈夫ですか? 皆さんの手前、強がっていませんか?」
「本当に大丈夫だ!」
心配そうな表情をするセリカを不安にさせまいと、笑顔で元気よく言い切る。
「ならいいんですが、無理はしないでくださいね」
「勿論だ」
ぶっ倒れてセリカを泣かせる訳にはいかないからな。
そう自分に言い聞かせ、昼食と休憩を終えたら午後の作業を開始。
午前と同じ勢いで肥料を作り、畑を耕していく。
やがて引き上げの時間になった頃には、予定より三割ほど作業が前倒しで進んでいた。
「いやぁ、まさかこんなに進むとは思っていませんでしたよ」
「俺も正直想定外だ」
土壌改善計画における作業で日々魔力が増えているとはいえ、一日における増量は微々たるもの。
それが積み重なっても、今日までの日数ではそこまで大きな変化は無い。
違いがあるとすれば、今日の作業では効率的な魔力の運用を意識したくらい。
ということは、結果的にそれが魔力の節約に繋がって、長時間の魔法行使を可能にしたんだろう。
たぶん、おそらくは。
「続きはまた明日、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
しかしこの調子だと、予定よりだいぶ早く作業が終わるんじゃないのか?
他の村や集落との予定についても、義母上と相談しておこう。
そう思いつつセリカに手を貸して馬に乗り、村長や農家の人達に見送られながら、レイさんとロットさんと帰路へ着く。
村からだいぶ離れ、帰り道も何も無ければいいなと話している時だった。
「……待て」
前を歩くロットさんが前方に注意を向けながら、片手で停止を促す。
それに従って馬を止めると、横を歩いていたレイさんは馬の前に出て弓矢を手に取る。
ロットさんも背負っている盾を手にして構えると、前方にある茂みが揺れる。
行きでは兎や狸が飛び出してきたけど、だからといって帰りも同じとは限らない。
さあ、何が出てくる。
身構える中、茂みから姿を現したのは立派な角を生やした鹿だった。
「なんだ、鹿か」
この辺りには鹿も生息しているから、いても不思議じゃない。
そう思って安心していたら、ロットさんが背中から斧を抜いた。
「あれはただの鹿じゃありません。ファングディアスという、鹿なのに草食の欠片も無い攻撃的な肉食の魔物です」
レイさんの説明を聞き、逃げる心構えをしておく。
だって俺もセリカも戦えないから。
怖がっているセリカがしがみついて、背中に柔らかい感触がぐにゅうんと押し付けられているけど、今はそれを堪能している場合じゃない。
「……くる」
ポツリとロットさんが呟くと、口を開けて草食性を欠片も感じられないほど鋭い牙を見せるファングディアスが、数回足下を均した後に突進してきた。
「ひっ!?」
小さく悲鳴を上げるセリカ。
俺も思わず馬を操って逃げようとしたけど、それよりも先にロットさんが盾で突進を受け止め、しばし踏ん張って堪えた後に押し返して転倒させた。
無言でやったから、力技なのになんか職人技って感じがする。
「パラライズエンチャント」
弓を引いているレイさんの矢が黄色い膜に覆われる。
直後に放たれた矢が転倒したファングディアスの脇腹に刺さると、起き上がろうとしていたファングディアスは倒れ、ビクンビクンと痙攣しだした。
「今のは弓魔法ですね。お母様が同じ魔法で、猪を捕まえたことがあります」
今のが弓魔法か。授かる人が多い割とありふれた魔法だけど、見るのは初めてだ。
というか義母上、猪を捕まえたことがあるのか。
「その通りです。矢に麻痺の効果を付与しました。毒だと食べられなくなりますからね」
うん、食べられるのならそこは重要だ。
「……処理」
「だからもっと喋りなって。シオン様、麻痺してるうちに調理魔法であいつを解体してくれませんか?」
処理の一言で、よくそれが分かったな。
だけど無理。
「悪いけど、トドメを刺してくれ。生きている状態だと、調理魔法を発動できないんだ」
「そうなんですか?」
そうなんだよ。
動物や魔物や魚は、生きていたら駄目。
野菜や果物や植物は、土から抜いたり茎から切り取ったり木から切り取ったりと、採取や収穫をしないと駄目。
でないと、対象に選んでどれだけ魔力を込めても発動しない。
実家にいた頃に調理魔法について調べている時にそれが判明して、トーマスに頼んで生きた鶏を仕入れてもらった時と、今の家の菜園でハーブを収穫する際に試して駄目だったから間違いない。
この前のフィンレッグシャークだって、竜人族の人達が眉間への一撃で仕留めてくれていたからこそ、問題無く解体できていたんだから。
発動しない理由は、調理に使う食材は既に収穫されていたり、死んでいたりするからだと言われているらしい。
確かに生きたまま調理するなんて、聞いたこともない。
例外としては、地面を「撹拌」した時に雑草とかを巻き込めることくらいかな。
「分かりました。ロット!」
「……ん」
頷いたロットさんが斧を振り上げ、麻痺して動けないファングディアスの首を切り落とす。
さて、ここからは俺の出番だ。
ブシューっと「血抜き」、スポーンと「皮はぎ」、ドバーと「内臓摘出」、スパスパっと「切り分け」、後は肉を骨付きのまま「冷蔵庫」へ収納。
内臓は食べられないそうだから、ロットさんが掘った穴へ捨てておく。
「肉は村へ戻ったら渡すよ」
「ありがとうございます」
今回の道中で倒した動物や魔物は、全て二人へ渡すことになっている。
肉は俺が「冷蔵庫」で運び、残った角や牙や皮はロットさんが用意していた袋の中へ詰めて肩に担いだ。
「……助かる」
「解体の手間が省けて助かるって言ってます」
「王都からの道中でも、よく言われたよ」
貴族にとってはハズレって言われてるけど、思ったよりも調理魔法の活用範囲が広い。
台所や厨房だけでなく、狩りや旅路や畑仕事でも役立つなんて思わなかった。
まあ、狩りや旅路はともかく、畑仕事に関してはなんとも言えない使い道だけど。
そう思いながら改めて帰路を行き、無事に村へ到着。
別れ際に二人の厚意で少し分けてもらったファングディアスの肉は、酢で煮込んだサッパリ煮っていう料理として夕食に出て、とても美味くいただいた。
さあ、これ食ってしっかり寝て、明日もまた頑張ろう。




