19."生くるダンジョン"―最終決戦前日―
「えっ!ヴァリス君って国のトップだったのかい!?」
第四層で狩った魔物の肉を宝箱の中で煮込みながら、レインが意外そうな声を上げた。豪華そうな宝箱の出る魔物は跡形もなく消滅するが、通常の魔物が死体として残ることは四人にとって非常に有難いことだ。持ち込むはずだった食料の一つもないのだから、自給自足が出来なければ餓死してしまう。明日はいよいよ最終層。その前に休息を、と言うことで本日はレインが料理を作っている。
「ヴァリス殿は龍瘴の森の伝説の存在であった死龍を討ち果たし、そこに勢力を築いていらっしゃいます。考えてみれば、ガルドオズムが独断でヴァリス殿に宣戦布告を行ったとは言え、形式上は王国とヴァリス殿はまだ戦争中でしたね……」
「そういやそうなのか。ガルドオズムとだけ戦争中なのか、王国とも戦争中なのか、正直イマイチ分かっていないんだよな」
「へぇ。戦争中にも係わらず、協力してるんだね……人類も進歩したもんだ。ところで龍瘴の森?ってあの瘴気に満ちた魔の森のことかな?絶対に行きたくない場所三選のうちの一つの?」
噴き出す青色の灰汁を手製のスプーンで掬って捨てながら、レインは半信半疑で問いかける。
「恐らくその森で間違いないかと」
こんな時にいの一番に会話に混ざりそうなサミアーナは、ぽっかりと口を開けながら左中指に嵌めた指輪くるくると回転させている。政治的な話が全く分からない彼女は先ほどエイラメインから、貸し借りなしだ、と言われて送られた、第四層の宝箱に入っていた小さな丸の刻まれた指輪で遊ぶしかない。
「本当に死の龍は存在していたんだね。俺も龍瘴の森を探索してみたかったけど、そんな時間もなくてねぇ。レッドアラート地帯は切り立った燃える連峰を越えないと行けないし、灰と塩のダンジョンは人間の勢力圏からは遠すぎるしで、考えてみると一つも挑戦したこと無かったんだな……」
「"生くるダンジョン"を脱出して、冒険者になれば良いのではないですか?『不老不死』なら、幾らでも挑む機会がありますよ」
「……そうだね。でもまぁ、まずはゆっくり休みたいかな」
力の抜けたような笑顔でレインがそう言った後、何かを取り出した。明らかに毒々しい紫のキノコだ。それを他の三人に見せつけて彼はいたずらっ子のように笑う。
「俺はこれを入れるよ。後はエイラメインさんだけだね」
レインがかき回すしている料理。よく見るとそこには、肉とは違う何か異様なものが混ざっている。宝箱の中で煮立つ液体は何だが青色だし、危険を訴える異臭がしている。
一人一つずつ何でもいいから食材を入れよう。そんなレインの誘いに、エイラメインを除いた二人は快諾した。
その結果がこれだ。明日は最終層が待っていると言うのに、なぜこんなことをしているのか。真面目な親衛隊長の頭痛は止まらない。
「いくら<<解毒>>をすると言っても、限度と言うものが……これ、明らかに劇物ですよ」
その言葉を聞いたサミアーナが、おやおやぁ、とエイラメインの顔を覗き込んで言った。
「あれ~?シェグルダール王国のお偉い親衛隊長さんには、この料理を食べる度胸が無いと。それは残念ですね。では聖杖レバリス教国の至宝たる聖女の私が、お手本を見せてあげると致しましょう」
「あぁ?」
親衛隊長たるエイラメインは、挑発に乗るようなタイプではない。だが、敬愛する国王と王国兵の目の無いこの場では、彼女は生来の気性の激しさを少しばかり滲ませている。
いや、実のところエイラメインもただ切っ掛けを欲していただけなのかもしれない。甲冑を脱いだ彼女の頬は、ゆっくりと上がっていく。
「いいでしょう、聖女様。その愚かなことばかり発する口がお淑やかになるまで、この劇物を放り込んでやりましょう」
薄茶色の短髪を軽く揺らして、エイラメインはそれなりに整っていながらも若干強面な顔立ちを不敵に変えた。
「……ん?シェグルダール王国?あれ、ラズリット王国じゃないの?」
「ああ、何でもラズリット王国は滅んだらしいぞ」
「え!?本当に!?こんなどうでも良い感じで衝撃の事実を聞きたくなかったんだけど!?しかもシェグルダールって、え!?」
レインの狼狽えを無視するように、王国親衛隊長と聖女の戦いが始まった。
ゲテモノにも耐性がある元大妖怪が味に対する苦痛だけで済んだのは、流石は人とは違う生物と言うべきか。結局、ヴァリス以外の全員が一巡目で卒倒することとなった。
卒倒した三人の中で、一番最初に意識を取り戻したレインが頭に手をあてながら立ち上がる。
「頭が痛い。舌が痺れてる……サミアーナさんに<<状態回復>>をかけてもらわないとね」
「そのサミアーナは泡を吹いて白目で倒れてるけどな。エイラメインも、ほとんど同じ状態だけど」
地面で物言わぬオブジェとなっている二人を指差して、ヴァリスが言った。
「あらら。じゃあこの残っている食事は俺たちで片づけないとね」
それを聞いて露骨に嫌そうな顔をするヴァリスに、レインは押し付けるように自作の皿を差し出した。
「この大罪を作り出してしまったのは俺たちだから。ヴァリス君も同罪さ」
「はいよ」
ツンと鼻を刺す刺激臭。気味の悪い粘度。食欲を減退する青色。全てが食事として相応しくない。それを舌に触れさせないように一息に飲み込むと、食道と胃が焼けたように熱くなる。<<解毒>>されていてこれなのだから、もしその効果がなかったらどれ程の劇毒だったのだろう。
黙々と謎の食事を口へ運ぶ二人。食事の音以外には、枯れ木が火で燃やされる気持ちの良い音しかない。
魔獣の咆哮さえない静謐たる夜。先に沈黙を破ったのはヴァリスだった。
「聞かないのか?」
そう問われたラズリット王国の初代国王は頷いた。
「うん。俺は王としては本当に無能でお飾りだったからね。とんでもない暗君だったんだ。それに今の俺は、棒切れを振り回すことしか能がない過去の異物。だからこそ今を生きる君たちの脅威となっている、このダンジョンを攻略しなきゃね。なんて言ったら、勇者っぽいかな」
自虐めいた声。
「……どうかな。悪いが、俺にはあまり分からないんだ。俺は寧ろ勇者に倒される側の存在だからな」
「え?"生くるダンジョン"攻略に参加しているのに?」
「それは俺の知人がこのダンジョンに殺されたからだ。それが無ければ、こんなダンジョンには来なかったよ」
「その知人も、君と同じ人間とは違う存在なのかい?」
「いや。そいつは人間だけど」
「う~ん?知人の敵討ちってことは、違う種族でもその人間に情があったってことだよね?あくまで俺の意見だけど、勇者に倒される側の行動らしくないないんじゃないかな?」
「俺にもよく分からないんだよ……ずっとそうだ。煮え切らないまま、半端なまま、ここに居る。人とは違う俺の仲間からすれば、このダンジョンの攻略隊に参加したように、不満が溜まる選択ばかりしてきたと思う。でも俺たちはやっぱり、他者から認められなければいけないんだ。別に善人になろうってわけじゃない。でも物語や伝承から解き放たれた今は、ただ己のままに振舞うだけじゃ駄目なんだ。それに一度認められさえすれば、俺と同じように考えてくれる奴も増えて来るはずなんだ」
それはレインに対して発した言葉ではなかった。ずっと抱えてきたものが溢れ出したような独り言。
隣で木の皿の中身を嫌々啜る男は一言も挟まずにそれを聞いていた。
「……すまない。変なことを言ってしまった」
レインは頭を左右に緩やかに振った。
「いやいや。多分、俺よりよっぽど王らしいよ」
最終層へ続く<<転送門>>の前にパーティーが全員集まった。驚異的なペースでここまでたどり着いた四人と、"生くるダンジョン"の最終決戦が始まるのだ。
「昨日の夜に伝えた通り、最後の相手は巨大な蛇だ。レッドアラート地帯で眠る王蛇とどっちが強いかは分からないが、その王蛇と遜色ないかもしれない」
レインがパーティーメンバー一人一人の意志を問う様に見つめ、それから続ける。
「サミアーナさん。四層で手に入れた魔石で聖杖の魔力はかなり溜まったけど、今回聖杖の力を行使することは出来ない。俺は良いが、君たちがダンジョンから戻れなくなる恐れがあるからね」
そう言われたサミアーナは口を尖らせ、杖を軽く何度か地につけて抗議した。
「何を言ってるんですか!レインさんも一緒に帰るんですよ!いいですね!?」
「……ああ、そうだね。ありがとう。それじゃあ、行くぞ!」
レインの一言で、四人は一斉に<<転送門>>の中に飛び込んだ。




