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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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8."生くるダンジョン"―起動―

 シェグルダール王国には"王国三剣"と"王国三魔"と言う称号が存在している。正確にはラズリット王国時代から存在している、とされているその称号が金銭によって取引されていた時代もあったのだが、現在は非常に厳格な条件を達成した者の中から前衛職三名、後衛職三名を選別して授与することになっている名誉ある称号だ。

 何故前衛、後衛でそれぞれ三名なのか。魔王を討ち滅ぼした勇者レクカインのパーティーが前衛三名、後衛三名だったからだ、と言う研究者もいる。だとするとレクカインが他の前衛と同格に扱われているのはおかしい。だから勇者パーティーが所有していた有力な魔武具、魔道具の数である、と主張する学者もいる。"三"ってなんかいい感じのバランスの数字だからじゃないか、と思考を放棄する民衆も居る。

 そんな王国にとって非常に強力な戦力である三剣と三魔。その三剣の内の一人であるエイラメイン親衛隊長は、国王からの質問に忸怩たる気持ちで返答しなければならなかった。

「陛下、申し訳ございません。私では数分の時間稼ぎが精一杯と言ったところでしょう。とは言え我が剣に賭けて、陛下のお命だけは何があろうと御守り致します」

「ううむ。やはり、エルフたちの言っていた大災厄とはヴァリス殿の事なのであろうか。しかし、もし彼らが授かった予言とヴァリス殿が全くの無関係であらば、それこそ大災厄を二つ抱えるのに等しい。全く、困難な時代に王座を継いだものだ……」

 シェダリス三世は重々しく呟いた。ヴァリス率いる新興勢力とサロイザースとの会談が始まるまで四時間と言ったところ。あの死の龍を討ち果たした新興勢力の主を前にして交渉を行わなければならないなんて、想像するだけで身が竦む思いだ。だから国王は非常にナイーブになっていた。

 だが気落ちしている理由はそれだけではない。龍瘴の森の新興勢力とサロイザースに宣戦布告をしたガルドオズムの領主、オルマント・ジェイバム伯爵がヴァリスを自身の館に招いて以来、自室から一歩も外に出てこなくなったのだ。陛下に対して不敬であろう、と烈火の如く激怒するエイラメインの声さえ彼には届かないようで、本日の交渉に絶対に参加しなければならない立場であることを理解していないようだ。

 いや、理解していてなお出てこないのだろう。戦争の仕掛け人として、貴族として果たさなければならない責務より。領地や爵位、財産の没収より。ヴァリスを恐れているのだ。

「(いっそのこと、会談がおじゃんになる何かが起こったりしてくれないかな……そんな都合のいい事ないよなぁ。ああ、胃が痛い。王なんて柄じゃないんだよ)」

 心の中に本音を渦巻かせながら、シェダリス三世は目を瞑った。自身より優秀な二人の兄が早世したために、継承権第三位の自分が座らざるを得なかった王座の座り心地は、未だにあまり良くない。

 しばし瞼の裏の暗闇の中で心を落ち着けていると、一人の兵士が扉を開けてやって来た。彼は、王の前に跪いて報告を行う。

「陛下。会談の場の警備についている王国騎士団長、ザットルム伯爵より報告がありました。事前の情報通り向こうは、魔物と異形と人間の混成軍が警備にあたっているとのことです」

 報告を聞いた重臣の一人が、恐れながら、と言った後に自身の王の前に進み出て深々と腰を折る。

「……陛下。再度具申致します。会談を延期し、レバリス教国に間に入ってもらってはどうでしょうか?向こうが指定してきた屋外での会談など、これまでに前例がございません。邪心があってのことだと思われます。王国の威信に係わりますし、何より陛下のお命が危ぶまれるようなことがあってはなりません」

 ヴァリスやオクト達が指定した場所は、シェグルダール王国と八都市連盟の国境線だ。そこには交渉の場に相応しい威厳と歴史ある建物などない。つまりただの平野で外気に晒されながら話し合おうと言うことであり、これはシェグルダール王国に対する侮辱だと捉えられても仕方がなかった。

 だがシェダリス三世はそれを了承した。幾つか理由はある。その内の一つは、ヴァリス・サロイザース側の警備にあたるであろう魔物や異形が王国領に入ることで、民心に過度な不安が広がる可能性があるからだ。ヴァリスが四千もの兵を退けたことは、尾ひれがついて日に日に広がっている。王国内のどこで会談を行おうと、魔物と妖怪を受け入れる場所に住む者達が恐怖に襲われるのは間違いない。

 魔物と異形の警備に対する問題はそれだけではない。他国に仲介を頼みにくい理由でもある。会談の場所の提供においても仲介においても、魔物と異形を相手に請け負ってくれる国などまずないだろう。かと言って敵地のサロイザースで会談を行うことは避けたい。

 ならば国境線の方がマシだ。シェダリス三世はそう考えて、ヴァリスとオクトの提案を了承した。

「陛下の御命は何者よりも重いのです。どうかご再考を」

 重臣の言葉に、シェダリス三世は返した。

「その通りである。私の命は民草のそれより重い。だがそれは、私が民草に対して責任を負っているからこそなのだ。私が定めた税制、刑法、外交方針……様々な政策が民草の生活をより豊かなものにしてこそ、私の命が彼らより重いと断言できるのだ。そして時にはそのために、私自身の命を賭して成さねばならぬこともある」

 或いは、会談の場でヴァリスに殺されることも良しかもしれない。シェダリス三世はそう覚悟している。そうなれば人間国家は、ヴァリスと言う存在を共通の強大な敵として認識できるだろう。王国の三剣三魔と異世界転移者、王国騎士団。聖杖レバリス教国の聖女と祝聖聖騎士。レマイナル=マグレーフの十二龍騎士。これらが協力すれば、四千の兵を退けたさしものヴァリスと言えど追い詰められるに違いない。

 異世界転移者については早急に対処しなければならない問題が残ってはいるのだが。

「あまりに性急であったことは謝ろう。だが、会談は予定通り行うものとする。我らが勇壮なる王国騎士団ならば、必ずや私の期待に応えてくれるであろう。問題はジェイバム伯なのだが……伯の処遇については向こうの慈悲に期待するほかあるまい」

 早く会談を終わらせてしまいたい。この手の会談は草案の完成までに長い期間を要することも多いが、自分は最初の会談に顔を出せばそれで十分だろう。

 シェダリス三世は立ち上がった。彼の苦難はまだまだ始まったばかりだった。




 何か嫌な予感がする。

 新興勢力の主であるヴァリスは、拭い入れない一抹の不安を感じて立ち止まった。

 ホセナド川近辺で野営を行っているヴァリス・サロイザース連合軍に漂っているのは、戦争がもうすぐ終わるのだと言う安堵感だった。魔物や妖怪の中には消化不良気味なものが多いようだが、人間はほぼ全員が戦勝ムードで気を緩めていて、家族の待つサロイザースに帰りたくて仕方がないようだ。

 ヴァリスは、少しだらけてきたこの野営の空気が不安の元なのかと首を捻り、しかし分からないので再び歩き始めた。

 少し肌寒いが、外で交渉が出来ないほど気温が低いわけでもない。左を見ると、冬の間でさえ葉を枯らすことのなかった龍瘴の森が目に入り、彼は拠点の仲間たちの事を思い浮かべた。

 戦争と考えればこれまでに費やした日にちは非常に短いだろう。ドワーフ九氏族共同体領に赴いていた日数にも満たない。だが、短い日数で拠点が恋しく思えるのは、それ程愛着を持っているからなのかもしれない。

 そのように拠点に思いを馳せるヴァリスの元へ、白装束を着た雪女が駆けつけてきた。

「主様、もう会談に赴かれるのですか?主様に比べれば、王国の国王など小人物でありましょう。いっそのこと、数時間待たせればよろしいと思うのですが、如何でしょうか?」

「そう言うのはいいかな……あんまり楽しいもんじゃないし」

 楽しい楽しくないで決めるのは良くないことなのだろう。そう思いつつもヴァリスは、ユキヒメの提案を却下する。どうにもユキヒメと意見があまり合わない新興勢力の主は、今回の会談に人間側のオクトとリーダスが参加することにどこかホッとしていた。

 すでにヴァリス・サロイザース連合軍の一部が会談の場の警備についている。ヴァリスは自分で提案しておきながら、シェダリス三世はよく国境線沿いでの会談を承諾したな、と不思議に思わざるを得なかった。彼はただ、人間に恐怖心を与えるのもどうかなと人目があまりない場所を望み、それならばとオクトが提示した場所の一つを王国に伝えただけなのだが、話は意外にもとんとん拍子で決まった。

「オクトやリーダスは人間の護衛たちと一緒に行くんだったな?もう先に行ってるのかな?」

「……私は見掛けていませんね。まだ準備中なのでしょう。先に向かいましょうか?」

 本来なら交渉人や代表は護衛と共に一緒に行動したほうが良いのだろうが、人間と魔物、妖怪では中々そうもいかない事情がある。野営でも魔物、妖怪と人間は場所を分けていた。無用な争いを起こさないための必要な措置だ。

「そうだな。向こうにも向こうの用意があるだろうし」

 ユキヒメの言葉に頷いて見せると、ヴァリスは足を速めた。

 一方、オクトとリーダスはまだ天幕の中に居た。と言っても会談のための準備はほとんど終わり、後は会談の場へ向かうだけだ。

「オクトさん、やっぱりあの話は断りますよ。俺には無理っす。第一、サロイザースの人たちも、八都市連盟の代表たちも、俺なんて小者を受け入れるわけがないんすよ」

 黒の礼服に着替えたリーダスが、同じような格好をしたオクトにそう言った。老年の代理領主は、その言葉を聞いてやれやれと首を横に振る。

「一体いつまでこの枯れ木に仕事をさせるつもりなのですか?あなたにも私と同じように、ドワーフたちとの親交があるでしょう?」

「そりゃ多少はありますけど、そういう問題じゃあないでしょ」

「あなたが常にその調子だから、私は彼らを探しにいけないのですよ」

 今日はいつにも増して率直で辛辣な言い方をするな、とリーダスは不思議に思った。代理領主の座を譲りたい、とオクトから言われて早数日。雰囲気だけは大物の青年、リーダス・ラドップはにべもなくその言葉を断り続けている。

「大体、俺の両親が生きていると思いますか?ってもう何度も聞いてきたことですがね。死んでますよ。仮に生きていたとして、どうなるって言うんです?」

「生きているか、死んでいるかなど、問題ではないと気付いたのですよ。私は二十五年待ちました。ある方は、二十五年など大した長さではないと言ってくれました。ですが私はただ決着を付けたかっただけなのだと、分かったのですよ」

 オクトは天幕を出た。眩しい陽光が視界を襲い、彼は手を横にして自らの額に当てる。しわがれた手だ。二十五年の歳月は、かつてフレイルを操り戦場に立ち続けた男から様々なものを奪っていった。

 だが一つだけ、彼がこの時までその手から手放さなかったものがある。

 ――大地が、弾むように揺れた。その場に立っていた者達の体が浮き上がり、全員が体勢を崩した。何が起こった。それを確かめようとその場の者が辺りを見回すより早くそれは現れた。

 悠々と聳え立つ巨大な半円形の物体。それまでそこにあった地を、木々を、生命を上書きするかのように唐突に現れたそれの姿には影がない。日の光は、その物体がそこにないことを証明するかのようにそれの周囲を満遍なく光で満たしていたが、半円形の断面から覗けるその先は、ただただ暗い。

 それを見た者は完全に言葉を奪われていた。人の立ち入れぬ深海のような静寂が刹那流れ、しかしすぐに破られる。

 半円形の物体の断面が何かを零した。それは一体の魔物となり、無数に零れて、また魔物となり、近くのもの全てを血祭りに上げんとする大群となった。

 オクトと、リーダスの視線がかち合う。オクトは親友の息子が伸ばしてきた若く、大きな手を振り払った。

 その手を、疎ましく思ってきた。

 その手が小さかった頃、弱く縋るような手の力に合わせて握り返した。その手が少し大きくなった頃、信頼と愛情を示すような少し強い握り方に、ちょっとばかり驚いた。その手が同じ大きさになった頃、手と手は離れたが、自身と彼を結んでいるものはそれだけではないのだと気付いた。

 その手が自分のものより遥かに大きくなったこの時、親代わりの男は初めて息子の手を振り払った。

 オクトは笑み、リーダスを連れて逃げるよう部下に命令する。一刻の猶予もない。老いた自分では逃げられない。

 オクトは随分と皺が多く、深くなった手を見つめた。違ったのかもしれない。ふと、思う。この手がずっと塞がれていたからこそ、自分はこれまで生きて来たのだ。

 だがもう、この年相応の手には何もない。やっと、親友を探しに行けるのだ。

「さようなら、リーダス。それほど、悪くはなかったよ」

 申し訳ありませんが、お酒を酌み交わすことは出来そうにありませんね。最後に心中でそうヴァリスに謝り、オクトは笑って魔物の大群の中へと消えていった。

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