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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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12."生くるダンジョン"―邂逅―

 レンガ造りの白の壁に囲まれた部屋だった。床は大理石のようにつるつるしていて、冷ややか。光源は見当たらないのになぜか室内は影がないほど明るい。そこが本当のダンジョン内部なのか、気を取り戻したヴァリスは意識の定まらない頭で不思議に思っていた。

 だが妖怪の直感は、このような状況において思考よりもしっかりとしていた。ぼやけた視界から急に飛来してきた何か。本能が危機を察知し、肉体を横に捻らせる。直後背後で、ギィィン、と鈍く甲高い音が響き渡りヴァリスの意識は覚醒した。

「……な、何だ今のは?」

 躱さなくてはならない。そう本能が判断したのは久方ぶりだ。同時に、何とも言えない齟齬を感じる。本能はかわさなければならないと警鐘を鳴らしたが、理性的に振り返ってみると自分にとってはそう危険であったようには思えない。壁に当たって地に落ちた赤の刀身を確認しながら、ヴァリスは上手く説明できない不快感に苛まれる。

 だがともかく、まずはこの剣をこちらに投げてきた人物を何とかしなければならない。攻略隊の中にはいなかった顔だ。ヴァリスは正に妖怪でも見たかのように呆然とするその一人の男に近づき、相手を無力化しようとする。

 が、男の動きの方が早かった。彼は何を思ったのか両手の親指を立て、それを自らの首元に刺しこんだのだ。

 鮮血が吹き出し、明らかに致死量の失血が壁や床にかかる。

「な、なにやってんだ!?」

 予想も出来ない行動。ヴァリスは絶句し、地に伏した男の体を見つめる。しかし死にかけの男に返答が出来るはずもない。物言わぬ骸となりかけている男は僅かに顔を上げ屈強な肉体を持つ元大妖怪を見たが、その瞳からすぐに生の反応は消えてしまった。

「……ダンジョンのトラップ、なのか?悪趣味すぎるだろ……」

 ヴァリスは呆気にとられて数十秒立ち尽くした。次に頭の中に浮かんだのは、この男の死体から何か情報を得られるかもしれない、と言うことと一緒にダンジョン内に侵入した仲間の安否だ。ヴァリスはとりあえず目の前で横たわる死体を確認しようとして、その遺体に手を伸ばした。

 屈強な男の大きな手が触れたのは冷たい床だった。ひんやりとしたその床を拭う様に腕を動かすが、そこに大量に流れていたはずの血液が付着することはなく、死体も消えている。壁に飛び散った血も綺麗に消えていて、これは幻術の類だったのかと得心してしまった。

「……幻じゃない。幻じゃないよな?本当にいる!人が、居る!人が居るんだ!」

 背後で歓喜に満ちた声が聞こえてくる。振り返ったヴァリスの目に飛び込んで来たのは、先ほど死んだはずの男だった。その男は、飛び跳ね、唇をぎゅっと締まらせ、目を強く瞑る。それでも堪え切れない涙が頬を伝い、床を濡らした。

 死んだはずの男が吐露する途方もない歓喜。いよいよ状況が飲み込めなくなって、ヴァリスは目を細めて男に尋ねた。

「あんた、一体何なんだ?さっき死んだと思ったが、あれは幻術の類なのか?」

「……そう、会話!会話するんだったな、俺たち(にんげん)は。ははは、あー、会話だ会話!はははは、おっかしー」

「……大丈夫か?」

「大丈夫。大丈夫さ。あと一回死ねば冷静になれると思うから。じゃあちょっと、死んでくる」

「はぁ!?」

 床に落ちていた赤の刀身の剣を拾い上げ、自然な動作でそれを胸に刺す。先ほどと同じような光景が目の前で再現され、男は再び無傷で現れた。

「はははは……はぁ……胸糞悪い光景を見せてすまない。おおよそ数百年ぶりくらい?に人を見て、昂揚してしまったんだ。それで、君は誰かな?この"生くるダンジョン"の中にやって来たぐらいだ。うん、当てて見せよう。君は勇者だな」

 ヴァリスをビシッと指さし、男は大声でそう推理した。

「いや、全く正反対の存在だと思うが……まぁ、いいや。俺はヴァリス。"生くるダンジョン"を破壊するためにここに来たんだ。あんたは?」

 その言葉を聞いて男の表情は喜色に満ちる。やや目つきが細く鋭いが、目鼻立ちのくっきりしたその男は大きく口を開き、しかしその広げた口の大きさからは似合わない詰まった言葉が出てきた。

「俺は……俺は……レイン。レイン・ミナス。ちょっとした事情でここにいる、何の力もない、ちっぽけな男だよ」

「力がない?あんたからはかなり強そうな気配を感じるが?」

「まぁ、俺のことなんて気にしないでくれ。そんな価値もないし、敵じゃないよ。それより、彼女たちを起こさなくていいのかい?多分、一緒に来た仲間だろ?」

 カインと名乗った男は、部屋の隅で横たわっている二つの影を指さした。一人は当代の聖女サミアーナ・カミュナス。もう一人は、シェダリス三世の懐刀であるエイラメインだ。それ以外に人の姿は確認できない。三十人を"生くるダンジョン"内に送れると豪語した聖女様の言葉は、現実とはならなかったようだ。



「私は、本番で何の役にも立たなかった無能なタイプの聖女です。その誹りはいかようにも受けます。どうぞ、お好きなようにしてください……」

 床で"く"の字になって横たわる当代の聖女は、己の無力を言葉にしながら落ち込んでいた。彼女が抱きしめている聖杖ミュライアは奇蹟を行使前の輝きを失っており、何の見どころもない平凡で飾り気のない杖となっている。その杖をレインと名乗る男は興味深げに眺めた後、自身に疑惑の視線を向けて来るヴァリスとエイラメインに説明し始めた。

「承知のことだとは思うけど、ここは"生くるダンジョン"の中だ。俺が考えるに、輪廻神イグルマルグイの神域と交じり合った場所なんだと思うけど、確証がないし今はいいや。とにかく俺は、転移魔法に失敗してたまたまここにたどり着いたんだ。そして『不老不死』のスキルのせいで死ねずに永い時をここで過ごしていると言うわけさ」

「……『不老不死』?そのような類稀なるスキルを持った者の話は王国で聞いたことがないが?」

「おぉ、まだ王国はあるんだな。正確なところは分からないが、かなり昔の話になるから伝わってないのも仕方ないかもしれない。とにかく、言葉より行動で示そう。俺も"生くるダンジョン"の破壊に協力する」

 エイラメインは、甲冑の中からでも分かるほどの警戒を露わにしている。どう考えてもレインの説明は無理のあるものだ。

 だが、"生くるダンジョン"を攻略するための人員が大幅に不足していることも確かだ。レインと言う男からは百戦錬磨の雰囲気を感じる。ともすれば自分より遥かに強い雰囲気を。

 だからエイラメインはそれ以上突っ込まなかった。

 しかし、それまで"く"の字になっていじけながら反省していた聖女が、前のめり気味に余計な口を開いた。

「いえ、どう考えてもあなたは勇者レクカインさんではないですか!?それ以外に"生くるダンジョン"に侵入した者の記録なんてありませんし!レクカインのスキルについては歴史書でも不明な描写が多くはっきりとは分かっていませんが、『不老不死』なら魔王を討ち倒せたのも納得ですよ!私、あなたの英雄譚に憧れているんです!」

 薄々思いながらも黙っていたことをあっさり言われ、エイラメインは溜息をついた。親衛隊長の思慮は、興奮気味に話す聖女によって他愛もなく壊されたのだ。

 だがレクカインとの疑惑を向けられた男は、はっ、と皮肉に笑いそれを否定する。

「勇者レクカイン?もし俺が真に勇者なら、"生くるダンジョン"をとっくの昔に攻略しているさ。俺には勇者だなんて言われる大層な力はない。悪いが、人違いだ」

「あっれぇ?レクカインさんなら、サインを貰おうと思ったんだけどなぁ……残念です」

 前に差し出していた聖杖をそそくさと下げる。

 もしかして神器にサインを書いてもらうつもりだったのか、とエイラメインはドン引きした。

「とにかく、この辛気臭いところからさっさと出てしまおう。会話は歩いてでも出来るしね。壁に三つのスイッチがあるだろ?あれを同時に押すと、奥の扉が開くんだ。その先は――まぁ、見てもらった方が早いかな」

 そう言ってレインが壁に設置されたスイッチの一つに近づく。もう一つをエイラメインが。最後の一つへヴァリスが足を運び、せーの、の声でスイッチが押される。

 すると、扉があっけなく開いた。

「はははっ!!ざまぁみろ!!イグルマルグイ神!!人間が力を合わせれば、どんな困難だって解決できるんだよ!…………あ、すまない。ちょっと色々と溜まっていてね。暴言を許して欲しい」

 扉が開くやいなや、さも憎々し気に、そしてどこか爽快気にレインがそう吐き捨てた。鬱積していたものを考えると、仕方のないことだ。

「さぁ、行こう!……何だい?誰も行かないなら、俺が先にいっちゃうぞぉ~?」

「あ、うん。どうぞどうぞ。俺はその後について行くよ」

 スキップでもしそうな勢いで開いた扉へ近づくレインに、ヴァリスがそう言った。

 新興勢力の主は、『百鬼夜行』がその効果の範囲外であることに気付いて、また使えないのかとなんとも言えない気持ちになっている。このダンジョンは、単純に"生くるダンジョン"の中と言うわけではないのか、"生くるダンジョン"から何らかの妨害を受けているのか。

「待て。私が先頭に立とう。レイン殿は私の後ろ。それからヴァリス殿、聖女様の順番に並んで行動したいのだが、良いだろうか?」

「俺は特に問題ないが、レインとサミアーナはどうだ?」

「私も文句なんてありませんよ!あとエイラメインさん、私の事はサミアーナかサーミちゃんか超妖艶系聖女様と呼んで下さい!」

「……遠慮しておきます」

 わいわいと話し合うその光景を見て、レインはふっと息を漏らした。かつての仲間たちとは違うが、懐かしい気持ちになる。

 そうして四人は開いた扉を通り抜けた。

 その先には、一面の深緑が広がっていた。深緑、と言うよりもはやジャングルだろう。伸びた蔦が歩くのにいちいち邪魔だ。上を見上げると、毒々しい色の人間大の実が太い枝からぶら下がっていた。辺りから魔物の咆哮や、何かが落下しているような音も聞こえてくる。 

「ああ、久しぶりだ。俺はここを突破するのに、毎回数年かけるんじゃないかな?四人なら、もっと早いだろうね」

 とてもダンジョン内とは思えない光景に、レインを除いた一同は驚愕するのだった。

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