結婚の裏側
我が名はコーギー侯爵家当主、ウェルシ・コーギー。
ワンダール王国の王都に居を構え、内務省にて副大臣の役職を務めている。
今日は侯爵としての私に来客があるため登城せず、屋敷にて仕事を処理していく。
その最中に来客が到着したとの連絡を受け、レトリバー辺境伯家の当主を務める壮年の男、ゴルデン・レトリバーと応接室にて対面して握手を交わす。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。ウェルシ殿」
「こちらこそ、よくおいで下さいました、ゴルデン殿。さあ、お座りください」
着席した私達の前にコーヒーが置かれ、それを用意したメイドは一礼して退室する。
「さすがはウェルシ殿、美味いコーヒーですな」
「なにぶん酒に弱い体質でしてね、こちらを楽しむのが数少ない趣味なのですよ」
香りを嗅ぎ、一口啜って感想を述べるゴルデン殿に、苦笑しながら告げる。
酒自体は嫌いではないが、どうしてもすぐに眠くなってしまうため、宴の席でもあまり飲むことができない。
ゆえに、コーヒーの方を嗜むようになった。
紅茶も苦手ではないが、コーヒーとは違う苦味と渋みがどうしても舌に合わん。
「それで、本日は両家の今後について話し合いたいとのことですが」
「ええ。つきましてはまず、双方の密な連絡の取り方について」
ワンダール王国の東部に広大な領地を持ち、その東部に領地を持つ貴族のほとんどを寄子として抱えている東の大物、レトリバー辺境伯家。
そんな大物が我がコーギー侯爵家と繋がりを持つことになった切っ掛けは、向こうからの接触だった。
広大な領地の運営に勤しみ、さらには多く抱える寄子への対応をしなくてはならないレトリバー辺境伯家は、王都の貴族に繋がりこそあれど、より深く広く王都の情報を求められるほど深い関わりを持つ相手がいない。
そこで目を付けたのが、代々内務省に勤めており内務副大臣を務める私が当主に就いている、我がコーギー侯爵家だった。
こうした話は決して珍しくなく、他にも三家ある辺境伯家のうち一家は私の上司の内務大臣と、残る二家は他国と隣接しているためか外務大臣と、それぞれ関わりを持っている。
内務副大臣の私としても、地方の情報をより早く深く入手できるルートを開拓したかったため、この提案を承諾。
お陰で私は東方の、ゴルデン殿は中央の情報網を強固にすることができた。
「いや、実に有意義な話し合いでしたな」
「誠にその通りで」
仕事上の話し合いが終われば、後はただの歓談だ。
多くの者と顔を合わせて言葉を交わさねばならない社交の場ではないため、必要な話が終われば即退散などという無粋な真似をしたら、その家との繋がりの薄さを露呈するようなもの。
我が家と長く深く関わりたいゴルデン殿はそれを理解しており、コーヒーを飲みつつ最近の何気ない世間話を交わす。
「そういえば、我々が繋がりを得る切っ掛けに利用してしまったあの二人、随分と仲睦まじいようですな」
「ええ。式に送った使者から、そう聞いています」
我々が繋がりを得る切っ掛けとして利用してしまった二人。
即ちザッシュ男爵家の次男シオンと、バーナード士爵家の長女セリカ嬢。
我々のような高い爵位と立場を持つ者同士が急に手を結ぶと、妙な勘繰りや誤解を生み、下手をすれば我々を快く思わない輩に唆されて掌を返す者も出る恐れがある。
それを避けるために利用してしまったのが、当主に先立たれて直系の妻が当主代理を務めているバーナード士爵家の令嬢であるセリカ嬢と、調理魔法を授かったことで失望の渦に飲まれてしまったシオン。
貴族が新たな繋がりを得るためにこういう手段を使うのは珍しくないとはいえ、彼を利用してしまったのは正直心が痛かった。
『神童だ』
『魔法の天才よ』
『きっと将来は大物魔法使いになる』
幼い頃から彼の才能を周囲が持て囃し、一方的かつ勝手に期待を膨らませておきながら、いざ成人となる十三歳で受けた「授魔の儀」で調理魔法を授かると、今度は勝手に失望して裏切られたとまで言う始末。
だが私は彼の魔法の才能は、調理魔法を授かった程度では揺らぎないと見込んでいる。
しかし彼が貴族社会で孤立してしまったのも事実であり、そんな彼に手を差し伸べるのが難しい状況なのも事実だった。
なんとか名目を作って手助けできないかと思案している所へ、我々が繋がる切っ掛けとして寄子同士を結婚させてはどうかと、ゴルデン殿が提案してきた。
しかも、その相手にシオンを使わせてほしいと。
『ザッシュ男爵家の次男の話は、私も耳にしています。彼には婚約者がいませんし、王都での居場所を失いつつあります。ならば父親が政略結婚に利用する前に、我々が繋がる切っ掛けに利用しませんか? 夫に先立たれ、子供は娘が一人しかいない領地持ちの寄子がいますので、そこへ婿入りさせてはどうでしょう』
利用すると言うと聞こえが悪いが、悲しいことに貴族とはそういうものだ。
結婚すら自由にできるものではなく、親なり我々のような寄親なりの思惑が絡んでそれに利用される。
まだ彼に期待をしている身としては難しい判断だったが、やたら熱心にこの提案を勧めるゴルデンの熱意と、ザッシュ男爵家の当主が関係を築く相手を選り好みしていたことで婚約者がいなかったこと、そして彼自身のためにも環境を変えてあげた方がいいと考え、最終的に彼の提案を呑んだ。
貴族社会ではこうした政略結婚が珍しくないとはいえ、期待し続けている少年に望まぬ結婚をさせてしまい申し訳ない、恨むのならばいくらでも恨んでくれと思ったものだ。
だが蓋を開けてみれば、結婚相手のセリカ嬢とは実に仲睦まじく、義母である当主代理のリーチェ殿とも上手く付き合っており、現地の生活と領民達とも馴染んでいる。
式へ参列するついでに調査を頼んだ使者から報告を聞いた時は、一瞬耳を疑ったものだ。
「形式としては寄親の都合による政略結婚なのですが、それで上手くいっているのは珍しいですな」
政略結婚の大半は仮面夫婦だというのに。
まあ幸せに過ごしているのなら、少しは私も気が楽になる。
その幸せが、生涯続いてくれることを願う。
「どうやら彼をあの家の婿にと頼み込んだのは、正解だったようですね」
「私は辺境に追いやったことを、彼から恨まれる覚悟をしていたのですが……」
「心配は不要でしたね。彼は不満一つ言わず、むしろセリカ嬢と引き合わせてくれた我々に感謝しているくらいだそうです」
政略結婚を斡旋しておいて感謝されるというのも、妙な気分だ。
あの家と繋がりができたと感謝されることはあっても、結婚そのものを感謝されたのは初めてだ。
「……ウェルシ殿、実は一つ伝えたいことがあります」
「なんでしょうか」
「私が彼をバーナード士爵家の婿にと頼み込んだのは、そうすることで私達が長きに渡って良い関係を築き、互いに大きな益を得ることに繋がるからです」
むっ? どういうことだ?
「ウェルシ殿は、私が授かった魔法を知っておられますか?」
「ええ、勿論です」
それくらいの情報を仕入れられなくては、王都の貴族社会では生き残れない。
「占魔法、でしたな」
占魔法は天気予報から商売の道筋や国家運営まで、幅広く占うことができる魔法だ。
しかし明確な答えは示されず、最適解へ導く複数の言葉が示されるだけ。
全ての言葉の意味を正しく紐解いて実行すれば大当たり、全部は無理でもいくつかを実行すればある程度の当たりかハズレ、全て外せばどうなるか分からない。
しかも占いが出来るのは一日にたった一回だけ、示される言葉の意味を導き出すのは難解で、こういう解釈だと思って実行しも間違いだったということが多々あると聞く。
そんな謎解き博打のような魔法なので、微妙な扱いを受けている。
たまに切羽詰まった貴族や商会が一か八かで試すそうだが、そんな状態の者達が最適解に辿り着けるはずがなく、全員破産したらしい。
「ここでその話を切り出すということは、もしや?」
「中央と深い関係を作る相手として、コーギー侯爵家を選んだのは私の判断です。ですが、彼をバーナード家へ婿入りさせたのは占いの結果に従ったのです」
やはりか。だが本当にそれが正解なのか?
「どのような言葉が示されたのですか?」
「はい。我が辺境伯家とそちらの侯爵家、両家が長きに渡って良好かつ互いに益のある関係を築くにはどうすればいいか、それを占ってみたら五つの言葉が浮かんだのです」
失望
調理魔法使い
辺境
女系
婿
「……あの、本当ですかな? やたら簡単で、割とすぐ答えが出そうですが」
「失望」と「調理魔法使い」は間違いなくシオンだろうし、「辺境」と「女系」に当てはまるのもバーナード士爵家だけと言ってもいい。
他にもあるかもしれんが、レトリバー辺境伯家と関わりがあるのはバーナード士爵家くらいだろう。
そこに「婿」とくれば、シオンをバーナード士爵家へ婿入りさせろという導きなのは、容易に想像できる。
しかし占魔法では難解な言葉が示されるはずなのに、どうしてこんな簡単に最適解を導き出せる言葉が示されるのだ。
「実は占魔法で示される言葉は、ある条件を満たした日のみ、とても簡単な形で示されるのですよ」
なにっ? そんな話、聞いたことがないぞ!?
「若い頃の話ですがね、微妙扱いされている占魔法でも何の拍子に役立つか分からないからと、毎日使っているうちに気づいたのです。で、解読が容易な日に占ったら今の五つの言葉が示されたんです」
なんということか。
では、その条件を満たした日に占ってもらえば、容易に最適解に辿り着くということか。
「つまりあの二人を結婚させてシオン君をバーナード家へ婿入りさせると、我々は長きに渡って良好な関係を築き、どんな形かは不明ですが大きな益を得られるのですよ」
だからあれほど熱心に頼み込んでいたのか。
そうしてまで婿入りさせた以上、嘘ではないと思うが、やはりにわかには信じがたい。
「……その条件とやらをお教え願えませんか?」
「構いませんよ。今の話を信じてもらうためですから。ただし、ここだけの話ですよ」
「承知した」
「新月です。新月の日のみ、こうした容易な言葉で示すのです」
ここで嘘を言っても彼に得は無く、むしろ私の関係を悪化させるから、真実なのだろう。
なるほど、新月の日か。
「次の新月の日、占ってもらえませんか?」
「構いませんよ。何を占うのですか?」
「最近、年頃の娘と心の距離ができてしまいまして……」
「気持ちは分かります。私もそうでしたから」
共通の悩みを持つと分かり、互いに苦笑する。
いつの世も、娘を持つ父親というのはこうした悩みを持っているようだ。
「なんにしても、こうして占いで婿入りさせるべきと出たんです。二人が仲睦まじいのは、きっと運命的な出会いだからでしょう」
占いによる導きだから運命的な出会いか。
ゴルデン殿は意外とロマンチストなのかもしれない。
だが、もしも本当にそうなら、恨まれるかもしれないという覚悟は不要だったな。
今のゴルデン殿の話と、彼とセリカ嬢の仲睦まじさからすると、あの時に頷いた私の決断は正しかったのだろう。
ただ、それならそうと早く言ってもらいたかったものだ。
「何故、占いの件を黙っていたのですか?」
「言うつもりでしたよ? なかなか承諾してもらえない時の、最後の切り札としてね」
最後の切り札か。
確かにさっきの話はそれになりうる手札だったな。
貴族にとって駆け引きの場での手札の使い時は、腕の見せ所だ。
そこでその人物の力量が問われると言っても過言ではない。
切り札を出さずにあの交渉を成功させたゴルデン殿は、やはり一流の貴族なのだろう。
逆に切り札を出させずに向こうの提案を呑んでしまった私は、まだまだ甘いということか。
今回は結果的に正解だったからいいものを、もっと頭を働かせなければ。
「しかし結婚させることが益に繋がるとは、一体どういうことなのでしょうな?」
「実はそれに関係するかもしれない、面白い報告が部下から届いています」
「面白い報告?」
「彼、調理魔法で畑を耕しているそうですよ」
はぁっ!?
一体何がどうなって、そんなことをしているのだ!?
というか、調理魔法で畑が耕せるのか!?




