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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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聖杖レバリス教国録①―要請―

 暗い部屋のベッドに、草臥れた老人が座っていた。彼の昼間の姿を知る者は、それが五人の枢機卿の一人であるロクシル・フォンメーンだと気付かないだろう。舌鋒鋭く自身が著したレバリス神の聖句を引用し、この神託とはこのような解釈であると語る昼間の姿は正に聖職者然としたものだ。また、レバリス神を崇める者たちの最大宗派であるカミュナス教会の現指導者であり、その影響力は枢機卿の中でも一、二を争う程である。

 その老人は今、大粒の涙を流し許しを懇願している。レバリス神に?いや、そうではない。老人の前に立つ女性にだ。

 顔の細部一つ一つが美術品のように精巧ながら、だからこそ不気味なその女性は、不思議そうにそんな老人へと疑問を放った。

「何故私に謝罪するのですか?猊下が謝罪するべき相手は私ではないでしょう。あなたはこれまで似たような方法で貧者を、同僚を、信徒を己の手の中の駒として利用してきたのですよ?その時あなたは彼らに慈悲を与えましたか?どうして自分だけは許されると思っているのですか?私に教えてください」

 責めるような言葉だが、声はどこまでも平坦だった。だが焦ることなく老人に少しずつ詰め寄る様子からは、抑えきれない知的好奇心のようなものが垣間見える。この女性は単純に、ロクシルが許しを請うた理由を聞きたいだけなのかもしれない。

「ああ、お願いだ。お願いします。どうか私の孫にだけは手を出さないで下さい。私は私の意思を捨て、あなたの要望に応えます。私は私の心を捨て、あなたの善悪に服従します。だからどうか、孫にだけは」

「?……質問の答えになっていませんが?まぁ、いいでしょう。それでシェグルダール王国から聖女の、聖杖ミュライアの力を借りたいとの要請があったとのことですが、枢機卿会議はどのような結果を下す予定ですか?」

 ロクシルはもう察知しているのかと言葉を失った。薄々分かっていたが、この人物が首輪を付けている枢機卿は、自分だけではないようだ。

「我が国は、シェグルダール王国と八都市連盟の国境付近に出現した"生くるダンジョン"に対して、不干渉を貫くつもりです」

「駄目です。要請に応じて下さい。それも早急に」

「そんな!」

 女性は目と目が接触するかと思うほどの距離までロクシルに近付いた。感情のない虫のような瞳に見つめられ、老人の全身から力が抜けていく。

 何故こんな気狂いを招き入れてしまったのだ。かつては自分が便利な時に使っていた手駒の一つに過ぎなかったと言うのに。いつの間にか自分の手口が模倣され、更には越えられ、自身の不正の証拠や親族の命を握られてしまっていた。

 このような生き物は、神がお許しになるはずがない。そう何度も嫌悪してきたが、神罰は下される様子は未だにない。

 ロクシルは残っている僅かな信心をかき集めて口を開いた。

「聖杖ミュライアは我が国の象徴であり、レバリス神の神器の一つです。みだりに他国のために肉体復活の奇蹟を使うなど……それも、ラズリット王国を滅ぼしたシェグルダール王国のために行使するなど、許されるはずがございません」

「猊下はシェグルダール王国の貴族から寄付と言う名の賄賂を受け取っていますよね。許されます。要請に応じて下さい。早急に」

「……」

 ロクシルはがっくりと肩を落とした。寄付を受け取ることと、聖杖ミュライアの奇蹟を他国のために使うことは比較にならない、と反論したかったがそれが無駄なことは分かっている。

「分かりました。私は、賛成に投じましょう。しかしそれでは票数が足りません。他にあてはあるのですか?」

「探りを入れないで下さい。猊下はただ、私に従えばいいのです。当然、他の四人の枢機卿にも賛成に投じるよう説得して下さい。出来なければ、分かりますね?」

「そんなご無体な!誰が賛成に回ると言うのですか!」

「レバリス神の御心の深さを前にすれば、どのようなものも心打たれ感化されるのでしょう?その奇蹟を見せて下さい」

 精巧な顔の女性は、無表情のままロクシルを壁際まで追い詰める。年老いた枢機卿には、瞬き一つしないこの女性が同じ人間だとは思えなかった。いやきっと、人間ではないのだろう。その正体を知ろうと探りを入れた結果、彼の息子は何者かに惨殺された。

「……分かりました。必ずや枢機卿会議が賛成多数になるよう働きかけます。ですからどうか」

「はい。猊下の数えきれない不正の数々が公表されることはないでしょう。ところで先ほどは何故、孫の命の安全を最初に求めたのですか?猊下の人間性からすると、孫よりも自身の権勢の方が大事だと思うのですが、それも何らかの手法の一つでしょうか?」

「……どうか、今日のところは一人にして頂きたい。お願いです」

 女性は一度首を捻ってから、くたびれた枢機卿の前から身を引いた。それから興味が失せたかのように暗い部屋から出て行く。

 後に残されたロクシルは頭を強く抱え、滂沱の涙を流すしかなかった。彼の中に信仰心と言えるものはほとんど残っていない。しかしそれでも、聖杖ミュライアを国から出すなど、畏れ多くて仕方がない。

 第一、シェグルダール王国に力を貸すことで、あの感情のほとんどない女性にどのような得があると言うのだろう。



 二日後。賛成四、反対一と言う結果が出たことに、自室に戻ったロクシルは体が冷えていくのを感じていた。自分の働きかけであの結果になった?レバリス神が奇蹟を起こした?いや違う。この国の実質的なトップたる枢機卿は、今やそのほとんどがあの不気味な女の手の内にあるのだ。

 唯一反対に投じた枢機卿を筋肉馬鹿とこれまで揶揄してきたが、今では彼が救世主のように思える。最初の聖女であり、勇者レクカインの伴侶であるミスタニカ・カミュナスの、その長女が興したこの国を覆う陰謀は自身の想像が及ぶ深さを越えていたのだ。

 三回、自室の扉をノックする音が聞こえて、ロクシルはびくりと体を震わせた。

「誰か?」

 ロクシルの震えが止まるほどの間があり、扉の先から明るい声が発せられた。

「サミアーナです。"生くるダンジョン"の件で猊下にご質問をさせて頂きたく、お訪ねしました。ご多忙なら、申し訳ございません」

「……サミアーナか。入れ」

「はいっ!それでは失礼しまっ……あわぁ!とっ、とっ……やっぱり駄目だあぁっぁあ!」

 勢いよく扉を開き過ぎたのか。いや、それでも弁護しようのないほど謎に体勢を崩した少女が入ってきて、こけた。

「……サミアーナ。お前は仮にも聖女と称される存在なのだぞ。レバリス神への謝意を地に頭をぶつけて示す必要はない」

 ぶつけた額から少し外れた位置を擦りながらサミアーナは、申し訳ありません、と屈託なく笑った。

 蒼の長髪が床から離れる。影のある表情を浮かべればその顔立ちが端正であることがすぐに分かるだろう。だが小さな薄紅の唇は、それに似合わない大きなカーブを描いている。常にそのような喜色に満ちた表情を浮かべているせいで、折角の整った顔立ちが活かされることは少ない。しかしそれでこそ彼女は、当代の聖女と言えた。

「それで、質問とはどのようなものなのだ?」

 椅子を勧められて座った聖女に、年老いた枢機卿が問う。

「はい!まず第一に、聖杖ミュライアの奇蹟をどの程度行使して良いかと言うことです。もう全力で使って良いのか。それともちょっぽりだけにするのか、分からなかったので」

 ロクシルは、人形のように精巧な顔立ちの女性から指示された通りに演じる。

「当然、"生くるダンジョン"が破壊できるよう全力を尽くせ。ただし、"生くるダンジョン"の核を破壊した後、どうなるか分からないことには留意せよ。最悪の事態に備えて、脱出用の魔力は残しておくように」

「……あっ!確かに!一生ダンジョン内で過ごすことになるところでした……歴史書の中で、"聖女サミアーナ、痛恨のミスでダンジョン内死"とか書かれちゃうやつですよ、これ」

「そうだな」

 反論をすることも、諭すことも出来ずにロクシルは自らの額を擦る。心の中のため息が重くなり続けるだけだ。

「えっと次に。シェグルダール王国との交渉は、祝聖聖騎士のNO.3に全てお任せしてよろしいのですよね?私、政治とか全く分からないもので」

「ああ。全てカーリヤに任せるように。聖女はイコンとして堂々たる姿を見せるだけで良い」

 それを聞いてサミアーナは自身の背中を反らし、強調された胸元をポンッと手で叩いた。

「ふふん。私、レバリス神のためにも、信徒の皆様の為にも、堂々とお飾りしちゃいますね!」

「…………うん。堂々としちゃえ」

「はい!ありがとうございました!」

 美しく礼をすると、サミアーナは飛ぶように枢機卿の部屋から出て行った。

 残されたロクシルはただただ不安で仕方がない。聖杖レバリス教国の未来はどうなってしまうのか。それを今更憂うことの出来るような存在ではないと分かりつつも、考えてしまう。

 ああどうかレバリス神よ、我らにあなたの恩寵があらんことを。

 ロクシルはそう願い手と手を合わせたが、それが自分に全く似合わない動作であることに気付いて、自嘲気味に笑った。



 聖杖ミュライアを携えた聖女が、聖杖レバリス教国を発ったのは、枢機卿会議が賛成多数の結果で終わってから二日後の事だった。そのあまりにも早い動きに、レバリス神からの神託があったのではないかと考える信徒も多い。

 だがそれは神託などではなく、腐敗した枢機卿たちが何者かに弱みを握られた結果に過ぎなかった。

 彼らは今日も嘯く。レバリス神の偉大さを、その慈愛を。

 しかしそれは、聖杖レバリス教国の建国からこれまで、たった一度しか与えられたことがない。

 レッドアラート地帯から人間の勢力圏に踏み入ろうとする魔物の侵入を防ぐための大結界。それがレバリス神から賜った唯一の奇蹟だ。

 そして聖杖ミュライアは、その大結界を維持するための一つの鍵となっていた。

 もしそれが失われればどうなるのか。半年程度は大結界を維持できるかもしれない。だが、それ以降は。

 聖杖レバリス教国だけではない。何者かの魔の手が、人間国家全ての首元を真綿でゆっくりと締めようとしていた。

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