17."生くるダンジョン"―第三層―
自らをレクカインと認めた男だが、その様子は非常に落ち着き払っていた。正体を魔道具で盗み見られたことに対する不満や怒りのような負の感情はどこにもなく、いつも通りのレインだ。何故最初からレクカインと名乗らなかったのか、その理由の糸口さえ掴めないほどには。
「そこまで理由があって隠していた訳じゃないんだ。ただ、これでも一応勇者と呼ばれていた存在だからね。"生くるダンジョン"を破壊できないまま、あの部屋で悠久にも近い時間を無為に過ごしていた愚か者には、勇者の称号なんて相応しくないだろう?」
同意してして欲しいのか、欲しくないのか。半分人間、半分妖怪のような大柄な男には分からない。ただ彼の口から飛び出した言葉は、自らの経験があってこそのものだった。
「俺は勇者なんて大層な肩書にイマイチ価値を感じられないからな。正直どう言って良いのか分からないが……まぁ、勇者として相応しいかそうでないのかなんて、どうでもいいんじゃないか?大事なのはどれだけ長い時間を経ても、あんたの闘志が消えてないってことだろ。"生くるダンジョン"を破壊しようって言う確固たる闘志が。俺なら、とっくの昔に諦めていたと思うぞ」
レインは少々不意を突かれたように、焚火に照らされるヴァリスの横顔を見つめた。だが彼は、すぐに肩を竦めて自虐を始める。
「それだって、『絶対勝利のやり直し』のスキルがあってこそだよ。このスキルが俺に仮初の希望と手段を与え続けてきたんだ。"お前ならまだやれる"そんな仲間の声として。"本当に僅かだが成功することもあるじゃないか"そんな自分の声として。"生くるダンジョンを破壊し、無辜の民を救わなければ"そんな勇者の声として。俺はただこのスキルに、無理やり立ち上がらされているだけの、中身の無い人形だよ」
黒い瞳にさっと暗い影が走る。スタート地点で過ごした長すぎる時間を、改めて思い出し始めたのかもしれない。
「……」
ヴァリスは黙り込んだ。自虐を慰める台詞が出てこなかったわけではない。いや、気の利いた慰めの言葉なんて出てこなかっただろうが、今彼が沈黙する理由はそれではない。
少し、疑問が浮かんだのだ。
「もしかしてレクカインは、自分」
「ごめん。今日はヴァリス君の話を聞く余裕が俺にないみたいだ。それと、よければこれからもレインと呼んでほしい。その名前は、勇者や英雄を信じる人々のものだからね」
レインはもう一度謝ると、立ち上がって眠れない男から離れていく。
ヴァリスは頭を掻いた。先ほど生じた疑問をいつかレインにぶつけていいものか迷う。
だが最終的に、その必要はないと結論付けた。
何故なら彼はやはり、勇者なのだろうから。
「先に言っておくよ。第三層は非常に小さな部屋だ。その部屋の中央の台座の上に乗っているオーブを回収するだけで、攻撃が終わって第四層への<<転送門>>が開くんだ。だけど第三層についたらまず心を強く持つように。たった数メートルの台座への道が、途轍もなく遠いものに思えるから」
レインの忠告に、他の三人が頷いて見せる。最初のこの男を疑っていたエイラメインも、たった数日の間で彼に信頼を寄せたようだ。
「あ、そうですよ!精神を蝕んでくる攻撃なら、先に私が魔法による対策をしておきましょう!ふふふ、流石出来る聖女。そんなに褒めなくて良い、なんてことはないですよ?」
ぽわんとした胸を張って褒めろ褒めろと訴えて来るサミアーナだったが、その要求はすぐにおじゃんになる。
「いや、恐らく魔法による防護では防げない。あれはダンジョンの仕組み、とでもいうべきもののはずだからね。俺たちの能力の一部が弱体化しているのと同じようなものさ」
「能力弱体化?そのようなものが、掛けられているのですか?」
王国親衛隊長が疑問を呈し、聖女と顔を見合わせて首を捻る。どうやらこの二人には関係の無い話だったようだ。
「ちょっとだけだけどね。とにかく、第三層の精神攻撃は魔法じゃあ防げそうにないんだ。もっともこれは俺の所感だから、<<精神防護>>なんかを先にかけてくれるなら、それに越したことはないよ」
「ふむ!では取り合えずかけておきましょう。<<精神防護>>!」
聖杖を軽く弾ませてサミアーナがそう唱えると、<<物理防護>>や<<魔法防護>>と同じような白く薄い光の膜が四人に張られる。
「よし!それじゃあ気合を入れて……入れて……はぁ、憂鬱だ。いやいや、しり込みしてはいけない。皆、行こう!」
カインの言葉の後、四人は第三層へと続く<<転送門>>へと足を踏み入れた。
「衛隊長……エイラメイン親衛隊長、どうしたのだ?密偵長から受けた報告を私たちに聞かせてくれ」
暗闇に、光が差す。重たい瞼が開いたのだ。エイラメインは甲冑を左右に動かし、自分が今いる場が王城の謁見の間であること認識した。同時に、レインの言っていた精神攻撃とやらの事を思い出す。"生くるダンジョン"に居るはずの無いサジバール公爵、スシャイナル辺境伯、フォンベルン密偵長、そして何よりシェダリス三世の姿がここにはあり、自分は今ダンジョンの攻撃を受けているのだろうと予測する。
「親衛隊長、気分でも悪いのか?」
サジバール公爵の温和な声。本物と遜色ない、聞きなれた声だ。エイラメインは自然と首を左右に振って否定してしまう。眼前の長髪の人物が偽物であると分かっていたのにだ。
「サジバール公、大丈夫です。私のことなどお気になさらず、どうか陛下との会談をお続けになって下さい」
「……そうは言われても、密偵長の報告は我々には聞こえないのだ。陛下の仰られた通り、報告を代読してくれ」
エイラメインは瞳を右に動かした。そこには、影のように立つ密偵長の姿がある。常人では聞き取れない程度の声しか出すことの出来ない密偵長の言葉を、五感が優れたエイラメインは聞き取ることが出来る。エイラメインは彼の拡声器として、朗々とした響きを謁見の間に渡らせる役割も担っている。
その密偵長の唇が動いた。エイラメインはその言葉を一字一句漏らさず耳にして、頭の中が真っ白になった。
何故そのことを?空白の中で最初に立ち上ったのはそんな疑問。それは罪悪の重みによって瞬く間にエイラメインの心を悲嘆で埋め尽くした。
唇が勝手に動く。その告解を彼女は望んでいながら、望んでいなかった。いつもその狭間で揺れ動いている。言い訳と、自罰と、成すべき使命によってもはや彼女自身もどうしてよいか分からない、罪をぶちまける。
「コーグウェイ伯爵の長女、王国親衛隊長エイラメイン・コーグウェイは、自らの肉親三人を手にかけた疑いがあります!肉親殺しは非常に重い罪科。よってシェダリス三世陛下によって、その罪が裁かれることを望みます!」
報告のような、告白のような言葉が自然と出て行く。謁見の間に居るものたちは、長女?それより肉親殺し?と困惑し、だがすぐにぎらついた視線をエイラメインに向けた。
「ま……お待ちを……お待ちを、陛下。私は」
「エイラメイン」
シェダリス三世は玉座に肩肘をつき、掌で頭を抱えた。重い重い溜息。自らが敬愛してやまない国王から向けられたのは、蔑視の目。
断罪者は口を開けた。
「まさかお前が不義の徒であったとはな。我が懐刀の刀身が肉親の血に塗れているとは、ああ、私は全くもって見る目が無い」
断罪者のセリフは、エイラメインの罪を裁くと言うよりかは、己の不明を恥じているようだった。
だからこそ、一層エイラメインの心が冷える。
「陛下!私は仕方なく、どうしても止まれぬ事情が」
「――事情?」
謁見の間が嘘のように消える。先ほどまで話していたシェダリス三世の姿もない。代わりに、暗闇の中で何かが蠢いた。
現れたのは、人の形が少し崩れたような暗黒よりも黒い形。いや、それはエイラメインの手によってそうなったのだ。もう十年以上も前の、罪の在りか。
「確かに、仕方なかったのかもな。だけどな、我が愛しい愛しい妹よ。お前は俺の命を奪った時、強かに喜んだだろう?」
「兄様……」
「望まない結婚が行われる寸前の身だったものな?お前の意志とは反していた、政略結婚。そうだろう?だから、喜んだ。お前は自分の望み守るためなら、肉親を手にかけても喜べる人間だったんだよな?」
「ちがっ……!違います!そんなことは!」
「本当に違うのか?俺を剣で刺した時、お前の唇は吊り上がっていたぞ」
「――――」
「誤魔化せないよな、本心は。どんな演者にだって無理だ。女の身で剣の修行に明け暮れていた武骨な我が妹には、当然隠せるはずもないよな?」
「……違います……話を、私の話を聞いて下さい、兄様!」
「はははは」
黒い形は哄笑した。心底愚かなものを見たような笑い。それはどこまでも広がる闇の中で反響し、エイラメインを囲った。
「もう死んでいる俺に、聞くための耳なんてあると思うのかぁ?なぁ、肉親殺しの妹よ」
「……っあ……あああああ!ああああああ!!」
絶叫し、縋る様に手を伸ばす。血に濡れたその手が何にも触れられないことを分かっていながら。
「へぶしいぃぃい!」
奇妙な声と主に、闇が晴れた。自分の右手が何かを叩いたような感触に、エイラメインは何が起こったのか飲み込めず立ち尽くす。
「うぅ……痛いです……いくら治癒魔法も得意な聖女が相手だからって、全力で頬を叩くことないじゃないですかぁ!!」
「……え?」
聖杖を振り回して猛抗議したのはサミアーナだ。彼女の手は、半透明のオーブを握っている。それが第三層の仕掛けを終わらせる鍵となっているということは、レインが話したので周知のところだ。
「それに皆さん、何をぼうっとしているんですか?もう次の階層への<<転送門>>は開いていますよ!余力もやる気も十分な私としては、もう先に飛び込んじゃいたいくらいです!」
「……サミアーナさんは、なんでそんなに元気なのかな?流石に俺も、呆気にとられるしかないよ」
顔色の悪いレインが元気よく喋るサミアーナに近付き、そう言う。その隣では、レインの言葉に同意するように頷くヴァリスの姿もある。
「確かにレバリスの皆さんや、エイラメインさん、ヴァリスさん、レインさんが死んじゃうような悪夢は見ましたが、そこは精神極太の喉ごしの聖女。皆さんがそんなに簡単に死ぬわけがないことは、分かっていますからね!」
「マジかよ……凄いな、聖女様」
ヴァリスの賞賛のようなそうでないような声質に聖女は、腕を組んで不敵に笑うのだった。
第三層の攻略も聖女にとっては味気なく終わり、第四層の<<転送門>>が四人を今か今かと待っている。その前で、レインは他の三人を見据えた。今までに見たことが無いほど真面目な表情だ。
「"生くるダンジョン"の核がある部屋、その最終層の手前。それが第四層だ。俺は一度しか、この階層を突破したことが無い。その一度も、敵がいなかったから通り抜けられただけだ」
「敵がいない?そんなこともあるのか」
大分顔色の良くなったヴァリスの疑問に対し、レインは、いや、と否定してから再び喋り始める。
「第四層は"生くるダンジョン"内で死んだ者の記憶の中にある強者が再現される、と俺は予想している。俺が第四層を突破したのは、"生くるダンジョン"に侵入したての、一回目の挑戦の時だ。つまりまだこのダンジョンで死んだ者がいなかったから、誰も再現されていなかったと考えている」
「一回目って……最初に侵入してから死ぬことなく、あのスタート地点の三つのスイッチ同時押しを成功させたってことか?」
「うん。運がよかったんだろうね」
運が良かったで済まされることなのか?レインの持つスキル『絶対勝利のやり直しLvMAX』の効果を知っているヴァリスは、スキルが意図的に起こしたものであるような気がして、眉を顰めた。
成功を、ではない。失敗をさせられていたのではないか。
そんな思考が、直感的に浮かび上がった。
そう考えるヴァリスの前でレインの話を聞いていたエイラメインが、まさか、と恐る恐ると言った様子で言う。
「……もしかして第四層で再現されているのは、魔王、だったりしませんよね?」
レインがレクカインであることが当然のように問いかけに、勇者の称号を持つ者の名を自称しない男は苦笑する。
「それは流石にないね。あれは再現出来るような存在じゃないんだと思う。ただ、ある意味ではそれよりも厄介と言えるかもしれない。第四層で再現されているのは」
遂にレクカインだと自白するような内容を三人に聞かせた男は、少しトーンを落とした。
「このレクカインだった男の、かつての仲間たちさ」




