15."生くるダンジョン"―キラツル巨大鏡面大魔亀マルマ―
ほわぁ~、と間の抜けた声が聞こえてきた。それがサミアーナのものであることは他の三人には分かっていたが、彼らの胸中もその間抜けな声と同じようなものだった。
断崖から落ちる瀑布。背後のそれ以外周囲には障害物のない開けた場所。そこに、巨体が蹲っていた。まず目につくのは眩い甲羅だろう。鏡のように光を反射するその甲羅は時折宙に浮かび、その魔物の周囲を視界を奪う光で満たす。四本の大きく分厚い足と長い首を確認するまでに時間が必要だったのは、正にその光のせいだった。
その魔物の周囲の地面や断壁は光の熱を受けるせいか黒く焦げている。ただ生きているだけで周囲がそうなるのだろう。それをもし攻撃として使えばどうなるのか、考える必要もなく恐るべき脅威だ。
距離を取ってその様子を窺っていた四人の中で、その魔物を先んじて知っていた男がそれを指さして紹介した。
「そう。あれがこの第一層の主と思しき存在。その名も、鏡面大魔さ!」
どこか自慢げな男レインに対して聖女サミアーナは不満げに、えー、と口を尖らせた。
「名前が可愛くないです!キラツルマルマにしましょう!」
イマイチ可愛さの伝わらない名前を提案した聖女に、ヴァリスが突っ込む。
「いや、巨大な亀だろ」
何故か名称で揉め合う三人に、常識人寄りであるエイラメインは銀色のガントレットを甲冑にあててやれやれと頭を振った。
「何でもいいですから、あれを討伐できるかどうかを話し合いましょう」
「……そうだね。鏡面大魔には一つ、明確な弱点がある。腹部に潜り込めさえすればあの光による攻撃を受けにくく、また攻撃がまだ通りやすい。問題はどうやって腹部まで潜り込むのか、潜り込めたとして潰されないようにどう攻撃すのかってことだけど」
「<<物理防護>>や<<魔法防護>>ではキラツルマルマ級の相手には心許ないですね。<<神聖結界>>を張れば数発は攻撃を防げるかもしれませんが、その強度の結界を個人個人に張るとなると、私の現在の魔力のほとんどを消費することになります」
「腹部に潜り込めれば、持ち上げることは出来ると思う。そしたら潰されることはなくなるはず。あとはただの巨大な亀なんだから比較的柔らかそうな首を、無理なら腹部を集中攻撃すれば倒せる可能性はある」
「……鏡面大魔」「キラツルマルマ!」「巨大な亀」
再びにらみあう。こいつら、こんな下らない事で何で険悪な雰囲気になっているんだ?エイラメインの嘆きは益々深くなり、彼女は適当に提言した。
「……もういっその事、名前を全て組み合わせましょう……キラツル巨大鏡面大魔亀マルマでいいんじゃないですか?」
「組み合わせる……平等だし、俺は悪くないと思うよ」
「ちょっとポワポワ具合が足りませんが、私もエイラメインさんの命名で納得してあげることに致します!」
「なんかそれっぽい感じに纏まったし、流石エイラメインだな」
命名で争い合う三人を小ばかにするように言ったエイラメインだったが、その名前は意外にもポジティブな反応を持って受け入れられた。と言うよりも彼らも何となく退けなくなっただけで、どうでも良かったのかもしれない。
王国軍や親衛隊では許されない緩い空気に、王国親衛隊長は苦労を肩を落とすことで伝える。シェダリス三世から"たまには肩の力を抜くことを覚えよ"と助言を受けていたエイラメインは、もしかしてこう言うことなのかなと考え、絶対に違っていそうなのですぐに考えるのを止めた。
「じゃあ、真面目に作戦を練ろうか。俺はあの魔物、キラツル巨大鏡面大魔亀マルマでと一度戦ったことがあるからね。その時のことを何とか思い出しながら説明するよ」
今までの流れは何だったのか。あっけらかんとしてそう言ったレインに、王国親衛隊長は拳骨の一発でも喰らわせてやりたくなるのだった。
キラツル巨大鏡面大魔亀マルマは、その不動にも思える胴体を揺り動かした。強力な力を持つその魔物は、自分に向かって全力で突っ込んで来た三つの人影が自らの生命を脅かし得るか瞬間判断し、完全に立ち上がった。
魔物の透明な甲羅の一部が剥がれ、浮遊する。その一つ一つの表面には、小さな魔法陣が刻まれていた。どういった原理かは不明だが、まるでピンボールのように光が甲羅と甲羅の間で跳ね、その度に熱を増す。そうして繰り出されたのは光の柱の豪雨。大量の光線が、様々な角度から三人の視界を覆いつくさんばかりに襲い掛かった。
「うぐぅ!……魔力が切れかけで頭が大ズキズキ!ですが、負けるもんかぁ!本日最後の聖女からの餞別ですよっ!魔を防ぐ光よ聳え立て!<<神聖大障壁>>!」
三重の光る円が弾ける。淡い光が地面を走り、キラツル巨大鏡面大魔亀マルマとそれに向かう三人の間に半透明な壁が形成された。
無数の光線が半透明の壁に着弾する。光が炸裂し、空気の流れを狂わせる。さしもの聖女の大結界も、浴びせかけられ続ける魔物の光線には耐えきれない。極めつけに百回は反射し続けて威力の増した光線の一撃を受け、神聖大障壁は穴だらけとなり、瓦解していく。
「これで……負けたら……絶対に許しませんからね!!」
地を這いつくばりながら、聖女はそう叫んで後退する。
神聖大障壁を破壊したキラツル巨大鏡面大魔亀マルマは、宙に浮かせていた甲羅の一部を戻した。魔力の切れた甲羅では、光を増幅して反射することが出来ない。代わりに、まだ魔力をたっぷりと蓄えている甲羅を射出する。その数にはまだまだ余裕があったがしかし、これほど消耗したのは久しぶりのことだった。
その時に仕留めきれなかった男がいる。神聖大障壁と甲羅の入れ替えで稼がれた時間を使われ、さらに急速に接近してくる三人のうちの一人を見て、マルマは温存を諦め使える全ての甲羅を追加で宙に放った。
「あれはマズイ!ヴァリス君、エイラメインさん、君たちは前進してくれ!」
レインは大声を上げ、立ち止まった。この技を使うのは何年ぶりになるのだろう。大地をしっかりと踏みしめ、紅く煌めく魔剣に己の魔力を注ぎ込む。
魔力を吸い込んだ刀身が青い焔を纏う。それは伸び、どこまでも伸び、天を割って青く染め、その周囲を歪ませた。レインの今ある魔力の殆どを糧とした一撃。単純明快ながら、だからこそ強力な一太刀。
「<<淵炎葬火>>!!」
振り下ろす。細く青い炎の線が地を奔る。それはヴァリスとエイラメインの横を通り抜けて、魔物を仕留めんと地と天の狭間を燃やし尽くす。
使える全ての甲羅を用いた千回近くの光の反射の果てに編み上げた極大光線。魔物は最初、それをヴァリスとエイラメインに向けて放とうとしていた。もっとも、編み上げたその光線ならば、ヴァリスとエイラメインに向けたうえでレインをも余波で殺し得ることが出来る威力を持っている。これで魔物は敵を一網打尽にしようとしていた。
だが迫りくるレインの超威力の一撃に魔物は、甲羅に描かれている魔法陣を調整し光を細く、代わりに威力を高く変質させていく。
一点に凝縮された光線が飛び出し、レインの放った青く細い斬撃と交わった。二つの必殺の一撃がその周りの空間をこそぎ取るように歪ませたが、しかしほぼ同威力のそれらの交差は、最後に青い炎の残滓を残して音もなく余波もなく消えて行く。
とは言え、今ある魔力を使い果たして地に足を付けたレインと違い、魔物にはまだ余力がある。再びの一撃をまだ余力のあるヴァリスとエイラメインに向けようと準備を始め、そこで宙に飛び上がった甲冑姿に魔力が無くなりかけの甲羅が幾つか砕かれた。
「ぐあっ!……結界の守護があるのにこの威力とは……だが、ヴァリス殿!」
いない。宙の甲冑に牽制の一撃を喰らわせているうちに、もう一人の男の姿が消えていることに魔物が素早く気付く。すぐさま数個の甲羅を動かし、それが反射し写しだす様々な景色を確認し始めたところで。
その悪寒は自らの真下から発せられた。
「ああ、行くぞ!!」
"生くるダンジョン"の一層に生み出されてから、これまで一度も湧き上がってきたことのない感情が一層の絶対強者を襲う。反射的に四肢を曲げ、飛び上がってその予感から逃げようとしたが。
「おらああぁぁあああ!」
赤黒い巨大な右腕によって、意志とは関係なく魔物の巨体が宙に浮かび上がった。視界が回る。そのぐちゃぐちゃな世界の一瞬、甲冑姿が空で何かを振る姿が見えた気がしたが魔物は寧ろ安心していた。
甲冑姿に自分を殺せる力はない。それよりも、自分を殴って浮かせた馬鹿力を何とかしなければならない。
巨体の上昇が終わり、落下し始める。魔物は宙にありながらその状況にも慣れ、攻撃を行わんと甲羅を正確に移動させ始めた。
その魔物をねめつけながらエイラメインが、湾刀を手の中で一気に三度回転させた。自分の攻撃ならば魔物も油断するはず、と確信するのは実に歯痒いものがあるが、あの魔物が首を甲羅の中に引っ込めでもすれば戦闘は更に長引くことになる。
それだけは避けたいエイラメインは、気合の籠った大声を上げた。
「<<三重斬撃解放>>!!」
空に流麗な一つの線が流れる。三つの斬撃を内包したその一つの線が、落下する魔物の比較的柔らかな首を奇襲し切断した。
血飛沫が降り注ぐ。魔物の巨体が地に落ち、轟音を鳴らす。しかし数秒後、その体はさらさらと光の粒となって消え、ダンジョン内の空へと立ち上って行った。
後に残ったのは宝石があしらわれた少し豪華そうな宝箱だ。
「おぉ!?これ、何か良さそうなもんが入っているんじゃないか?みんな、早くこっちに……って、わぁ、みんな大丈夫か?」
地を這いずる聖女。地に伏したレイン。だらりと垂れた右腕を左手で擦る親衛隊長。ヴァリスは彼らを宝箱の前まで運び終えると、一人だけハイテンション気味に言った。
「どうする、これ?誰が開けるんだ?」
「はは……ヴァリス君は元気だなぁ……俺はヴァリス君が開けて良いと思うけど、その前に」
レインは地に頭をくっつけたまま、手だけ上に挙げて剣の柄頭を見せた。同じく地に寝転がっている聖女が、杖の先端をその柄頭にくっつける。良く回る口が全く動かせないほど疲弊しているようだ。この中では比較的元気なエイラメインが湾刀を左手に持ち替えて、ゆっくりとそこに剣を近づけ。最後にまだ余力のあるヴァリスが拳を突き出した。
何とも言えない不協和音がする。だが、意外と余韻は悪くない。
「どうぞ、ヴァリス殿。私も少々、休息を取らせていただきます」
甲冑を脱いで座り込んだエイラメインが深呼吸をする。こういう時に最も主張の激しそうな聖女からはいびきが聞こえ始めていた。
その死屍累々たる有様の中、ヴァリスは申し訳なく思いながらも少し豪華な宝箱を開いた。中には、これまでの魔物が落としていたものとは比べ物にならないほど大きな魔石と、小さなモノクルがあった。
「何だ、これ?」
モノクルを掴む。どう見ても目に当てて使いそうな用途の代物だ。ヴァリスはその直感に従って右目にそれを付けた。
三、の文字が視界の右上に現れる。何だ?と不思議に思いながら、まだ辛うじて元気なエイラメインにモノクルについての意見を聞こうと頭を動かして、豪華そうな宝箱を開けた男の動きが止まった。
『エイラメイン・コーグウェイ』主要スキル『行動予測Lv2』所有特殊アイテム「ドワーフ製フルプレート」「三残湾刀」「傷与之小太刀」
数字が二に減ると共に、エイラメインの横にそのような黒い文字が浮かび上がる。
ヴァリスは何度も瞼を瞬かせ、それからモノクルを外した。すると、不思議そうな表情を浮かべるエイラメインの横から文字が消失する。
「これは……」
モノクルを再び装着し、肢体を地面にべったりと付けたレインに近づいて視界に収めると、右上の数字が一になる。同時に、地面に突っ伏している男の背中に黒い文字が刻まれた。
『レクカイン・ラズリット』主要スキル『絶対勝利のやり直しLvMAX』所有特殊アイテム「魔剣フレイムベンダー」「神獣マクバスカの同化皮膚鎧」「魔王の核臓」
「(これは簡易的な鑑定ってやつなのか?ってかやっぱり、レクカインじゃねーか。スキルも『不老不死』じゃないし)」
数日の付き合いが、レインの正体を公にするのを押し止めた。これが出会ったばかりなら、ヴァリスはとっとと暴露していただろう。何か事情があるのか、と気付かってもらえるだけのコミュニケーションを取って来たレインの功が奏したのだ。
公然の秘密のようなものではあったが。
「どうしたんだい?俺の背中に虫でもくっついてるのかな?」
すぐ傍でじっと視線を浴びせかけられているレインが、土で汚れた顔を上げてヴァリスに問う。レインの頭の上で何でもないと表現しようとしたヴァリスの右手が、急に立ち上がってきたレインの頭部によって少し弾かれた。その手は吸い寄せられるように、スキル『絶対勝利のやり直しLvMAX』と書かれた黒い文字へと運ばれる。
その瞬間ヴァリスの脳内に、『絶対勝利のやり直しLvMAX』の効果が流れ込んで来た。
ヴァリスは流れ込んできたその効果の内容に、しばらく黙り込む。その様子を見て、大丈夫かい?と気遣ってくるレインに、むしろお前が大丈夫なのかよと突っ込みたくなってしまう。
「大丈夫。ちょっと考え事をな」
「そうかい?なら、良いんだけど」
そうしてヴァリスは最後の仲間に目を向けた。もしかすると、レインを見たときのような発見があるかもしれない。少し下世話な興味だが、好奇心が彼の背中を押していた。
右上の数字が、0になる。
『??』『???????????』『?????????』『???????????????』etc主要ススススsufsfg,sdf:@:/:/abyhyqwq@qpl894km:a[]a.cowek904ow,l;,s]df/sfsv,.borklerwkr;
モノクルが弾け飛ぶ。それは罅入り、煙を上げ、地面に転がり、小さな音を上げて倒れ込んだ。
「…………」
今のは、何だ?
ヴァリスは言葉を失ったまま、大の字になって眠るサミアーナを見つめる。そこにはもう黒い文字はない。隙だらけの、か細い背中があるだけだ。
拾い上げたモノクルはもう使い物にならなくなっていた。壊れかけていたせいで表示がおかしくなっていたのだろうか。
「ヴァリス君。このダンジョンでも極稀に魔道具や魔武具が手に入ることがあるんだ。君が付けているその片目眼鏡。それは魔道具なんじゃないかな?」
「ああ。でも、壊れたみたいだ」
「壊れた?回数制限付きだったのかな?それともヴァリス君の馬鹿力に握りつぶされて?……まぁとにかく、このクソクソクソダンジョンもダンジョンと言うだけあって、冒険者に対するほんのりとした良心があるのさ」
絶対にクソであると言う点だけは譲らないと言う意思を見せる勇者は、もう魔力が切れかけていた状態から動けるまでに回復したのか枯れ木を集め始めた。今日はここで野宿する算段のようだ。
「今日はここで休もう。明日は第二層の攻略に取り掛からなければいけないからね。何、第二層はすぐに踏破できるさ。ちょっとした鬼ごっこがあるだけだから」
レインはそう事も無げに言った。
翌日、レインがキラツル巨大鏡面大魔亀マルマから得た魔石を使って<<転送門>>を開いた先に広がっていたのは、一面の大海原だった。




