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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
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0-3.開戦前―サロイザースサイド―

 サロイザースの代理領主オクト・ラズームは、今しがたシェザーシャとの商談を終えたところだった。その内容は、メイラハク商会を追い越そうとしていたシェザーシャ・メイラハクにとってはあまり良い内容とは言えないかもしれない。

 結局彼女は、開店予定の店をサロイザースに接収してもらうことに決めた。もっともそれには条件が付けられている。利益の七割をヴァリス側に、残りの三割をサロイザース側に分配すること。

 こうなると接収と言うよりは、隠れ蓑としての機能を果たして貰う代わりにその対価を払っているような形と言ったほうが良いかもしれない。また、店の店長、店員にはサロイザース側の人間が就くが、商品はヴァリスたちが決めて納品し、経営方針を決めることになっている。悪い条件ではないかもしれないが、メイラハク商会を今すぐに越えようとしていた彼女では取らなかった手段だろう。

 オクトには、つい先日海に飛び込んで凍えていた眼前の少女が、その時と少し違って見えた。彼女は教育を受けられる立場であったこともあって、同年齢の子供と比べると知的と言えた。しかし、その時の彼女の言葉には年齢相応の重みしか感じられなかったのだ。だが今の彼女の言動からは少し、何か裏を含んでいるような怪しさが垣間見える。勿論それは、彼女の父親と比べるのも烏滸がましいものだが、変化は変化だろう。

「オクト様、ありがとうございました。ヴァリス様が信用していらっしゃるあなた様に同意して頂けましたので、私もようやく胸を撫で下ろすことが出来ました」

「いえいえ。サロイザースにとっては特に不利益の無い取引でしたからね。まぁ、メイラハク商会やヴァリス殿を警戒する勢力からはまたやっかまれるかもしれませんが、それは今更ですので」

 互いに微笑み合う。剣呑な様子はない。どちらにとってもそれなりに納得できる取引だったのだろう。

 オクトは魔証印を取り出してそれを書類に押した後、手と手を合わせて小さく吐息を吐いた。

「ところで、シェザーシャさん。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい。私が答えられることなら」

 頷いたシェザーシャに、オクトは問いかけた。

「もし、ガルドオズムが我々サロイザースのみに宣戦布告をしたとして、あなた方が我々に援軍を送って下さる可能性はあるのでしょうか?」

「……」

 シェザーシャは美しい意匠のテーブルの上に置かれたティーカップの縁をなぞって微笑む。

 答えられない。そう言っているかのようだ。

「これはあくまで個人的なお話です。シェザーシャさんの言葉を言質として扱うことはありません。あなたは龍瘴の森の彼らを最も知っていらっしゃる人間です。リーダスもヴァリス殿とそれなりの付き合いがありますが、彼はあくまでサロイザース側の人間。その立場を通してしか彼らを見られないのです」

「……私は、ヴァリス様方と出会ってから長い年月を重ねた訳ではありません。正直なところ、分からないと言うのが率直な意見です。彼らは時に友好的に、そして時に……いえ、軍事同盟を結んでいない以上、難しいかもしれませんね」

「……そうですか」

 もし、真正面からサロイザースとガルドオズムがぶつかれば、勝利するのは十中八九ガルドオズムだ。サロイザースには常備軍がない。対してガルドオズムは騎兵に歩兵、そして魔術兵も抱えている。季節が味方してくれると言っても、勝敗に影響するほどではない戦力差だ。

 ドワーフから輸入した防具をシェグルダール王国に供給することで、サロイザースは王国との友好関係を維持してきた。エルフの魔法に対抗できるほどの魔法抵抗力を持っている防具は基本的に、ドワーフが製造したものぐらいなのだ。エルフと領土が接しているシェグルダール王国にとってドワーフの防具は、喉から手が出るほど欲しい物。そしてドワーフたちと交易できるのは、サロイザース代理領主のオクトとヴァリスたちだけなのだ。

 そのバランスが崩れたのか、それともジェイバム伯爵の手綱を王国がとれなくなったのか。シェグルダール王国に送った外交文章の返事はまだ、返ってきていない。

「八都市連盟の諸都市からの援軍を頼みにするわけにはいかないのですか?」

 今度はシェザーシャが、そうオクトに問う。元メイラハク家の人間がその答えを分かっていないとは思えない。だが彼女は自身が答えた代わりに、とばかりに聞いてきた。

「難しいですね。現在サロイザースは、龍瘴の森の集団と勝手に協定を結んだ裏切者、とまではいかないでしょうが厄介者扱いをされています。この状況で我々に援軍を送る都市はないでしょう。それに、八都市連盟―当時は五都市連盟でしたが―はラズリット王国が崩壊した際に独立した村や街の寄り合いのようなもの。軍事面で全ての都市が協力したのはシェグルダール王国とホセナド川を挟んで睨み合った時くらいで、それはもう百年以上も前のことです」

 口が乾く。オクトは一気にティーカップの中身を飲み干した。冷静な老年の為政者があまり人前で見せない動きだ。

 焦っている。シェザーシャは、オクトがサロイザースにどれほど心を砕いているか知っている。

 状況は非常に悪いのだ。

「ジェイバム伯爵の上、サジバール公爵にも働きかけていますが、彼も書面上では伯爵の行動に困惑しているようです。全く、どうしたものでしょうかねぇ」

 苦笑して出来た皺の深さは、彼の苦悩を物語っている。とはいえ、シェザーシャが出来ることはほとんど無い。せめて、彼の苦悩に沈黙をもって応じるくらいだ。

「まぁ、残された手はヴァリス殿に援軍をお願いするくらいですね。同時に宣戦されれば我々にとっては非常に僥倖でしょうが、流石に龍を倒した相手と我々に、同時に宣戦布告する可能性は限りなく低いでしょう。そもそもガルドオズムの目的は、サロイザースのみでしょうから」

「……随分と……その、正直に話されますね」

「なに、シェザーシャさんとの最後の会話になるかもしれないですからね。少しは本音も漏れると言うもの。今日結んだ商談が、数か月先でも有効であることを願うばかりです。ああ、他意はありません。今のは良くない言い方でしたね。失礼しました」

 本当に他の意味は含んでいないと表明するような真摯な謝罪が動作でも行われ、シェザーシャは慌てて両手を突き出した手を左右に振った。

 その瞬間、バタン、と大きな音が階下から響き渡った。

「ちょっと、衛兵ども、通してくれ……!オクトー!今すぐ話を聞いてほしい!」

 女性の声だ。慌てていることが分かる、切羽詰まった声。オクトはその声に聞き覚えがある。もう何年来の付き合いか。サロイザース冒険者ギルド支部長ミレル・マルダンのものだ。

 オクトはシェザーシャに断って、執務室から出て行く。そうして老年の代理領主は疲れた面持ちを見せながら、ミレルを階段から見下ろした。

「執務室にお客人がいらっしゃるのです。もう少し、待っていてはもらえませんか?」

「そんなことを言っている場合か!その客人の方に少し待ってて貰え!」

 ミレルは、立場と場所が分からない人間ではない。その人間からそのような言葉が出たと言うことは、よほど重要な用件なのだろう。オクトは仕方なくミレルを止める衛兵に通すよう促し、冒険者ギルド支部長は音を立てながら階段を上がって行く。

「今しがた、ガルドオズムの支部長から通信魔法が届いた」

「……あなた、それを私に漏らして大丈夫なのですか?」

「大丈夫なわけあるか!それでも、伝えないわけにはいかないだろう。サロイザースは、私の故郷なんだ。職責に背いた罰は、どのような事でも受けるさ」

「……それで、通信魔法で送られてきた内容はどのようなものだったのですか?」

 ミレルは落ち着くために大きく息を吸い込んだ。それでも内容を告げる声は大きかった。

「つい数時間前、龍瘴の森に生息している魔物十数体がガルドオズムを襲撃し、死傷者数十名がでた。ガルドオズムは、ホセナド川を渡河したことのない龍瘴の森の魔物の襲撃が発生したことに対し、それが不当に龍瘴の森を占領している非人道的勢力の意図的な攻撃であることを宣言。その勢力と繋がって大陸に混乱と破滅をもたらそうとしているサロイザースと、龍瘴の森の勢力に対し、ガルドオズムは宣戦を布告する――オクト、間もなく戦争が始まるんだ!」

「…………戦争?」

 オクトは疑問符を上げた。そんなオクトに、何を疑問に思っているんだ、とミレルが怒鳴りつけようとして、開いた口を閉じた。

 オクトはかつて"血潮の盾"と呼ばれる傭兵団の一員だった。残念ながら武芸の腕はあまり高いものではなかったが、死線を潜り抜けてきたことは間違いない。

 その彼は笑んでいた。もう浮かべることはないだろうと思っていた、獰猛な笑みだ。しかしオクトは戦争と聞いて死線を思い出し、笑ったのではない。

「戦争、などではありませんよ」

 ガルドオズムは知らない。彼らは、ヴァリスたちと接触したことはないだろう。勿論、密偵は送っているのだろうが、その程度では彼らの真の姿は分からない。

 当然、自分にも分かってはいない。オクトはそれを認めつつ、しかし彼らと最も交流してきたのはサロイザースだと自負する。

「今すぐヴァリス殿に書簡を送らなくては。ミレル、情報の提供に感謝します」

 代理領主としての姿に戻ったオクトは、早足で執務室へと戻って行った。

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