13."生くるダンジョン"―第一層攻略開始―
エイラメインはその一閃を放ったのは半ば無意識だった。目の前を素早く横切る影に、パーティーの先頭を務めるフルプレート姿の"王国三剣"は湾刀を唸らせる。
その疾風の一撃は見事に影を両断したが、真っ二つとなった物体は弾けてけたたましい騒音を上げる。
「くそっ!反射的に……切ってしまった!」
騒音を上げる何か。そんなものが運悪く、目の前を飛来するはずがない。確実に狙いすまされてのことだ。エイラメインは湾刀を抜いたままその場で構え、その後ろをついて行く三人も警戒態勢を取った。
「さっきのは喇叭風鈴と言う植物の種だね。と言っても、俺が勝手にそう呼んでいるだけだけど。ここでは人の肉を栄養とする植物なんていくらでもいる。さぁ、共生関係にある奴らが来るぞ!」
エイラメインの背中でレインがそう言い、彼も紅い刀身の剣を手にする。慣れた手つきだ。同時に、ジャングルを進んでいた四人の周囲から攻撃的な咆哮が次々に発せられた。
「あ、あわわわ。囲まれてませんか、これぇ?先に防御魔法を掛けておきますね!<<物理防護>>!<<魔法防護>>!」
サミアーナが杖を振りかざすと、その杖の先端に一つの光の輪が浮かび上がる。それは一瞬で拡散すると、四人の体を包む淡く白い光の膜となった。
「……そう言えばヴァリス君は、武器を持っていないんだね?」
「ああ。剣や矛なら多少の心得はあるんだが、ちょっと色々と事情がな。安心してくれ。ほとんど拳で戦ってきたから」
拳を見せてそう言うガタイの良い男の丁度真上から、彼と同じくらいの大きさをした何かが奇襲をしかけようと落下してきた。黒く長い体毛に覆われたそれは、その厳めしい手と手を宙で組み合わせ、ヴァリスに向けて振り下ろす。
「おっと!」
反撃を行ったヴァリスの拳と、魔獣の両手がぶつかりあう。刹那、大妖怪の体を持つ男は確信に至った。
明らかに体のキレが悪い。体調が優れないだとか、久々の人の姿での戦闘にまだ適応できていないと言う問題ではない。根本的な部分で制限がかけられているような感覚。F1エンジンで一般道の法定速度を守らされているような不燃焼感が、規格外の肉体を持つ男の拳を鈍らせていた。
だが、魔獣との拳の打ち合いに後れを取るはずもなく。哀れ魔獣の両腕は胴から離れ、消し飛んだ。
「うわぁ……えげつないなぁ。ヴァリス君の武器について考える必要はなさそうだね」
側面から飛び掛かって来た魔獣二体を切り伏せながら、レインが呆れとも驚きもつかない声を上げた。ついでになぜかシャドーボクシングをし始めた聖女の姿が目に入り、とんでもなく個性的なパーティーになりそうだな、と苦笑いをする。
「それにしてもっ!はあっ!……数が多い!」
ぞろぞろと集まって来た魔獣は、四人から一定の距離を保ったまま円になっていた。そこから時々、不意を突かんとばかりに素早く飛び出て来る魔獣の対処をしていると、今度は高速の石礫が浴びせかけられる。サミアーナの<<物理防護>>が無ければその石礫でさえも命を奪いうる脅威的な威力だ。
「あいたっ!石!?投擲物は反則ですよっ!」
「聖女様、遠巻きに見ている奴らを、遠距離魔法で攻撃出来ないんですか!?」
「私、心根が優しすぎる性質の聖女なので。攻撃魔法は得意じゃないんですよぉ!」
エイラメインにそう言いながら、サミアーナは襲い掛かってくる魔獣の頭部を正確に杖で叩き潰した。<<肉体強化>>の魔法を掛けているのだろうが、とても心根が優しい聖女の一撃ではない。
「分かった。ここは俺が請け負おう。行動で示す、と言ったからね」
レインはそう言って自らの武器に魔力を籠めた。途端に紅い刀身が伸びる。否、それは燃え盛る焔であった。焦れて少しずつ円を狭めていた魔獣たちの半分はそこで、己の過ちを自覚することなく即座に炎に焼かれ命を奪われる。
それを見たもう半分は、炎の剣を振るう男には束になっても叶わぬことを思い知り、脱兎のごとく逃げ出していった。
「そんな便利な技があったのか。最初から使えなかったのか?」
あっという間に魔獣を蹴散らしたレインに、エイラメインがそう聞く。親衛隊長の警戒心は若干薄らいでいるものの、疑問を率直にぶつけるくらいにはまだ怪訝に思っているようだ。
「威力は自慢できるんだけど、範囲に問題があってね。魔獣たちが焦って近寄って来たからこそ、あれだけ一気に倒せたってわけさ。とりあえず、初陣は良い感じだったんじゃないかな?そんなことより」
レインは突然、剣の柄頭を他の三人に差し出した。意図に気付いたサミアーナが元気よく聖杖を、その行動を見て察したヴァリスが拳を、魔獣を呼び寄せる原因を作ってしまった手前渋々エイラメインも湾刀の柄頭を。
一斉にぶつけ合い、何とも不思議な音が響き渡る。
「普通は魔獣や魔物を一度追い払ったくらいではやらないんだけど、初陣だったからね。あぁ、良い音だ」
何故か感涙している男を尻目に、サミアーナが魔獣たちが炎によって焼かれた場所から何かを拾い上げて来た。
「皆さん、宝箱を見つけましたよ!これがダンジョンの醍醐味ってやつなんですよね!?祝聖聖騎士のNO.2が言ってたのを聞いたことがあるんですよ」
それは女性の両手に収まるくらいの、鍵のついた小さな木の箱だった。それを確認したレインは、聖女の言葉にその通りだと何度も頷いて見せてから続ける。
「ただ、この"生くるダンジョン"は普通のダンジョンとは仕組みが違っていてね。まぁ何より、見せるのが早いな。<<解錠>>!」
木の箱に淡く光る片手をかざしてレインがそう言うと、鍵がぽとりと箱から零れ落ちた。
「残念ながら<<罠解除>>は適性が無くて使えないんだけど、この宝箱にトラップは仕掛けられていないから大丈夫そうだ。さて、誰が栄えある最初の宝箱を開けたいかな?」
「あ、はい!はい!この聖女パワーで高レベルの魔道具や魔武器を引き当てて見せますよ!」
「ははは。他に立候補者もいないし、それじゃあサミアーナさんに開けてもらおうか」
ヴァリスは、元の世界ではありえない一連の光景に興味津々だった。彼はこの世界で一度もダンジョンに潜ったことはない。そう言うものがあるとは聞いていたが、ファンタジーの定番ともいえる宝箱の登場に、胸が躍らないとは言えなかった。
「それじゃあ行きますよー。おらぁぁぁあ!……何じゃ、これ?」
開けた宝箱の中に手を入れ、指と指で小さな何かを摘まみ上げる。
それは黄色に輝く小さな石だ。魔道具でも、魔武器でもないことは間違いない。
「うん。期待していたところ申し訳ないんだけど、この"生くるダンジョン"の宝箱の中身はほとんどこれなんだ。魔石、とでも言えばいいのかな。これを集めないと、次の階に進めないんだよ」
「……知っていて……知っていて私を謀ったんですね……」
黄色の小石を強く握りしめ、サミアーナは恨みがましい視線をレインに向けた。慌てて恨まれた男が言い訳をする。
「ごめんごめん。ただ、もしかすると俺が開けたときだけ魔石が出るのかと、心配していたところがあってね。やはり誰が開けても魔石が出るんだと、ちょっとホッとしてしまったよ」
「乙女の純粋無垢な気持ちが、鬼畜な男によって踏みにじられましたよぉ……!」
「一番に宝箱を開けようとした聖女様が純粋無垢?」
「私、欲望に対して純粋無垢な性質の聖女なので。エイラメインさんだって、ちょっと開けたそうにしてたじゃないですか」
「……していない」
「あ、じゃあ次は俺が開けてもいいか?レインはさっき、ほとんどって言ったよな?極稀に魔石以外もでるんじゃないか?」
そう問われた鬼畜男は、ふふふ、と分かりやすく怪し気に笑ってヴァリスの質問をはぐらかした。
「どうかなぁ。それも、お楽しみってやつさ。とにかく、これを集めることがこの階層の目標さ。倒した魔物や魔獣が強ければ強いほど、より魔力を蓄えた魔石を獲得できるから、仲間の不得手を理解したり、パーティーの連携力をちょっとずつ上げて行って、強力な敵を倒せるよう頑張ろう……心当たりもあるしね」
「……魔力……あっ!」
そこで急に聖杖を抱えた聖女が思い出したように声を上げた。
「それほどの量の魔力を一気に消費したのか!?……やっぱりちまちま弱い相手と戦っている暇はないな。何十年かかるか分からないからね。俺はともかく、君たちにとって時間の浪費はまずいだろう」
貯蓄していた魔力の全てを吐き出した聖杖ミュライアを見つめながら、レインはそう言った。
魔石で魔道具や魔武器に籠められた魔力を補充することが出来る。サミアーナから"生くるダンジョン"を出る方法を失ったことを聞かされた時、レインはそう答えた。だが、"生くるダンジョン"に侵入するために消費した魔力量のおおよそを聖女が答えたとき、彼は驚愕と共に先ほどの言葉を放ったのだ。
「となると、滝の先の大物を斃さないといけないな。俺の虚ぼけた記憶が正しければあれは、かなりの魔力を持った魔石を落とすはずだ。勿論、その分とてつもなく強力な魔物なんだけどね……」
ダンジョン内だと言うのに陽が落ち、辺りを照らす明かりは焚火から漏れる弱弱しいものだけとなっている。その焚火を囲いながら三人が、これからどうするべきかを話し合っていた。
「昼間狩った敵の分だけじゃあ、ほとんど何の足しにもならなかったんだよな?この階層を突破する分も合わせて、かなりの量の魔石が必要なんじゃないか?」
ヴァリスの言葉を受けて、サミアーナが頷く。
「大きなコップに水滴一つ入った程度です。これでは飲んで満足出来るほど貯まるまでに、我々が干からびてしまいますよ……責任の所在は私にあるんですけどねぇ……」
ばたりと華奢な体が倒れ込む。聖女の魔物除けの結界を張ってなお、哨戒を務めるエイラメインが何事かと駆け寄って来た。
「とは言え、無駄死にする訳にもいかない。俺も『不老不死』とは言え、ダンジョンの能力なのか、死ぬと最初の部屋に戻されるんだ。またあの部屋に一人で……」
ばたりと戦士として均等のとれた体が倒れ込む。俺も倒れなきゃならないのか、とヴァリスは迷ったが、エイラメインの冷ややかな視線に踏みとどまった。
「……とにかく、明日は強力な魔物が潜んでいるはずの滝を目指そう。正直どう行けばいいのか記憶が曖昧なんだが……まぁ、このパーティーならなんとかなるさ」
どこかお気楽にレインがそう言った。対して三者三様の反応があったが、誰もがレインの提案に同意するのだった。




