2.ヴァリス・サロイザース異種連合軍②
※ほんのりホラーがあります。苦手な方はご注意下さい
「向こうに騎兵が居るのに平野に陣地を構えるのは、どうなんですか?」
「それは妖怪が対処してくれるらしい。なんか、氷の柱と鉄のように固い糸を組み合わせて、柵のようなものを作るんだとか」
「はい?それで騎兵がどうにかなると?」
「いや、分からん。分かる奴なんているか?だが、昼間奴らが魔法とは違う不思議な力を使うのを見ただろう?スキルかと思ったが、そうじゃないらしい。それに賭けるしかないんじゃないか?」
「得体の知れない力にしか頼れないなんて、もう末期ですよ……」
夜の野営では、オクトが連れてきた人間たちがやいのやいのと話し合っていた。彼らは昼間、妖怪や魔物たちのその実力の一端を目にしている。龍瘴の森で生きるためには、それくらいの力が無ければならないのだと見せつけた形だ。ヴァリスから、ガルドオズムの兵力がおよそ四千になると聞かされた時はどうしようもない程の絶望に打ちのめされたが、妖怪や魔物の力があれば何とかなるかもしれない。と、自分に言い聞かせてそれでもやけばちになっている。
「だいたい見ました?あの、氷を出す女性の虫けらを見るような目。まだ心臓がバクバクしてますよ」
「心臓が残っていてよかったな。リーダスさんなんて氷漬けにされてたぞ。それに俺なんて、コボルトの魔法使いに人の言葉で話しかけられたんだぜ?もう動物が喋り出したって驚かねーよ」
「いや、喋ってたぞ。なんか腹の白い動物っぽいのが」
「……マジかよ……」
あまりにも騒がしい天幕内は、それだけ話題が尽きない。とは言え、忍狸と言う妖怪の密偵が持ってきた情報では、明日の午後にはガルドオズム軍と接敵するとのことだ。戦闘に支障が出るほど遅くまで騒ぐわけにはいかない。
しかし、彼らが起きているのは決して話題が尽きないからだけではなかった。不安なのだ。あの化け物たちはこちらをいつ襲ってくるとも知れない。見張りを立てているとはいえ、そんな中で熟睡できる神経を持つ者はそう多くはないだろう。
「サロイザース。サロイザースか。街を占拠していた無法者を、"血潮の盾"が駆逐してくれてからもう何十年が経ったんだろうな?あの時、ガルドオズムは何もしなかったくせに、街が発展してきたらこれだ」
「まぁ、国が違うしな……とは言え、荒廃していたサロイザースには何の興味も見せなかったな。そして領主も、何もしてくれなかった。権力を持ったやつらってのは、実った果実はすぐ採るくせに枯れそうな芽には水一つやらねぇ」
年長の兵士たちがそう言うと、また昔話が始まったかと若い者たちは辟易とし始めた。
そこから少し距離が離れた場所に、明るい天幕がある。オクトはその中で、木製の椅子を軽く揺らしていた。対面にはヴァリスが居る。サロイザースで"百鬼夜行"を行ったその日、彼らはこのように向かい合って様々な事柄を話し合った。
だが今日は、絢爛ながら実務的だった執務室ではない。そこから解放されたオクトがヴァリスに見せたのは、一本の古酒だ。元傭兵の代理領主は、懐かしむようにボトルを撫で、それをヴァリスに差し出した。
「おっ、良いもの持ってるな。飲んでもいいのか?」
お酒が好きな龍瘴の森の主は、ワクワクしながらそうオクトに聞いた。
「勿論です。これは、私の親友が海の果てへと旅立った時から……そう、ニ十五年……彼らが戻って来た時にと、置いていたものなのです」
「……飲ます気なくね?」
ボトルの封を素手で開けようとしたヴァリスが手を止めてそう言うと、オクトは静かに笑みを浮かべ、首を横に振った。
「もう良いのです。彼らの息子にも、いい加減諦めろと何度も言われました。今回の戦の祝杯を、先に挙げることにしましょう。彼らに、見守ってもらうためにも」
「いや、こんなに飲み辛い酒がある?その親友って、リーダスの両親のことだっけ?」
その話を知っていることに、オクトは少々驚いた。耳にしたことはあるだろうなとは思っていたが、それがこの新興勢力の主の記憶の中に残っているとは考えていなかったのだ。
「はい。海の果てを見に行ったきり戻ってこない―こなかった、馬鹿者たちです。マーマンたちに、果てなどない、ただ海があるだけだ、と諭されていたにも関わらず……本当に、馬鹿なやつらだ」
ふぅ、と軽く息を吐く。
「申し訳ありません。こんなつまらない話をしてしまって。サロイザースの危機を前にして、センチメンタルになっているのかもしれませんね。ささ、開けましょう。もう未練はありません」
ヴァリスはそう勧められてボトルを取った。それをじっと眺め、それから簡易的なテーブルの上に戻した。
「まだ二十五年だろ?俺なんて、千年近く待ったんだ。いや、待ったって言って良いのか非常に、色々と微妙なんだが……とにかく、飲むなら勝った後にしようぜ。その時にまだ、開けても良いと思ってるなら」
オクトは目を丸くして、それからテーブルの上に置かれたボトルをそのままにした。
口を開ける。それは、代理領主としての顔を捨てた、オクトとしての言葉のようだった。
「……ヴァリスさん、あなたは不思議な存在だ。人間のような情を見せることがあるのに、その力は間違いなく人間のものではない。不釣り合いで、アンバランスで、正直私にはあなたが何であるのかよく分からない。ただ……感謝します。ワインオープナーには、勝利を使うこととしましょう」
「ああ。その時はありがたく頂戴するよ」
そう言ってヴァリスは立ち上がった。ここはオクトの天幕だ。そして、ヴァリスにはそのようなものは必要ない。
でも、ちょっと飲みたかったな。そう思いながら明かりのない暗闇へと向かっていく。
そして暗闇の中には活動を続ける者たちが居る。
「ヴァリス様、取り合えず仕掛けは終わりました。単純なものですが、それなりに効果的かと」
「おお、お疲れ様。でもガルドオズムがここで戦うことを嫌ったら、無駄になるのが口惜しいなぁ」
「向こうが騎兵を用意している以上、平原を嫌うことはないと思いたいですが……」
絡新婦の言葉に、そうだな、とヴァリスは同意した。そこに、ユキヒメが寄っていく。彼女は今しがた忍狸から受け取った報告を読み上げる。
「ガルドオズムで行っている誘導工作は効果薄とのこと。やはり敵の大軍を壊滅させて士気挫かねばなりません」
「ありがとう。もう一つの作戦はどうかな?」
「現在幾つか実行中です」
ある天幕。兵士は急に立ち込めた煙に気付き、目を覚ました。それにしても、煙が深い。前も、後ろも、右も、左も。とにかく十センチ先くらいしか見えない。
兵士は何が起こったのかと立ち上がり、近くにいたはずの仲間を起こそうとする。あまりにも周りが見えないから彼は、後で怒られるかもと思いつつ、大声を上げようとした。
だが、声が出ない。物理的に抑えつけられているわけではない。ただ彼は、見てはいけないものを見てしまったのだ。
顔だ。いや、煙か。とにかく得体の知れない不気味な笑顔が、笑い声を上げながら宙を漂っている。そのくせして、その煙には目も、口もない。ただその場所に空いた穴があり、そこから夜の深々とした黒が覗けた。
煙は周る。彼の周りを、何度も、何度も。
"はははっはははっはははははは!!!"
「なっ……何だ!?これは敵襲なのか!?」
兵士は呆然とし、しかし直ぐに自らの槍を手に取った。狭い天幕で使うにはあまり適していないかもしれないが仕方ない。彼は槍を構え、その笑う煙の顔に、えい!えい!と二度穂先を突き刺した。
煙が晴れていく。討ち取ったのか?依然警戒を保ったまま、彼はしばし様子を見ることにした。視界は少しずつ明瞭になり、そこで彼はすぐ傍に人が立っていることに気がついた。
どくん、と一度心臓が跳ねる。
その衣服には見覚えがあった。同じガルドオズムの兵士で、寝る前に軽く話した男だ。だがその男は立ったまま一歩も動かない。微かに震えている。槍を持った兵士は心配になって、片手で槍を握りしめたまま空いた手を男の肩に置いた。
その、震える肩に。
男は突然振り向いた。
「はははっはははっはははははは!!!」
大きな笑い声。そしてその恐怖に満ちた顔は、先ほど宙を漂っていた煙と同じものだった。
そして、目と口が黒ずんでいる。あの煙の顔のように。
何だ、どうなってるんだ!?
慌てて後ろに下がる。
その背中に、とすんと何か当たる感触がした。
振り向く。
「はははっはははっはははははは!!!」
「はははっはははっはははははは!!!」
「はははっはははっはははははは!!!」
同じように、苦しそうに彼らは笑う。涙を流し、髪を掻きむしり。
「ひいっ!あ、あれ、なんで俺も。顔が、痒い……はは……はははっはははっはははははは!!!はははっはははっはははははは!!!」
「ただ敵野営地への侵入は、そう何度も通用しないでしょう。魔法で厳重に警戒されると、気配の薄いものでも流石に見つかってしまいます」
「ああ。ほどほどに、くれぐれも自分の身を第一に」
ヴァリスはそう強く念を押した。
明くる日の午後過ぎ。サブルバーナ平野で両軍は対峙した。ガルドオズム軍およそ四千。それに対し、ヴァリス・サロイザース異種連合軍およそ七百五十。
数字上ではヴァリス・サロイザース異種連合軍の方が圧倒的不利な状況ではあったが、まず驚愕したのはガルドオズム軍の方だった。




