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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
サブルバーナ平野の戦い&神器『生くるダンジョン』編
35/65

0-1.供食無名夜宴①―銷或―

「さぁさぁ皆様。今宵はこの銷或(こうわく)の主催した舞踏会によくぞいらっしゃいました。お手元に、私が用意致しました仮面はございますか?……ならば重畳です。さあ、足が擦り切れるまで踊りましょう!ちなみに、素顔より仮面の方がマシ、とよく言われるのが私めにございます。この憐れなる道化の手を取っていただける方は、いつでも歓迎致します!……う~ん、最近は一人の立候補もいらっしゃいませんねぇ」

 銷或と名乗った男は、仮面をくいと少し上げながら赤い床をコツコツ音をたてて歩く。仮面に隠された素顔は見えないが口元は常にニヤついており、手足を弾ませて進む姿は軽薄にも、滑稽にも見えた。

 ホールでは踊り続けている。皆、美しい衣服を着て、美しい仮面をつけている。美しい音楽に合わせながら、美しくステップを刻んでいる。そうでないものなどない、完璧な舞踏会だ。

「はぁ~、社交界ってやつは本当によく分かりません。美しい場に、美しく着飾って行くのはマナーなんでしょう?とくれば、交わされれる言葉も自然と美しくなります。だったら、美しく感じなければならないことも当然でしょう?真の美しさってやつは、糊口をしのぐような生活をしていても、魔物の尻を追っかけていても、自然と溢れるものです。ならこの舞踏会は、こんなもんで十分でしょう。ねぇ、傚媛(こうえん)さん?」

「……五回」

 銷或が話しかけた相手は、美しい白のテーブルクロスが掛けられたテーブルの上に腰を降ろしている。仮面を被っているため容姿は分からないが、高くも低くもない身長を白のドレスで包んだ女は、大きくも小さくもない五本の指を銷或に見せた。

 抑揚のない声。だが付き合いから、彼女が不機嫌であることは銷或には分かっていた。

「いや、御気分を悪くされましたか?それは申し訳ない。ですが、五回とは?」

「美しい及び美しくが使われた回数。平均的じゃない。あと、さっきの言葉はまったく要領を得ていない」

「ああ……それは……今日はそちらでしたか。どうか、お許しください」

 掌を腹の下で見せ、腰を曲げる。謝意が十分に伝わる礼だが、歯茎までバッチリ見えるほどの笑い方からは、不快を感じる人間の方が多いかもしれない。

「それで、聖杖レバリスでの調略は最近どんな感じでしょうか?」

 赤い液体の入った透明なグラスのボウル部分を掴み、傚媛の顔の前で液体を揺らす。少し生臭い匂いが振動によって広がったが、白のドレスに身を包んだ女性は顔色一つ変えない。

「既に枢機卿二名は手の内にある。平均的なペース。問題ない」

 おお、と銷或が業とらしく口を丸くして驚いて見せた。それから、手と手を合わせてぱちぱちと拍手をする。

「とすると、神器への接触は間もなくですか?あと一人籠絡できれば、過半数を越えますもんね。問題は……聖女でしょうが」

「問題ない。不必要なら除外する」

「ああ、もう同意は得られているのですね。なら安心です。それに比べて私ときたら、全く仕事が進まなくてお恥ずかしい」

 てへへ、と舌を差しながら後頭部を掻いて見せた銷或は、それから息を吐く。しかしそれは、溜息と言うにしては非常に軽かった。

「"手"はなんとかなるんですが"頭"がね。あれはバケモンですよ。獣王ばかりが名高いですが、それは彼が前線に出て行くからです。"頭"に比べたら獣王なんて鼻紙一枚の価値もない、と言うのは言い過ぎました」

「聞いていない」

「ハハハ、そんなご無体な!」

 右手と左手の小指を一つずつ立てて、傚媛に向ける。だがこれは彼女の気に障ったようだ。慌てて銷或は両手を背中に隠した。

「指を指すなら、人差し指にすべき。それが一般的」

「あ、失礼しました~。しかしそれなら、テーブルの上に座るのは一般的ではないのでは?」

 テーブルの上に座っている女性に反応はない。降りる様子もない。まずったかな、と指摘した男は冷や汗を掻いて見せつけた。するとやや間があって、傚媛の口が開く。

「関係ない。ここは道化の舞踏会。全て玩具なのだから、良し悪しはない」

「うぐっ!それを言われると傷ついちゃうなぁ」

 銷或はそう言って指をパチン、と音を鳴らした。途端に、ホールで踊っていた者達が崩れ落ちる。全員、マネキンの様な容姿だ。倒れたそれらはがくがくと痙攣し、やがて完全に停止すると溶けていく。それは内装も外装も同じであり、まるでそれが描かれた絵であったかのように溶け落ち、混ざり、気味の悪い色となって小さく丸まった後、銷或の口の中へと飲み込まれていく。

 彼は全て飲み込むと、どこからか取り出したハンカチで口元を拭った。

「はぁー……せっかく美しいままであろうとしたのに。真実を告げると、魔法は解けるんですよ?」

「口の中から出てきた物なんて、美しくない」

「ひどい!これでも毎回、鮮度があるので準備するのに苦労してるんですよ?」

 魔法が解けたらしいそこは、荒れ果てた洋館だった。そして銷或は気付いた。魔法が解けても傚媛は、座るのに適しているとは言えない壊れかけの机の上に腰を掛けていると。

「ちょっと、机の上に座るのも一般的じゃないでしょ!?」

「知らない」

 ぷいと顔を逸らす。これ以上何の文句も受け付けないと意思表示するように。

 全く、このお姫様は。銷或は保護者の様な気持ちになってみたが、向こうの方が先輩であることを思い出して何とも言えなくなった。

 静まり返る。前回舞踏会を開いた際は、この沈黙に茶々を入れる存在が居たのだ。だが今、その姿はない。

「影錆はよくやりましたよ。結果として、神器一つを無力化出来たようですから」

「……睹闔(とこう)から連絡があったの」

「ええ。七外神の神器の一つ、"不死の神珠"の観測ができなくなったそうですよ?」

「七外神は残り四つ。次の予測は、もうでているの」

「出ています。輪廻神イグルマルグイの"生くるダンジョン"です。あの掃除機は勇者がいずれ壊してくれるだろうと楽観視してましたが、駄目ですね。仕事が遅いです、勇者。何百年かけているのやら……残業代、天文学的な額になってそうですよ」

 銷或は、やれやれと言いたげに肩を竦める。

 たった二人の夜会はもうじき終わりを向かえるようだ。机からすとんと小さな穴の開いた床へと降りた傚媛は、くるりとその身を翻した。

 舞踏会の魔法が解けたその身は、祭服姿となっている。彼女が白のドレスではなく、実際は祭服で自分の舞踏会に参加していたと思うと、少しだけ笑いが込み上げそうになって銷或は咳ばらいをした。

「んんっ……次は颓膂(たいりょ)にも来てもらいますよ。今は多分、蛇の腹の中に閉じこもっているのだと思いますが」

「あの異常性癖は理解不能」

「あいつは一番新しいですからね。自分の形がそれで正しいのだと確認出来ないと不安なんでしょう。傚媛さんも、身に覚えがあるんじゃありませんか?」

「……覚えていない」

 傚媛は割れ朽ちた窓から外を見る。ほとんど雲に隠れた月がほんの少し月光を零すと、これまで舞踏会の仮面と暗闇によって隠されていた素顔が一瞬露わになった。

 それは精巧な容姿だった。美麗、可憐などではない。目、鼻、口などの顔のパーツのことごとくが緻密で、芸術作品から一つ一つを張り付けたかのようだ。だからこそ、現実から浮き過ぎていて違和感を覚える。

「互いに忙しい身ですし、今夜はお開きと致しましょう。たった二人の夜会なんて、あまりにも寂しいですからね」

「そう。それじゃあ」

 まず傚媛がすんなりとよれた扉から出て行く。次に銷或がその扉に近づくと、彼は少しだけ自分と傚媛が集まっていた部屋の中を振り返った。扉が閉められ―だが衝撃に耐えきれなくなったそれがすぐに倒れたその先の暗闇にはもう、誰もいなかった。

実験的に一話三千から五千文字程度にしてみています。

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