10.さぁ、商業活動を始めましょう②
「ううむ、あの口先ばかりの若造によってこの地に飛ばされた際は血祭りに上げてやろうかと思うほど恨んだが……悪くない。素材の宝庫だ。食事が肉と果実ばかりなのは少し堪えるが」
「惜しむらくは、鍛冶場がないことじゃな……これって儂らの真価がほとんど発揮できてなくね?」
「皮革製品に関しては、あの魔法の使えぬ耳ながたちの方が得意だしなぁ。故郷では、鍛冶場や鍛冶道具があの若造によって手配されていたから準備で苦労することはほとんど無かったが……いやいや、あの口ばかりの若造を褒めているわけではないぞ!」
龍瘴の森、ヴァリス率いる新興勢力の拠点の端に、ドワーフたちが集まってわいわい話し合っていた。彼らグジ族のドワーフたちは、技術提供の名目で派遣されているのだが少々手持無沙汰のようだ。何せ炉が無い。ぽつんと寂し気に置かれた金床を叩く音を彼らは懐かしみ、肩を落とす。
「あああぁぁあ!こんなに鍛冶に試したい素材が目の前にあると言うのにぃぃぃ!いつになったら炉が、鍛冶場が出来るんじゃあぁぁ!」
発狂しながら、ハンマーを金床に叩きつけているような動作をする者さえいる始末だ。拠点の補強や、回転式の砥石を使って魔物が貯めていた人間の武具の錆び落としなどをしていたりもするのだが、どうにもそれでは鍛冶欲を誤魔化せないらしい。
「もういっその事、儂らで作ってしまうか?あのばけも……ヴァリス殿に頼めば、そのための素材や道具を用意してくれるかもしれんぞ?」
「ううむ。しかし……怖いのぅ」
「うむ、怖い。彼が会談の場で"だから、他には何にも知らないんだっての!!"と叫んだその時の姿を見たことがある奴はおるか?儂は、ちょっと漏らしたぞ」
「あ、儂もじゃ。でもちょっとだけじゃぞ」
そんな馬鹿話をしているドワーフたちの元に、一人の少女が近寄って行く。つい数日前龍瘴の森に戻って来たその少女シェザーシャは、愛想よく微笑みながら彼らに声を掛けた。
「やはり鍛冶が出来ないとお辛いですよね。もしよろしければ、私がヴァリス様に掛け合いましょうか?」
「何じゃお主は?ああ、確かこの前何かごちゃごちゃさえずっていた人間の娘っ子ではないか。少しヴァリス殿の覚えが良いからと言って、生意気な口を聞いてくるんじゃない」
「それは大変失礼しました。ドワーフの名匠の方々の腕を遊ばせておくなんてこの世界に対する冒涜だと思い、思わず声を掛けてしまったのです。生意気な口を利いて申し訳ありませんでした。どうか、お許しください」
「……むぅ」
あまり深く思考しないドワーフたちでも、少女の大仰な賛辞が自分たちの機嫌を取るためのものであると感じられた。問題は、そう分かっていても心から喜んでしまうほど、彼らが自信を無くしていたことだ。
そしてその自信を一刻も早く取り戻すためには、炉が、鍛冶場が必要である。もう三週間近くも触っていないそれが。
我慢の限界。正に、そうだ。だからドワーフたちは、誰からともなく去ろうとする少女の小さな背に声を掛けた。
「それほどまでに言うのなら……我らに貢献させてやらなくもない」
振り返ったシェザーシャは、ぱっと顔を綻ばせる。それから、喜色を滲ませて言った。
「本当ですか!?実は私『黒銀の十欠鎧』や『不壊の頂き』などのドワーフ武具を目にした時から、あなた方の仕事を見てみたくて仕方がなかったのです!すぐに、ヴァリス様にお伺いを立ててきますね」
「う、うむ……」
凄まじい勢いで走り去っていった少女を、ドワーフたちはポカンとして見送った。先ほどの大仰な賛辞はまさか本心だったのだろうかと考えさせられるほどの勢いだ。
「……『黒銀の十欠鎧』や『不壊の頂き』とは何のことだ?人間に提供した武具が、そのような奇天烈な名で呼ばれているのか?」
「分からん。まぁ……そうなんじゃないか?何にせよ、あの娘が交渉に成功してくれることを祈るばかりじゃな」
ドワーフたちは再度話し始め、少女が戻ってくるのを待ち始めるのだった。
ドワーフたちがシェザーシャに鍛冶場の事を頼み終えたその頃、魔法の使えないエルフたちは特製のなめし液を作り、その中に魔物から剥いだ皮を漬けていた。曰く、エルフが住む森の材料があればもっと強力なものを作れたとのことだが、無いものは仕方ない。彼らは龍瘴の森の様々な素材を試し、一週間ほどかけてこのなめし液を完成させたのだ。
しかしそれは、ヴァリスからお願いされた仕事の一歩目でしかない。エルフたちは今、コボルトやオーク、ゴブリン用のスケイルアーマーを試作している。龍瘴の森で食料調達や鉱石採掘を主に担い、それだけ魔物と遭遇する機会の多い彼らの生存確率を少しでも上げるためにヴァリスが頼んだのだ。
魔物の防具を作る。そこに抵抗が無かったとは言えない。また、魔物用の防具など制作した経験もない。だが鉱山と言う穴倉から解放された彼らは、久々の自然の新鮮な空気を吸い込み気概に満ちていた。
今のところ、ではあるが待遇が想像よりも良かったことも手伝っている。彼らの代表であるクゥー・シィナが、頑として他の存在達と対等な立場であることを望まなかったため、妖怪や魔物、ドワーフよりは一つ下の立場となっているが、正直それを実感した事はほとんど無いと言っていいだろう。
「ああ、関節の長さや太さが人とここまで違うのか……作り直しだな」
スケイルアーマーを試着していたコボルトリーダーから鎧を脱がし、エルフが呟いた。エルフはコボルトリーダーに頭を下げて謝意を表すと、コボルトリーダーは軽く吠えてその場から離れる。その一咆えが敵対的なものでないことは、ここ数日で理解できていた。
「やっぱり経験のないことに挑戦するっていいな。もう何十年と忘れていたよ」
「魔物の鎧作りなんて、今まで誰も経験したことが無いだろうがな……俺たち、とてもまずいことに手を貸してるんじゃないか?」
「まぁ、レド神に呪われなかったエルフたちが見たら激怒するだろうな。だから何だって話だが」
「……そうだな」
しばしの間、重い空気が流れた。だがその空気は、飛び込んで来た少女によって払しょくされる。
「はぁ……はぁ……すみません。シィナさんはどちらにいらっしゃいますかね?太三郎様から鎧の試着に関して提案があるとのことでして」
「ああ、シェザーシャ様。シィナなら今日は、コボルトシャーマン様と共にスケイルアーマーの耐久性を試しています。コボルト様たちの洞窟の近くにいるかと」
「ありがとうございます!あ、私に様付けはいりませんよ。つけて頂けるほどの何かを成したことなんてないので」
失礼します、と言いながらシェザーシャが走って去って行く。だいぶ足に来ているのか、一度こけそうになりながらもコボルトの巣に向かって進んでいく。
「毎日走り回っているな。あれはあれで、大変なのかもな。何せ、出店が上手くいかなかったらあの妖怪様たちに責められることになるんだろう?想像したくもない」
「いや、鎧作りが上手くいかなかったら、俺たちも同じ目に遭うかもしれないんだぞ。他人に同情出来る立場じゃないし、そもそも出店は彼女が望んだことだろ?そうなったら自己責任さ」
そう言ってスケイルアーマーを調整し始めるエルフに、もう一人のエルフは肩を竦めて見せた。突き放した言い方だが、彼の言葉には一理ある。それに仲間に見棄てられ、逃げた先のドワーフ領ではドワーフたちの監視下に置かれていた彼らには、他人を心から心配できるほどの余裕はない。
二人のエルフは、シェザーシャのことなど忘れたように自らの仕事に勤しみ始めた。
「ほぁー、見事なもんだな。魔法にも強いのか」
コボルトの巣の前で、感嘆符を上げたのはこの新興勢力のトップであるヴァリスだった。彼は、コボルトシャーマンが杖を一回転させて放った火球が直撃しても、燃えることなく形を保ったスケイルアーマーを見て感心していたのだ。
「龍瘴の森の魔物は全体的に強力ですからね。その皮を素材にして作ったアーマーは、魔法、打撃、斬撃などなどの攻撃にも高い抵抗力を発揮してくれます。もっとも、同じ魔物から安定した量の皮を手に入れられないと均質化は難しいです。これは試作した中で一番出来の良い物なので、他のアーマーが同じ抵抗力、耐久性とは限らないのが惜しい所ですよ。将来的にはラメラアーマーなどにも挑戦してみたいですが、今のところはこのスケイルアーマーの生産に注力するつもりです」
「小生の魔法、受け、無傷。自信、無くした、ガックシ」
「いや、そんなに落ち込むなよコボルトシャーマン。本気じゃなかっただ……シャァベッタァァァァァァァ!!」
レザーアーマーの頑丈さを確認したときよりも大声で、ヴァリスは驚愕を顕わにした。『従属百鬼化』の力により、コボルトシャーマンとは何となくでもそれなりの正確さで意思疎通が出来ていたのだが、これまで人語を話したことはなかった。ヴァリスがドワーフ領へ出かけているうちに、人の言葉を断片的ながらも習得していたようだ。
「大主、驚いた。喋らない、方が、良い?ガックシ」
ヴァリスは力強く頭を振り、コボルトシャーマンの固い毛に覆われた手を握る。
「そんなことはない!まさか、喋れるとは思わなかったからな。これからもどんどん喋ってくれ」
「本当!嬉しい、ガックシ」
「ガックシの使い方は直そうな」
そうして騒いでいると、そこにシェザーシャが走り込んで来た。息を切らしながらやって来た少女が、喋るコボルトシャーマンを見てその価値を思わず脳内で計算してしまったのは悲しい性だろう。彼女は自分の頬を二、三度ほど軽く叩いて目的を果たそうとする。
「ヴァリス様、こちらにいらっしゃったのですね。少々お尋ねしたいことがございまして、貴重なお時間を少しばかり頂いてもよろしいでしょうか?」
「いちいちそう畏まられても困っちまうな。もっと砕けたを話し方をしてくれないか?」
「ヴァリス様に対する敬意と比べれば、むしろ砕けすぎているくらいだと存じますが……」
「敬意ねぇ……それで、尋ねたいことってなんだ?開店準備はオクトに話を通して上手く進んでいるってリーダスから聞いてるが。それに関してか?」
それもありますが、と前置きしてからシェザーシャは、ドワーフから頼まれた件についてまずヴァリスに頼み込んだ。
ヴァリスは、あー、と気まずそうに言葉を伸ばし返答する。
「オクトに作業員の増員を頼んではいるんだ。何せ拠点周りでさえまだ十分に整備が出来てないからな。ただ、割が良くても龍瘴の森まで働きに行こうって言う人間はほとんどいないらしくて、ドワーフの鍛冶場まで手が回らないんだよ。けど、ドワーフが自分で建てられるって言うなら、そうしてもらったほうが良いな」
「僭越ながら、私もそう思います。それではドワーフさんたちと相談し、どの様な材料や道具がいるのか、どの程度必要なのかなどを算出して提出致します」
新興勢力の主は、腕を組んで少し眉尻を下げた。出過ぎた真似をしてしまっただろうか。そう不安になる人間の少女に、むしろヴァリスの方が不安げな声色を出した。
「大丈夫なのか?只でさえ開店準備で忙しくしてるだろ?なのに昨日は人間の作業員と交渉をしてくれたり、その前は狩った魔物の解体処理を手伝ってくれたり、更にその前は管狐の悪戯に驚いて腰を抜かしてくれたり……」
「そ、それはどうか、お忘れください……!」
「とにかく、一人で働き過ぎじゃないか?常に忙しそうに動き回っているだろ?龍瘴の森の瘴気はかなり薄れてきているとは言え、生命力の低い人間にはまだ悪影響があるらしいんだ。働き過ぎは体を壊すぞ?」
ぽん、と細い撫肩に大きな手が置かれる。その心配げな表情は父親からは見たことが無いもので、シェザーシャは上手く返事が出来ずに愛想笑いを浮かべた。しかし彼女が口を閉じていたのはほんの僅かな間で、すぐに声を弾ませる。
「いえ。サロイザースに出店させて欲しいとお願いしたのは私です。開店準備は私が当然請け負うべき仕事なのです。なのにどうしてその他の仕事を新人の私が疎かに出来るのでしょうか。それに私、一応体力には自信がありますので!」
そう言って力こぶを作って見せたが、それはちょこんと飛び出た小山で実に頼りないものだった。だが、碧の双眸にはそれと反した確固たる意志の強さが溢れている。
しかしヴァリスは、尚も彼女を説得した。
「でもなぁ……よし、算盤小僧にシェザーシャの開店準備を手伝うよう頼むよ。数字には強いから、役に立ってくれるはずだ。それが嫌なら、せめて開店準備だけに集中してくれ」
「算盤小僧さんはドワーフやサロイザースとの交易に関する計算をされていてお忙しい身ですから、お手を煩わせるわけにはいきません。それに……いえ、私の身を案じて頂き本当にありがとうございます。ですが、動いていないとその方が苦痛なのです」
ワーカーホリックってやつなのか?どうしても首を縦に振らない何回りも小さな少女に、ヴァリスはどうしたものかと頭を悩ませる。見た目は細木の様なのに、その意思は龍瘴の森の頑丈な木々のように揺らがない。それこそ斧を振り下ろしても跳ね返しそうだ。
「……適度に息を抜く様にしてくれ。あんまりこういう言い方はしたくないが、これはこの勢力の主としての命令だ」
「分かりました。それと、出店するお店の店主についてなのですが―」
「(全く分かる気がないな。息継ぎの仕方が分からず全力で泳ぐ子供のようだ……いや、ギリギリ子供だったわ)」
頭が痛くなってきたヴァリスだったが、今のところ彼女がこなした仕事が成果を上げているのは事実だ。ある面で自分よりも有能な少女に、どうにも強く言えない。
「一人、候補がいます。元々は学術都市に自分の店を構えていた商人ですが、メイラハク商会の市場独占に異を唱えて村八分の様な状況に追い込まれ、商売を辞めざるを得なかった方です。現在はサロイザースで漁師をされています」
「それって大丈夫なのか?またメイラハク商会から圧力がかかるんじゃないの?いやまぁ俺たちは、メイラハク商会と敵対状態?っぽいことになっているから、今更気にはしないんだが」
新興勢力を立ち上げたとき、メイラハク商会に送った手紙をヴァリスは思い出した。結局返事は帰って来ず、取引を持ち掛けても全く応じる姿勢を見せなかったため、彼はメイラハク商会に対してそのような印象を抱いている。
「いえ。メイラハク商会は圧力をかけていません。巻き込まれるのを恐れた周囲が、彼を学術都市から追いやったのです。また、サロイザースは八都市連盟の中で商業都市エンセームから最も遠い位置にあり、シェグルダール王国に対する城門としての役割を持っているため、メイラハク商会の影響力は農業都市に次いで低いのです。ドワーフと親交を持つオクト様が代理領主をされている限りは、メイラハク商会から圧力を受ける可能性は低いと思います……よほどのことが無い限りは、ですが」
「ほえー…………いや、いかんいかん。いい加減そのあたりの事をちゃんと覚えないとな。あ、だから店を出すのにオクトと関係の深いリーダスの名前を借りたのか?」
それも理由の一つです、と答えてシェザーシャが続ける。その口調はハキハキとしたものであり、こう言った内容を語るのが楽し気な様子だ。
「問題は、今のところ彼くらいしか店主の候補が見つかっていないことです。その……龍瘴の森の名を出すと、皆さん一様に怯えた表情をされるのです。かと言って、どこから仕入れるのかを明かさないと取り合ってもらえず、仕入れ先を気にされないような方は信用できないので……」
「仕入れ先を偽ればいいんじゃないか?」
日常会話のような気軽さで不正な方法を提案する新興勢力の主に、シェザーシャは唖然としてしまう。時々奇妙なところで倫理が吹っ飛んだことを口にする眼前の厳つい男は、自分を試しているのだろうか。
少女の真剣な瞳に答えは写らない。
勿論、商売と言うものが美しい道理で回っているとはシェザーシャも思っていない。だが、一度外れた輪を再び元に戻すには多大な労力が必要になるのだ。最初の一歩目で、いきなり外すわけにはいかない。
「少し調べる気になれば判明することですので。リターンよりも、リスクの方が大きいと愚考しております」
「そうなのか?幻術で誤魔化せば……いや、分かった。それで、その漁師の男が第一候補なんだな?」
「はい。ただリーダスさんに情報を頂いただけで、まだ私が直接コンタクトをとっていないのです。ですので、鍛冶場の計画書が出来次第サロイザースへ向かいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇ……どんだけ働くの……」
元大妖怪には分からない。自分の身長の四分の三に近い華奢な人間の体が、どうしてここまで動くのかを。だが人間の思考をも持つ彼は、少女から焦燥に似たものを感じていた。
「怒らないで聞いてほしいんだが、俺にはそんなに急ぐ必要があるようには思えないんだ。シェザーシャが体を壊したら元も子もないんだし、もう少し出店の予定を遅らせないか?」
その言葉に、シェザーシャは顔を強張らせた。表情の変化を隠し切れないのは商人としてあるまじきことだが、それだけ痛烈だったのだろう。
「だ、大丈夫です!私が無理をしているように見えたのでしょうか?そんなことはありません。必ず予定通りにやり遂げて見せます」
「……分かった。絶対に休息は取る様に」
「はい。ありがとうございます」
小さな少女は深く頭を下げ、次いでシィナに太三郎から鎧の試着について提案がある言う伝言を伝えると、すぐさま駆け出していく。
抑えつけてでも休憩をさせるべきだっただろうか。ぼんやりとした凶兆を感じ取り、ヴァリスは自身の不甲斐なさを呪うのだった。




