8.『百鬼夜行Lv1』―『従属登録』―
「……子女郎、どうすれば良いと思う?」
宴が終わって約半日後。妖怪の主は平伏する魔物たちを前にして、腹心にそう聞いた。だが、男に最も頼りにされている人間の少女の姿をした狸は魔物たちに混ざって小さな拳を何度も突き上げ、こう声を上げたのだ。
「新首領様、万歳であります!これで我ら一族は、この森でも安泰でありますよ!」
「おいっ」
子女郎の行動に突っ込みを入れようとした男だったが、その前に魔物たちが立ち上がり、子女郎を真似るかのように雄たけびを発し腕を突き上げる。魔物たちには子女郎が何を言ったのか分からない。だがその熱量は、魔物たちの意思が子女郎の言葉と同じであることを存分に分からせるものだ。言葉を用いずとも、同じ方向を向いていれば何となく感じることが出来るのかもしれない。
もしくは、子女郎が面白がってか、それとも主の利となると考えてか、魔物たちの考えを汲み取り焚きつける流れを作っただけなのかもしれないが。
「まぁまぁ主殿、彼らの元首領はしばらく満足に動けない状態であります。この森でリーダー格を欠くことはすなわち、生存競争に敗北することと同義だと思うのでありますよ。魔物たちのために、とは言わないでありますが『百鬼夜行』の新しい能力を調べるためにも、もう少々ここに留まっても良いのではないかと愚考するのであります」
「『従属登録』と『従属百鬼化』か。『従属登録』の方は『ランダム召喚(小)』より使用するポイントは低いが、これなんか意味あるのか?この魔物たちは今、自主的に俺の配下になっているんだろ?」
「さぁ……でも、命令を強制的に実行させれるようになったり、意思疎通が出来るようになったりするかもしれないでありますよ。なんでも試してみないと分からないのであります」
「それはそうだが、なんかなぁ。別に魔物を仲間にしたいわけじゃないし、命令したいこともないしな。それに俺は、そんな器じゃないしなぁ」
子女郎はやけに口を濁す渋面の主の周りをくるくると回りながら、説得を続ける。
「主殿、自身の願いを叶えるためには、最低限の力が必要なのでありますよ。主殿がいくら途方もない力を持っているとは言っても、一人では限界があると思うのであります。そう主殿は今、個人の武力しか持っていないのでありますよ。資金、名声、地位、人脈、衣服……何か一つでも誇示できるものがなければ、我々の復興など夢のまた夢であります。その基盤を築くためにも『百鬼夜行』の調査は必須でありますし、人手?魔物手?も多ければ多いほど良いと考えるのでありますよ」
「衣服はあんまり関係なくない?いや、身分とかを表明するには便利かもしれないけど。あと、服はちゃんと着てるからね?」
やはりシミや糸くずの目立つ張り裂けそうな衣服は、昨日忍小狸から受け取ったものだ。すでに小狸たちと魔物たちの顔合わせは済んでおり、現在小狸たちは魔物の巣の周囲の見張りについている。
妖怪の主は吐息を吐き出した。それは、自らの心の淀みを一生懸命追い出しているように長い長いものだった。
「そうだな。俺とこのスキルだけで全ての事を成すなんて、無理だ。じゃあまずは、魔物たちの元ボスから『従属登録』を試してみるか」
男はそう言って洞窟へと向かっていく。
魔物たちの元首領は洞窟内部で療養中だ。勝負に負けた精神的なショックや肉体的な疲労は大してないようだが、牙を引っこ抜いた傷跡がもたらす痛みに呻いて横たわっている。その横には昨日人間と争っていた傷だらけの魔物もいて、こちらも荒く喉を鳴らしているようだが一命は取り留めたようだった。
『従属登録』を試すことを決意した男がそんな重傷者二名の側へ近寄ると、元首領の方は動ける程度の力は残っていたらしく、ゆっくりと身を起こそうとする。
男は、身振りで安静にしているよう手を前に出し軽く上下に振ったが全く伝わらず、しょうがないなとばかりに肩を竦めて『百鬼夜行』を発動した。
淡い光の線が男を中心に高速で迸って行く。魔物たちが土の塊や炎を生み出す際に浮かび上がった幾何学的な図形。それより遥かに密度の大きいものが一秒と満たず描かれたかと思うと、男の眼前に青白い極薄の長方形が現れた。
「なぁ子女郎。子女郎にはこの宙に浮かぶ青白の四角い図形みたいなのって見えないんだよな?」
『百鬼夜行』を発動した際、魔物たちから一斉に注がれた不思議そうな視線を受けて男は聞く。以前にも確認していたのだが、それはポイントの確認のためだけに手早く発動した際のことだ。本格的な発動を子女郎が見るのは初めてのことで、そう言えばと改めて彼は聞いたのだった。
「主殿の周りがいきなり光ったのは見えたのであります。ただ、図形とやらは見えないのでありますし、青白いものも確認できないでありますね」
「じゃあこの魔物たちも、一瞬光ったのが見えたから俺の方を見てきたのかな?洞窟内がほの暗いってのもあるが、結構目立つな」
青白い四角の中央に踊る『百鬼夜行』の文字を指で叩くと『ランダム召喚(小)』『従属登録』『従属百鬼化』の項目が表れる。まるでメニューツリーのようだ。
「えっと、従属登録は……」
たどたどしい手つきで『従属登録』を選択すると、ずらりとコボルトと言う名称が並んだ。どうやら、この洞窟を巣にしている魔物たちの種族名はコボルトと言うらしい。一つだけコボルトリーダーと言う指導者的立場のような名前があるが、これが恐らく首領の事なのだろう。
「うわ……コボルトって名前が八つくらい連なってて、どれがどのコボルトか分からないぞ。ええと、八ってことは……」
首を左右に振り、近くにいるコボルトたちの数を数え始めた。だが、その間にも表示されるコボルトの数は増減を繰り返す。男は若干イライラしてきた心を紛らわせるように、並んだコボルトと言う名称の一つを人差し指で少し強く叩いた。すると近くで様子を伺っていた一体の魔物が、先ほど指で叩いたコボルトの対象なのだと頭の中に伝わってきた。
「これ、名前を押せばその対象がどいつの事を示しているのか分かるのか。どんな原理なんだ?」
試しにコボルトリーダーの文字を押すと、やはり元首領がその対象であることが分かる。それではと元首領から距離を取ると、おおよそ五メートル程度離れたところでその名前が消失した。
有効範囲を調べたところで男は再び元首領の近くへ寄っていく。さっきから一体何をしているのだろうかと元首領は不安気だ。突然光ったかと思えば、一人でぶつぶつ何か言いながら周囲を見回したり、遠ざかったと思えばまた近づいてきたり。コボルトたちの基準でも、おかしな存在にしか見えない。
「それじゃあやるか。ただ『従属百鬼化』はポイントが全然足りないから……えっと、コボルトリーダーを選択して『従属登録』っと」
『従属登録』の文字を押した途端、コボルトリーダーはびくりと一度体を震わせた。やや間があり、魔物たちの元首領は深く深く頭を地に付ける。それは新たな長となった妖怪の主に対する敬意であり、彼ら一族の繁栄を託した願いが籠ったものでもあった。
「従属登録完了」の文字が青白い画面に浮かび上がる。同時になけなしのポイントが減少し、もはや二桁寸前だ。『ランダム召喚(小)』や『従属百鬼化』に比べれば消費ポイントの低い『従属登録』でも、あと一体が限界だろう。
「元首領が反応したでありますね。それで、どうでありますか?何か変化があったのでありますか?」
「特に何も感じないかな。コボルトリーダーの方はどうだ?」
「こぼるとりーだー?」
『百鬼夜行』のメニューが見られない子女郎は、主の口から出てきた聞いたことのない言葉を復唱した。だが主が魔物の元首領の肩をぽんと叩いたのを見て、それが名称であることを把握する。
肩を叩かれたコボルトリーダーは、頭を地面から上げて妖怪の主を見つめた。どうやら肩を叩かれた意味を理解しようと必死に考えているらしく、面白いくらいに表情筋を動かしたり、自ら叩かれた肩を手で叩いて真似をしたりしている。
言葉が通じているような様子はない。ついでにと、横になって安静にしていろ、とコボルトリーダーへ命令口調をぶつけてみたものの、やはりそれも彼を更に混乱させるだけだった。
「う~ん、なんか意味あるのかこの能力?登録料だけ取られるなんて、よくある詐欺みたいじゃないか」
「ポイントを使う以上、何かはあると思うのでありますが……」
詐欺を疑う男はもう一度『従属登録』を行うべく、近くのコボルトを対象にして能力を発動した。そのコボルトは、コボルトリーダーがとった行動と同じように頭を地に伏し従属的な態度を取る。だがやはり命令も言葉も通じず、登録前との差異もない。コボルトリーダーを登録する際に使用したポイントよりは低かったものの、これでは金をどぶに捨てているようなものだ。
「……クーリングオフ機能とかないのか?」
「異世界で消費者庁を求めても無駄であります。それはそれとして、申し訳ないのであります。まさか、本当に登録するだけとは思わなかったのでありますよ……」
指と指をいじいじと合わせながら子女郎が頭を下げた。もうそろそろ相手が頭を下げてくる光景を見飽きた男は、大丈夫だから、と頭を上げるよう伝えてから続ける。
「新しい能力を試すのは当然のことだから、子女郎が気に病むことじゃない。問題は使えないこの能力だ」
宙に浮かぶメニューを連打しながら男が憤った。ポイントの消費量はそう痛いものではないが、利用価値が見出せないものを堂々と表示するなと言う恨み辛みが溢れている。
「本当に役に立たない能力だな、全く!」
男は大声で、そう吐き捨てた。
「これは神能力だわ」
美しい掌返しが行われたのは、それから数時間後の事だった。男が暇に飽かして『百鬼夜行』のメニューを開いたところ、そのポイントが微増していることに気が付いたのだ。増加量自体は大した数値ではない。だがポイントが増加するまでの間、それに繋がる行動を男や小狸たちは何もしていなかったのだ。
つまり心当たりは一つしかない。『従属登録』を行ったコボルトがポイントを得られるような行動をしたのだろう。
それを裏付けるかのように、コボルトたち数体が狩ったばかりと思われる魔物の死骸を巣に運んでいた。その狩りに出かけていたコボルトの中に『従属登録』を行った者がいたのだ。
「五十ぽっちだったとはいえ、このコボルトが魔物を狩ったりするたびにポイントを獲得できるんだろ?登録する時には制限のあった距離なんかも関係ないっぽいし、登録しどくじゃないか?」
「登録した従属が亡くなったりすると損になるかもしれないでありますが、コストは低いですし基本的には利益になると思うのであります」
子女郎と妖怪の主に褒め称えられた例のコボルトは、右手に持った木の棒を狭い洞窟内で振り回し自らの武功をアピールする。他のコボルトたちが抗議するように喚き立てているが、どこ吹く風と言った様子だ。
「まぁ、どことなく詐欺師っぽい気がしなくもないが、コボルトたちは喜んでいるようだしウィンウィンってことで……」
微妙な罪悪感を男が吐き出すと、子女郎も同意するように小さな顔を曇らせた。拒否権があるのか分からないが、コボルトたちは確かに妖怪の主からの『従属登録』を受け入れている。それに、そもそも彼らは男に従う気満々だったのだ。
ではこの後ろめたさは何なのか。人間的な理性ではなく、かといって妖怪の本能から目を背けている男にははっきりと理解できない。
「……とりあえずコボルトリーダーが動けるようになるまではここに居て、ポイントを貯めつつ『従属登録』をしていくか。いつになったら人間たちの町にたどり着けるのかって話だけど」
「主殿は昨日、コボルトたちと人間の争いに割って入った際に、ばっちり顔を見られているであります。ガルドオズムで噂になっていた際には幸運にも外見的特徴が一致していなかったのでありますが、今回もそうとは限らないのであります。いえ、むしろガルドオズムの噂と繋がって、本当に大事になっているのかもしれないのでありますよ」
「あぁ、そう言えばそうだった。じゃあ俺は、申し訳ないけどしばらくここに居させてもらおうかな……いつになったら異世界の町を堪能できるのやら」
これからの方針を決めた妖怪の主がぼやく。彼の言葉は空洞内でじんわりと響き渡ったが、対照的に洞窟の外ではコボルトたちが唸り声を互いにぶつけあっていた。
その唸り声は次第に怪しい熱を帯びていき、不吉な何かを予感させるのだった。




