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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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7.一つの約束

 一秒、二秒。ジェイバム伯はその時、シェダリス三世の喉仏の動きまで正確に、ゆっくりと見えていた。

 用意した毒はそこらの回復魔法で癒せるようなものではない。と、言ってもこれまでその毒を使ったことは無かったため、その口伝が嘘であることを暗殺の計画者は願った。

 五秒、六秒。シェダリス三世は口の中のスープを飲み干し、再びスプーンを動かし始める。

 十秒、十一秒。何も起きない。もしかすると配膳係は毒を入れなかったのかもしれない。緊張が少し和らぎ、額の脂汗を拭おうとハンカチを取り出したその時、くすりと笑い声が聞こえてきた。

 ジェイバム伯が声の元へ顔を向ける。見るとヴァリスが様子を窺うかのように、じっと彼を見つめていた。

 そうして化け物は、面白そうに言葉を発した。

「いや、それにしてもこのスープ」

 ヴァリスは自分ではにこやかに言ったつもりだったが、隠し切れない愉悦が少しばかり滲み出ていた。

「死ぬほど美味しいなぁ」

 ジェイバム伯の全身が総毛立つ。化け物の姿になれる異世界転移者は、明らかに気付いている。自分が毒を用意していたことを。

 スプーンを持つ手が震え食器にぶつかり、カタカタと不快な音を上げる。それはまさに、ジェイバム伯の声にならない悲鳴のようだった。

「ジェイバム伯?気分が優れないのか?」

「陛下……はい。そう、そうです。陛下とお客人の前で本当に申し訳ありませんが、私は居室で休ませて頂きたいと思います……何かございましたら、使用人に何なりとお申し付け下さい」

「お大事に」

 ヴァリスの放った一言を聞いたジェイバム伯は目を見開いて床を見つめ、それから力なくバンケットルームから立ち去った。完全に、心が折られたようだ。

 新興勢力の主は、勿論ジェイバム伯が企てた暗殺計画の一部始終を知っていた。本当に忍狸たちは優秀だな、と思いながらスープを啜る。ジェイバム伯が毎日何とも言えない顔で小瓶を眺めていることも、その小瓶の中身が毒であることも、この屋敷に潜入している彼らが掴んだ情報だ。魔法による毒の探知は対策していたその毒物も、狸の鋭敏な嗅覚までもは騙せなかった。

 ジェイバム伯が自室に向かう際に"そこで何をしている?"と尋ねた警備兵がまさに変化した忍狸であり、彼は伯爵の居室から丁度毒薬を回収し、偽物とすり替えた後だったのだ。

「……うん、美味しい。けどやっぱり俺は、上品な味ってのがあんまり得意じゃないなぁ。オークの飯の方がよっぽど舌に合う」

 食事のマナーなど一切気にせず、そして率直な感想を呟くヴァリスを見て、シェダリス三世は口を開けた。

「ふむ。ヴァリス殿が従えているオークは、料理の腕が立つのか。それは是非、味わってみたいものだ」

「お、言ったな?」

 嫌味かジョークじゃなかったのか?シェダリス三世は正に王らしい、余裕のある佇まいでヴァリスの言葉に微笑みを返したが、その内心は本当にオークの料理が本当に用意されたらどうしよう、とドギマギするしかなかった。

 そうしてジェイバム伯が企てた稚拙な暗殺計画は全て無残な結果に終わり、ヴァリスはシェダリス三世と会談を行う約束を取り付けて、戻って来た打綿狸と共にガルドオズムを後にした。



「ヴァリス様、申し訳ありません。女の子供と数ヶ月前と言う情報では、あたしの力では手がかり一つ見つけることが出来ませんでした」

「いや、悪かったな。そんな情報だけで、しかもたった数時間で見つかるわけがないことは分かってはいたんだ」

 ガルドオズムを去り、自軍の野営へと戻る最中にヴァリス打綿狸に謝った。護衛としての務めを果たそうとする妖狸に、どうしても、とある調べものをしてもらっていたのだが、その成果は一切なかったようだ。

 もっとも、そうなるだろうとヴァリスも予想していたのか、その結果に不満そうな様子はなかった。

「主様!このユキヒメ、一日千秋の思いでお戻りになられるのを待っておりました」

 ユキヒメが、主がガルドオズムに向かってから一日も経っていないのにそう言いながら迎えに出てきた。

 現在ヴァリス・サロイザース軍およそ六百五十名は、ホセナド川の関所近くで野営を行っている。妖怪、魔物、人間の混成軍が一緒になって野営を騒がすことはないが、中には妖怪と共に近辺を巡回する魔物や、魔物とコミュニケーションを取ろうとする奇特な人間も居て、合流したばかりの頃には一切想像も出来なかった光景がごくごく稀に確認できることもある。

 ヴァリスはユキヒメから、シェグルダール王国からの書状が来たこと、その内容が三日後にガルドオズムで会談を行いたいといった趣旨の内容であることを聞いて頷く。シェダリス三世の言葉は、空虚な口約束ではなかったようだ。

 自分が不在中の妖怪、魔物のまとめ役となってくれていたユキヒメの労を言葉で労わってから、オクトの天幕を訪れる。この世界の人間に、シェダリス三世について聞いてみたかったのだ。国は違うが、殆ど何も分からない自分よりかは遥かに知識があるだろうと期待してのことだった。

「シェダリス三世ですか。あの方は何と言えばいいのか……実のところ直接面識があるわけではないので、書面や書状での印象になりますが、よろしいですか?」

 粗末で小さなテーブルを挟んでリーダスと向かい合ったオクトが、あまり自信なさげにそう言った。八都市連盟の代理領主も、流石に王国の国王と直接会ったことはないようだ。とは言え、ドワーフ武具の取引に関すること事柄で、何度か書面上でやり取りを交わしたことはあるようで、オクトはその時に受けた印象を語り出す。

「まず最初に受けた印象は、あまり駆け引きを好まれない、と言うものですね。いや、受けた印象、と言うのは少し違うかもしれません。なにせ、互いに率直な意見交換を行おう、と最初に送られてきた書状に書かれていましたからね。実際シェダリス三世の魔証印入りで送られてくる書状には、回りくどい表現や、探りを入れるような内容がほとんどありませんから、そのような気質なのでしょう」

 ジェイバム伯の館のバンケットルームに座っていたその人物を思い出し、ヴァリスは、そうなのだろうか、と小首を傾げた。むしろそれなりに回りくどい喋り方だった記憶が彼にはある。駆け引きを好まなそう、と言う印象はヴァリスも受けていたようで、彼もその点には同意した。

「また、基本的には穏健派なのだと思います。聖杖レバリス教国との間に抱える係争地問題を外交交渉のみで解決しようと試みたり、エルフたちの進攻には専守防衛で対応する方針をとったり。そのため、一部の急進派や過激派の貴族たちからは、弱腰、と非難されていると聞いたことがありますよ」

「な、なるほど?まあ、悪い人間じゃなさそうってことか。いや、穏健派だから良い人間だとか、急進派だから悪い人間ってわけじゃないんだろうけど」

「そうですね。一国の王としての資質はともかく、常に腹に一物を抱えている様な御方ではないと思います」

 顎に手をあてて、如何にも何か考えていますポーズを取ったヴァリスを見て、オクトは自身の頬を両手で軽く叩いた。

 何だ何だとヴァリスがオクトを見ると、サロイザースの代理領主は真摯な視線を新興勢力の主に向ける。少し間があり、いきなりオクトが謝罪した。

「ヴァリス殿。やはり、あなたに謝らなくてはなりません」

「え?なに?さっきのシェダリス三世の印象に間違いがあったのか?なんか最近、謝られてばっかりだな……」

 そう言ってヴァリスは軽く腰を上げ、椅子に座り直した。オクトの表情を見て、そうするべきだと感じたのだ。

「まず、サロイザースを救って頂いたのにも関わらず、快く感謝を述べられていないことです」

「……ああ、サブルバーナ平野でガルドオズム軍に勝った時の、か。まぁ、仕方ないさ。人間の姿をした奴が、いきなり巨大な異形になったら誰だって驚くよ」

 ヴァリスは座ったまま天井を仰ぎ、そう理解を示す。彼が戦場で見せた正に鬼神のごとき威容は、同時に味方をも恐怖させた。人間より遥かに巨大で、強靭で、おぞましい自身のもう一つの姿が、味方からでさえも受け入れがたいものであることは彼自身が一番分かっている。それでもサブルバーナ平野でその姿を顕わにしたのは、最前線を張るのに効果的な姿だったと言うこともあるが、その異形の姿も間違いなく自分であるからだ。

「本心を申し上げますと、私は今でもヴァリス殿が恐ろしいのです。龍を倒せる力を持った存在、と言うことは知っていました。配下の方々が人間とも、獣人とも、エルフとも違う姿をしていましたから、ヴァリス殿も人間ではないのだろう、と分かっていました。しかし、私の想像力など塵芥の如きものでした」

 恐ろしい。そう正直に話すオクトだが、その面持ちにはほんの少しばかり自慢げな笑みがあった。

「しかしヴァリス殿を前にして私が抱いているのは、恐ろしい、だけではありません。人間とはかけ離れた力を持ったヴァリス殿が、我々サロイザース軍に被害が出ないよう自ら先頭に立って下さったことに。我々の味方でいてくれることに。不遜ながら感謝と誇らしさを覚えているのです。そしてそう感じているのは何も私だけではないでしょう。あなたから恐怖しか感じないのならば、連合軍はとっくに瓦解しているでしょう」

 オクト・ラズームは見ていた。巨大な異形から人の姿に戻った時の、ヴァリスの不安げな、窺うような様子を。絶大な力で四千もの敵を退けた後だと言うのに龍瘴の森の主は、それより遥かに少ない味方の反応を気にしていたのだ。

「人にそんなことを言って貰えたのは、初めてかもしれないな。なんか、むず痒いな」

 鬼として、恐怖のシンボルとして行動していたその頃、人間から畏怖されることはあれど親しみを向けられたことなどなかった。この世界に来てからもそうだ。死の龍を倒した存在。怪し気な新興勢力の主。どちらの呼ばれ方であれ、親しみを感じる要素はない。

 だから、思わず素直に感情を顕わにしてはにかむヴァリスに、オクトは続けた。

「人と隔絶した力、外見。これからもヴァリス殿は人から、それ以外からも恐れられることでしょう。しかしヴァリス殿がヴァリス殿である限り、理解してくれる者は必ず現れます。んん、柄にもなく偉そうなことを言ってしまいましたね。失礼しました」

「……いや。ありがとう。そう言ってくれる人間が一人でもいると分かって、胸のつっかえが少しとれたよ……無駄じゃなかったんだな」

 しみじみと呟く。オクト・ラズームはヴァリスが初めて言葉を交わした為政者だ。そして、当時拠点と言えるものすら無かった勢力と協定を結んでくれた相手でもある。

 一年に満たない付き合いだし、顔を合わして話す機会が多いとは言えない。それでもその相手から聞きたかった言葉を聞けて、ヴァリスは満たされた気持ちになった。

「……さて、どうします?この前開けなかったお酒は、今ここにありますよ?」

 オクトはそう言いながら一本のボトルを取り出してきた。サブルバーナ平野で戦いが起こる前日、前祝いとして飲もうとしていたものだ。

「飲みたいのは山々なんだが、まだやることがあるんだ。シェグルダール王国との会談が終わったら、サロイザースの執務室で飲もう……いいかな?」

「ええ。勿論ですよ。友人とのお酒なら、執務室で悪酔いしても許されるでしょう」

「ああ。約束だ」

 ヴァリスとオクトは、笑顔で手を握り合った。



 二日後。シェグルダール王国との会談が行われるその時。ついに輪廻神イグルマルグイの神器"生くるダンジョン"が完全なる再起動を果たした。

 それは木々を飲み込み、大地を飲み込み、魔物を飲み込み、人を飲み込み、周囲一帯を己の領域に変え。

 交わした約束をも飲み込んだのだった。

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