7.龍瘴の森―煙と消ゆ―
洞窟内部は、仄かな明るさを保っていた。岩壁の一部が光源となっているようだ。それが不可視の力によるものか、それともそのような性質を持った何かがあるのか、興味深いところだろう。ともかく、夜目が利く妖怪たちでなくとも、ぼんやりと周りの状況が確認できる明るさだ。
「うぅ……何かの骨が散乱しているのでありますぅ。それにさらに奥の方から、なにやら強い存在の気配が……まだ、たぬき汁にはなりたくないのでありますよぉ」
先導する身分の高い魔物についていく主人の、血で赤く塗られた上着を掴みながら子女郎は嘆いた。二人の後ろをぞろぞろと付いていく魔物たちはそんな子女郎の姿に、もう一人と違ってかなり弱っちそうだな、と嘲るように彼女を指さす。
「ああ、やっぱりさっきの奴はボスじゃなかったな。こっちの気配の方が強大だ」
「狭い場所なので、万が一の時には力の加減に気を付けるのでありますよぅ……」
少し進むと、ひと際大きな空間に出た。木で制作したらしき歪で汚いテーブルのようなものがいくつか設置されていて、その上には判別の難しい様々な物体が乱雑に置かれている。人間の兜を変形させて作った器らしきものや、切り分けられた赤黒い物体や、転がった獣の足のようなものから推測すると、ここは食肉解体兼食事用の部屋なのかもしれない。
「意外に文化的みたいだぞ」
「このグロテスクな惨状のどこに、文化的な要素があると言うのでありますか……!?」
「子女郎、服が破れる、破れるからちょっと力を抜いて!こんなところで裸になったら、文化的だどうこうだと言えなくなっちゃうからぁ!」
こいつらうるさいな、と思ったのかどうかは分からないが、先導していた魔物が踵を返して二人に一度ぺこりとお辞儀して見せると、先へ進むように手で促してきた。他者の住処でぎゃあぎゃあ騒いでいる妖怪たちより、よっぽど文化的だ。
「あ、ども、すみません」
服が破れかけている男は思わず謝り返してしまった。子女郎も、申し訳ないであります、と謝罪して二人は再び奥へと進み始めた。
やがて灯りが強くなっていく。同時に、強大な気配に近づいていることも分かる。先ほどの食事用の部屋より少し大きい灯りに満ちた空間がこの洞窟の最奥の様で、そこには犬や狼の顔立ちに似た魔物たちと同じような容姿の、しかし二回りは大きな魔物の首領が胡坐をかいて座っていた。
妖怪たちを案内していた魔物が、深々とその大きな魔物に頭を垂れる。それから、壁に立てかけていた細長い杖のようなものを手に持つと、大きな魔物の少し隣で直立した。どうやらここの首領の側近のようだ。
「今まで会った魔物の中では、一番強いな」
異世界に転移しておおよそ二十数日。それまでに返り討ちにした魔物の数は、かなりのものになる。だが一目で分かるほど眼前の魔物は圧倒的だ。
彼が知る範囲では、だが。
魔物たちの首領は、どうすれば良いのか、どうしたものかと考えている二人に対し、地面を軽く叩いて見せた。
「座れってことかな?」
妖怪の主は、首領の前に座って同じように胡坐をかいた。それから子女郎が、杖を持った魔物を真似するように主の隣で直立する。
少しの間、妖怪の主と魔物の首領の瞳がかち合い、すぐに首領が顔をそむけた。首領は、近くに置いていたはっきりと器だと分かる金属製の物体を彼に差し出す。その中には、透明な液体が並々と注がれていた。
「無臭だな。飲んでいいのか?」
当然言葉など通じるはずもない。それに、突然差し出された液体を躊躇もなく口を付けられるものは殆ど居ないだろう。だが、首領は彼が飲むだろうと分かっているようだった。そしてその通りに、特に怪しむ様子も見せず、妖怪の主は液体を飲み込んだ。
喉が少し焼ける感覚がする。だがそれは、アルコールとはまた違った爽快な刺激だ。味はあまり感じられないが、これは喉を通る一瞬の刺激を味わうものだと納得させられる。
「うん、美味しい。腹に入った後は、また違った面白さがあるな。上手い物を適度に食べた後のような、心地いい満腹感がする」
男の満足げな様子が伝わったのか、首領は、にぃ、と横長の大きな口元を釣り上げた。
それからの流れはあっという間だ。首領の大きく長い吠え声と共に、ぞろぞろと手下たちが集まってくる。彼らは、首領が岩の壁に描かれていた奇妙な記号の一つを大きな指で二回叩いたのを見て、すぐに最奥の空間から出ていった。
洞窟の外で、大きな物音がしている。子女郎は、小狸たちが見つかって戦闘にでもなっているのではないかと不安になったが、そうではないようだった。首領の手下たちは洞窟内を駆け回り、貯めこんでいる枯れ木やら、散らばった骨やら、戦闘に関係のなさそうな物を外へと運んでいっているようだ。
しばらく妖怪の主が不思議な水を楽しんでいると、首領の隣の杖を持った魔物が水を飲む男に一礼して部屋から出ていく。外の様子を見に行ったのか、何かの準備をしに行ったのか。
「(はぁ、これからどうなるのでありますかね……肝心の主殿は楽しそうでありますし)」
首領と主は、身振り手振りを用いて意思疎通を図っているようだった。恐らく互いに伝えたいことは一割程度も伝わっていないだろう。だが、とにかく楽しそうなのは、どちらもポジティブな感情を浮かべているからかもしれない。
さて、外の準備が終わったのか、先ほど出ていった杖を持った魔物が戻ってきた。出ていった時とは少し格好が違う。持っている杖は、どこで変えたのか槍に似た造形に変わっており、頭には何かの魔物の毛で作ったらしき奇妙な被り物が乗っていた。
首領の側近は、一、二時間ほど前に首領が指で叩いていた記号に近づいてそれを一回叩く。すると首領は僅かな間、目を鋭く細め、次に立ち上がって自身の部屋から出ていった。それを見届けた側近は、自分の後に続くようにと妖怪の主と子女郎を手招きする。妖怪の主は素直に立ち上がって頷き、子女郎は警戒を保ったまま側近の後ろ姿を注視した。
「駄目だったか」
己の主が少し残念そうに呟いたその言葉が耳に届き、それで子女郎は外で行われていたのが何の準備であったのかを、大体悟ったのだった。
青暗い森に、火の光がじんわりと広がった。火の傍には、一体の魔物が横たわっている。火傷の跡や傷の位置から察すると、妖怪の主が背負っていた魔物のようだ。
火と横たわる魔物を囲むように、同じ姿をした魔物たちが座っている。
みな、一様に黙している。
彼らの首領が、その囲みを割り、横たわる魔物に近づいていく。その傍には首領の側近の姿もあり、彼が持っていた杖を宙に向けてくるりと一回転させると、そこから淡い光を放つ幾何学な図形と少しして鋭利な土の塊が現れ、衝撃と共に地面に突き刺さった。囲みの一員となっていた妖怪の主と子女郎は、ここで初めてまじまじとこの世界の不可思議な力を見ることとなったのだ。
首領は地面に突き刺さった土塊を引っこ抜き、空に掲げた。それから何を思ったのか、その塊を横たわる魔物の腹部に向けて突き刺した。
土塊が腹を軽々貫通し、血が飛び散る。だが、絶叫は聞こえてこない。もともと、その魔物の命は失われていたのだ。
首領が風穴のあいた魔物をしばし見つめ、それから先端が紅に染まった土塊を再び空に掲げる。側近がそれに合わせるように杖をまた三回転させると、しばらくしてから燃え盛る炎が吐き出され、命が失われた魔物を煙へと変えていく。
「これが彼らの見送り方なのか」
最後に長い長い遠吠えを響き渡らせた首領を見つめながら、妖怪の主は少し感慨深げに零した。すでに寂し気な雰囲気はなく、今はこの見送りに混じった客人たちを持て成す準備へと移っているようだ。
もしくは、もともとこの儀式を終えた後には宴のようなものが開かれるのかもしれない。
「亡くなった魔物が、この集団の中でどのような役割だったのかは分からないでありますが……この危険な森で魔物一体の死は、特段珍しいことではないように思うのであります。もしかするとこの儀式は、救おうとしてくれた主殿に敬意を払って行われたものかも知れないでありますね」
「おぉ……そんなこと、一切思いつかなかった。それなら、子女郎の方が感謝されるべきだと思うけどな。止血したのは子女郎なんだし」
「人間と彼らの争いに変な動機で割って入ったのは主殿でありますよ」
からからと音を立てる骨の首飾りを身に付けた魔物たちが、炎の周りに集まり、踊り始めた。それを眺める男と子女郎の前に、謎の肉の塊が盛られた皿が置かれる。思わず子女郎は口を引くつかせてしまったが、男の方は興味深げに塊を持ち上げ、しげしげと眺める。
「うん、黒ずむくらい焼かれてる。生でも食べられるんだが、人間の姿をしているからな。配慮してくれているぞ」
「子女郎は雑食でありますが、原料原産地の表示されていない食べ物は遠慮したいのであります……」
「森の中で意識高すぎない?嬉しそうに魚を口に咥えていた子女郎さんは何処に行ったの?」
だがその子女郎も果実や木の実が運ばれてくると、恐る恐ると言った様子だったが、匂いを嗅いでから手を付け始めた。それらは彼女の舌から合格をもらったようで、次々と少女の口に運ばれていく。
「主殿、中々甘くて美味しいのでありますよ」
「よかったな。この謎肉の方は、苦みはあるが食感はなかなかのものだ」
炭化したゴムのような肉を歯で引き千切りながら評価する。ギャリギャリ、ととても食べ物から聞こえてきて良い音ではない。まるで、コンクリートをドリルで砕いているようだ。
そんな二人の前に、魔物たちの首領がやってくる。その手には、その巨躯に相応しい大きな金属の剣が握られていた。この魔物たちに金属製の武器を鋳造できるような技術があるとは思えないため、人間から鹵獲した物である可能性が高い。これほど重そうな得物を扱える戦士なら、きっと中々の腕前だっただろう。それを首領が打ち倒して、手に入れた物なのだろうか。
首領は妖怪の主へ見せつけるように自身の武器を手で何度か叩き、その剣の切っ先を見世物が行われている宴の中心部へ向けた。
「お、やるか?この宴のメインイベントってんなら、精一杯盛り上げてやろうか」
「あるじどのー、がんばれー、でもやりすぎはだめでありますよー」
果実に夢中な子女郎は、主がこうやる気になっていては諫めても無駄だろうな、といった諦観を加速させて脱力した声援を送る。一時は主の影に隠れて怯えていたのにすごい変わりようだ。演技だったのかもしれないが。
首領と妖怪の主が揃って中央に向かっていく間に、魔物たち数体がサスマタに似た形状をした大きな何かを洞窟から持ってきた。ただサスマタにとって大事な対象を捕えるための余地がなく、丸みを帯びた先端の骨組みの端から端を覆うように、何かの皮が張られていた。
魔物たちが、一斉にそれを薙ぐと彼らの高い雄叫びに似た音が発せられる。同時に、骨の首飾りを付けていた魔物たちがそれを首から外して手に持ち、緊迫感を煽るように激しく振り回し始めた。
「文化的な要素がない、と言ったのは撤回しなければならないでありますね」
子女郎はしみじみと呟いた。指揮者のいないその演奏は、野性的で、荒々しく、調和がとれていない。ただただ各々が他者の動きも考えず、自分に出来る精一杯を行っているだけだ。
だが、大地の胎動が聞こえるとすればこのようなものではないかと言う迫力がある。それは勝負が行われる場においては、まさにぴったりの曲だった。
再び洞窟から魔物が何かを運んできて、それを妖怪の主の側に置く。武器だ。首領の得物ほどではないが、勝るとも劣らない武器が数点輝きを放っている。槍、杖、剣、盾などなど、どれもこの魔物たちの宝だろう。だがそれを、無手の男へ貸そうというのだ。
さて、どうすればより盛り上がるか。武器を眺めながら男は考える。そして、ちょっと申し訳ないなと思いながら、並べられた武器の中で一番頑丈そうな大剣に近づいていく。
男は大剣の柄を掴まず、その刃に手を当てた。どんな意図があるのかと魔物たちの視線が注がれた刹那、彼らは息を吞んだ。大剣がまるで、細い木の枝のように軽々と曲がり、へし折れる。そうして男は、流石に驚愕していた首領に対して素手で構えたのだ。
首領はもちろん、男をただの屈強な人間とは思っていなかった。その飲み込まれるかと思うほどの気配はどちらかと言えば魔物に近い。
だが魔物とは違う、何か恐ろしいもの。
けれど、ただ恐ろしいだけではない何か。
それが首領の、妖怪の主に対する印象だった。
それでも男に勝負を挑んだのは、群れの長としてのプライドか、それとも興味か。
しかしまさか、ここまでとは。
素手で構えた男に対し、首領は初めて男に分かる程度にだが短く頭を下げた。武器を用意したことは非礼だったと詫びたのだろうか。
「(むしろ、パフォーマンスに使ってすまないと俺が謝るべきなんだけどな)」
妖怪の主は別に武器が使えないわけではない。かつては三振りの名剣を用いて、あらゆる敵を圧倒していた。彼が先ほど折った剣も、一度くらいならば振り下ろしても四散しないかもしれない。だが結局、男の操る怪力によって数秒と持たず使い物にならなくなるのは明々白々としている。だったら、素手で問題ないと証明するとともにパフォーマンスを行った方が良いのではないか、と考えた結論が先ほどの行動だったのだ。
「いいから、やろう」
男はそう言い、自身の拳と拳を軽くぶつけた。男の行動を見て、首領が大剣を構える。
その近くに杖を持った首領の側近がやってきて、その杖を二回転させた。構える両者の頭上に青く光る円が浮かび上がり、そこから小さな青い火花が飛び散った。
首領が、大剣を素早く振り下ろす。型も理も何もない、ただ腕力にまかせた一撃だ。だがそれは地を砕き、周囲を軽く揺らすほどの威力を持っている。そこらの戦士の装備など、バターの様に真っ二つにしてしまうだろう。
「(悪くない一撃だ……!)」
もしこの得体の知れない何かに通用するなら、この最初の一手にして全力の一振りしかない。そんな首領の決意を感じ、妖怪の主は自身の昂揚を自覚した。
力を漲らせた腕が赤黒く変色する。元々人間の中でも太かった腕が、さらに何回りも膨れ上がり巨大となった。硬質化した拳が首領の一撃と交わり、男の顔はこれまでにないほど破顔する。拳から、確かな強者の重みが伝わってきたからだ。
いいねぇ。もっと、自分を解放していこうぜ?
男にとって、自身が負けるとは一切思えない相手だったが、これまで相手をしてきた魔物よりかは遥かに手ごたえがあることも確かだ。
妖怪の喜悦はしかし、つかの間だった。甲高い耳障りな音がして、首領の得物が折れて宙に舞い上がったからだ。
妖怪の主は冷めた瞳で上を向いた。折れた白刃が、幾重もの木の枝をものともせず空へと昇っていく。小狸たちが待機している場所でなかったのは幸いだ。
随分綺麗にほぼ垂直に飛んだものだなぁ、と小さくなっていく刃を眺めながらぼんやり考え、急激な昂揚を落ち着けるように軽く目を瞑ると、そこで聞きなれた声が大声を張り上げているのに気が付いた。
「終わっていないのであります!主殿!」
目を開け視線を下ろすと、首領がその大きな口を全開に広げた姿が飛び込んでくる。その口の中には、首領の側近が使っていた不可思議な力。その根幹たる淡く発光する円形のようなものが浮かび上がっていた。
「あ」
間抜けな一語が口から漏れ出ると同時に、炎が男を包み込んだ。魔物の遺体を煙へと変えた側近ほどの威力や範囲はない。だが、そもそも人の命を奪うのに、そこまでの火力は必要ないのだ。剣が折れてから六秒も経たない間に放たれた攻撃としては、脅威的なものだろう。
元々首領は、渾身の一撃が皮一枚程度しか切れなかった時点で、負けを認めるつもりだった。力の差は歴然としているし、男は手下を助けてくれた恩人だ。だが剣が折れた際の彼の冷めた表情を見ると、どうしても一泡吹かせてやりたくなってしまったのだ。
延焼を恐れた首領の部下たちが、燃え広がろうとする炎を消化すべく集まり始める。
立ち上る煙の中から、沈んだ声が発せられたのはその時だった。
「はぁぁぁ……何だ?俺は全裸になることを運命づけられてんのか?」
周りの炎を裸足で踏みつけて消化しながら妖怪の主が、全裸でそう言った。服は首領の炎で煙と消えたらしい。
「主殿!お体は大事ないでありますか?」
子女郎が駆け寄ってくる。ただの炎ならばなんてことはない。だが、この異世界の不可思議な力にその身を晒されたのだ。
「ああ。ほんのりひりひりするだけだ。全く、油断してた」
この主、大体油断しているな。子女郎はそう思わざるを得なかったが口には出さなかった。
対して全身全霊を使い果たした首領は、精神的なショックもあってか地面に膝を付けている。剣折れ魔尽き、流石の首領も戦意を保ち続けられないようだ。それでも意地だけは貫き通すつもりなのか、妖怪の主から目を離すことはない。
「まだやるつもりなのか?宴のツマミにしてはちょっとヘビーだろ」
全裸の男が首領に近づき、その身を八割程度に縮こまらせてしまった大剣を取り上げた。そして、その武器とは呼べなくなったガラクタを片手で持ち、空に向かって突き上げる。
やや間があり、魔物たちが次々と吠え声を響かせた。敵意ではない。敬意の表現だ。魔物たちも、首領の側近も、そして首領でさえ男を讃えるように何度も何度も繰り返す。
「主殿、許して良いのでありますか?最後のあの炎からは、主殿を仕留めるという意思を感じたのであります」
「確かにあの炎には驚かされたが、いい教訓になった。それに、宴の席では多少の行き過ぎもあるもんだろ?純粋な殺意、ってわけでもなかったし、俺を傷つけられる力がないことは分かっていたことだからな。カッカしても、仕方ない」
「主殿がそう仰るのであれば、部外者が口を出すことではないのでありますね」
子女郎と裸の男が話していると、立ち上がった首領が側に来て男に頭を下げた。男はそれを、服を燃やした詫びなのだろうと笑顔で対応しようとする。
だが首領は頭を下げたまま、献上するかのように何かを両手で手渡してきた。
「ん?んん?ナニコレ?どういうこと?」
それは鋭利な牙だった。しかも少し鼻につく赤い液体が垂れている。意味が分からず男は、指と指の先端でそれを持ってただただ顔を顰め、それから首領へ返そうとした。
「正直いらないんだけど……なんかベタつくし」
だが首領は顔を上げると、ぼたぼたと血が流れる大きな口をにんまりと歪め、鋭い目を力一杯垂れ下げて、ぐいぐいとそれを押し付けてくる。恐らくは満面の笑みのつもりなのだろうが、妖怪の子女郎ですら、ひぇ、と漫画的な萎縮声を上げてしまうほど凄まじい表情だ。
「いやいやいや!その血の量やばいって。分かったから、受け取るから早く安静にしていてくれ。と言うか、まさかこの牙ってあんたのかよ」
仕方なく男が受け取ると、首領はどこかほっとしたように表情を和らげて、洞窟に向かって歩いていく。意外なことに、首領に付き従って洞窟に戻ろうとする部下は側近ぐらいのものだった。
「これどうしよう…………ま、考えても仕方ないか。きっと服を燃やしたことに対するけじめだろうし、無下にするわけにはいかないよな。さて、宴のメインイベントは終わったし、俺は観客に戻るとするよ。あんたらは見世物を続けてくれ」
通じるとは思っていなかったが、男は自分を一心に見つめる魔物たちにそう言って宴の中心から離れて地面に座ると、魔物たちを指さし、今度は先ほどまで自分が居た場所を指した。
するとそれをどう解釈したのか、魔物たちが各々武器を洞窟から持ち出して来て、首領と妖怪の主と同じように一対一で戦い始める。
どちらかと言えばあの荒々しい演奏を聞きたかったんだがな、と思いながら男は草を枕にして寝そべった。
妖怪の主はまだ気づいていない。
スキル『百鬼夜行Lv1』の能力に、ランダム召喚(小)以外の項目が増えていることには。




