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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
63/65

21."生くるダンジョン"―決戦―

 彼らはこれまで雌伏の時を過ごしていた。

 主の理念を考え、そのために理性的な行動をとれる者たちはきつく唇を結んで口答えしなかった。主の理念を理解できないものほとんどは、しかし力の頂点に居る主に逆らうことは出来ず、腕の力を弛ませていた。

 だが今彼らは、主の"敵を倒せ"の声によって解き放たれた。それは彼らがずっと欲していたものだ。己の人を越えた腕力を、異能を、存分にぶつけられる相手が目の前に居ることに、百鬼夜行の異形たちは歓喜した。

 迫り来る魔物の巨体が凍った。筒から伸びる狐の顔が、凍った魔物の身を締め付け砕いた。その狐の顔目掛けて突進する魔物の勢いは、前に出てきた石の壁によって完全に殺された。倒れ込んだ魔物が水掻きのある緑の手の張り手によって吹き飛ばされると、たちまちに煙が立ち込めて視野を奪った。

 敵に向かって雨のように降り注ぐ青き狸火。エルフの制作したスケイルアーマーを身に着ける魔物の猛進。怒涛の勢いで魔物を蹂躙する大行列。

 全てが残虐で、悍ましく、どこまでもおどろおどろしく。

 ただ彼らの中に共通している意志が、魔物に侵されることのない一つの道を作り上げている。

 その中を、四人は駆けていた。目指すは、宙に浮かぶ神の化身。輪廻神イグルマルグイの意思を現世にもたらす、甘ったるい桃色の花弁を広げた花。

「あの……これはどう言った状況なのでしょうか?少々気を失っていたようで、全くこの場で起こっていることを把握できていないのですが」

 エイラメインが困惑気味に他の三人に問いかけた。太三郎狸の幻術によって、現実を幻として見せられている謎の状態にある王国親衛隊長の声を、テンションの高い聖女が引き継いだ。

「あのちょっと美味しそうな花が敵!魔物を倒してくれているのが味方!必要なのはそれだけです!」

 呼応するように、レインが頷く。

「サミアーナさんの言う通りだね。それだけ分かってればいい。そうだ。ダンジョンの最終層で手に入れたこれをエイラメインさんに送るよ」

 そう言ってレインは陽炎のように青い炎を揺らめかせる剣を、未だ混乱している女剣士に手渡した。と、その剣がたちまちに消えて、エイラメインの掌に青白い炎だけが残る。

「何にもしていないのに壊れたんですけど!?」

「ああ、剣はあくまでその炎が見せていたイメージだからね。付与魔法として武器に纏わせることのできる炎が、その魔道具の本体さ。<<アイテム鑑定>>を使って調べたから、間違いないはずだよ」

「<<アイテム鑑定>>ってのは使えなかったんじゃないのか?」

 以前、それと似たような趣旨を発言していたレインにヴァリスが問うと、問われた男は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「"生くるダンジョン"から弱体化を受けて使えなくなっていただけみたいなんだ。それを忘れるくらい長い間、あのダンジョンで過ごしていたから……申し訳ない」

「レクカインさんはもう、おじいちゃんですからねぇ~」

 少なくとも二百歳に近い存在をおじちゃんと呼称して良いものなのか分からないが、サミアーナは暢気にそう言った。

「ははは、そうだね。そろそろ、引退しなくちゃだ」

 四人は足を止めた。その真上には、彼らが倒すべき相手である輝く艶やかな花が存在している。

 だが、それは人が簡単には到達できない高さにある。首が痛くなるほど頭を上げて、やっと見える花弁。地上からそこまで攻撃を届かせることが出来るの者は、ほとんどいないだろう。

 サミアーナは聖杖ミュライアを金色に輝かせた。共に、魔力の凝縮が形となった球体が九つ現れる。

「"生くるダンジョン"の脱出に魔力を使わないで済んだのは僥倖でした!これなら、レバリス神の御加護に膨大な魔力を割けます!」

 当代の聖女は杖の先端で宙に弧を描いた。

 球体の四つが割れる。同時に聖杖ミュライアに刻まれた金色の文字が拡大し、四人を美しい文字の球体で包んだ。

「慈愛と節義を司るレバリス神よ!その神威の一端に触れることを、我らにお許しください!平定すべき敵を前に、我らはみな神兵として御身に仕えん!<<レバリスの聖戦戦陣>>!!」

 神の化身を威嚇するように天高く杖が掲げられると、四人を包んでいた金色の文字が大地に広がった。

 その文字の上にある者たちはみな一様に、金色の薄いベールに包まれた。自然と心が昂揚し、四肢に力が満ち、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。だがその加護の最も優れた点は、一人一人に<<レバリスの神域結界>>にも劣らない魔法、物理抵抗力を持った防護結界を与えられることだ。

 それが魔物や異形の存在にも授けられているこの光景を、もしレバリスの信者が見たなら卒倒することだろう。幸いにして、レバリス神は信者ほど選り好みはしていないようだった。

「ふふん、これが聖女と聖杖ミュライアの力です。これであのイグルマルグイ神のふざけた化身からどんな攻撃を受けても――」

 自慢げな言葉が止まる。元々それを見上げていた四人はともかく、それまで思うがままに暴れていたヴァリスの仲間たちも、その一瞬だけは視線を上げた。

 巨大な花弁が、しかしその大きさを感じさせないようにひらひらと空を漂いながら落ちてくる。

 サミアーナはその花弁に含まれた膨大な魔力を察知して、咄嗟に聖杖の能力を発動させた。残る五つの貯蔵魔力。それを全て使い切り、空に<<レバリスの神域結界>>を張り巡らせた。

 人間は、いやエルフや龍でさえも攻撃魔法を発動する際には、魔力を炎や雷と言った攻撃的な概念に変換している。単純に、その方が殺傷性や柔軟性に優れるからだ。

 そんな涙ぐましい努力なぞ幼子の児戯。花弁の姿がほどけ、ただの純粋な魔力となったそれの爆発は、そう証明するかのような眩さと威力をもって<<レバリスの神域結界>>に襲い掛かった。

「ぐううううぅぅぅぅぅ!!」

 杖がカタカタと震え出す。空になった魔力の代わりに生命力が吸われて、形の良い桜色の口から血が零れる。瞬間、聖女の決意に満ちた瞳の色に別人のような怯えが走ったが、それでも彼女は杖を強く握り、空を覆う痛いほどの光の爆発から逃げなかった。

「絶対に、絶対にこの結界は割らせません!!私の生命力も持っていけえぇぇぇぇ!!」

 当代の聖女の覚悟を決めた絶叫。

 聖杖ミュライアはその献身に応えた。たとえ彼のものの、その全てが偽りだらけであっても、そこに聖女として相応しい意思があるのならば。

 サミアーナが、右手に握る杖のその滑らかで固い感触がなくなったことに気が付くまでに、数秒を要した。

 不思議に思い、掠れる視界のピントを何とか合わせる。

 ――高く高く、持ち手の気質のようにどこまでも真っすぐに伸びる、右手の聖なる光彩。聖杖が砕ける代わりに露わになったそれは、地を焼くような光を放つ白の爆発を貫いて。

 神の化身をも穿っていた。

「っう……!」

 聖女の体が崩れ、同じように天に咲く花が傾いていく。

 もはや一歩も動けない。だが自分の役割はこれで十分だと、彼女は確信していた。

 後は、パーティーメンバー(なかま)に任せれば良い。

 そうして彼女は意識を手放した。


 ヴァリスは、その肉体を大妖怪のものに変えていた。空で爆発したとてつもない何かも、その凄まじい威力の一撃を防いだ聖女の奇蹟も、彼には何がどうなっているのか分からない。ただ、サミアーナが己の力の全てを賭してこの千載一遇のチャンスを作り出したことは理解していた。

 そして、自身の力の使いどころも。

「乗れっ!」

 "生くるダンジョン"内で何度も見せた赤黒い隆起した右手を、エイラメインとレインに差し出して、異形となった男は言った。

「ああ、チャンスだ。行こう!」

 まずレインがその手の上に飛び乗った。少しためらう様にしながら、エイラメインも。

 二人を抱えてからヴァリスは、筋骨隆々とした両脚に力を溜めた。間もなく大地が割れ、大きな図体が一直線に神の化身へと迫りゆく。

 聖なる光に身を打ち抜かれて高度を下げていた神の化身は、自らに向かって急速に接近して来る異形の姿を認知した。地を這う憐れな生物など一瞥もしない化身でさえも、その異形には警戒せざるを得ない。

 その身に残る花弁は先ほどの大爆発を起こしたものに比べれば全て、三回りは小さなものだが、一つの生物を殺すには十分すぎる威力と数だ。

 これだけあれば、あの敵も殺せるだろう。

 天に咲く花は、初めて"攻撃"を行った。自分を倒し得る唯一の存在。そう認め、殺意を乗せた花弁を次々に投下する。

 空が果てなく爆発する。猛攻を浴び続けたヴァリスの体は、ボロボロになっていた。耳が千切れ、左腕が吹き飛び、両足は使い物にならない。

 だが右手だけは、その巨体で庇い続けている。

 神の化身の底まであと少しと言ったところで、ヴァリスは右手を振りかぶった。視界一杯の桃色の花びらに臆することなく彼は、二人を神の化身よりも高くへと投げた。

 空を揺るがせる絨毛爆撃を受け、大妖怪の体が地上へと落下していく。明らかに目立つ自分が標的となることは織り込み済みだ。だから彼は天高く舞い上がったレインが、知人の仇を討ち滅ぼすように託した。


 レインは肌を刺す冷たさの中で剣を構えた。先に落下しているエイラメインと目と目を合わせ、次に彼は天に咲く花の中心にある雌しべを視線で指し示す。その赤紫に光る部位がこの化身の急所であると、勇者は歴戦の経験から気が付いていた。

 "生くるダンジョン"の弱体化から解放された彼の力は、魔剣フレイムベンダーの刀身をこれまで以上に青く輝かせている。

 気持ち悪い浮遊感の中、勇者は軽く目を閉じ精神を集中させ始めた。彼とエイラメインの体はすでに花弁より高い位置にある。雌しべに着地するまでのわずかな間だが、邪魔されることなく気を巡らせることが出来る。そう考えた勇者の、深い深い精神統一だ。

 だからそれは、神の化身の虫けらに対するほんの気まぐれだった。小さな花弁がその大きな体躯から離れて浮き上がる。そもそも化身は、花の形を模造しているだけなのだ。花弁を上に向けて放つことなど、造作もなく行える。

 エイラメインは自分の体躯より大きな桃色が向かって来るのを見て、死を覚悟した。聖女によって張られた結界は強力だが、あの爆発の直撃を受けて耐えきることは困難だ。そして落下している彼女とレインには逃げ場も、攻撃を防ぐ方法もない。

 その気配はレインも感じ取っていたが、彼の集中は益々深まって行く。

 この感じだ。

 彼とその感触は、本当に久々に再会した。レクカインと呼ばれていた時の、身を痺れさせる勝利への確信。とは言え、何がどうなれば魔力の爆発を防げるのか、それから生還できるのかは彼にも分からない。

 だが勇者は目を閉じたまま、花弁に一抹も気を取られない。ただ神を殺す一撃に到達するために黙し続ける。


 舞い上がった魔力の塊が、エイラメインとレクカインを巻き込んで爆発しようと形を崩したその時。

 神の化身の花弁ほどもある大きな眼が、突如としてレクカインの頭上に現れ、瞼を開けた。

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