14."生くるダンジョン"―湖の側にて―
「眠らないのかい?」
パチパと、炎に身を晒された乾燥した木の枝が音を上げる。その前でぼうっとしながら地に座る大柄な男に、もう一人の男が話しかけた。
「眠らない、じゃなくて眠れない、と言った方が良いかな。俺は眠りを必要としないんだ」
「へぇー……そう言うスキルかな?いや、そうじゃないんだろう。ヴァリス君はどう考えても普通の人間じゃないよね。素手で戦う人間が居ないわけじゃないけど、素手であそこまで一方的に敵を打ちのめせる存在はいないよ」
ヴァリスと向かい合う様に座ったのはレインだ。彼は、自らの武器の刃を使って器用に作った木のコップを対面の男に手渡した。中には、昼頃見つけた水源から汲んだ水が入っている。
「ありがとう……ぶっちゃけて言うと、俺はどちらかと言うと魔物に近い側の存在なんだ。今は何故か姿を変えられないんだが」
そう言って元大妖怪はコップを左手に預け、己の右手を赤黒く隆起させた。一応四肢の一部位程度なら妖怪の肉体になれるようだが、これ以上は無理だという確信めいたものがある。
その様子をながめていたレインは、流石にしばし唖然としていたが、すぐに気を取り戻してヴァリスの暴露に口を開いた。
「スキルでそうなっているわけじゃないんだよね。ライカンスロープなんかとも異なるみたいだ。うん、それは予想外だったな……参考にはならないかもしれないけど、俺は人間のような魔物に出会ったことがあるよ」
「へぇ。俺と同じような存在が居たのか」
レインは少し意外そうに瞼を数度上下させたが、すぐに首を左右に振った。
「ヴァリス君とは全然違うさ。そいつは確かに人間みたいに知的で、合理的で、計算高いやつだったけど、自分たちとは異なる存在を決して許さなかった。人間と一緒に"生くるダンジョン"の攻略に参加することなんて、絶対にないような奴だよ」
コップの水を呷る。レインは少し遠い目をした。その人間ような魔物に思いを馳せているのか。言葉では貶めているようだが、その瞳からは憎しみとも憧れともとれる、不思議な感情が見て取れた。
「そんなに俺と違いがあるかな」
「あるさ。少なくとも俺は、ヴァリス君となら楽しいダンジョン攻略になると感じているよ。俺が勝手にそう思っているだけどさ」
「……楽しいダンジョン攻略、か。俺は、このダンジョンの核とやらに一発全力で拳をぶち込んでやりたいだけなんだけどな」
「俺だってそうだよ。最低でも数百年は閉じ込められていると思うからね。その恨みを籠めた一撃を全力で核にぶつけたい。でもどうせなら、その道のりは楽しい方がいいだろう?」
コップを地に置き、にんまりとレインが笑う。百年以上もこのダンジョンに閉じ込められていると言うのにえらくポジティブだな、とヴァリスは肩を竦めて見せた。
「『不老不死』なら"生くるダンジョン"の核を破壊した後で、いくらでも楽しい冒険が出来るだろ?俺はやっぱり、楽しむ、よりかは恨みを晴らしたい気持ちの方が強いな。レインには悪いが」
「……そうだね。別にヴァリス君の気持ちを否定したいわけでも、俺の気持ちを押し付けたいわけじゃないんだ。気に障ることを言ってしまったのなら謝るよ」
レインは一つ頭を下げ立ち上がった。それからヴァリスの肩を一度ポンと叩いて、簡易的に作った草むしろに寝転がる。まだまだ食べれます~、と暢気な聖女の寝言や、眠る時でさえフルプレートを頑なに脱がない"王国三剣"の姿と共に、夜は更けていった。
「ぎゃぁぁあああ!何なんですかこの植物ー!!」
聖女が叫び声を上げて巨大な蕾を持った植物を指さした、はずだったがそれを行うための片腕が聖女の体から無くなっていた。
「面白いだろう?蕾の中で認識魔法が発動しているようでね。その中に物体や体の一部なんかを入れると、一時的に消失したように見えるんだ」
「何も面白くないですよぉ!……うう、なんか気持ち悪いです」
残った右手で左手があると思しき場所を探ると、確かに右腕が何かを掴んだ感触があった。だが、左腕は何も感じない。もしレインが解説しなければ、聖女は自分に左腕と言うものがあることすらそのうち忘却していたかもしれない。
「まさか、明らかに怪しい植物の中に手を突っ込む人間が居るとは……このエイラメイン、世界はまだまだ広いのだと思い知りました」
「いきなり飲み込まれたんですよ!流石に私でも、自ら腕を突っ込んだりしませんよっ」
ぷんすかと頬を膨らませて、右手に握った聖杖で地をたんたんと叩いてサミアーナは抗議する。
「本当かい?俺の経験上、物体ならともかく生物を自ら飲み込むなんてなかったんだが、やはり数回踏破したぐらいでは分からないこともあるな」
興味深げにレインがそう言って自らの中指をその植物に近づける。反応はない、ついでとばかりに彼は蕾の中に差し出した指を突っ込み、見事その中指は誰からも見えなくなった。
「これは……暗殺用の武器を用意するのに非常に便利な植物だな。一つ持って帰れないだろうか?」
物騒な考えをさらりと言ってのけた王国親衛隊長に、三人からの何とも言えな視線が集まる。
「エイラメインさんは絶対に植物のお世話なんかできそうにないので、私心配です……」
「……何故そのようなイメージがついているか分からないが、動植物の飼育観賞は私の趣味だ。聖女様のように一日でお世話を忘れるなんてことはない」
「何故一日で忘れると分かったんですか!?」
「はいはいはい。そこまでそこまで。エイラメインさん。もしこの植物に全身を飲み込まれたら、それこそ自身に対する認識が無くなって植物人間のようになってしまうよ。さっきサミアーナさんの腕が飲み込まれたんだから、全身が飲み込まれる危険性だって考えられるんだから」
人間の大きさほどもある植物の蕾をなぞりながら、レインはそう言ってエイラメインの物騒な興味の持ち方を否定した。
「でも確かに、使い様によっては便利だよな。"生くるダンジョン"から持って帰るのは難しいんだろうけど」
「流石はヴァリス殿。このちょっとキモカワイイ……不思議と愛嬌のある植物は様々な可能性を秘めています。是非とも繁殖させたいところですが、レイン殿の言う通り危険性があるのなら諦めましょう」
「あれ?エイラメインさん。そう言えば、なして私に対して敬語がとれているんですか?いえ、その方が嬉しいんですけど」
「そんなことありませんよ、聖女様。私はあなたを尊敬しています。ほら、そんな植物にかまけていないで、さっさと先に行くよ」
「あれぇ?……片腕がなくなっている私をもう少し労わって下さいよぉ!」
その後も毒沼を聖女の神聖魔法で浄化したり、巨大な岩を投げて来た魔物にヴァリスが岩をキャッチして投げ返したり、同時に倒さなければ再生する魔獣たちをエイラメインの<<斬撃解放>>によって一網打尽にしたりしながら先を進んでいると、急に視界が開けた。
その先にあったのは巨大な湖だ。
透き通った湖面が光を反射する。小さな魚が、岸辺周辺で泳いでいる姿も確認できる。本当にここは"生くるダンジョン"内部なのかと、四人は不思議に思わざるを得ない。
だがとにかく、やっと身を清められる場所が見つかり、まずサミアーナが歓喜の声を上げた。
「やったー!湖だ!魔法で清潔な状態を維持できると言っても、やはり何日も水浴び一つ出来ないと心境的に不潔ですからね。あ、男性陣。この美なる裸体を目に焼き付けようとしても無駄ですよ!」
「……俺は女性関係で凄い痛い目にあってるから、何一つ興味を持てないが」
ヴァリスはかつて自らの相棒であった三明の剣のうちの二つを、そして自らの命をもハニートラップで失ったことを思い出し、ナイーヴな気持ちになって聖女に背を向ける。
「俺も心に誓った家内がいるから……あ、何か危険を感じたら流石に知らせてね。命の方が大事だし」
レインもそう言って聖女から去って行く。
「……ちょ、ちょっと!あまりにも私が惨めじゃないですか!少しくらい興味があるふりをしてくれても……こほん、仕方ありませんね。エイラメインさん、あなたに特別に――ってあれ、誰?」
いつの間にか湖で先に水浴びをしている先客を確認し、サミアーナは目を擦った。
「まさかエイラメインさんが女性だったとは……乙女の純情な心が騙されましたっ!」
水浴びを終えて元の祭服姿になったサミアーナが、フルプレート姿の王国親衛隊長に向かって軽く憤慨した。
「別に騙していない。男とも女とも言っていなかっただけだ……勇者レクカインと聖女ミスタニカのせいで、王国では前衛職を女が務めることに偏見があるんだ。無用な誹りを避けるために、普段から性別や顔を出来るだけ隠すようにしているんだよ」
「……ごめんなさい」
魔法で仕留めた魚を焼きながら、ぽつりとレインが謝った。何故そんな偏見が生まれているのか全く分からない彼だが、とりあえず謝らなければならない気持ちになる。
その謝罪を聞いたのかどうか、エイラメインが更に唇の動きを素早くさせた。
「勇者レクカインは戦士としては超一流だったが、政治面では妻であるミスタニカの傀儡だった。その妻が亡くなった後は政治に対して一層無気力になり、宰相のアンドルズからは見限られ、現在の王国はその負の遺産を抱えている。二代目が政治面で優秀でなければ、もっと酷いことになっていただろう、と言うのは王国の民草の間ではよく語られる話だ」
「……あのぉ。どうして突然そんな話が始まったのかなぁ?そんな暗愚の話より、お魚食べよう。ね?」
レインは虚ろな瞳で焼いていた魚をサミアーナとエイラメインに差し出した。ヴァリスはすでに自分が捕らえた分の魚を頬張っている。
「どうも……とは言え、王国で、いや人間国家で最も偉大な人物だと語られるのもレクカインだ。私も、彼の英雄譚を聞いて育ってきた。『天空共鳴城』の攻略、四の紡ぎ手の退治、"不浄大地の落胤"のレッドアラート地帯への放棄、魔王討伐、"生くるダンジョン"の破壊などなど……私が女だてらに、と言われながら剣の腕を必死に磨いたのは、彼に憧れていたからでもある……レイン殿。あなたが王国の民であるなら、いえ、人間であるならレクカインに対してどう思っているのか、是非とも聞かせて頂きたい」
甲冑を脱いで露わになったエイラメインの焦げ茶色の目は、真剣だった。先ほどまで水浴びをしていたせいか、少しばかりまだじっとりとしている薄茶色の短髪から雫が一滴零れる。
レインはその目から逃げるように少し顔を逸らした後、どこか淡々と言葉にした。
「……どうだろうね。彼は別に、英雄や王になんてなりたくなかったんじゃないかな。結果としてそうなっただけで、そんな大層なものの器じゃなかったんだろう。彼はただ、一人の恵まれた冒険者だったんだ。仲間に、運に、師に、協力者に、何より機会に恵まれただけのただの冒険者。それ以上でもそれ以下でもない。より多くの人々を救うために、なんてそんな崇高な人間じゃなくてね……あくまで俺の考えだけどさ」
「……そうですか」
エイラメインは再び甲冑を被った。あまり空気の読めない聖女でも立ち入れない静寂が満ちる。
「今日はここで休むことにしよう。明日は、この湖を辿っていくよ。その先に、目標の魔物がいるからね」
そう言ってレインは、逃げるように他の三人に背を向けて寝転がった。まだ日もほとんど落ちていない。寝るには早すぎる時間。
エイラメインとサミアーナ、そしてヴァリスは焚火の周りに座り込み、何を語るでもなく黙々と魚を口に運ぶ。明日の大一番に備えるために。




