レクカイン―第三層にて―
救えない。
血が舞う。魔物の棘に串刺しにされた胸から零れ落ちる液体の量は、すぐに死がやって来ることを俺に予感させた。
幼子に手を伸ばし、回復魔法を唱える。だが遅い。死の側で冷えていく体を温めることは、回復魔法にも出来ない。こんな状態から生を再び掴むことが出来るのは俺くらいだろう。
救えない。
友の手が離れる。天空に浮かぶ城から、彼の体が落ちていく。俺の叫びは神に届いているのだろうか。俺はスキルがある限り何回でも蘇れるが、仲間はそうじゃない。なのに何故、空を裂きながら小さく小さくなって行くその体が、俺のものではないんだ。
俺なら落下死しようが、どうせまた生き返るのに。
救えない。
神剣で体を貫く。人間にとってはこの上ない害悪だったが、きっと魔物にとってはそうじゃなかったんだろう。俺が王になってから思い知ったことだが、魔王は魔王なりに己の世界を良くしようと考えていたんだ。だが俺は、王になってもそんな偉大な目的を抱けなかった。所詮は田舎者だ。統治によって人々の安寧を守ろうだなんて、そんなことは想像も出来ない。
器じゃない。
救えない。
英雄だとか、勇者だとか呼ばれるようになった。馬鹿げている。俺が守ることが出来なかった命が、どれだけあったと思っているんだ。そんな俺はのうのうと生きている。スキルによって、一人だけ生が保証されている。きっと老衰するまで、俺はこのスキルに操られることになるんだろう。
後世の人間は、英雄や勇者と言う称号に、華々しい活躍を夢見るのだ。だけど、俺がそう呼ばれる過程で救えなかった命が思い返されることは、鑑みられることは、きっとない。英雄や勇者なんて、どれだけ敵を殺したか、どれだけ周りの人間を犠牲にしたか、その数の多寡によって決められる血塗れの称号だろう?
何が『絶対勝利』だ。何に勝利しているんだ。勝利に、何の意味があるんだ。
救えない。
救えない。
救えない。
救われない。
小さい頃から俺は、冒険者を夢見ていた。ダンジョンを探索して魔武器や魔道具を手に入れたり、近くの野草を採取し獣を狩ってあり合わせの料理を作ったり、未知の場所に踏み入って新種の魔物を発見したり。そんな、冒険を夢見ていた。
現実は、夢よりも夢のようだった。仲間たちには悪いが、悪夢、と言ってもいい。恵まれていたが、それも過ぎればただの毒だ。
訪れたダンジョンではほとんど必ず高性能な魔武具や魔道具を入手した。武器や防具、お金を集める必要が無くなって、ダンジョンに行く機会がほとんどなくなった。
何でも出来る頼れる仲間が自然と集まって、俺が野営なんかでやることは無くなった。
「レクカインさんは休息して英気を養ってください。雑事なんかは私たちがやりますから」
ミスタニカの口癖だ。俺だって、物珍しい食材や野草なんかを試して、へんてこな食事や霊薬なんかを作って仲間たちと馬鹿騒ぎしたかった。
実在の分からない魔物を探すより、現実的な問題となっている危険な魔物ばかりを倒すようになった。何があるか分からない未知の土地より、既知の土地に潜む人間の敵ばかりを相手にするようになった。
俺には絶えず重大な使命が与えられた。人々から、仲間から、神から。
世界が俺をそのように作ったかのように。
途切れることのない英雄譚。冒険者なら誰だって憧れるだろうな。俺も、もしこの英雄譚の主役じゃなければ憧れていたと思う。
でも俺は、英雄然としなければならない冒険なんて望んでいなかった。
救われない。
救われない。
救われない。
それでも。
この手で救えない命があってほしくない。
悲嘆に暮れる顔より、笑顔の方が良い。
死の不安に満ちた世界より、生きる喜びに溢れた世界が良い。
レクカインが、人が生きるための希望として娯楽として輝き続けてほしい。
でもそんな思いさえも、スキルが俺にそう思うべきだと訴えかけているだけなんだ。そうでなきゃ、俺なんかが本物の英雄や勇者のような気高い思いを抱き続けるわけがない。
俺の意志じゃない。
俺は空虚だ。
俺自身には、何もない。
――それでも。
目が覚める。ここは確か、"生くるダンジョン"の第三層だったな。体感的に非常に短い時間だったが、誰がオーブを回収したんだ?ヴァリス君かな?
顔を上げると、エイラメインさんに頬を叩かれ、ぶっ飛ばされるサミアーナさんが見えた。初代聖女のミスタニカが見たら絶句する光景だろうな。
俺は軽く笑った。そんな場面じゃないかもしれないってことは分かっている。だが、久々のパーティーでのダンジョン攻略で経験したものは、レクカインとして生きてきた際には中々見れなかった滑稽さばかりだ。
ヴァリス君は強大な力を持つ魔物に近い存在を自称しているのに、時に人間よりも人間らしいところがある。それを多分、本人はあまり自覚していないんだろう。かと思えば、腕をとてつもなく巨大にして、魔物以上の獰猛さで敵を葬るのだ。
エイラメインさんは非常に真面目だけど、完全に堅物ではないようだ。時々サミアーナさんと子供のような言い合いをする時がある。心根が優しそうなところが垣間見えることもある。もう少し力を抜けば、戦士としてもより大成しそうな気がするな。
サミアーナさんは……ちょっと得体の知れないところがある。だが、悪い人間ではない。ムードメーカーと言うか、ムードブレイカーと言うか、同じ聖女と呼ばれる存在でも、ミスタニカとは正反対だ。
結成から四日、五日程度のパーティーだけど、本当に久々の他人との接触と言うこともあって楽しくて仕方がない。感謝はしないが、こうなるとスタート地点にほとんど閉じ込められていたのもそう悪くは……いや、やっぱり死ぬほどムカつくな。死ぬほど死んだけど。
でもきっと何百回、何千回と記憶にこびり付くまで第一層から第四層の攻略を繰り返していたら、ここまで新鮮にも楽しくも思えなかっただろう。
俺は第三層の精神攻撃を受けてまだ少し気怠い体を起こして、サミアーナさんたちの方へと向かった。
"生くるダンジョン"を攻略するまで残り二層。この残り少ない時間を少しでも無駄にしないために。




