表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
52/65

11."生くるダンジョン"―突入―

「彼女が当代の聖女、サミアーナ・カミュナスです。聖別されてからまだ二年といったところですが、神聖魔法に対する造詣の深さと適性は、我がレバリス教国でも随一です」

 祝聖聖騎士のNO.3であり、聖女の護衛と交渉役を務めるカーリヤ・デュタンの紹介を受け、祭服姿の聖女は気品のある柔和な笑みと共に頭を下げた。冬の終わりを告げる乾いた、けれど少し温かな空気が彼女の蒼い長髪は優しく揺らす。

 誰もが息を呑むほどの端正な顔立ち。聖女、と言う言葉から優れた容姿を想像するものもいるが、歴代の聖女が必ずしも顔立ちが整っていたわけではない。大事なのは、神聖魔術と聖杖ミュライアへの適正なのだ。適性の高さと容姿が比例する訳もなく、また容姿で聖女が選ばれたこともない。

 誤解を恐れず言うと、整った目鼻立ちの者の第一印象は、平均的な容姿の者よりかは好感触であることが多い。純真を表すように眩く白く輝く神器も目を奪われるほど美しくはあったが、それを携えたサミアーナはこの場の主役が彼女であることをただ立つだけで存分に表現していた。

 だが、それは一瞬のことだ。ある一言によってその神秘的ともいえる少女の相好が崩れる。

「へー、魔法の得意な聖女様か。その上、容姿も良いとかすげーな」

 ぴくり、とサミアーナの頬が動いた。自分を見てそう褒めてきた屈強な体つきの男に、彼女は堪え切れず右手を前に出し、人差し指をピンと立てた。

「も、もう一回言って頂けますか?」

「へ?……魔法が得意な上に、佳麗な聖女様は凄いな?」

「~~~!!ありがとうございます!やはり褒められるのって、嬉しいものですね!サミアーナです!よろしくお願いします!!」

 それまで偶像として全く相応しい佇まいをしていた少女は、いきなり屈強な男、ヴァリスに飛びつくように向かい、その大きな手を自身の手で包んでぶんぶんと上下に振った。

 誰もが息を呑むほどの変わり様。何だこいつ。本当にこの人物が、"生くるダンジョン"の攻略の要となる聖杖ミュライアの奇蹟を起こせるのか。

 どうせこうなるだろうな、と予想していたお目付け役のカーリヤだったが、それでも深い深い溜息をつかざるを得ない。

「……サミアーナ様、落ち着いてください。そのような賛辞は聞きなれているでしょう。今は打ち合わせをしなくてはなりません」

「聞きなれているからこそですよ。だってレバリスの皆さんは、立場上聖女に賛辞しか言えないじゃありませんか。だからこそ、生の声ってやつがありがたいんですよ!魔法が得意!美人!大飯ぐらい!どこでも寝れる!そのような誉め言葉をレバリス以外で聞けるなんて、これこそ神の思し召しと言うものです」

「レバリス神の神罰が下ってもおかしくありませんよ、本当に……」

 そう言って金色の短髪を左右に揺らす聖女の護衛を務める青年に、同情的な視線が集まる。この聖女は、常識人がもっとも割を食うことになる典型的な存在だろう。

「はぁ……それではサミアーナ様は放っておきまして……こちらのリストに記されている方々が、"生くるダンジョン"に侵入する人員と言うことで間違いないですね?」

 カーリヤが、周囲の人間を見渡しながら問う。彼が持っている一枚の用紙には、びっしりと人名が書かれている。もっとも、シェグルダール王国軍、ヴァリス軍の総数から考えると、非常に少ない。五十名程度と言ったところだろう。

 ここに名のある者は全員腕に覚えのある者なのだろうが、その中でも目立つ名前は、ヴァリス、王国親衛隊長エイラメイン、王国密偵長フォンベルンだろう。ちなみに妖怪や魔物の名は一つもない。『百鬼夜行』の効果をダンジョン内で使えば良い、と言うヴァリスの考えによるものだ。

「私を含めて五十三名……サミアーナ様、この規模の"肉体復活"は本当に可能なのですか?」

 そうカーリヤから問われた聖女は、ヴァリスから手を離して、えへん、と胸を張った。

「当然です!聖杖ミュライアが最後に奇蹟を起こしてから百年以上が経っているのです。その間にミュライアに貯蔵された魔力は膨大なものです。まぁ、非常に、極端に生命力や魔力が強い者が奇蹟の対象となった場合は予定通りとはいかないかもしれませんが、百年以上貯めた魔力のほとんどを消費するような存在なんているわけがありませんよぉ!!」

 まっさかぁ、とでも言いたげにサミアーナがニコニコと笑う。

 これってフラグってやつじゃないか?ヴァリスはそこはかとなく嫌な予感を覚えていたが、確信めいた不安を感じたのはエイラメインだった。

「少々お待ちを。こちらのヴァリス殿は、それこそその"存在"にあたり得るお方です」

「え?本当ですか?むむむむ……確かになんかこう、ビビッと凄いオーラを感じます。では、人員を減らしましょう。二十名くらいにして頂ければ、問題ないでしょう」

 ここで少し、認識に違いがあった。

 王国側のエイラメインは、王国の用意した異世界転移によって呼び出された際に得たスキルを使って、ヴァリスが鬼の姿になっているのだと思っていたのだ。また、ヴァリヴァダス神から呼ばれた、とヴァリスがジェイバム伯爵の館で言ったことは覚えていたが、流石にそれは虚言だろうと考えていたのである。

 だが実際は、ヴァリスの鬼の姿は妖怪としての本質だ。スキルなどではない。

 そしてその大妖怪の肉体を持つヴァリス本人は、神器についても聖杖ミュライアについてもほとんど知識がないため、口を挟みようがない。

 つまり、ヴァリスと言う前提を全て壊す可能性がある爆弾は、その本当の危険性を誰もが、本人でさえも知らないまま"生くるダンジョン"に投入されようとしていたのだ。

「そんないい加減ではいけませんよ。<<魔力探知>>や<<生命力探知>>を使ってください。それで何名が奇蹟の御業を賜われるのか、正確には計算できないでしょうが、おおよその目星はつくでしょう」

 偶然、その危険性を周知のものに出来得る提案がカーリヤから出される。

「カーリヤさんは相変わらず慎重だなぁ……分かりましたよっ。それでは」

 サミアーナが空気を送り込んだ頬を自分の両手で叩いた。それから魔法を唱えた、のだろう。二、三秒にも満たない僅か間があり、青い光が一帯を走る。それだけで聖女は近くの者の魔力や生命力のおおよそを把握していた。

「……うん?魔力がほとんどないのに、生命力が凄い。凄いと言うか……んん?」

 首を捻りながらヴァリスを見つめる。束の間、端正な顔立ちの聖女の瞳から喜色が消えて射るような鋭さが浮かび上がった。しかしそれは幻のように消え、すぐに目尻が下がる。

「結局、何も分かりませんでした!魔力がほとんど感じられなかったので問題はないと思いますが、ヴァリスさんが優先的に対象になるよう奇蹟を使います。それ程の戦力だと言うことですもんね!」

「試し打ちとか出来ないのか?」

 奇蹟に対してあまりにも気軽なものの言い方をした新興勢力の主に、レバリス側の圧がかけられる。サミアーナは対照的に、そのような言動を受けても変わらない元気の良さで答えた。

「ヴァリスさんを"肉体復活"させるのに、どれだけ魔力を消費するか分かりませんからね。今ここで膨大な魔力を消費してしまうと、明日の本番に支障が出るかもしれません。まぁ、大丈夫です!私、ぶっつけ本番に慣れ切ったタイプの聖女なので!」

「他にどんなタイプが居るんだ……?」

「勇者を尻に敷くタイプとか、教典を改ざんしまくるタイプとか、つまみ食いでお腹を壊すタイプとかですかね?……ロクなのいないなっ!?」

「つまみ食いでお腹を壊したのはサミアーナ様でしょう……とにかく、五十名の人員全員を送れない可能性が高いでしょうね。その点をシェダリス三世陛下にもお伝え頂き、人員の再選定をお願いいたします」

 カーリヤのお願いに、シェグルダール王国側が同意した。"生くるダンジョン"が生み出す魔物の大群。その第二波が訪れる兆候がまだ出ていない今をおいて侵入の好機はない。シェグルダール王国はすぐさま再選定に取り掛かった。



 "生くるダンジョン"が生み出した魔物の大群の第一波。その被害が非常に少なかったのは、その魔物の大多数をヴァリスが塵へと変えたからだ。

 だが今、彼は力を温存するように言われている。"生くるダンジョン"を攻略する精鋭およそ三十名。その中にヴァリスの姿もある。彼らは五百名の護衛部隊と共に、巨大な半円形の物体へと素早く近づいていた。

 その半円形の物体の周囲が唐突に歪んだ。それが膨大な魔力の発露であることに聖女が気付き、澄んだ大声を騎乗しながら上げる。

「"生くるダンジョン"が魔物を生み出し始めます!最悪のタイミング……いえ、恐らく聖杖ミュライアの気配を察してこの時を狙っていたのでしょう!意志のようなものを持っているんでしょうか……とにかく、急ぎましょう!」

 その物体の全体と比べると黒い小さな点。それが"生くるダンジョン"の断面から大雨のように零れ落ちる。第一波よりも早く、多く地に落ち、それは魔物と成る。

 ヴァリスは状況の切迫性を感じていた。"生くるダンジョン"の内部に侵入するためには、どこか人工的なその物体にかなり接近しなければならない。その距離は聖杖ミュライアを持つ聖女にしか分からないが、生み出された魔物の大群を突っ切らなければならないことは明白だ。

 今から退く、と言う選択肢はない。どのみち魔物の大群に追いつかれるだろう。例えヴァリスが鬼の姿になって護衛部隊に加わったとしても、精鋭三十名を守り切ることは魔物の数の問題で難しい。むしろ巨体で暴れることは、味方を見失い、傷つけかねない。

『百鬼夜行』を使うか?だがすでに、魔物や妖怪は築いた陣地で襲来を待ち構えている。ここで呼び出しても混乱をもたらすだけだ。

 どうするべきかと考えるヴァリスの耳に、サミアーナの声が再び響き渡った。

「皆さん、私とカーリヤさんの側に出来るだけ寄って下さい!神聖結界を発動します!」

 サミアーナがそう言い終わると、左手の神器聖杖ミュライアが輝かしく光った。

 聖女はそれを、天高く突き上げる。

「慈愛と節義を司るレバリス神よ!私にその御力をお貸しください!魔を払う一条の光を束ねよ!<<神聖大結界>>!!」

 ヴァリスはこれまで人間の魔法をじっくりと見たことはなかった。

 コボルトシャーマンの魔法は、杖を回して宙に円を描き、炎や岩を生み出すものだった。

 死龍エグンシェムの龍魔法は、雲を隠す程巨大な光の円を空に浮かべてから放たれる正体不明の何かだった。

 "不死の神珠"の魔法は、対象を冥天神レドの神域へと導く高次元の転移魔法だった。

 サミアーナの魔法は、あまりに眩かった。三重の純白の円が、聖杖ミュライアの先端で回転する。非常に小さな円だが、そこに刻まれている紋様は緻密で繊細だ。

 その円が一つ、また一つと急速に拡大する。と、大きな光の壁がサミアーナを起点として四方に現れた。

 同じ魔法をカーリヤも唱えたのだろう。だがカーリヤのそれは、サミアーナのものほど眩いわけでも、範囲が広いわけでもなかった。神器による差なのか、本人の技量による差なのかは判断がつかない。だが二人の唱えた魔法が、機械的な魔物さえ遠ざけていることは共通している。

「……流石に、護衛部隊全員を覆う程の大きさには出来ませんでした!申し訳ありませんが、丸投げします!」

 いっそ清々しく聖女はそう言い切った。

 "生くるダンジョン"までおおよそ三百メートル。結界の外には魔物がうじゃうじゃと屯している。血の匂いを嗅ぎつけたサメを、水中の檻の中から見ている人間はこんな気持ちなのだろうか。いや、それより酷いだろうな、とヴァリスは魔物を見つめた。

「もう少し……もう少しです!」

 聖女が呟くのを聞いて、ヴァリスは空を見上げた。違う、空がない。"生くるダンジョン"の断面、黒の大口があるだけだ。そのくせ、日の光は射してくる。何とも気味の悪い矛盾だ。

「ぐああっ……!」

「あっ!ああっ!待って!置いていかな、うあああっ!」

「俺はいい!それより攻略隊を守れぇ!」

 後方は阿鼻叫喚の様相を呈している。サミアーナの駆る馬の速度について行けない騎兵や、結界の加護からあぶれた人間の叫びだ。

 聖女は振り返らない。ひたすら前へと進む。一見脳天気に見えるこの女性は今、どんな気持ちなのだろうか。ヴァリスは不謹慎ながらそう思った。

「……着いたぁ!皆さん、集まって下さい!今から皆さんの肉体を"生くるダンジョン"内に復活させます!」

 事前に説明を受けていた通りのことを言われて、ヴァリスは聖女の側に寄った。

 転移魔法などの空間を操る魔法による移動は、基本的に空間礎石と言う貴重な代物を設置した場所にしか移動できない。一流の魔術師でも、視界内が精々と言ったところだろう。

 聖杖ミュライアの奇蹟は"肉体復活"。範囲内の生命ある存在を、同じく範囲内に完全な状態で復活させることが出来る、奇蹟の名に相応しい効果だ。

 勇者レクカインの仲間の一人であり、ラズリット王国の宰相を務めたこともあるアンドルズ・ティンバーは、"生くるダンジョン"の内部に入る方法を思いつき――そう、思い付きでレクカインにこう述べたのだ。

「もしかして聖杖ミュライアの効果の範囲内なら、"生くるダンジョン"内部に復活と言う形で入れるんじゃね?ま、ただの暇人の思い付きだけど」

 果たしてレクカインは聖杖ミュライアの奇蹟によって"生くるダンジョン"内部で復活し、その核を砕いて消滅させた、と一部の歴史書には書かれている。本当に"生くるダンジョン"に入れたのかは確かめようがないが、レクカインが消えた後、"生くるダンジョン"とそれが生み出していた魔物が消滅した事だけはどの歴史書でも共通している。

 今、その再現が成されようとしていた。

「時間が惜しいので、勿体ぶらずに行きますよ!皆さん、覚悟はいいですか!良くなくてもやりますけど!」

 サミアーナが、集まって来た攻略隊の前で聖杖ミュライアを掲げる。

 それまで聖杖ミュライアは、ただの長い一本の杖だった。その表面は心奪われる輝きに満ちていたものの、人の手では真似できないような隔絶した意匠がこらされていたわけでもない、美しいだけの杖だった。

 その杖の柄が、金色の文字で覆われた。同時に、杖の周りに七つの小さな球体が現れ、回転し始める。その球体の一つ一つが高密度に圧縮された魔力であり、それこそが"肉体復活"の奇蹟をもたらす動力であった。

 一般的な能力を持った瀕死の人間が対象なら、球体一つで即座に百人の肉体を完全に復活させれるだろう。"肉体復活"の奇蹟が最後に使われてからこれまで、聖杖ミュライアは球体七つ分の魔力を貯めてきた。

 それはサミアーナの予想越えた貯蓄量だ。だから彼女は自信満々に述べた。

「これなら、三十人全員を"生くるダンジョン"に送れますね!流石はぶっつけ本番に強すぎて困っちゃうタイプの聖女。神も微笑んだと言うものです。それでは、いきますよぉ!」

 杖の柄に刻まれた金色の文字が拡大し、宙に浮かぶ。その文字自体が繋がりあい、円環となって、攻略隊の周囲を高速で回転し始めた。

 七つの球体が全て割れる。そう、全て割れたのだ。

 サミアーナはそれを確認して頭の中がまっさらになり、しかし今更どうしようもないので破れかぶれで唱えた。

「慈愛と節義を司るレバリス神よ!その奇蹟の御業を矮小なる人の身に与えん!"肉体復活"!」

 せめて二十人、いや十五人は"生くるダンジョン"の中で復活してくれ。

 聖女はそう願い、その場から姿を消した。

 奇蹟の対象となった、たった二人と共に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ