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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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3.サブルバーナ平野の戦い①

 傭兵団"白き木の瘤"の団長であるエイグレイン・キャラスは、遠くに見える敵を確認して、しばし絶句した。

 彼は、輝二星級冒険者パーティーの戦士を務めていた男だ。避けられぬ老いに限界を感じて冒険者を引退したが、こなしてきた魔物討伐の依頼は優に千を越えている。

 だからこそわかるのだ。あれはあり得ない。あの規模であんなに整然と並ぶ魔物の姿など、見たことがない。しかも一種族ならともかく、コボルト、ゴブリン、オークが互いに争うことなくこちらの動向を待っているのだから、その異様さは殊更だ。

 たかが、コボルトやゴブリンだ。と鼻を鳴らして笑うガルドオズムの兵士がいる。エイグレインはその言葉を放った兵士を獲物のモーニングスターで殴りつけてやりたくなった。もし自分の傭兵団の中にそのような言葉を口にする者が居れば、実際に軽く殴っていただろう。

 人は、敵より優位に立つために武器を握るようになった。被害を減らすために防具を身に着け、有利に立ち回れるよう情報や戦術について考えるようになった。

 たかがコボルトやゴブリン?ではもしそのたかが魔物が、人間と同じ質の武器を持ち、防具を身に着け、情報や戦術について考える様になったら?

 空恐ろしい。エイグレインは深く嘆息し、改めて敵の陣容を見つめる。

 或いは、だからこそ良かったのかもしれない。ここでこの魔物たちを率いている存在を確実に殺さなければ、人の世は終わりを迎える可能性もある。この兵力差で対峙できたことを喜ぶべきなのだ。

 唯一気がかりなのは、昨夜何者かが起こした大騒動によって、一部の兵士の士気が落ちていることだ。あれが龍瘴の森の勢力とサロイザース軍によって起こされたのなら、死者が一人も出ていないことが不自然だが、状況的に候補はそれしかないだろう。

「団長……大丈夫ですか?」

 突然副官にそう話しかけられ、エイグレインは思わずかっとなって大口を開けた。

「我々は四千、それに比べて向こうは我々より遥かに寡兵なんだぞ!そんなに弱気なことを言うんじゃない!」

「い、いえ、その……団長の手が震えていたので……気分が悪いのかと……」

「なに?」

 熟練の傭兵団長は自身の手を見つめた。籠手に守られた両手が微かに震えているのを、彼は気付けないでいたのだ。

「……そうだな。少し気分が優れなかっただけだ。気にすることはない」

 獲物を握る手を、だらりと垂らす。

 エイグレインは自分が全盛期を過ぎていることを自覚している。若い頃にはあった鋭利な、挑戦的な闘志は既に消え、代わりに敵を正確に観察し対応する老練さが身に着いた。

 だからこの震えはきっと―

 言い知れぬ不安がただ、中年の傭兵団長を苛んでいた。



 ヴァリスとオクトの元に、ガルドオズムからの使者が来ていた。降伏勧告の書状を携えた使者だ。彼は持っている書状を渡すだけの役回りだが、この日最も可哀そうなのは彼だったかもしれない。

 突き刺さる視線。コボルト、オーク、ゴブリン、異形の何か、人間。彼らが、殺気に満ちた目で彼を見ている。元々使者と言うものは危険な役割ではあるだろうが、その覚悟を越えた恐怖が使者を竦めさせていた。

 とりわけ、このヴァリスと言う男だ。長身で剛建な体を持つその男は、誰が見ても威圧感を感じる風貌だろう。だが違う。そうではない。使者を襲っているのは、そんな誰でも分かるようなことではない。

 生物としての根幹が違う。人間が呼吸をしただけで魔物を殺せるだろうか?ちょっと躓いただけで大地を揺らせるだろうか?そんなことは無理だ。だがこの男ならそれをやってしまえるかもしれない。

「確かに……渡しましたぞおぉぉぉぉぉ!」

 使者はそう言って返答を聞く前に一目散に逃げだした。とても、四千もの兵力がある側の行動とは思えない。

「何て書いてあるんだ?」

 使者から渡された書状を受け取ったオクトは、覗き込んできたヴァリスにもその内容を見せた。

「前にサロイザースで受け取ったものと変わりありませんね。強いて言えば、今降伏するなら門前に首を晒す日数を減らしてやるぞ、と言う一文が付け加わったぐらいです」

「……ん?そんな書状、こっちは受け取ってないぞ?」

 そんな人間的な話が通じる相手ではないと思われているのだろう、とオクトは思ったが、それが音になることはなかった。

「龍瘴の森は、大量の護衛をつけないと浅い部分の探索さえ満足に出来ないですからね。使者など送れなかったのでしょう」

「あー……安全を確保して大使館的なのを建てないといけないかもなぁ。それで、この書状どうするんだ?」

「勿論こうしますよ」

 オクトは書状をビリビリと引き千切り、白い空に向けて放った。それは雪のように舞ったが、落ちても地に溶けることはなく、サロイザースの兵たちに踏み汚される。

「そろそろ配置につきましょう。しかし、本当によろしいのですか?」

 ヴァリスは首を傾げた。何について言われているのか分からない、と言わんその態度に、オクトは苦笑した。

「いえ。何でもありません。それでは、ご武運を」

「ああ。そっちもな」

 ヴァリスは軽く手を上げて前へ前へと進んでいく。槍を構え整列するサロイザースの兵士の前を。魔物の皮で作ったスケイルアーマーを装備し立ち並ぶ魔物の前を。心配そうに背中に視線を向けて来る妖怪の前を。

 前を、前を。

 そうして男は最前線となる。

 たった一人の、死線となる。




「皆、よく聞けぇ!我々はこの時を待ち続けてきた!今相対するは、不当に龍瘴の森を占拠する輩と、不当にサロイザースの領主となった忌むべき敵だ!彼らは我々に、そしてこの大陸に混乱と破壊を齎さんとしている!先日、我らがガルドオズムを襲った魔物の恐るべき咆哮を聞いたか!?その憎むべき獰猛さを見たか!?傷つけられた民を、兵士を、友を覚えているか!?その苦しみが、恐怖が、当たり前のものとなっても良いのか!?否だ!勿論、否だ!そのような暴虐は決して許されるべきではない!我々は、この大陸の安寧を守る正義の剣であると心得よ!武器を握れ!盾を構えよ!地を鳴らせ!ヴァリヴァダス神とウデゥナス神の加護ぞあらん!全軍、進めぇぇええ!!」

 ジェイバム伯爵の大声の後、両翼に二百十ずつ配置された騎兵がまず前進を始めた。続いて中央の歩兵が後に続き、前進する。

 だが彼らの動きはたった一人の男の、いや、一体の化け物によって止められることになる。

 ガルドオズム軍は、遠くに一人でぽつんと立っている男には気付いていた。しかし、その意図については分からなかった。と、言うよりは分かる必要などないのだ。たった一人で何が出来ると言うのだろう。歩兵に飲み込まれるか、騎兵に踏み潰されるか。その二択しかない。

 その男の体が急に爆ぜた。膨張し、赤黒く変化し、人より遥かに巨大な何かになって行く。魔物でもなければ、獣人でもない。道理を越えた何か。

 ガルドオズム軍はそれが化け物であることを理解させられ、同時にそれ以外の何も分からなくなった。

「聞けええぇぇぇぇぇ!!!」

 とてつもない声量。空気の壁をぶつけられたような衝撃が一帯に走り、地を駆ける騎兵が。厳めしい鎧を纏う歩兵が。歴戦の傭兵が。全てがよろめいた。

 その化け物は―大嶽丸となったヴァリスは天に向けて手を掲げる。生み出したるは巨大な氷の矛。一薙ぎで人の命を鏖殺せしめるそれが、ヴァリスの恐るべき膂力によって振るわれる。

 一閃。地が爆発したように爆ぜ、身も凍る冷風が吹き荒ぶ。ヴァリスは自身の目の前に線を、いや深い地の溝を作り出して勧告する。

「俺は、お前たちの命を無駄に奪うつもりはない。退却してもらっても良いし、降伏の意思があれば命の保証はする。だが」

 再び矛を振り抜く。

「この溝の先を進もうとする者に、容赦はしない」

 巨大な異形の言葉の後に、動くものはいない。肝心のジェイバム伯でさえ、目を見開いて言葉を失っている。

「(何なんだ、これは。何が起こった?あの化け物は何だ?何であんな化け物が、サロイザースについているんだ……!?)」

 誰も動けない。そんな中。

 ただ一人、その化け物に向かって駆け行く者がいた。

 異世界転移者である樫田新羅だ。すでに腰から抜き放った二本の刀を構え、人とは思えぬ速度で地を蹴り、跳ねる。

 ジェイバム伯にとって最後のその希望は、ヴァリスの作り出した深く広い溝の前で飛び上がり、白い空にマントをはためかすと、裂帛の気合と共に巨大な化け物に向けて刀を振り下ろした。

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