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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
さぁ、百鬼夜行を始めよう
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6.龍瘴の森―魔物の巣―

  明らかにサイズの合っていない服を着た怪しい人物の突如とした出現に、人間たちはおろか、魔物でさえも驚いて一時停止してしまう。

  だが、仮に動けたとしても結果は同じだっただろう。謎の男は、まず静止した魔物の木の棒を軽く拳で叩いて粉砕すると、次に気を取り戻して腕に力を込めた魔物の握っていた武器をも瞬く間に破壊した。最後に、ほとんどケガを負っていない魔物が振り下ろしてきた武器を右掌で軽く受け止めると、五本の厳めしい指を少し後ろに反らして勢いをため、それらを武器に向けて曲げる。すると、木の棒はあっという間に抉り削れれて真っ二つになってしまった。

  「な……んだ、こりゃ。あんた、一体何をしたんだ。いや……何者なんだ?」

  数秒で魔物の得物をただの木の屑にした男に、戦士が問いかける。一つ確かなことは、このパツパツ衣服の男が魔物の戦闘能力を大幅に低下させたと言うことだ。つまり行動からは自分たちの敵ではないことは分かるのだが、しかし、怪しすぎる。

  その怪しすぎる男は、魔物を追い詰め人間に助太刀するこの状況に、不思議な疎外感を覚えて立ち止まった。

  「(……いや、なんか……やっぱこれは、違うな。このままじゃあ、なにか見失ってしまう様な……)」

  人間たちの戸惑いは、次の瞬間さらに深くなった。何を考えたのか不審人物は、戦士が手に構えている剣を素手で掴むと、それをぐにゃりと曲げたのだ。

  この行動に一番混乱したのは、魔物でもなければ、人間たちでもないだろう。茂みに隠れて様子を見守っていた子女郎たちだ。

  「(何を……何をしているのでありますか、主殿は……)」

  子女郎は、出来るかどうかはともかく、主が人間の味方について彼らから信頼を勝ちえ、そこから情報収集なりなんなりを行うと思っていたのだ。だがいま主が行っているのは、人間、魔物共々に喧嘩を売る行為だ。

  妖狸の当惑を他所に、彼女たちの主は他の三人の人間の武器をも無力化していく。盾を、杖を、ハンマーを、それはもう飴細工のごとく、ぐにゃぐにゃに曲げ、折る。最後にそれらをぎゅっと纏めて綺麗なただの円形にすると、ぽいっと軽い勢いで地面に落とした。

  「えっと、すまない。今は持ち合わせがないが、弁償出来る金が手に入ったら渡しに行くから」

  そう言って頭を下げたこの不審人物の言葉を、正しく理解できたものは一人もいない。魔物も、人間も、妖怪ですら、ぽかんとただ静止して、その下げた頭を見つめている。

  いや、違う。真っ先に正気に戻った子女郎は、側の忍狸に自分に合わせるよう合図を送る。

  子女郎は子女郎で、今自分が出来る最善を行うのだ。

  言葉にならない、と言った様子で人間たちは自分たちの戦う術を奪った男を指さす。一体どんな存在が、剣を、まして盾をあんなふうに軽々と手で変形させられると言うのだろうか。戦士の指が指し示す男は、伝説で語られているような古の魔王でも、日がな燃え盛る嶮山で脱皮を永劫に繰り返す蛇の暴君でも、密林で覇を唱えた獣人たちの王でもない。

  彼らと同じ、人間の姿なのだ。

  「何だこいつ、訳が、わかんねぇよ……剣が……弁償って……俺は夢でも見てんのか?」

  戦士が他の三人に問いかけるが、他の三人だって同じような状態だ。自身の愛用していた武器が見るも無残な姿になっているのに、怒りすら湧き起こらない非現実。そんな人間に、さらなる追い打ちがかけられる。

  近くの茂みから、何かがゆっくりと姿を現したのだ。それは、茶色と黒が入り混じったふさふさの体毛と、ゆったりとしたカーブを描く二つの耳、そしてこげ茶色のまん丸とした鼻を持った、四本足の何かだ。姿形は愛らしいかもしれない。だが、人間たちより何回りも大きい。その白いお腹で、彼らを潰せるほどには。

  「うわぁぁぁぁああ!!」

  真っ先に戦士が逃げた。戦士の拠り所である剣と盾を失った彼は、もう限界だったのだ。それは他の三人も同じことで、ぼんやりと明るい街道の方へと走り去っていく。

  その姿が木々に阻まれ見えなくなると、茂みから少女の姿が現れた。子女郎だ。彼女は忍狸と共に幻術を使って、妖怪らしく巨大な狸の幻を人間たちに見せたのだ。主では事態を収められないと判断して咄嗟に行ったことだったが、それは恐らくその通りになっていただろう。

  頭を抱える子女郎は、主のお腹に一発ぽすりとパンチを入れたが、それは結局自分の拳を痛めただけだった。

  「何を考えているのでありますか、主殿は……」

  「いや、逆によく考えてみたら、転移した俺たちにとっては人間も魔物も大して変わりないなって」

  「は?」

  どういう意味で言っているのか。力関係なのか、敵味方の視点なのか。とにかく子女郎の口から発せられた疑問符は、珍しく冷たいものだった。

  「そ、そう睨むなよ。子女郎の言いたいことは分かるし、それが妥当だってことも分かっている。ただ、ふと頭に思い浮かんだんだ。いや、もともと頭の片隅にあったとは思うんだけどな」

  「……何を、でありますか?」

  「俺たちは、魔物でも人間でもないだろ。そして、そのどちらの味方でも、敵でもない。なのに、利益のために優勢な方だけに手を貸すのは目覚めが悪いと言うか……」

  「なら最初から、首を突っ込まなければ良かったのでありますよ……」

  「それを言われると、ぐぅの音も出ないんだが……つまりあれだ、魔物の武器をへし折った時に感じたんだ。このまま人間に化けて情報収集するのもいいんだが、それじゃあこのまま人間側に引っ張られるんじゃないかって。俺は、人間とその敵の間に立って行動し、感じてみたかったのかもしれない。どちら側なのか、それともどちらの側でもないのか。どこに立っているのか」

  やはり子女郎には理解できない。ただ一つだけ分かることがあるとするならば、人間にしろ妖怪にしろ、このような意図不明の暴挙には出ないだろうと言うことだ。

  「うん、自分で言葉にするとさらに意味がわからんな。子女郎も妖狸たちも、俺を見限ったのなら自由にしてもらっても構わない。でも、さっきは本当に助かった」

  「もっと忍狸がいたり主の行動が予測できたりしていれば、穏便な形で解決できたと自信を持てたのでありますが……子女郎は主の行動に、もう付いていけないのであります……」

  「ごめんな」

  男は謝り、自身の頭を叩きながら一人でこの場から立ち去ろうとする。

 その男のもう少しで弾け飛びそうな服が、弱い力で引っ張られる。子女郎はゲッソリとした表情を浮かべながら、深い深いため息をついて言った。

  「これまで行動を共にしてきた子女郎が付いていけないのであれば、他の妖怪にはきっと、もっと付いていけないのでありますよ……」

  「子女郎!」

  親愛を籠めて抱き着こうとする男の腕をひらりとかわすと、子女郎はこれまで完全に蚊帳の外に置かれていた三体の魔物たちの傍へ寄っていった。彼らにはまだ、牙も爪もあるが、戦意は完全に挫けている。か弱そうな姿ではあるが、自分たちの得物を、瞬き一つの間に砕いた男の仲間。ならばこの小さいのも、とんでもない奴に違いない。魔物たちは痛みと疲労と恐怖に震えながら、少女の行動を見守るしかなかった。

  「うん、顔付きが狼や犬に似ているでありますね。近くで見ると、ちょっと親近感が湧くのであります。主殿、別に彼らをぽいんとに変える気はないのでありますよね?」

  「ああ、襲われたわけじゃないしな」

  「そこは一貫しているのでありますね。では」

  子女郎の人差し指が青く光った。その指で、魔物たちの刀傷を焼いていく。仲間の激痛を訴える大声に、唯一傷の浅い魔物は子女郎に対して威嚇するように唸ったが、子女郎は構わず続けていく。

  「火傷が悪化すると命にかかわるのでありますが……どちらにせよこの二体は、止血をしなければすぐにでも死んでしまうのでありますよ」

 言葉は通じないが、諭すようにそう言う。やがて子女郎の指から青い光が消え、二体の止血が終わったことを知らせた。

  「まぁ、こんなところでありますかね。後は、この魔物たちの生命力に賭けるしかないのであります。まぁ、こんなところで横たわっていれば、他の魔物に襲われる可能性が高いとは思うのでありますが……」

  「運に賭けるしかないな」

  荒く息を吐いて横たわる二体の魔物を見下ろして、男が言った。二体に対して、もう出来ることはない。せめて無事であることを祈ってから、子女郎は立ち上がった。

  「それで、これからどうするのでありますか?今回も主殿の容貌が正しく伝わらないとは、限らないのでありますよ」

  「うーん……とりあえずこのまま南へ向かって、子女郎に八都市連合ってとこの偵察に行ってもらいたいんだけど。子女郎はどう考えている?」

  「悪くないと思うのであります。ただ、先ほどの人間たちの報告を受けて、通行が規制されていたり、警備が厳重になっていないように願うばかりでありますよぉ……」

  話し合う二人の背中に、呼びかけるような一吠えが投げかけられた。声の方に振り向くと、唯一満足に動けるあの魔物が、二人を真剣に見つめていた。二人の顔が向けられたのを見てその魔物は、動けない二体の魔物を指さし、続いて森の奥を指さす。それから何か大きなものを示す様に、手で宙に大きな円を描くと、今度は両の掌を見せて手皿を作り、それを二人に差し出す様に伸ばした。

  「何?二人を森の奥にかくまったら、巨大な岩でお前らを押しつぶすぞ、だって?」

  「いやいや、多分そんな喧嘩腰な内容ではないと思うのでありますよ……きっと、何か対価をだすから、助けて欲しいと言っているのでありますよ」

  「助けてほしい?武器を台無しにした人間に見える奴に、普通そんなこと頼むか?」

  「彼らの立場からすれば、人間たちに負けそうになっていたところを救ってくれたのは主殿でありますよ?」

「……そんなつもりは、なかったんだが」

  二人が会話を交わす間も、魔物はじっと妖怪たちを見つめている。きっと魔物も、心の底から彼らを信じているわけではない。

  ただ、苦痛に呻く仲間の命を救いたいのだろう。

  どうする、と子女郎と男の視線がかち合う。これが魔物たちの罠である可能性も、十分に考えられる。この魔物に害意があり、案内された先が魔物の巣のようなものであれば、大量の敵を相手にしなければならなくなる。

  「まぁ、次の行動に迷っていたとこだし、ちょっと付き合ってみるか?」

  「主殿がそう仰るなら、子女郎に異論はないのであります」

  どうせ言っても無駄だろう、と言いたげに異論と言う言葉を少し強調しながら子女郎が同意した。

  ははは、と乾いた笑い声を上げた主は、横たわる魔物の一体をゆっくり担ぎ上げる。それから男の行動を用心深く見つめていた比較的元気な魔物に対し、もう一体は自分で担げと手ぶりした。その手ぶりが伝わったのか、魔物は素直に仲間を担ぎ上げ、森の奥へと進み始めた。

  道中、魔物は何度も何度も後ろを振り向いて仲間や妖怪たちの姿を確認してくる。本当に付いて来ているのか、よほど心配なのだろう。そしてその姿を認めた後は、何かを見つけるためにか辺りをぐるりと見まわし、それから再び進み始めるのだ。

  「なるほど……この辺りは、この魔物たちのテリトリーなのかもしれないでありますね」

  子女郎が呟いた。彼女の視線の先には、木に刻まれた不思議な記号がある。恐らくこの記号が魔物たちの一種の伝達手段なのだろう。

  「へぇ。なら、助けなくても大丈夫だったんじゃないか?」

  「どうなのでありますかね。今魔物に襲われていないのは、主殿の気配のせいだと思うのであります。テリトリー、と言ってもかれらと敵対する魔物がいないとは限らないのであります」

  「確かにな。じゃあちょっとしんどいけど、人間と魔物の争いに乱入したときくらいに気配を抑えてみるか?」

  「そうすると、先頭を歩くあの魔物が訝しんできそうでありますが。それに、今更抑える意味がないと思うのでありますよ」

  「うーん……そうだなぁ。じゃあ暇つぶしに変な話をするが、もし子女郎があの魔物と同じ状況におかれたらどうしていた?」

  同じ状況、と言うのは魔物が妖怪の主と子女郎に向かって吠えた、あの時のことを指しているのだろう。重い容態の仲間を助けるため、正体不明の格上の存在に力を貸してくれと頼んだあの状況を。

  暇つぶしとしては少々重い内容に、子女郎は少し考えこんでから口を開いた。

  「子女郎なら、助けを求めたりはしなかったでありますね。今、この魔物が向かっている先はこの重体の二体が安静にできる場所、つまり彼らの本拠地のような場所だと思うのであります。そんな場所に、強い力を持った何を考えているか分からない存在を招き入れたくはないのでありますよ」

  「あら、意外にシビアなんだな」

  「実際にその状況に置かれないと分からないでありますが、自分ならそうすると思うのであります。主殿はどうなのでありますか?」

  「俺だったら、仲間を置いてその場から逃げる。生き残るのは得意だからな」

  「えぇ……子女郎の事を言えないのでありますよ」

  そんな話をしてから三十分程度歩いた頃だった。先頭の魔物が不意に静止し、軽く吠えた。少しして、近くからなん通りもの吠え声が響いてくる。どうやら彼らの巣にでもついたようなのだが、その姿は見えない。

  魔物を背負った男は、眉根を寄せた。何かしこりの残るものを視界から感じているのだが、その正体が分からないのだ。

  念のために、と彼は小狸たちに命令を発した。

  「小狸たちは、隠れて準備をしておいてくれ」

  主の後を付いて来ていた小狸たちは、その命令に素早く従い、近くの茂みや木の上に身を隠す。最悪の場合、これからここでそれなりの数の魔物たちの相手をしなければならない。そのための用意をしておく必要がある。

  「子女郎も隠れたいのでありますが……ダメでありますか?」

  「すまないが、子女郎は近くにいてくれ。俺だけだと、とんでもないことになりそうな気がするんだ」

  「それは、ええ、間違いないと思うのでありますよ……」

  幾つもの足音がする。と、いきなり目の前の光景が揺れ、そこから数十体もの同じ魔物たちが現れた。

  思わず男は、おお、と感心の声を上げてしまう。魔物たちに対する感嘆符ではない。彼の数メートル先には大きな洞穴があった。つい数瞬前までは確かに、起伏のない地形と鬱陶しいほど聳え立ち並ぶ木々しかなかったのに。

  「幻術!?いや、それなら子女郎は気付けたはずであります……これは、原理の違う何かでありますね」

  「俺も、なんか気持ち悪いなって感じた程度だったな。流石異世界、やっぱり気は抜けないな」

  魔物たちは、それぞれ武器を構えながら彼らを取り囲むように円形に並んだ。やっぱりきな臭くなってきたな、と魔物たちの動きに応じて対処しようとした主を子女郎が止めた。

  「主殿。とりあえずその背負った魔物を、彼らに渡すのであります」

  「あ、そっか」

  突然現れた洞窟、取り囲んできた魔物たち。それらのせいで、男の頭から背中に背負った魔物の存在は消えてしまっていた。

  男は緩慢な動きでしゃがむと、背中の魔物を静かに地面に下してそこから離れた。

  魔物の数体が、男を警戒しながら重体の仲間に近づいていく。その中の一体が、生きているかを確認するためにか、頭の両端に生えている尖った耳を重体の魔物の口元へと接近させた。心配するようにじっと視線を向けてくる仲間たちに対し、弱弱しい呼吸音を確かめた魔物は頷いて、まだ命があることを伝える。

  こうして重体の魔物は、仲間たちによってゆっくりと洞窟の中へと運ばれていった。

  「これで襲われたら運び損だな。いや、これだけの数の魔物を狩れば『百鬼夜行』のポイントはそれなりに得られるか」

  「未だに襲われていないので、道理のようなものはあると思うのでありますが……って主殿、背中に魔物の血が付いているでありますよ」

  「マジか。いや、そりゃあそうだわ。替えの服は……忍小狸に預けたんだった」

 がっくりと項垂れる様は、あまりにも暢気なのかもしれない。未だに男と子女郎は武器を持った魔物たちに囲まれており、元々ぴりぴりとしていた龍瘴の森の空気がさらに張りつめている。

  そんな中で油断とはいかないまでも平然としているのは実力差があるからなのだろうが、着替えの心配をしているのは色々ずれているとしか言いようがない。

  「はぁ。なんか、もう、ちょっと面倒臭くなってきたな。襲って来るなら来るで、さっさとしてほしいんだが。そんな感じでもないんだよな」

  「この魔物たちに手を貸すと決めたのは、主殿でありますよ。どのような結果になっても、受け止めるのであります。無論、ここで自分から襲い掛かるのも、結果の一つではありますが」

  「流石にそれはしないが、何か取り囲む以外のアクションがあればなぁ」

  そうぼやいていると、洞窟の中から何かの毛皮で作ったと思わしき衣服を纏った魔物が現れた。姿形はこの場にいる魔物とそう変わりないが、骨や光る石のようなものを装飾品として身に着けていて、魔物たちのリーダー格かもしくは身分の高いものだと一目で分かる。

  妖怪の主や子女郎には、別の意味でその魔物が一線を画していることが感じ取れていた。明らかに、彼らを取り囲んで武器を構えている魔物たちとは力量が違う。

  「……あれがこの魔物たちのボスでありますかね?」

  じっとその気配の違う魔物を見据えながら、子女郎が主に問う。

  主は答えない。確かに、強い力は感じる。だが正直なところ、数日前に鉄砲狸たちの攻撃によって丸焦げになった魔物と、そこまで大差がないように思えていた。強者である分、強さに対する男の物差しはあまり正確ではなかったが、あの魔物より少し強いくらいではこの森でテリトリーなど作れないことは間違いないだろう。

  その魔物は男と子女郎の前にやってきて、恭しく頭を下げた。その行動が人間にとって礼を示す行動であると知っているようだ。

  「いや、ボスじゃないな。ボスは手下の前でこんな軽々しく頭を下げたりしないんじゃないか?他のやつらがその意味を知らないのかもしれないけど」

  ふんふん、と子女郎が頷いた。彼女も、そうかもしれないと思ったのだろう。

 さて、身分の高い魔物は頭を上げて、二人に対して洞窟を指し示した。中に入ってくれ、と言うことなのだろうか。そこは当然魔物たちの巣窟であり、獲物を仕留めるのにこれ以上の場所はないだろう。

  「子女郎、どうしても嫌だったらここに残っててもいいぞ。俺はちょっと、行ってみるよ」

  だが男は、特に躊躇う素振りを見せずに洞窟へと向かっていく。慌てて、子女郎も追う。洞窟の中に入れば、茂みや木の上で構えている妖狸たちの援護は受けられない。なのに、実力差があるとはいえ、なぜそうも自身の身の安全を考えず平然と中に入っていくのかと、子女郎は軽く泣きたい気分になるのだった。

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