16."生くるダンジョン"―第二層―
「いやっ、快適だなぁ!俺が一人で踏破したときは、この魔剣の力を使って水を蒸発させながらなんとか進んだんだが、魔力の回復と消費を繰り返して頭が痛いわ、どっちに進めばいいか分からないわで本当に苦労したんだよ!」
そう言って氷の上を走るカインが痛快とばかりに笑った。その前を行くヴァリスの右腕は妖怪の赤黒い巨大なそれとなっている。その手が握っているのは氷の矛。元妖怪はそれを前方の水の中へ突き入れ、氷の道を形成しているのだ。
"生くるダンジョン"によって弱体化がかけられているのか、四肢の一部しか妖怪のものへと形を変えられないヴァリスだが、右腕だけで十分に白く輝く巨大な武器を操ることが出来ている。もっとも流石にその武器の大きさは、全身を妖怪のものへと変化させた時と比べるとかなり小さなものだ。あくまで普通の人間にとっては巨大な武器、というだけだろう。
「この、レインさん!何を暢気に笑ってるんですかぁ!?今どんな状況なのか本当に分かっていますか!?私には、魔物に美味しく頂かれる趣味なんてないんですよぉ!」
ちらりと後ろを振り返りながら、サミアーナが顔面蒼白で叫んだ。四つの人影はただただ氷の道を脇目も振らず走っている。そんな彼らの背後を追いかけるのは巨大な影。大口を開けて獲物を飲み込まんとする巨大な魔物が、砕氷船のように氷の道を砕きながら四人を執拗に追いかけていた。
「珍しく聖女様に同意する!後方から追いかけてくるので、攻撃が届きにくい。その上、金属のように固いので切ってもあまり効果がない!」
魔物の触手がジャベリンのように襲い掛かる。それを湾刀でなんとかいなしながら、エイラメインが舌打ちをした。
「はは、申し訳ない。奴には魔法が有効だった気がするんだが、こう走っていちゃあ魔法を安定して唱えられない。当代の聖女様でも難しいかな?」
「無理ですよ!そもそも私は攻撃魔法が苦手なタイプの守っちゃいたい系聖女なんです!それでもアンデット相手になら幾らでも使える攻撃魔法がありますが、このストーカー魔物には初級攻撃魔法程度では意味がなっ、ふげぇええ!!」
自称小動物系聖女の体が浮き上がった。レインに祭服の襟を掴まれて、引き寄せられたのだ。瞬間、魔物の触手を用いた強力な叩き付けが空を切る。<<物理防護>>によって守られているとはいえ、今の一撃をまともに受ければ、サミアーナは良くて失神と言うところだっただろう。
「くそっ!一方的に攻撃されて、何か腹が立つな!」
先頭を駆けるヴァリスが憎々し気に言う。ひたすら真っすぐに。そうレインに言われて水を凍らせ続けている彼が魔物の攻撃に晒される機会はあまりないが、後方の三人が一方的に攻撃されている状況は腹立たしかった。
「ヴァリス君、落ち着いて落ち着いて。船頭たる君が慌てちゃあ遭難しちゃうから。まぁ、俺もイライラしているけど、それをぶつけられる場面はもうすぐに来るからね」
「もうすぐ?本当か?」
「いや……本当に申し訳ないんだけど、実はそれほど自信は無いんだ。何せ前回ここを訪れたのはいつだったか……けど大丈夫だと思う。ひたすら真っすぐ行けば、第三層への<<転送門>>があるってのは間違いないはずだ。そしてそこには、広い足場があったような気がするんだ」
「思う、とか。はず、とか。気がする、とか。信用してはいけない言葉の見本市ですよぉ、これ!?」
宙に簡易的な結界を幾つか張り、触手の軌道をずらしながら聖女が不安を吐露した。その言葉は全くもってそうなのだが、他にあてはない。レインの朧げな記憶が正しいことを願うしかない。
ただヴァリスは、レインの記憶は正しいと確信していた。信頼関係によるものではない。勝利のための前提条件を時に意図的に用意するレクカインのスキルの効果を、信じていたのだ。
「……!みんな、あったぞ!陸地だ!」
ヴァリスがそう大声を上げ、それから氷の矛をそこ目掛けて投げた。水上を流星のように突き進むそれが、陸地までの道を作り上げる。
船頭を務めていた男は、氷の道を割らないように気を付けつつ踏み出す足の速度を上げて陸地にいち早く辿り着いた。それから右手にもう一度力を籠め、再び氷の矛を生み出す。陸地の安定した足場を用いて振りかぶり、彼は全力でその矛を巨大な魔物目掛けて投擲した。
矛と魔物の頭部が衝突し、巨大な体躯がよろめく。さらに魔物の頭部を霜が覆いつくし、次に口、次に触手と次々に凍り付いて巨体の動きを鈍らせる。
だが、足りない。あの程度の大きさと威力の矛の一撃では、命に届かない。ヴァリスが行ったのは時間稼ぎだ。
「ナイス、ヴァリス君!これからはこっちの番だね。強力な魔物とは言え、キラツル巨大鏡面大魔亀マルマには及ばない。地形の不利が無くなれば、俺たちの相手ではないさ!」
「なにリーダー面してるんですかっ!このパーティーのリーダーの座は譲りませんよぉ!攻撃魔法は得意ではありませんが、私にも出来ることはあるのです!慈愛と節義を司るレバリス神よ!この場に御身の恩寵を僅かばかりお貸し与え下さい!<<レバリスの聖護>>!」
サミアーナの周囲に、光の薄い膜が広がる。それは地に二本の杖が交差し絡み合う円形の紋様を描き、その中に立つヴァリス、エイラメイン、レインに力の加護を与えた。
「本当に聖女っぽい魔法を使えるんだな」
ぼそりとそう言ったエイラメインに、聖女サミアーナが噛みつく。
「歴然たる聖女ですがっ!?今までだって<<神聖大結界>>や<<神聖大障壁>>を披露してきたじゃないですか!」
「ほら、それらは何と言うか、レバリス神の加護がなくとも上級の神聖魔術師なら使えるじゃないですか」
「それはそうですけどぉ……」
ぶつぶつと言葉を交わす二人を他所に、ヴァリスは身体に力が漲っていくのを感じていた。強化の余地があるからこその初めてのその感覚は、どこかむず痒い。ただ加護の効果が役に立つものであることは間違いがなく、右腕が再度生み出した氷の矛は、少し前に魔物の頭部目掛けて投げたものよりも大きく鋭かった。
魔物が自身の動きを束縛していた氷を砕き、陸地の四人目掛けて再び巨躯を動かし始める。敵が陸地にあっても逃がす気はないようだ。
一投。ヴァリスの手から離れた二発目の氷の矛は、一発目よりもさらに速く強く魔物へと突撃する。
しかし、その威力を思い知った魔物の対応はまたそれよりも早かった。全ての触手を前方へ集めて絡ませ巨大な盾にして矛を受け止めると、そのまま四人に迫る。
ヴァリスは三投目を構えなかった。魔物にトドメを刺す役割は自分ではない。それはヴァリスの二投目によって作られた氷の道を駆け、魔物の目掛けて飛び上がった男に任せれば良い。
紅い刀身が空に尾を引く。レインは氷漬けになった触手の固まりに着地し、それを足場にしてもう一度飛び上がった。魔物の外皮は堅固で、魔剣の一閃ですらあまり有効打にはならない。だから彼は飛び乗った頭に剣の先端を突き刺し、魔物を内側から焼いていく。
「<<業炎滅却>>!」
触手と言う攻撃手段を奪われている魔物には、頭に飛び乗って来たコバエを払う手段がない。
空まで立ち上がる炎の柱。と共に、魔物が断末魔を上げる。ほどなく魔物が光の粒子となり、空中に豪華そうな宝箱が出現して落下していく。
「レインさん!何があろうとその宝箱を確保してくださいよぉ!前回はヴァリスさんが開けましたが、今回は私が剛運を見せつけるんですから!」
「了解、当代の聖女様」
宝箱と同じく落下するレインが水中に落ちていく。数十秒後、彼は宝箱を確保して浮き上がって来た。
「ふっふっふっ!さぁさぁ皆さん、御照覧下さい!この引きの強いサミアーナが、皆さんの眼を白黒させてしまいますよ!それでは、おりゃぁぁあああ!」
勇ましい声と共に、宝箱を勢いよく開ける。中から姿を現したのは、キラツル巨大鏡面大魔亀マルマが落とした宝箱と同じように大きな魔石と、盾のデザインがあしらわれた指輪だ。
「……あれっ!?これだけですか?そんな、私の運ならば、十個ぐらいアイテムが入っていても良いのでは!?レバリス神よ、私を見捨てたもうたのですか!?」
「レバリス神もその強欲には多いに困惑していると思う。そもそも運だったらマニカズド神に頼むべきでは……何にせよ、聖杖に魔力を補充できる魔石が手に入ったのは良いことだ。ほら、欲深聖女様。落ち込んでないで魔石と魔道具を回収して」
「ああ無情。死体に鞭打つとはこのことです。私がアンデットになったらどうしてくれるんですか!……それはともかく、この指輪にはどんな効果が……誰かお仲間様の中に<<アイテム鑑定>>を使える方はいませんかー?」
サミアーナを除いた全員が首を横に振る。
「<<アイテム鑑定>>を使える人間は限られるからね。アイテムの価値の高さによっては効かないこともあるし。俺も昔は使えていたような気がするんだけど、もうおじいちゃんなんて飛び越えた歳だから、ボケちゃったかもしれない」
祝聖聖騎士のNO.2なら使えるのに、とサミアーナは歯ぎしりした後にじっとその指輪を眺め、それから、えい、と無造作に指に嵌める。
「ちょっ……呪われていたらどうするんだ、聖女様!?」
「大丈夫ですよ、エイラメインさん。私、呪いに対して強い抵抗力を持っているので!そもそも、聖女、ですよ?呪いは一目で分かりますから」
「それでもせめて<<解呪>>を使ってから」
「大体、ダンジョン探索用のアイテムを持っていた人員が"生くるダンジョン"内部に侵入出来なかったのが悪いのです!それって私の責任では?……よし!」
何に対する、よし、なのかは分からないが取り合えず元気よくそう言って聖女は色々と魔道具を試し始めた。そんな自由奔放な女性を話から外してレインが口を開けた。
「これで第二層もめでたく突破できたわけだ。三層へ続く<<転送門>>はこの陸地を少し進んだ先にあるはずだけど……うん、みんな。ここで一週間くらいのんびりしないかい?」
微笑を浮かべながら、突然そう提案をする。当然、真面目なエイラメインは何を言っているのかと非難するように言葉を尖らせた。
「何を妄言を宣っているのですかレイン殿。必要に迫られてならともかく、ここで足を止める理由は見つかりません。"生くるダンジョン"外の状況を把握できない以上、早急に行動するのは当然のことです。それとも何か、理由があるのですか?」
「……まぁ、そうだよね。第三層と四層は俺にとってトラウマだから、ついつい弱腰になってしまったと言うか……すまない」
そう言ってレインは歩き出す。勇者がトラウマと言うほどの階層はどのようなものなのか、気にならないはずがない。
「第三層ってどんな場所なんだ?」
やや間があり、レインはヴァリスの疑問の答える。
「精神攻撃に晒される階層だね。俺は、戦闘で解決できないことにはどうにも弱くて。自分の事を言うわけじゃないんだけど、どんなに強大な戦闘力を持つ者でも心ってのは中々鍛えようがないからさ。むしろ強ければ強いほど償うことの出来ない業を背負うものだと、俺はそう思うよ」
それ以上レインは語らなかった。
それから四人は、十分もしないうちに地面が黒く歪んだ場所を発見する。第三層へ続く<<転送門>>だ。念には念を入れてこの近くで一晩休むことを決め、彼らはその準備に取り掛かった。
ダンジョン内が夜のように暗くなるその光景は、何回か経験しても奇妙以外の言葉が見当たらない。ヴァリスは上空を見上げ、そこに果てはあるのかとふと疑問に思う。
そんな元妖怪の隣に、レインが音を立てることなく腰を降ろした。
「暇かな?」
フルプレートを脱ぎながらも湾刀を握りしめたまま眠るエイラメイン。寝言といびきで暗闇を騒がしくするサミアーナ。その二人を軽く確認した後、レインはそうヴァリスに問いかけた。
「そうだな。周囲に魔物の気配はないが、かと言って見張りの他にやることもない。後は精々、お節介な男と話をするくらいかな?」
レインは小さく笑い、ヴァリスに手製のコップを渡した。おおよそ三日ほど前に手渡された時と同じく水が入っているそれを、ヴァリスは礼を言って受け取った。
「それ程大きくない陸地だけど水源があってよかったよ。喉の乾きは、辛いものだからね」
「違いない」
コップを傾けてのどを潤し、空になった木のコップを切り株の上に乗せる。
丁度いい機会かもしれない。ヴァリスはそう思って隣の男に問いかけた。
「一階層の宝箱から手に入れた魔道具で見てしまったんだ。あんた、やっぱりレクカインなんだろ?スキルも『不老不死』なんかじゃない。あんたが持っているスキルは、そんなものよりもっとおぞましいものだ」
レインはヴァリスが言葉を切るのを待ち、それからコップの中の水を数秒見つめ、それを一気に喉へ流し込んだ。
「――ああ。あの片眼鏡は<<人物鑑定>>のような効果だったのか……確かに、俺はレクカインだ」
隣の男、勇者レクカイン・ラズリットはヴァリスの言葉を認め、同じようにコップを手から離した。




