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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
神器『不死の神珠』&大商会の娘編
31/65

9.さぁ、商業活動を始めましょう①

「ひぃあぁぁぁぁぁあ……!」

 龍瘴の森に悲し気な、痛切な声が響き渡った。何事かと慌ててその場に駆け付けた新興勢力の主であるヴァリスは、簡易的に建てた倉庫の前でへたり込んでいる一人の少女を見つけ、その細い体を軽く揺すって問いかける。

「大丈夫か!?何があったんだ?」

 襟足辺りで二つに分けた金色の髪が、ヴァリスの揺さぶりによってぶらりぶらりと宙を舞う。端正ながらまだあどけさの残るやや童顔の血色を悪くさせた少女は、倉庫に向けて指した指先はぶるぶると震えていた。そこに一体何があるんだ、と目を向けたヴァリスが見たのは、積み上がった魔物の毛皮と肉だった。

 何だ?魔物の肉のグロテスクさにでも驚いたのか?疑問符を頭の上で回転させるヴァリスの肩が、小さな手によって勢いよく掴まれる。

「何があった、ではありません!!この、この毛皮が市場でどれ程の値段になるか分かりますか!?この毛皮を加工した商品が、最終的にどのような身分の者の手に渡るか分かりますか!?それを……そんな毛皮を……こんなに乱雑に剥いで、あまつさえ保存状態の悪い場所に放置するなんて……!!」

「あー……うん、ごめんなさい。ともかく、一か月とちょっとぶりだな、シェザーシャ」

 少女、シェザーシャ・メイラハクは、この場の主に名を呼ばれて我に返ると、すぐさま立ち上がって先ほどの痴態を無かったことにするかのような、華麗な動作で挨拶をする。

「過ぎた口を利いて、も、申し訳ありませんでした。シェザーシャ・メイラハク、本日より再びお世話になりたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、勿論だ!またよろしく頼むな」

 少女の二倍、もしかするとそれ以上大きな手が差し出される。大陸随一の大商会、メイラハク商会の長女であるシェザーシャ・メイラハクは、それに応えて繊手を差し出したのだった。

 これは、一世一代の商機に全てを賭ける少女と、この世界の経済状況なんてなんも分からん元大妖怪が手を組んで大陸市場を席捲する、ドタバタ商業活動記の一部である、かもしれない。




 ヴァリスが魔法の使えないエルフと、技術提供のために派遣されたドワーフを引き連れてサロイザースの港に降り立ち、サロイザースの代理領主であるオクト・ラズームの胃を再び痛めつけていたその頃、シェザーシャ・メイラハクは馬車の中で不貞腐れていた。

 既に馬車は商業都市エンセームから少し離れ、学術都市ラプラコーズに差し掛かっている。その馬車の中で何故彼女が不貞腐れているかと言うと、それはメイラハク家の次期当主に選ばれなかったからでも、メイラハク商会の次期代表になれなかったからでもない。そのどちらをも兄が継ぐことは予定調和だったのだ。だからこそ彼女は、現当主である父と兄に宣戦布告を叩きつけ、あわよくば独立しようと思っていたのだが。

 現実は、そうは上手くはいかなかった。



「これは……!」

 メイラハク家が代々行っている次期後継者を決定する試練に、シェザーシャが貢物として持ってきたのは縦横六センチ程度の香木だった。箱から出てきたそれは、それだけで意識がこそぎ取られるような圧倒的な芳香で広い室内を満たし、シェザーシャの兄であるラダーニャの目を驚きで見開かせた。

 常に冷静で能面を被っているように表情を変えない父、サティーマでさえ僅かに鼻先を動かしたので、仮面を被っていた訳じゃなかったんだなと、シェザーシャは変に驚いてしまう。

「……少しばかり、火で焙っても良いかな?」

 ラダーニャが躊躇いがちに問う。彼が敬意の様なものを抱いていることがその口ぶりから窺えたが、それは妹に対するものと言うよりかは、香木に対するものであるようだ。シェザーシャが頷くと、ラダーニャは恐る恐ると言ったように香木を軽く手に取り、その身を薄く切り取った。

「道具も用意してあります。こちらをお使い下さい」

 シェザーシャは、香木を楽しむための道具一式を兄の前に出した。どうやらラダーニャは、そこで道具がいることに思いあたったらしい。とは言えそれも仕方がないことだ。漂う芳香は、全てを忘れさせるほどの極上で甘美なものなのだから。

「おおぉぉぉお!これは凄まじい!見える……この部屋が自然に、大自然に抱擁されている……!」

 リアクション凄いな。シェザーシャは複雑そうに兄を見た。自分が試した時も確かに同じような反応をしたかもしれないが、側の無表情な父との対比も相まってより滑稽に見えるのは否めないだろう。

「ち、父上もこれを……」

「ああ」

 香炉を手で包み香りを聞いたサティーマは、ふぅ、と一つ息を吐いて香炉を置いた。現当主は流石に息子の様な醜態は晒さなかったが、しばし目を瞑り、背を椅子に預けていた。

「第三次龍瘴の森調査報告書にあった、魔退の香木だな。まさか、実在していたとは。とすれば、強力な魔物避けとして使用できるのも本当か?」

 自分が龍瘴の森でしばらく活動していることは伝わっていると分かっていたため、シェザーシェは驚くことなく返した。

「はい父上。既に効果は試しました。龍瘴の森の魔物でさえ、香木を焚いている間は一歩も近づいてきませんでした」

「これほどの品、手に入れるのにさぞ苦労しただろう。お前を見縊っていたつもりはないが、流石に予想外だったぞ」

 兄の言葉にシェザーシャは薄く笑んだが、その心中は乾いた笑いに満ちていた。

 ヴァリスが魔物を吹き飛ばしたそのあとに、無造作に転がっていたなんてとてもではないが言えない。かつてメイラハク家も出資した龍瘴の森調査隊の報告書で、それに関する絵と記述を見ていなければ気が付けなかっただろう。

「父上、すでに承知しております。この度の試練の勝者は我が妹です。私も龍瘴の森に巣食う無法集団の噂は耳にしておりましたが、とてもではありませんがそのような集団と友誼を結ぶ気は起きませんでした。この香木は、私の商人としての嗅覚が妹より劣ることを今この場で証明したのです」

「兄上……」

 あっさりと自身の敗北を認めた兄に父は、うむ、とだけ発して軽く頷いた。その場面はシェザーシャが思い描いていた予定の中にはないことで、彼女はどうするべきか頭をより回転させなければならなかった。

「ラダーニャの言を認めよう。この試練の勝者はシェザーシャである。よってメイラハク家次期当主とメイラハク商会の次期代表はシェザーシャに―」

「お待ちください!」

 父の言葉を遮った時、彼女は自分が嵌められたことを感じていた。メイラハク商会は大陸の人間国家において多大な影響力を持つ商会だ。その代表の座を継ぐことは、商人の頂点であることを意味する。そんな商人のトップになることと、どの国家からも警戒されている新興勢力の一協力者になることを比べてどちらの座につくことが喜ばしいのか。

 そんなの決まっている。自分はメイラハク家の長女なのだ。双龍国家の立ち上げに一から協力して巨大になったメイラハク家の成功譚を生まれた時から聞かされて育ってきたのだ。母との約束もある。心が躍るのは当然。

「父上、申し訳ありませんが私はこの試練を辞退致します」

「ほう?メイラハク家やメイラハク商会の長の座では不満だと?しかし、お前はメイラハク家代々の試練で兄と競うことを選んだのだ。その意向を示す書類もある。今更それを辞退することは、試練を受けてメイラハク家の当主の座についた先祖たちに対する冒涜ではないかな?我々は商人ではあるが、最低限通すべき道理と言うものがあるだろう」

「……」

 咄嗟に反論が出て来ずシェザーシャは俯いた。娘の気質を知っている父には、彼女が試練を辞退することが予測できたのだろう。だから現当主は、自分が優位に立てるよう話を動かしたのだ。仮にシェザーシャがヴァリスたちと出会った後でも父の跡を継ぐ気があったなら、勝者の名はシェザーシャではなかっただろう。

「だがシェザーシャ。娘よ。簡単なのだ。我々は商人なのだから。契約を違反した際に、我々商人が相手に払うべきものは何だ?」

「……賠償です」

「そうだシェザーシャ。そしてお前が違反したのは、先祖代々続くメイラハク家の試練なのだ。メイラハク家の者が誰も破ったことのない、絶対の契約だったのだ」

「返す言葉もございません」

「謝罪はよい。お前はこれから、龍瘴の森の勢力に合流するつもりであった。そうだろう?」

「……はい」

「しかし、メイラハク家の次期当主が、メイラハク商会の次期代表が、そのような怪し気な集団と表立って交流するわけにはいかない。試練のために貢物を探していた時とは状況や立場が違うのだから。だから試練を辞退しようとしている。そうだな?」

「その通りです」

「ところで娘よ。私はその怪しげな集団に実に興味がある」

「私に、メイラハク商会の代表として彼らと交渉せよ、と言うことですか?」

 サティーマは大仰に驚いて見せた。その明らかに演技がかった仕草は、しかし無表情で気味が悪い。

「まさか。メイラハク商会は、そのような得体の知れない集団と取引などしない。ただ―彼らに対する認知が"怪しい集団"ではなくなった時、我々が彼らと親しい友人である必要がある」

 椅子から立ち上がる。細く、長いその身体が動くと、シェザーシャはいつだって落ち着かない気持ちになる。

「今日をもってシェザーシャ・メイラハクは、メイラハク家及びメイラハク商会とは関係のない人間となる……これはお前も望むことだろう。だが、先祖代々の試練を反古にしたお前には一つ、魔証印に誓って償ってもらうとしよう」




「では、一般的な人間が生きていく中で最も触れる機会があるものは何だと思いますか?」

「はい!」

 はきはきした声と、それに相応しい勢いの良い挙手が龍瘴の森に存在を主張した。だが挙げられたその手は緑色であり、また指と指の間には水掻きがある。それは頭部をつるりと光らせて、シェザーシャの質問に答えた。

「尻子玉です!」

「しりこだま……?不勉強で申し訳ありません。それは何なのですか?どのような用途に?どこで取れてどの程度の価値があるのでしょうか?」

「尻子玉は人のこうもぶべぇ!!」

 つるつるの頭部の皿が叩かれる。叩いたのは、雪女。主と共にドワーフ領から帰って来た見目麗しい女性は、河童からデリカシーの無い発言が飛び出しそうになったためそれを先に止める。彼女が人間に気を遣うなど珍しい事だろうが、その対象が女性であり、かつギリギリ子供と言える年齢であるため本能的に庇護すべき存在なのだろう。

「お気になさらずに。どうぞ、続けて下さい」

「あ……はい。えーと、それではリーダスさん。答えをお願いします」

 妖怪や魔物を指名すると答えがいつまで経っても出なさそうであったため、シェザーシャは自分と同じ人間を指名した。

「俺っすか?それは……へへっ、友情……ですかね」

「……違います。答えは通貨です。例えば現役の冒険者なら自分の武器を答えるかもしれません。しかし、武器を握る力が無くなるほど老いてからはどうでしょうか?対して通貨は老いてからも使います。どんな時にも、それこそ幼子でさえ使う機会があり得る物なのです。まぁ、人によっては必ずしも答えが通貨であるとは限らないのですが、それだけ人間が生きる上で大事な要素、と言うわけですね。ちなみに私は幼いころに父にこの質問をされましたが、空気と答えて軽く叩かれました」

 最後の一文は軽く笑いをとれないかと話したものなのだが、何故か妖怪たちは確かに、と妙な感心をしている。

 やりにくい。ヴァリスに簡単な講義のようなものをお願いされたのだが、感性が違うせいか不思議なところで盛り上がったり、大事なところで関心が薄かったりする。ほんの一握りの妖怪は理解しているのか積極的に聞いてくれるが、この講義にはあまり意味がないかもしれない。

 そもそも講義が出来るほど自分は偉いものではない、とシェザーシャは思っている。

「私は勢力間の取引では扱わない龍瘴の森の資源、加工品などを販売し、皆さまに利益を分配致します。そのために皆さまには、価値のある物の扱い方を気にかけて頂けるようお願いしたいのです」

 そう言って頭を下げて頼み込んだシェザーシャだったが、反応は芳しくない。人間とは違う異形の存在達は、彼女の言葉にいまいちピンときていないようだ。その妖怪たちを代表するように色素の薄い手が伸び、立ち上がったユキヒメが口を開いた。

「一つよろしいですか。あなたの言う通り仮に一個人が通貨を獲得できるようになるとして、それが我々妖怪や魔物に何をもたらしてくれるのでしょうか?我々はそもそも人の埒外に居る存在。あなたの言う通貨から受けられる恩恵が、いまいち伝わらないのです」

「それは……」

「当たり前のことですが、主様が協力するようにと言うからには、我々もあなたに協力しましょう。しかし、勢力の規模、地盤を拡大するための国家、勢力間の取引ならともかく、個人個人で得られる通貨が魅力的なものだとはやはり思えないのです。今後あなたが、その魅力を示してくれるのだと期待してもよろしいのですか?」

「はい。今はサロイザースやドワーフとしか取引できないでしょうが、販路が拡大出来れば様々な嗜好品、調度品などを取り寄せることができます……妖怪の皆さまの中にも、お酒を好きな方がいらっしゃるとか」

 間を置いて反応を探る。そわそわと素直に身を動かすものが幾つか見える。その中に妖怪の主が居るのが気になったが、悪くはない手応えに少女は更に続けた。

「勿論お酒だけではありません。いえ、物品だけでもありません。例えば名声。例えば権利。例えば爵位…………これらは皆さまにはあまり受けが宜しくないようですが、将来的にはそう言ったものを個人的に手にすることのできる可能性もあるのです」

 力説するシェザーシャの熱意によるものなのだろうか。それまで主から言われたから、と仕方なくと言った感じに聞いていた者達も少しずつ真面目に耳を傾け始めているようだった。

「それは重畳。しかし、わざわざ通貨に頼る必要などあるのでしょうか?欲しければ奪えばいい。何故我らが人の作ったルールを真面目に守る必要があると言うのでしょうか?」

「それは勿論、ヴァリス様のご意向だからです。龍を打ち滅ぼすほどの力量を持ったお方であると言うのに、ヴァリス様はその力をふるって富を、権力を思うがままに掌中に収めたりはされないお考えを示されました。ここでこの小娘の話に耳を傾けて下さる皆さまは、そのお考えに納得されてこの場にいらっしゃるとお聞きしております。私はそんなヴァリス様の器の大きさに感銘を受け、その一助となれればとこうして皆さまのお仲間に入れて頂いたのです」

 すっ、とユキヒメが地面に座った。かなり潔く退いたものだ。リーダスは、シェザーシャとヴァリスの考えを汲んだユキヒメが示し合わせたのだろうと予想し、ぼさぼさの頭を軽く掻いた。

 メイラハクの長女、シェザーシャ・メイラハクがメイラハク家及びメイラハク商会から絶縁されたとの噂はすでに耳に入ってきていたが、本当にこの新興勢力に加わる気だったとは、リーダスには予見できなかった。確かに龍瘴の森には人間が手を付けられなかった資源が唸るほどある。価値が秤知れぬ物もあるだろう。しかしメイラハクを敵に回すことは、商売人としての道が断たれることは必至。

 そこのところをどうするつもりなのか。サロイザースから派遣されているリーダスは、我関せずの気持ちでぼんやりと話を聞いている。

「ただ私は、表立って商店を構えることが出来ない立場にあります。ですので私の代わりに、商店を表向き動かす人材がいるのです」

 ぼさぼさ頭の体だけは屈強な男は、そこはかとない不安に晒されて顔を上げた。ここに人間は二人しかいない。自分と、シェザーシャだけだ。人間に化けれるものならいくらでもいるが、彼らに商店の店主など務まるだろうか。

 将来的に出来る可能性はあっても、今は無理だろう。なら、シェザーシャの言う人材が指しているのは。

「そんなわけでリーダスさん。私の代わりにサロイザースに商店を構えて頂きたいのですが……よろしいでしょうか?そのための元手に関しましては、ヴァリス様より了承を頂いておりますので」

「……はい!?いやいやいや、俺はサロイザースから派遣されてここにいるんすよ!?店を経営する暇なんてありませんよ!」

「はい。ですので、お名前だけお借りしたいのです。実際に商店を運営する人材については私が精査し、最終的にヴァリス様の承諾を頂いて決定します」

「俺の名前を借す必要がどこにあるんすか!?」

「それは……他の勢力の見る目がないために、龍瘴の森の名を出すのは少々躊躇われるので……」

 ついでに言うと、リーダスがサロイザースでそれなりの知名度を持っているため、その宣伝効果も見込んでいるのだが、それは彼のトラウマを刺激しそうなためシェザーシャは言葉にしなかった。

「すまない。なんかお前がサロイザースから派遣されていることを忘れかけてたよ。本当に嫌なら別の手を考えるから、そう言ってくれ」

「ぐっ……あー……あー……もう、分かりましたよ!貸せばいいんでしょう、貸せば!あ、まってユキヒメの姐さん、ちめたぃい!」

 主に対して生意気な口を利くなんて許さないとばかりに、雪女の手がリーダスの首筋に添えられる。それを落ち着かせるように、ヴァリスがまぁまぁと両手を軽く弾ませると、雪女は少々太い首筋から手を離して再びしずしずと地に座り込んだ。

「ですが、俺の名義に大した価値はありませんよ?」

「そうでしょうか?龍瘴の森に戻る前にサロイザースに立ち寄ったさい、ドワーフの領土で起きた事件を解決した功労者の一人だと誇らしげに語っている人々をお見かけしましたが?」

「……は?なんだそれ?なんでそんな事に?」

 リーダスは狼狽えながら、ちらりとユキヒメとヴァリスの様子を盗み見た。それこそユキヒメなど気が狂わんばかりに怒っていると思っていたのだが、彼女は特に表情を変えず慎ましく地面を下にして正座している。もう一方のヴァリスはと言うと、うんうん、と同意するように頷いている。異を唱える様子はない。

「申し訳ありませんが、ヴァリス様の、そしてサロイザースのためにと思って協力をお願いします」

 はぁ、と溜息をつき、リーダスは再度首を縦に振らざるを得なかった。

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