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婿入りします


 世の中って勝手だ。

 生まれながらにして歴代最高の宮廷魔導師より魔力量が多くて、魔力制御には天才的な才能を持っている。

 「授魔じゅまの儀」ではきっと凄い魔法を授かるに違いない。

 家の爵位は低くとも、今のうちから目を付けておいて損は無い。

 次男だからうちと縁の深い家への婿入りを口利きするのはどうか、相応の地位を用意しよう、多少法外な給料を与えても構わない。

 そんな調子のいいことを言っておきながら、「授魔の儀」で授かったのが魔法の中じゃハズレと言われている調理魔法だと分かると、あっさり掌を返して離れていった上に、向こうが勝手に用意した話を勝手に破談にする。

 ただ、そういった反応をする連中の中に両親がいたのもがっかりだ。


「いずれは宮廷魔導師になると思っていたのに」

「裏切られた気分だわ」


 擦り寄って来る連中を煩わしく思っていた俺と違い、俺の親というだけの平凡な男爵家の当主である父と、同じく平凡な準男爵家から嫁いできた母親は周囲からおだてられて良い気になっていた。

 それがハズレ魔法を授かって、おだてていた人達が離れたらこれだよ。

 というか「授魔の儀」で何の魔法を授かるか、誰にも予想できないんだから、凄い魔法を授かるって勝手に決めつけられても困る。

 「授魔の儀」は成人として認められる十三歳になったら、その人物に相応しい魔法を授かる儀式のことで、俺が儀式を受けた昨日は勝手に期待していた大勢の人達が、儀式を執り行う教会へ集まってきた。

 そして勝手な期待が裏切られた結果が、こうした清々しいまでの掌返しというわけだ。

 まあそれも仕方ない。調理魔法ってのは文字通り調理に用いる魔法なんだけど、駆け出しの料理人ならともかく、熟練の腕になれば難無くできることしかできない。

 家事が楽になる一般家庭の主婦ならともかく、魔法での調理を邪道だと言う一部の頑固な料理人や貴族にとっては不要でしかない、まさにハズレの魔法なんだから。

 それを授かって唯一笑っていたのは、場合によっては跡継ぎの立場を奪われかねなかった兄だけ。


「所詮弟は、兄には敵わないんだよ」


 魔力量と魔力制御どころか、勉強も体力も俺に勝てないくせによく言う。

 おまけに醜く肥え太った豚体型ときた。

 そんな兄が授かっている魔法は、風魔法。

 俺のようにハズレと言われていない魔法なのに、それを屋敷のメイドのスカート捲りに利用している点は弟ながら感心しないけど、偶然その場面に出くわした時はちょっと嬉しかった。健全な青少年だもの。

 まあそんな掌返しのお陰で、ようやく周囲が静かになって良かったと思いつつ厨房に向かう。


「トーマス、いる?」

「おう、シオン様。今日はどうしました」


 うちの料理長を務める渋いおっさん、トーマス。

 俺に魔法の才能の片鱗があると周囲が騒ぐ前から仲が良く、騒がしくなっても付き合い方が変わらなかった、貴重な良心的な大人だ。

 仲が良くなった理由は省くけど、妙にウマが合ったから親しくなった。

 周囲が騒がしかった頃も、疲れているだろうと甘い物を差し入れてくれたり、醜い連中ばかり見ている目の保養だとメイド達の着替えを覗ける秘密の場所を教えてくれたり、下心丸出しで近寄る令嬢達なんざ無下にしろと助言してくれたりと、心休まる相手になってくれた。

 特に秘密の覗き場所は、とても重宝しています。


「魔法の練習したいから、使わない食材を分けてほしいんだ」

「うん? ああ、そういえば調理魔法を授かったんでしたね。いいですよ、俺もちょっと興味あるんで、見せてください」


 快く応じてくれたトーマスの案内で厨房へ入り、ジャガイモが積まれた笊から一つを取り、それを調理台の上に置いた。


「とりあえず、これでなんかやってみてください」

「分かった」


 どんな魔法が使えるかは、魔法を授かった時に頭へ流れ込んできたから分かる。

 戦闘向きで強力な魔法ほど習得に長い年月が必要になるみたいだけど、調理魔法は非戦闘魔法だから、結構多くのことができる。

 その分、授かった時に流れ込んできた情報量で頭痛がしたけど。


「それじゃあまずは……皮むき」


 魔力を留めた右手をジャガイモへかざしながら魔法名を口にすると、手から魔力が放出され、それが当たったジャガイモの皮が一瞬で剥けた。

 こう、ぶわっと皮だけが剥がれた感じで。

 だからといって飛び散るわけでもなく、皮が剥けたジャガイモの付近にポトポト落ちた。


「ほう、こいつは便利だ。ですが、厚めに剥けたから皮に身が残ってますね」


 言われてみれば……。

 だけど、それについては大丈夫だと思う。


「魔力量を調整すれば、もっと薄く剥けるはず」

「そうですか。だったらこの笊に積んであるジャガイモは、練習に使っていいですよ」

「ありがと」


 ご厚意に甘えて笊ごとジャガイモを持ってきて、魔力量を調整して練習する。

 皮むき、皮むき、皮むき、皮むきー。

 そうやって練習を繰り返し、十個目でかなり薄く皮が剥けた。

 だからといって皮が残るでもなく、綺麗に剥けている。


「魔法とはいえ、やるじゃないですかシオン様。こんなに薄く皮が剥けるまで、俺はいくつジャガイモを剥いたことか」


 隣でジャガイモの芽を取っているトーマスが、皮を手にして苦笑している。

 トーマスが授かったのは強化魔法っていう、自分自身を強くする魔法。

 食材の運び込みといった力仕事には便利だけど、料理のような細かい作業には向いてない。


「ちなみにこのジャガイモはどうするの?」

「細切りにして軽く油で揚げて、添え物にする予定です」

「だったら、それもやるよ」


 剥けたジャガイモの一つへ手を向け、魔力量に注意しながら別の調理魔法を発動する。


「細切り」


 唱えた魔法によって、ジャガイモはあっという間に細切りになった。

 こう、パンって小さく爆ぜた感じで。


「おお、すげぇな調理魔法ってのは。しかもこれ、どれも同じ太さじゃないですか。野菜の皮で細切りの練習をしていた修行時代が、バカみたいに思えてきますぜ」

「複雑なのは分かるけど、そういう魔法だから」

「なんか悔しいから、このまま仕込みを手伝ってくれますか。いくらでも調理魔法の練習していいんで」


 別に構わないさ、何かと世話になったからね。

 そんな訳でトーマスの下で仕込みを手伝いつつ、調理魔法の練習をする日々が半月ほど経った頃、急に父から呼び出しを受けた。

 「授魔の儀」以降、交流がほぼ無くなって厳しい目を向けるようになった父の部屋へ行くと、そこにはやたらニヤニヤしている父の他に老紳士がいた。


「来たか。シオン、お前の使い道が決まったぞ」


 使い道って……。

 いくら期待を裏切ったからって、息子にその言い方は無いだろう。

 勝手に期待していた頃は自慢の息子だとか言って、周りにも自慢してたくせに。

 どうせ使い道とやらも、政略結婚か何かに決まってる。

 うちみたいな平凡な男爵家に政略結婚なんてと思うだろうけど、貴族間の繋がりを保つためとかの理由で無くもない。


「こちらにいらっしゃるのは、うちの寄親であるコーギー侯爵家からの使者だ。恐れ多くも侯爵様が、お前の使い道を提案してくれたのだ」


 父の紹介で老紳士が会釈した。

 寄親が寄子のために縁談を用意するのも、珍しい話じゃない。

 寄親にとって保護対象である寄子の多さは、そのまま自身の基盤を築くのに役立つし、多くから信頼されている証でもある。

 なんでもかんでも寄子の面倒を見る訳じゃないけど、婚姻相手を探すくらいは面倒を見てくれる。

 おそらくは別の寄子の家の子と結婚させて、寄子同士の縁を深めさせるつもりなんだろうな。

 そう予想していると、老紳士が進み出て告げる。


「ザッシュ男爵家次男、シオン殿。貴殿にはバーナード士爵家の当主代理リーチェ殿の一人娘、セリカ嬢と結婚してバーナード士爵家へ婿入りしてもらいます」


 バーナード士爵? 聞いたことないな。

 というか婿入りってことは、いずれは俺がその家を継ぐのか?

 いくら寄親が持って来た話とはいえ、俺に失望した父がそんな話を受けて、よくニヤニヤ笑っていられるな。

 この家より爵位が低いと言っても、失望させられた俺が貴族家の当主になるのを面白く思わず、不機嫌になりそうなのに。


「この婚姻は侯爵様が、バーナード士爵家の寄親であるレトリバー辺境伯家との繋がりを持つための、重要な役目を担っています。どうぞご理解ください」


 ああ、なるほど、そういう類のための婚姻か。

 爵位の高い家同士で繋がりを持ちたい。

 でも今まで繋がりが無かったから、そう簡単にはいかない。

 そこで寄子の子供の婚姻相手を探す体で両家が相談し合い、ちょうどいい相手がいるから婚姻させよう、そしてこれを機に仲良くして今後はそれを深めていきましょう。

 という流れを狙った政略結婚だ。

 こういう話も決して珍しくないから、別段驚くことじゃない。


「期待を裏切ったお前には過分な話だが、侯爵様からのご厚意と思って感謝しろ」


 はいはい、分かりましたよ。

 それにどうせ、こういう話は断れないから俺に選択の余地は無い。


「承知しました。その話、お受けします」

「ご理解いただき、感謝します。明日にでもバーナード士爵の領地へ向かいますので、急ぎご準備を願います」


 うん? 領地?


「バーナード士爵とは、領地持ちの家なのですか?」

「その通りです。このワンダール王国の東の果てにある、小さな領地を治めています」


 なるほど、道理で父がニヤニヤしているわけだ。

 そんな辺境に行かされて、いずれは士爵家を継いで領主になるのなら、相当苦労すると思っているんだな。

 だからこそ、俺の婿入り話でニヤニヤしているのか。

 仮にも血の繋がった親子なのに、この反応は無いだろ。

 低俗っていうのは、こういうのを指すのかな。


「距離が遠いので、侯爵様が馬車と護衛を手配してくださりました。明日の昼には屋敷の前へ到着する予定です」


 向こうが向こうの都合で決めた婚姻だから、当然移動の手配も向こうがする。

 それが既に済んでいるなんて、手回しのいいこと。

 どうせこっちは断れないし、断らないからってことなんだろうな。


「そういう訳だ。さっさと出ていく準備をしてこい」


 出ていく準備とかいっちゃったよ、この父は。

 まだ使者の老紳士もいるのにいいのかね、そういう言い方をして。


「承知しました。では、失礼します」


 若干の呆れ混じりに退室し、部屋へ戻って旅立ちの準備をする。

 といっても、荷物は着替えと貯めこんだ小遣いと本を何冊かくらい。

 周りは俺の気を引くために物を与えようとしたり、与えてくれたりしていたけど、ぶっちゃけそこまで物欲無いんだよね。

 さっさと準備を済ませたら、世話になったトーマスへ挨拶しに行く。

 急な話で驚かれた後、いずれ俺と飲み交わすつもりだったという酒を餞別にくれた。

 安物だけど、しっかり熟成させればそこそこの高値の物より美味い、掘り出しものらしい。


「いいのか?」

「シオン様の旅立ちなんだ、ここでケチったら男が廃るってもんですよ」


 なら遠慮なく貰っておこう。


「冷蔵庫」


 調理魔法の一つで食料や飲み物を保管できる箱を出現させ、そこへ酒を入れておく。

 これで父や兄に見つかって、寄越せとか言われることはない。

 明日は見送りに行くと言うトーマスと別れたら、次にメイド達へ世話になったと挨拶し、その足で行くのは最後になる秘密の場所でメイド達の着替え覗きを堪能。

 それ以外は特に何も無く、トーマスがちょっと豪勢にしてくれた食事を堪能して、この屋敷で過ごす最後の夜は終わった。

 家族の会話? そんなの俺が調理魔法を授かった日から、全く交わしてない。

 だって両親と兄にとって、ハズレ魔法を授かった俺は、そこに存在しないようなものだから。


「じゃあ、行ってくるよ」


 翌日の昼、侯爵様が用意してくれた護衛の冒険者十人を伴った馬車に乗り込んで、見送りに来てくれたトーマスとメイド数人と別れの言葉を交わす。

 両親も兄も見送りには現れず、見送りは彼らだけだ。


「シオン様、どうかお元気で」

「皆も元気でな」


 最後に窓越しに握手を交わし終えると、馬車が走り出す。

 見えなくなるまで手を振り合う。

 さあて、今日から十五日くらいは馬車の旅だな。

 馬車での長旅はお尻が痛くなるからって、見送りに来てくれたメイドの一人から貰った敷物の上に座り、二度と見れないかもしれない王都の風景を窓から目に焼き付ける。

 こうして俺は王都を旅立ち、一路バーナード士爵領へと向かう。

 そこがどんな地なのか、結婚相手はどんな子なのか。

 そうした若干の不安を抱えつつ、馬車は進む。



 *****



 初めての長旅はキツイ、特に尻が。

 敷物のお陰で軽減されているとはいえ、振動が響いて痛い。


「皆は大丈夫なのか?」


 護衛の冒険者達に尋ねたら、良くも悪くも慣れているとのこと。

 仕事で馬車を使っているうちに、慣れてしまったらしい。

 それまでは誰もが尻の痛みを堪えていたから、気持ちはよく分かると言ってくれた。

 そんな彼らは侯爵様が雇っただけあって腕も良く、道中で遭遇した魔物もあっという間に倒していく。

 倒された魔物は、俺が調理魔法で「血抜き」して「内臓摘出」や「切り分け」で解体した後、肉は「冷蔵庫」に入れて道中の食料にした。


「いやぁ、旅に調理魔法の使い手がいると、こんなに快適だとは思わなかったぜ」


 護衛のリーダーを務めている剣士、ラッセルさんが調理魔法の「加熱」で焼けた肉を食べながら、上機嫌に喋る。


「ああ。まさか温かい食事を毎回食べられるとはな」

「これを知ったら、もう干し肉と硬い黒パンでの食事には戻れないぜ」

「調理魔法の使い手を、仲間に加えたくなるわ」


 ラッセルさんの仲間や別パーティーの方々も、温かいスープを食べながら同意するように頷いてる。

 彼らが食べているスープは、「調理器具・鍋」に「注水」で注いだ水へ動物系の魔物の骨をぶち込んで「加熱」させ、「抽出」で骨から旨味を数秒で取り出して「灰汁取り」と「臭み消し」で調整し、道中で採取した山菜やキノコや干し肉を具材にしたものだ。

 勿論、山菜やキノコからの灰汁も「灰汁取り」で取り除いて、弱めの「加熱」で調理してある。


「それにして、貴族の子なのに料理ができるんですね」

「調理魔法を授かってから出発までの半月だけど、屋敷の料理長の下で魔法の練習がてら教わったんだよ」


 尤も、覚えるべき技術が全て魔法でやれちゃうから、トーマスはとても複雑そうだった。

 焼くのも揚げるのも蒸すのも、全部魔力の調整一つで済んで火加減を覚える必要が無いし、冷やすことだって可能なんだから。


「スープに浸して柔らかくすれば、堅い黒パンも美味しい」

「狩った魔物や動物の肉を焼いて食ったことは何度もあるが、血抜きが完璧だとこうまで美味いのか」

「全く臭みが無いから、血生臭いのが苦手な私でも食べられるわ」


 「血抜き」の魔法も、わざわざトーマスが鳥を生きたまま仕入れて練習させてくれたから、今じゃ完璧な血抜きができる。

 それを初めてトーマスと試食した時は、全く臭みが無い味わいに驚いたっけ。

 まさか完璧に血抜きすれば、ここまで美味くなるとは思わなかった。


「喜んでもらえたのなら、なによりだ」


 食事の準備を手伝うと言ったら、最初は護衛対象なのに申し訳ないと断られた。

 調理魔法の使い手だと説明し、屋敷の料理長から手ほどきを受けたことを伝えると認めてくれて、温かい食事を提供したらそこからはあっという間にこういう状況になった。

 今では完全に食事の準備を任され、冒険者達が準備の手伝いをしている。


「シオン殿が冒険者だったら、うちのパーティーへスカウトしたのに」

「こっちも同感だ。彼がいれば食事は充実するし、「冷蔵庫」なる魔法があれば食材も運び放題だ」

「あいにくと、運び放題じゃないんだ」


 調理魔法の「冷蔵庫」にも許容量があって、それを越える量は入れられない。

 加えて通常よりも長い期間の保存を可能にはするものの、いずれは傷んで腐ってしまう。

 保存の方は期間を見極めて傷みやすい物から消費すればいいけど、許容量はそうはいかない。

 その辺りを説明すると、万能という訳じゃないんだなと頷かれた。


「ちなみに許容量ってどれくらいあるの?」

「えっと、確か……」


 許容量は人によって違うらしいから、トーマスと一緒に調べたことがある。

 仕入れのために利用している市場というへ出向き、そこの上役に頼んで貯蔵庫の中身を入れられるだけ入れてみた。

 その結果……。


「市場の食材貯蔵庫三つ分くらいだったかな」

『十分すぎるから!』


 うん、その反応は分かっていた。

 最初の一つを空にした時は驚いて、二つ目で怖くなってきて、三つ目で我ながらドン引きしたくらいだから。

 おまけに監視と見物目的で同行した市場の上役さんからは、その場でスカウトされたし。


「駆け出しの頃にあそこの清掃作業を請け負ったことがあるが、相当広かったぞ」

「私も昔、ネズミ退治の依頼を受けたから広さは知ってるわ。あれ三つ分って、どんだけ入るのよ」

「食材限定とはいえそんなに入るのなら、商人としてもやっていけそうだな」


 市場の上役さんからもそう言われたよ。


「とはいえ、こんな美味い飯を作れることも食材を大量に運べることも、貴族様の目には不要に見えるんだな」

「勿体ねぇな。食材専門の商会を立ち上げて運営させるとか、美食な貴族様のご機嫌取りとかに使えばいいのによ」


 なんか周りにいた大人達よりも、この人達の方がまともな意見出してるし。

 そんなこと、勝手に俺に期待していた連中は誰一人として言わなかった。

 今となっては後の祭りだけど、そういう道もあったと覚えておこう。


「ところで、奥さんになる令嬢のことは何か知っているんですか?」

「いいや、まったく」

「貴族あるあるですね。顔も知らない相手と結婚だなんて」


 そっ、冒険者のお姉さんの言う通り、顔も知らない相手との結婚なんて貴族じゃよくある話だ。

 貴族の時点で恋愛結婚なんて夢のまた夢、するのなら家を出る覚悟でしろだから。

 実家の兄も昔、婚約者ができた時は喜んでいたのに、相手と対面した後でとんだ豚女だと騒いでいた。

 自分も豚みたいな体型なのによく言うよと、心の中で突っ込んだもんだ。

 とはいえ断ったら相手の面子を潰して家の立場が危うくなるから、かなり我慢して受け入れている。

 ちなみに相手側は兄を気に入ったようで、頻繁に遊びに来ていた。

 確かに体型はちょっとアレだったけど、遊びに来たら必ず美味しいお菓子をお土産にくれる話しやすい良い人だ。


「どんな子か楽しみですか? それとも不安ですか?」

「楽しみが二で、不安が八ってところ」


 全く楽しみが無いわけじゃない。でも不安の方が大きい。

 領地が辺境ってこともあるから、割合としてはこんなところだ。


「まっ、あまり期待はしないほうがいいですよ。期待していて期待外れならガッカリですが、始めから期待していなければ、まあこんなもんかと納得できますから」


 要は心の余裕を持っておけってことか。

 年上からのありがたい助言、素直に受け入れさせてもらいます。

 そんなこんなで楽しくもちょっと大変な旅を続け、俺達はようやくバーナード士爵領へ入った。

 未開の地が多く、豊かな自然が残っている領地内を走っていると、前方に農村が見えてきた。

 そこの住人に領主の屋敷がある場所を聞き、さらに奥地へ進む。


「さっきの村で聞いたんですが、この領地には村や集落がいくつか点在しているだけだそうです」


 要は町と呼べる規模の集まりは無いってことか。

 おまけに土地としてもそこまで肥沃というわけでなく、貧しくはないが生活は楽ではないとのこと。

 辺境と聞いた以上、領地はこうした地だと覚悟していた。

 でもこれからここで暮らすとなると、少し不安が大きくなる。

 やがて領主の屋敷があるという場所に辿り着くと、そこは先の農村より大きい程度の村。

 辿り着いた屋敷も二階建てとはいえあまり大きくなく、ちょっと儲かっている商人の家って感じだ。

 その屋敷の前では先触れとして先行した冒険者の他、数人が並び立っている。

 俺が馬車から降りると、中央に立つ髪が長くて胸の大きい綺麗な女性が進み出てくる。

 うわっ、こういう人がこんな場所にもいるんだ。凄く、揺れてる。


「このような遠方まで、ようこそいらしてくださいました。私は亡き夫に代わりましてこの領地を治めております、バーナード士爵家の当主代理リーチェ・バーナードと申します」


 スカートの裾を摘まんで頭を下げるリーチェさんに、こっちも姿勢を正して挨拶する。


「この度、バーナード士爵家へ婿入りすることになりました、ザッシュ男爵家次男のシオン・ザッシュと申します。入り婿の身となる私を出迎えてくださり、ありがたく思います」

「まあ、これはご丁寧に。では当家の一人娘、セリカをご紹介します」


 さあどんな子なんだ?

 もう期待外れの覚悟はしてあるから、ドンと来い。

 そういう気持ちでいる俺の前に、リーチェさんに呼ばれて進み出て来たのは……。


「は、初めまして、バーナード士爵家の長女、セリカと申します。十四歳、です」


 緊張した様子でたどたどしい口調とぎこちない仕草で挨拶をする、ふわふわした髪と眠そうな目をした、小柄ながら母親似の素晴らしい胸が服の内側から存在感を主張している可愛らしい子だった。

 やばい、めっちゃ好みなんですけど!?

 助言をくれた冒険者さん、期待外れの心構えをしているところへ好みドストライクの子が現れた時の対処法、今すぐ教えてください!


「えっと、えっと……このような地まで、私のような者の夫になりに来てくれて、心から感謝します」


 いやいやそんなことはない、むしろ君のような子なら大歓迎です。


「いえいえ、そのようなことはありません。むしろあなたのような素敵な方の夫になれるのなら、こちらの方が心より感謝を申し上げたいくらいです」


 いや、何言ってんの俺えぇぇぇぇっ!?

 なんで心の中で思ったことをちょっと丁寧にした感じで言っちゃったんだよ、俺えぇぇぇぇっ!?


「へ、へぅっ!?」


 ほら、セリカ嬢が変な声出して耳まで真っ赤になっちゃったじゃないか。

 おまけにリーチェさんや冒険者や屋敷の使用人ぽい人達からは、生暖かい視線を向けられてるし。


「うふふ。愛娘をそう言ってもらえて嬉しいです。さあ、立ち話もなんですから屋敷へどうぞ」

「……はい」


 あぁぁぁっ、いきなりやらかして恥ずかしい!

 数秒前の俺を叱責したいぃぃぃぃっ!


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