18."生くるダンジョン"―第四層―
「『初代聖女』ミスタニカ・カミュナス、『神速神殺』カシ、『豪放磊落の偉丈夫』ティスシャン・デンセント、『三界斬り』エマニエ・シェグルダール……この四人が第四層に待ち構えている。何れも、海千山千の猛者さ」
どこか誇らしげにレインが、第四層に再現されているかつての仲間を紹介する。エイラメインとサミアーナにとっては思い当たる名前だったようで、彼女たちは、おぉー、と声を重ねていた。
だが、全ての名を知っているわけではなかったようだ。エイラメインが籠手に覆われた手を上げて発言する。
「申し訳ありません。浅学非才の身でして、ティスシャン・デンセントと言う方の名前に聞き覚えがないのですが……」
「あぁ……彼は、『天空共鳴城』の攻略の際にちょっとね……魔王討伐の時にはいなかったから、あまり名前が伝わってないのかも」
「はい!はい!はい!」
今度はサミアーナが飛び跳ねながら手を上げた。
「魔王を倒した際のパーティーの一員だった、『生きる魔導書』アンドルズ・ティンバーさんと『絶技奏華』マシュナ・メェランさんは四階層に再現されてないんですか?」
「その二人が再現されたことはないね。これもあくまで俺の勘なんだけど、その二人がまだ生きているからじゃないかな?一説には、輪廻神は冥天神によって浄化された魂を転生させる役割を持っていると言われている。"生くるダンジョン"に再現するためには多分、輪廻神が生前の情報を持っている必要があるのだと思う」
最後にレインは、まぁこのダンジョンの仕組みは考えるだけ無駄なんだろうけどね、とどこか思考放棄気味に言い放った。
「……かつての仲間と戦うことになるんだろ?レインは大丈夫なのか?」
「勿論。再現、と言っても意志があるわけではないからね。生前の行動をただなぞるだけの、魔力で作り上げられた仮初の存在だよ。むしろ仲間を侮辱されている気がするくらいさ」
魔剣の柄を強く握る。その言葉に偽りはないようだ。
「それじゃあ、彼らの情報を洗いざらい伝えよう。けど何より、今まで以上に気を引き締めてほしい。一人一人はこれまでに戦ってきた魔物よりも弱いかもしれない。けど人間ってのは、協力すれば何倍もの力を発揮出来るからね。魔力で作られた存在とは言え、生前の行動通りの連携してくる彼らは、これまで以上の敵になるよ」
レインはそう注意して、他の三人を見渡した。
まさに、弾丸だった。第四階層についたヴァリスは、全力で猛進する。狙いは一つ。敵の中である意味もっとも厄介と言える初代聖女ミスタニカの首を一息にとるためだ。複数の補助魔法、神聖魔法、回復魔法、防御魔法、攻撃魔法などなどを扱える彼女は、パーティーの生命線と言える存在。もしこの奇襲が成功すれば、一気に有利に傾くだろう。
果たしてヴァリスの巨大化した赤黒の腕がぶち込まれたのは、人としては異様に巨大な男の胴体だった。その巨体に似合わない俊敏な動きでミスタニカの前に躍り出たティスシャンは、恐るべき衝撃を受けて空高く吹き飛ばされる。
「くそっ!弱体化を受けてなければ一人は仕留められたのに」
反撃が来る。両手に短刀を構えたカシと、刀を大上段に構えたエマニエの攻撃は、どちらかと言えば奇襲してきた人物をミスタニカから遠ざける意味合いが強かったが、十分に達人を絶命させ得る威力を持っていた。
肉が抉れる。当代の聖女サミアーナのかけた<<物理防護>>は紙切れのような扱いで貫かれ、ヴァリスの左腕から血が滴った。その傷は、常人ならば腕が一生動かせなくなる深さに達していたが、弱体化を受けているとはいえ鬼の強靭な肉体を持つ元妖怪ならば数分で完治することができるだろう。
ミスタニカたちから距離を取ったヴァリスの上で、何かが光った。隕石のようなそれが、炎を纏って急速に落下して来る。
「気を付けて!ティスシャンの<<ビックバン>>はあくまで目くらましだ!本命は」
ヴァリスに空高く飛ばされたティスシャンだが、そこはむしろ彼の領域だった。肉の隕石。そうとしか形容のしようがない速度と威容で、巨体が地上に落ちる。
轟音と共に、地が爆ぜ陥没した。ティスシャンの標的となっていたヴァリスは直撃こそ避けたが、その余波に晒されて態勢を崩してしまう。
だが、"生くるダンジョン"によって再現された勇者の仲間が狙うのはヴァリスではない。
あれを殺すためには全員で相手をしなければならない。奴が体勢を崩している間に、まずはその他の三人、いや比較的殺しやすそうな二人を始末する。『神速神殺』のカシは、<<ビックバン>>によって土埃と突風の舞う戦場を他愛もなく瞬く間に駆け抜けて、フルプレート姿の背後を素早くとった。いかに全身鎧とは言え、脇の辺りには小さな隙間がある。そこを狙えないカシではない。
「エイラメインさん!!」
レインに守られていたサミアーナが叫んだが、エイラメインは体を逃がすほどの反応が出来ない。それ程までにカシの動作は俊敏だった。その暗殺者の神速の一撃が、エイラメインを襲う。
「かかったな!<<二重斬撃解放>>!」
だがエイラメインは冷や汗を掻きながらも、甲冑の中でニヤリと笑った。右手に握る三残湾刀を二回転させる。
同時に左籠手の中指にサイズが自動調整された、盾の意匠がなされた指輪を光らせた。サミアーナから、私には不必要なのであげます、とほぼ無理やり渡された第二層の宝箱の中身だ。
フルプレート姿の女戦士の背後で、事前に用意していた斬撃が生み出される。カシの判断は、自身の神速の一撃が突如女戦士の背後に現れた魔力の盾を、当代の聖女の<<神聖結界>>を貫通仕切れなかった瞬間には決まっていた。
暗殺者の左腕が地に落ちる。それは魔力によって生み出されていてものであることを証明するように、すぐに塵のように消えて行った。
「があっ!……ちぃ!魔道具の盾と結界があったのに、それをあんな短刀で貫通させるのか……!」
レインにカシの手口を聞かされていたと言うのに、その結果が腕一本だけ。もし再現体の武器が生前本人が使っていた魔道具だったならば、命はなかっただろう。エイラメインは自身がまだまだ未熟であることを恥じる。脇から流れる血は、良い勉強代だ。
彼女は武者震いした。
「あ、マズイ!ヴァリス君、すぐに退いて!」
初代聖女の加護を与えられたティスシャンと殴りあっていたヴァリスに、レインがそう声を掛ける。殴り合いは流石に、ヴァリスがおしていた。が、すぐに相手を仕留め切れるほどの優位ではない。
だからこその、滅多にない乱打戦に元妖怪は昂揚していた。久々に肉体が主導権を取るような感覚。彼は、背後から掛けられるレインの声を鬱陶しいと思うくらいには、この打ち合いを楽しいと感じていた。
そんなヴァリスと肉弾戦を繰り広げるティスシャンの大きな体。その五十メートルは後方で、初代聖女が巨大な魔法陣を練り上げている。詠唱を邪魔させないとばかりにエマニエがそのすぐ傍で刀を構え、片腕を失ったカシもまた、初代聖女の側に素早く現れると詠唱中の魔術師の守りにつく。
「あれは……神器も、同調詠唱も、事前の準備や仕掛けもなしに、一人で大魔法を完成させるつもりですかっ!?レインさんから聞いていましたが、本当に……あり得ない!そんなことが出来るのは、ハイエルフでも一握りのはずですよ」
サミアーナは珍しく真面目な語調で驚嘆しながら、それでも神器を掲げた。黄金の文字が神器の飾り気のない柄に刻まれる。脱出のために少しでも温存しておきたい魔力を使わなければならないと判断するほどの脅威。四つの小さな球体が杖の周囲に現れ、回転し始める。
「ヴァリス君!白熱してるところ本当に悪いけど、退いて退いて!」
息を吸い込む。少し冷めた空気で、頭が冷える。最後に渾身の一撃を入れて、ヴァリスは後方に飛びのいた。吹き飛ばされたティスシャンの巨体がミスタニカの詠唱を邪魔することを期待したが、その巨体はエマニエとカシに受け止められる。
「今のうちに距離を詰めて大魔法とやらの範囲内に相手も巻き込めば、魔法を発動できないんじゃないか?」
「いや、相手は魔力で再現されただけの存在。自爆覚悟で大魔法を放ってくると思うよ。こっちはダンジョンからの脱出手段を唯一扱えるサミアーナさんを絶対に失うわけにはいかないから、それはリスクが高すぎる。それに大魔法の発動に対するプランもあるしね」
「……そうだな」
初代聖女の周囲に描かれていた幾つもの大きな魔法陣。それが急に合わさって、一つとなった。それは破壊の先触れ。龍魔法とまではいかないまでも、人が辿り着ける最高域の攻撃大魔法。
「レインさんが事前に言っていた通り、聖女なのに神聖大魔法じゃないじゃないですか!聖女詐欺ですよ!」
「ミスタニカは、聖杖ミュライアに最も適性があったから聖女と呼ばれただけだからね……戦いが長引きそうで、少しでも隙があれば、一番得意なこの魔法を使うことは分かっていたさ」
「レイン殿。説明ばかりしてないで、真面目に対策をしてください!」
エイラメインの一喝に、レインはすまないと謝りながらも動かない。
「エマニエ、カシ、ティスシャンが守りについている以上、今はどうにもできない。例えヴァリス君の氷の矛の投擲だろうと防がれてしまうだろう。だから、俺は信じるよ。サミアーナさんが大魔法を防いでくれることをね」
「聖杖があるとはいえ、負担がでかすぎますよぉ!あ、これ、マズイ!慈愛と節義を司るレバリス神よ!その絶大なる神威を矮小なる我らが世界に刻め!<<レバリスの神域結界>>!」
聖杖ミュライアの周囲を周っていた四つの球体のうちの二つが割れ、四人の前方に朝焼けのような明媚たる光の大結界が顕現した。間もなく、初代聖女の頭上にある六重の魔法陣が光る。そこから放たれた雷の大魔法<<毀界雷霆>>が空を、地を、周囲の魔力を焼き尽くしながら神域結界に迫り行く。
レインは数歩前に出た。魔剣を構える。敵としてこの大魔法を目にすりのは初めてだった。だが、味方としてなら何度も見てきている。その威力も、その恐るべき効果も。
雷霆が神域結界を襲う。あらゆる攻撃を防ぐ神域結界だが、魔力自体を焼く雷の大魔法には相性が悪い。美しい光が少しずつその身を溶かし、小さくなっていく。
「これを防ぎきれさえすれば!周囲の魔力が薄くなってはいるが……頼む!」
魔剣に己の魔力の殆どを籠めて、それを振り上げる。青い炎の刀身が伸びていく。だがそれは、第一層の強敵相手に放ったそれよりか淡く、弱弱しい。周囲の魔力と言う燃料が<<毀界雷霆>>によって破壊されているからだ。
「<<淵炎葬火>>!」
それでもレインの一撃は、間違いなく一人の人間の技としては最高峰だった。初代聖女の魔力を削る雷霆と、勇者レクカインの全てを灰燼と化す焔。両者はまるで手と手を交わすようにぶつかり合い、共にその姿を消した。
「エイラメインさん!ヴァリス君!今だ!」
レインの言葉を受けて、二人が敵に向かう。まず圧倒的な身体能力を持つヴァリスが、前進してきたティスシャンと拳をぶつけ合う。これまで劣勢ながらもヴァリスと打ち合えていたはずのティスシャンの拳が、数度の激突であっけなく砕けた。
再現体の体は魔力で構成されている。その肉体維持、その動作、その攻撃。全てに魔力を消費するのだ。だが魔力は大気中に常にあり、それを取り入れることで彼らは存分に力を発揮出来ていた。
それが<<毀界雷霆>>によって焼かれた今、この場には力を維持できるものがほとんどない。十分もすれば元に戻るかもしれないが、ヴァリスとエイラメインを前に防ぎきれる時間ではないだろう。残されたのは逃走と言う選択肢だが、当然それも。
「逃しはしない!」
エイラメインがティスシャンの胴体を貫いた。巨体があっけなく瓦解していく。エイラメインにトドメを任せたヴァリスが素早く跳躍し、ミスタニカに躍り懸かる。
守る様に出てきたカシとエマニエもいまや、彼の相手にはならない。行動一つ一つが再現体の力を削るのだ。
鎧袖一触。僅かに元妖怪の赤黒い右腕に傷を与えたのは、エマニエの最期の意地か。他愛なく二人はヴァリスの拳によって消滅し、残された初代聖女は直立したまま身じろぎもしない。
「……悪いな、レイン」
ヴァリスは一言謝って、ミスタニカに決着の一撃を喰らわせた。再現体とは言え、レクカインの妻だと聞いていた彼は、自然とそう謝罪する。
こうして第四層の攻略も順調に終わりを迎えた。残るはヴァリスの足元に現れた豪華そうな宝箱と、"生くるダンジョン"最終層を残すのみだ。
それは、第四層にかつて自分を追い詰めた人間の気配を感じ、鎌首をもたげた。その胴体の中央には、紫と赤を繰り返し繰り返し発光する巨大なオーブがある。"生くるダンジョン"の核。それを守護するために一体となった生き物は、体に対しては小さな唸り声を上げた。
しかし、その生物が守る核には大きな亀裂が入っている。かつてレクカインから受けた破壊の痕跡。それが、修繕されることなく残されている。
輪廻神は望んでいる。
自らの神威を示す舞台を。
神の、顕現を。




