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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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5.ジェイバム伯爵の華麗なる暗殺計画①

 まさか本当にのこのこと来るとは。

 ジェイバム伯爵は、自ら恭しく頭を下げてそれを出迎えたが、その内心は頭を下げた存在に対する憎しみと恐怖で一杯だった。

 たった一人、いや一体で四千もの兵を威圧し退けたその男は、実に気軽にジェイバム伯の一礼に応じて、どうも、と元気の良い声を上げる。ジェイバム伯が憎むべき相手であり、龍瘴の森の新興勢力の主であるヴァリスと、その部下である打綿狸がガルドオズムの城門の前で出迎えられているのには理由があった。

 それは一通の招待状が切っ掛けだった。



「ガルドオズムから招待状が届いている?」

「はい。何でも明後日は、開拓途中だった村にガルドオズムと言う名が付き、正式にラズリット王国領と認定された記念日なのだとか。この度の戦のいざこざは一旦水に流し、近隣勢力の代表である主様とオクト殿にもこの記念日を祝って欲しい、と言う見え見えの罠へのお誘いがきています」

 ホセナド川近辺で野営を始めてから、三日が経っていた。その間、ガルドオズムに何度か降伏を呼びかける使者と書状を送ったものの返答は一切返ってきていない。いい加減苛立ってきていたユキヒメの額に浮かんだ青筋がより大きくなったのは、その返答を差し置いて招待状を送った来たことに対する怒りなのだろう。

「よくもこのような恥知らずな内容の書状を送ってこれたものです。主様、そろそろホセナド川を越えてガルドオズムに鉄槌を下しませんか?忍狸による誘導工作だけでは、まだ時間が掛かります」

 現在ヴァリス・サロイザース軍の兵力は六百五十程度となっている。ヴァリスがサブルバーナ平野でガルドオズム軍を退却させてから百近く減っているのは、新興勢力の主の恐るべき姿を目の当たりにして離脱する者が出たからだ。そしてその戦力だけでは、ガルドオズムの占領はともかく、維持、統治することが難しい。だからシェグルダール王国と八都市連盟の国境付近でとりあえず野営を行っているのだが、それはユキヒメにとってストレスのかかることのようだ。

「う~ん……川を越えると、シェグルダール王国領なんだよなぁ。ガルドオズムから攻めてきたとは言え、王国領に進攻するのは全面戦争の可能性があると、オクトやリーダスが言っているし。どうするかは、シェグルダール王国に送った書状の返答を待って決めることにしよう」

「……承知いたしました。ではこの書状は念入りに破棄するとしましょう」

「あ、ちょっと待って。その招待、受けようと思うんだ」

 予想外のヴァリスの言動に、汚いものを触るかのように親指と人差し指で書状の端を摘まみ上げたユキヒメは、数度瞼を瞬かせてからその書状を落としてしまった。

「あ、主様?……私の聴覚がおかしくなってしまっていたようです。申し訳ありません。もう一度、先ほどのお言葉をお聞きかせ頂いてもよろしいでしょうか?」

「えっと、招待を受けようと思うんだ」

「主様、お、お待ちを。これは明らかな罠です。何故敵がこのようなあまりにも稚拙な罠を仕掛けてきたのか全く理解できませんし、主様に万が一などあろうはずもありませんが、わざわざ敵の計画に乗らなくともよろしいのではないでしょうか……?」

 慌てふためく雪女に、ヴァリスはそうかもしれないが、と同意の意を表しつつ続けた。

「招待されたってことは、シェグルダール王国の一伯爵に正式に招かれたってことだろ?これなら俺が王国領に入っても、進攻の意図があるとは見做されないと思うんだ。ガルドオズムの様子も見てみたいし、丁度いいかなって」

 かつてヴァリスは、ガルドオズムの城壁だけをその目で見たことがある。あの時は様々な問題があったため彼自身はガルドオズムを訪れなかったが、だからこそ興味を惹かれるものがあった。

「成程、流石は主様です!街に入ってから『百鬼夜行』を使用されるのですね!一瞬で制圧して口封じをすれば、外部にも漏れないと」

 何故か争うことへと持っていきたがる雪女に、ヴァリスは苦笑いして否定の言葉を告げる。

「いやいや。その考えは……今のところないかな。まぁ、敵の本拠地に偵察に行くんだと思ってくれればいい」

「主様自らあのような下劣な街に足を運ばれる必要などございません。我々にお命じ下さい」

「ユキヒメには悪いけど、これは俺がそうすると決めたことだ。念のため護衛に打綿狸を連れて行くし、ガルドオズムに忍ばせている忍狸たちに、今からジェイバム伯爵の動きを見張るよう連絡するから大丈夫だ。そうだ、オクトにも行くのか聞かないとな」

「な、なら私を同行させて下さい」

「ユキヒメには俺がいない間のまとめ役を頼む。くれぐれも、サロイザースの人間と争うことのないように気をつけてくれ。これはユキヒメにしか頼めないことだからな」

 ユキヒメは俯いた。あまり納得はいっていなさそうだが、主の意思がどうあっても変わらないことを理解したようだ。

 こうしてヴァリスは二日後、ガルドオズムの城門の前でジェイバム伯に出迎えられたのだった。




「こちらが大街道です。その歴史は古く、ラズリット王国時代まで遡ります。当時は八都市連盟がまだラズリット王国領だったので―」

 ジェイバム伯の説明を軽く聞き流しながら、ヴァリスは街の中をぐるりと見回した。サロイザースとの戦争によって、八都市連盟方向への交易路は封鎖されているが、それでも中々の賑わいだ。戦時中にはとても見えない。

 だが耳を澄ますと、不安を吐露する民衆も居る。たった一体の存在を前に四千の兵が退却したことは、噂となっているようだ。ただそれは、情報が規制されているのか、それともそんな与太話はあり得ないと思われているのか、街全体の雰囲気を暗くするほどには広がっていない。

 一方、ぺらぺらと口をよく回すジェイバム伯は着々と計画が進んでいることに安堵していたが、同時に近づくその時を恐れ、心臓の鼓動が激しくなるばかり。

 なぜあの化け物を街の中に入れようとするのか。そう部下から問われた時、ジェイバム伯はこう返した。

 奴を前に城壁や城門が意味を成すと思うのか、と。どちらにせよこのままでは早晩我々は滅ぼされるだろう。なら、ほんの僅かな希望に賭けるしかない、と。

 この言葉に対して反論する声もあったが、ジェイバム伯は自身の計画を白紙にしようとはしなかった。戦場で受けた恐怖が、こう囁き続けるのだ。

 あれはこの世界に居て良い存在じゃない。今すぐにでも排除しなければならない。

「さぁ、こちらです。こちらが旧街道になります。現在では使われていませんが、その歴史はもラズリット王国より古いかもしれないと―」

 事前に部下をやって人が立ち入らないようにした細い一本道。そこを進むジェイバム伯とヴァリス、打綿狸。その背後を屋根の上から狙う暗殺者が居た。

 ヴァリスに対してすっかり恐れ戦いているジェイバム伯の部下や傭兵団と違い、その暗殺者は戦場には居なかった。だから、何を大げさに怯えているのかとターゲットの男を見て首を捻る。確かにかなり強そうな気配ではある。だが、四千の兵を退却に追いやるなど流石に大袈裟だ。

 弦を引く腕に力を入れ、矢じりに魔力を纏わせる。引き絞られたそこから放たれるのは、猛毒が塗られた特製の矢だ。幾人もの命を奪ってきた矢。暗殺者はそれを、ターゲットの頭目掛けて解き放った。

 矢じりが鋭く空を切る。その一射は暗殺者の想定した通りの軌道を描いた。このままなら確実に頭に命中するだろう。

 だが暗殺者に油断はない。すでに弓には、二射目がつがえられている。とは言えターゲットは魔法を唱えている様子も、躱そうとする動きもない。これならどれだけ石頭であろうと、間違いなく頭蓋を貫通するはずだ。

 そう確信し、暗殺者は頭蓋が弾ける瞬間を待った。

「あいてっ。何だ?」

「……?…………!?!?!?」

 暗殺者が用意していた二射目が、彼の手から零れ落ちる。彼の自信に満ちた一射目がターゲットの男の頭を貫くことはなく、むしろ跳ね返って宙に弧を描いた。あまりに予想外な結果に、暗殺者の思考は一時空白となる。

 対して何か後頭部に当たったのだろうか、と振り返ろうとするヴァリスに、全てを計画しているジェイバム伯は慌てて話しかけた。

「ヴァ、ヴァリス殿!どうなされましたかな!?何か問題でもありましたかな?」

「ん?いや、頭に何か当たった気がしたんだが……気のせいかな?」

「勿論気のせいでしょうとも!!」

 慌てながら取り繕おうとする暗殺の計画者のすぐ背後に、暗殺者が着地した。跳ね返って宙を舞った矢を回収しようとした暗殺者だが、動揺していたせいか上手くいかなかったようだ。それでも何とか手で矢を遠くに弾き飛ばせはしたようで、一射目に用いた矢は、大通りの商店の屋根の上にカランと音を立てて落下した。

 身を晒してしまった暗殺者にジェイバム伯、ヴァリス、打綿狸の視線が一斉に突き刺さる。

「――あ、怪しい奴が現れたぞ!皆、何をしている!今すぐ捕まえろ!」

 ジェイバム伯の声に、護衛の者たちがすぐさま動き出す。

 暗殺者は素早く身を翻した。地を蹴り、建物の出っ張りを器用に掴むと、あっと言う間に屋根へと上ってそのまま屋根伝いに遠くへと消えて行く。

「ヴァリス殿。警備に不備があり、大変申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫。かすり傷一つないよ」

 矢で頭を射られた可能性が高いのに、傷一つないのか。ジェイバム伯は心の中でがっくりと項垂れた。

 だがまだだ、まだ手立てはある。幸い、疑われてはいなさそうだ。

 ジェイバム伯は、それは幸いでした、と言ってにっこりと笑い、再び案内を始めた。

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