6.ジェイバム伯爵の華麗なる暗殺計画②
「レクカインは剣を振り上げて二神に嘆願した。"ヴァリヴァダス神よ、ウデゥナス神よ、わが剣にその御力をお貸しください。代わりに私は、我が命をお預け致します。どうか、魔王を葬り、世に太平を取り戻す力を"。レクカインは自らの腹に剣の切っ先をあて、自らを貫いた。すると剣に神威が宿った。レクカインの体に傷はなく、それは神が彼の行いの全て肯定しているかのようであった……その一節の舞台が、ここなのです」
ジェイバム伯の自慢げな声に、ヴァリスは好意的な反応を返した。度々レクカインと言う名称を聞いてきたが、こうしてその伝説の人物が存在していたのだと言う逸話を聞くと、元妖怪としては軽くシンパシーを感じる。
「どうです、ヴァリス殿。こちらを試してみませんか?」
そう言ってジェイバム伯は、地面に突き刺さっている三本の剣の内の一本を抜き取ってヴァリスに見せた。
「試す?模擬戦でもしようってことか?」
「め、滅相もありません。私に勝ち目などあるはずがないではありませんか。いえ、勿論ヴァリス殿がお望みでしたら、私は地を舐めるといたしましょう」
乾いた笑みでそう返したジェイバム伯に、ヴァリスは首を左右に振って望まないことを表明した。伯爵はほっと息を撫で下ろし、次に手に握る剣の切っ先を自身に向けた。
それを、レクカインの伝説と同じように自身の腹に向けて突き刺して見せる。と、剣の刀身がぐにゃりと曲がり、ジェイバム伯は無傷であることを両手を左右に拡げて強調した。
「これで私も、二神の恩寵を受け賜わることが出来ると言うものです」
「おお、面白いな」
かかったぁ!ジェイバム伯は心の中でガッツポーズを浮かべた。
この地面に刺さった剣はどれも、持った人間の魔力を感知することで柔らかくなるのだ。ジェイバム伯と面識のある異世界転移者、日向コガネ、樫田新羅共々この剣に触れたことがあるが、彼ら二人が手に取った剣は硬いままだった。
つまり、異世界転移者たちにとってその剣は、観光用のアトラクションではなく凶器なのだ。『適応超越』のスキルを発動中の新羅は別かもしれないが、それはジェイバム伯の知るところではない。
ヴァリスは剣を地面から抜き、ジェイバム伯が実演した通りに剣の切っ先を自身の腹部に向けた。
化け物になれる異世界転移者の腹部を貫くことなど、まず無理だろう。だが、化け物自身の力ならばどうだ。ジェイバム伯は固唾を飲んで、そんな淡い期待に縋る。
勢いよく剣が動く。ギィン、と甲高い、しかしどこか鈍い音がして。
折れた刀身が天高く舞い、それはジェイバム伯の数センチ前に落ちてきた。
「ひぃぃぃい!な、な、な……」
「おっと、勢いが良すぎたのか?大丈夫か、ジェイバム伯?」
「……はは。大丈夫です……大丈夫ですとも……」
腰を抜かしてへたり込む。折れた刀身がすぐ前に落ちてきたことよりも、これがヴァリスの警告なのかもしれないと想像することの方が恐ろしい。
「なら良かった。ここでジェイバム伯の身に何かがあったら、大変なことになってたからな」
「……はい。まだまだ我が街を見て頂きたいですからね」
数時間後。
暗殺計画はその悉くが失敗していた。どうやったらこの化け物になれるスキルを持った存在に、かすり傷一つでも負わせられるのだろう。ジェイバム伯は込上げそうになる涙を必死に堪えていた。
仕方ない。もう手は、一つしか残されていない。その準備のために彼は、自身の館にヴァリスと打綿狸を招き入れた。
「こちらが私の館になります。もう少しばかりお待ちいただければ、昼食の用意が整います。どうぞそれまで、客室でお寛ぎになって下さい」
「ああ、ありがとう」
ジェイバム伯はヴァリスからお礼の言葉を受け取り、自身の個室へと向かった。
「む。そこで何をしている?ここは警備の必要はないぞ!」
自身の部屋の少し前に立っていた警備兵を見つけ、ジェイバム伯はそう言った。サブルバーナ平野での一戦の後、錯乱状態になった者や、脱走をするものなどが増えており、屋敷の警備に新兵を配属せざるを得なくなってしまっているのだ。
警備兵は頭を深く下げてすぐに立ち去って行く。全く、あの化け物のせいで。ジェイバム伯は兵士に腹を立てるのではなく、ヴァリスにぶつぶつと文句を呟きながら、自室の部屋の鍵を開けた。
愛用の椅子に深く座り、天井を見やる。息を深く吐く。それから彼は、机の中にしまっていた黒色の小瓶を取り出した。魔法での探知を難しくさせる工夫が取り入れられたその小瓶の中身は、猛毒だ。彼はこれを使うべきかどうか、ここ最近毎日その小瓶を取り出しては見つめながら考えていたが、遂に腹が決まったようだ。
「これを使うことになるとは……」
何がいけなかったのだ。深く考えたくなくて、ぼんやりとそう呟く。あの化け物を懐柔すれば良かったのか?しかしあれは、懐柔されるような存在ではないように思える。
ではサロイザースだけに宣戦すればよかったのか?しかしそれは、あの化け物が率いる集団の強大化を許容することになる。結局いつか、あの化け物によって滅ぼされるだけだ。
幾つもの後悔と否定が頭の中を流れ、彼はポツリと呟いた。
「あの化け物に服従すれば良かったのか?或いは仲間に?……しかしそれでは、我々人間はどんな目に遭うのか……そう言えば、戦場での人命の損失は殆どなかったな。ふっ、まさかな」
愚かな考えだ。ジェイバム伯は眉間に手首を乗せて自嘲した。
客の数に対して広すぎるバンケットルームにはすでに、ヴァリスの姿があった。
護衛の男の方はなにやら用事があるのか、昼食には参加しないと聞いてジェイバム伯は、僥倖だ、と心の中で呟いた。ようやくヴァリヴァダス神とウデゥナス神の加護か届いたようだ。
すでに仕掛けは終えた。スープ料理を出す際に、自分以外の皿に毒薬を入れるよう配膳係に頼み込んである。緊張が表に出ないように配膳係には調味料だと偽って渡してあるが、あの不思議そうな顔はそれの正体に気付いているのやら気付いていないのやら。とにかく伯爵たっての頼みを断れる使用人はそうはいない。
「当家の料理長の腕前を、期待して下さい」
「おー。最近はオークたちの作ったものばかり食べていたからな。なんか新鮮だな」
「お……オークに料理が作れるのですか?」
「美味いぞ。貴族様の口に合うかは正直分からないが、サロイザースの人間からは中々好感触が得られたぞ」
「本当ですか。少し、興味がありますね」
そうこう話していると、料理の準備が整ったようだ。昼食を運ぶよう伝えたところで、突然衛兵が大慌てでバンケットルームに入って来た。
ジェイバム伯は不快を隠さずに衛兵を見たが、その様子からただ事ではないものを感じ、ヴァリスに断りを入れてからバンケットルームを出る。
「何事だ?内容によってはお前を処分……陛下!?」
ジェイバム伯の眼前には予想だにしない人物、シェダリス三世とフルプレート姿のエイラメイン親衛隊長が立っていた。
「ジェイバム伯。思ったより壮健そうで何よりだ。事前に知らせずに訪問したことは許せ。こちらも、開戦の知らせ受け慌てて飛んで来たのでな」
突如現れたシェダリス三世はそう言い、ジェイバム伯の肩を一度ポンと叩いた。
「む。あちらのお客人がヴァリス殿か。執事から事のあらましについては聞いておる。ジェイバム伯。突然で悪いが、私も食事の席に着かせてもらおう。同じものを、同じ場所で口にすることが、腹を割って話す為に必要な第一歩であるからな」
「っ!……恐れながらへい」
「オルマント・ジェイバム伯爵!貴様に発言権はない。此度の一件に陛下がどれだけお心を砕かれているのか、貴様に分かるか?本来なら、貴様の首を即刻刎ねているところだ。だが私がそうしないのは、陛下の御慈悲が貴様にも未だかけられているからだ」
エイラメインの息も詰まる威圧に、ジェイバム伯は言葉を失う。ついでにシェダリス三世も気圧されているのだが、彼は一つコホンと咳払いをして信頼する親衛隊長に落ち着くよう言う。
「良い。エイラメイン、お前の刀はお客人の前でお見せするには少々武骨すぎる。何より、お客人をこれ以上待たせるわけにはいかぬ」
「はっ!」
二人が背後に去って行くのを感じ、ジェイバム伯は真っ青になった。まさかここまで動きが早いとは。
バンケットルームにシェダリス三世とエイラメインが入り、まずヴァリスとエイラメインの視線が交差する。
強いな。ヴァリスはフルプレート姿の親衛隊長から強者の気配を感じ、僅かに目を細めた。とは言えそれは、自身の命を脅かす程ではない。だから彼はすぐにエイラメインから目を離し、もう一人の人物を見た。
若いのか、老いているのかイマイチ分からない。長く伸びたあご髭からは威厳のようなものを感じるが、佇まいは尊大なものではない。会話の一部始終が聞こえていたので、その男がシェダリス三世であることは分かっているのだが、さてどうしたものかと考える。
これは予定には無かったことだ。護衛としてついて来ていた打綿狸には別件を頼んでいて、今は席を外しているため頼れない。
一方のシェダリス三世は、じっと見つめてきて怖いんだけどこの人、と少し怯えながらヴァリスに声を掛けた。
「貴殿がヴァリス殿であるか。前の席を、よろしいかな?」
「ああ、勿論。シェグルダール王国の王様を前にして、断ったりなんて出来ないさ」
「……」
エイラメインの片腕が滑らかに背中の獲物へと伸びる。
「止せ。ここは食事を楽しむための席であるぞ。ヴァリス殿、それでは前を失礼する」
「ああ」
ヴァリスの対面の席にシェダリス三世がゆっくりと座り、エイラメインはその傍に控えた。
「まず、謝らねばなるまい」
突然シェダリス三世はヴァリスの前でそう言った。ガルドオズムが宣戦布告してきたことかな、とヴァリスは思ったのだが、謝罪の内容はそれとは全くかけ離れていた。
「私が、異世界召喚の実行を命令し、貴殿をこの世界に召還させた張本人である。貴殿にも元の世界での暮らしがあったと言うのに、私は私心で貴殿をこの世界に呼び寄せたのだ。どうか、許してほしい」
「……え?俺をこの世界に呼んだのはヴァリヴァダスだったはずだけど……」
「ヴァリヴァダス神が?」
どゆこと?と二人とも頭の上で疑問符を回転させる。そうしていると、ジェイバム伯が俯いたままバンケットルームに戻って来た。
「まぁ……俺は今、この世界に召還されたことを感謝してるんだ。だから謝罪はなしで。むしろ俺の方がこの世界の秩序を……いや、うん」
「そうか。そう言ってくれるか……今回のガルドオズムの宣戦布告については、二、三日中に会談の場を設けることを約束しよう。それでよいな、ジェイバム伯」
「はっ、はい!異論はございません。それでは、食事を今すぐご用意致します」
その時のジェイバム伯は、突然王が現れたことに混乱していた。さらにその心中を占めているのは、自身の保身の事ばかりだ。
これからどう言い繕おう。そもそもドワーフ武具の事ばかり考えてオクトに媚びを売る陛下が悪いのだ。何とかして領土の没収や身分の剥奪だけは回避せねば。
だから、忘れていたのだ。
彼が思いだしたのは、シェダリス三世の前にスープが運ばれてきた時だった。忠実なる配膳係は、主人から受け取った小瓶の中身を、愚直にもジェイバム伯以外のスープに入れていた。
だからシェダリス三世がいま、スプーンで掬ったスープの中には。
「あっ……!!」
シェダリス三世の喉が、スープを胃の中へと運んだ。




