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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
神器『不死の神珠』&大商会の娘編
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8.不浄なるエルフたち②

 マーマンの巫女が薄青の口を開けると、透明な歌が響き渡った。航海の無事を願う歌。その願いを受ける、ヴァリスたちをドワーフ九氏族共同体の領土まで輸送した貿易船の旗艦は今、サロイザースへの帰途に就くための最終確認を行っている。

 もっとも船の船長は、表情には出さないものの非常に困ったように頭を抱えていた。何せ、行きに比べて二十人程度も乗員が増えたのだから、それも止む無しだろう。しかもその乗員が、人と敵対関係にあるエルフだと言うのだから猶更だ。絶対に不愉快な思いをさせてはならない、とサロイザースの代理領主オクトに念に念を押された相手からの頼みだとは言え、業腹に思わず舌打ちしそうになったことは仕方のないことだろう。

 さらに言えば、他の三隻の輸送船にも技術協力のためにヴァリスの領地へと赴くドワーフが合計十数名追加で乗っているのだ。"不死の神珠"騒動によりグジ族と満足な貿易が行えず交易の品が減ったとはいえ、積み荷と合わせてどの船も重量はギリギリだ。生真面目な船長は予定の乱れのストレスをやれどこでぶつけてやろうかと一瞬だけ考え、ぼーっと海を見つめるヴァリスの姿を見つけてその気持ちを何とか抑えた。

 "不死の神珠"騒動をその腕で解決したことは、船長の耳にも入っている。龍瘴の森のドラゴンを倒した存在と聞いた時は半信半疑だったが、どうやら認めなければならない。あの頬杖をつきながら間抜けに欠伸をしている存在は、一介の船長が不快を露わにして良い相手ではないと。

 さて、そのデフォルメ顔になりそうなほどにだらだら仕切っている"死の神珠"騒動の解決者は、側に寄って来たエルフの代表に気が付いて顔だけ右に向ける。そしてその痩躯を認め、数日前にドワーフたちの貴賓室で話した内容の一部を思い出し始めた。



「はい。私たちはエルフではありますが…………魔法が使えないのです」

 それまでひたすら平身低頭を示していていたエルフの代表が、ヴァリスの仕方なしの命令によって発したのがその言葉だった。

 その言葉にまず最初に納得したのはリーダスだ。あの高慢ちきのエルフが、いくら同族から見捨てられたとは言え、ここまで低頭なんて信じられない思いで一杯だったのだが、彼らの自信の根幹たる魔法が使えないのであれば、それはこれ以上ない理由だろう。

 なぜ魔法の申し子と言えるエルフが魔法が使えないのかは非常に気になるところで思わず口にも出そうになったが、歯を食いしばってそれを耐える。その理由も、このまま行けばその内明かされるだろうから。

 一方、最も重大な事柄を伝え終えたエルフの代表、クゥー・シィナは、手の先、足の先の感触が無くなるほどに緊張していた。魔法の使えないエルフにどれ程の価値があるだろう。それは、彼の痩躯が答えている。しかし、かと言ってそのことを隠し続けることは不可能だ。エルフである以上、魔法の熟練者としての価値を求められるのは火を見るより明らかなのだから。その時になって使えない、ではより心証が悪くなる恐れがある。苦渋に満ちた告白から、少しでも自分たちの誠意と忠誠を感じてほしいと願うエルフの代表の耳に運ばれたのは、予想外の声色だった。

「そうなの?それは……何か……大変だな!うん。大変だ!」

 全く何が大変か分かっていないことが明らかな様子で、しかしそのことを取り繕う様にとりあえず大変と言葉にする新興勢力の長は、表情をキリっとしたものに変えて頷いた。ところどころで素早くリーダスの立つ方へ黒い瞳を動かせるその様からは、説明宜しくと言う心の声が拡声器を通したように聞こえてくる。

「えっと、エルフが魔法を得意にし、誇りとしている種族ってのはだんな……んん、ヴァリス様も知るところでしょう。魔法を使えないエルフと言うのは、私も寡聞にして聞いたことがありません。魔法が使えなくなる何かがあったのか、或いは使えないエルフの存在がこれまで隠匿されていたのか。私には分かりませんが、それはシィナ殿が語って下さるでしょう。ただ大変失礼な事をあえて言わせて頂きますと、エルフと言う種族の価値は魔法に集約されると言っても過言ではありません。それが使えないとなると、シィナ殿たちがこれまで非常に大変な思いされてきたことに疑いはないでしょう」

「らしくない言い方だな……いや、そうか。俺が思い至らなかっただけか。俺にとってはそれほど気にならないことでも、エルフにとってはそうではないもんな。俺も変化とか出来ないし、ちょっとはその気持ちが理解できる気がする。苦労してきたんだな」

 うんうんと何度か軽く首を振るヴァリスの首肯が止まっても、誰も、何も言葉はないし反応もなかった。一番に口を開くべきシィナは、これから主となる者の想定外の反応に成り行きを見守るしかなく、未だ解けない緊張は全身から感覚を奪っていく。前後不覚に陥りそうな細いその身を、ヴァリスの命令通り懸命に直立させている。

 その様子を見かねたリーダスが、出しゃばり過ぎかなと思いつつも助け舟を出した。

「……ヴァリス様は、魔法を使えないエルフたちであってもレド神のお言葉に従うのですか?」

「え?魔法が使えなきゃなんかまずいのか?いやまあそりゃ、使えないより使える方がいいんじゃないかとは思うけど……今俺たちに足りないものは、戦力より単純な労働力だしなぁ」

「では特に、シィナ殿たちが魔法が使えないことに不満はないのですね?」

「特にないな。正直、エルフが魔法が得意だと言うことを計算したことがないと言うか……一応上に立つなら、そう言ったことにまず注目しないといけないんだろうなぁ」

 自嘲するようにそう言って、ヴァリスはふぅと息を吐いた。リーダスが何故質問をしてきたのか、エルフたちが何を求めているのか、彼にも理解できたようだ。

「すまなかった。最初に言っておくべきだったな。俺は、あんたらが魔法が使えないからと言って虐げたりはしない。勿論働いてはもらうつもりだが、それは対価に見合った分だ。不等だと思えば言ってもらえればいいし、そのことについては出来るだけ善処もする。まぁ今は、言葉でしか約束できないんだが……」

「滅相もございません!むしろ、魔法を使えない分だけ区別して頂かないと、我らは不安で仕方がないのです!我々が魔法以外に得意なことと言えば、弓を使った狩猟とちょっとした工芸品、革製品の生産程度なのです。先んじて領民となられている方々と、轡を並べることなど出来ません!」

「え、凄いじゃん。うちに工芸品とか革製品とか作れる奴いたっけ?」

「……手編みのマフラーぐらいなら……」

 珍しく言葉を詰まらせながら、ユキヒメがヴァリスに答えた。それは即ち、誰も作れないと言っているのと同じだ。魔物基準で、妖怪基準でならそれらしいものを作れる者はいるかもしれないが、絶賛魑魅魍魎の集団たるヴァリスの勢力に人の基準で工芸品と呼べる物を作れはしない。

「(工芸品や革製品を生産出来ないって、どんなところなんだ……?)」

 シィナはとてつもない不安に襲われる。新興勢力の主であり、ドラゴンを打ち倒し、"不死の神珠"を無力化した存在。彼にはそれだけの認識しかない。彼らには質問の権利がなく、それしか教えられていないのだ。

「それが本当ならありがたい限りだ。実際うちに来てもらって、働いてもらってからこの言葉は言うべきかもしれないが……とりあえず、宜しくな」

 差し出された分厚い手を取る権利など、シィナにはなかった。だから彼は彼の誠意を籠めて深々と頭を下げる。地に伏すことなく繰り出されたその美しい動作は、彼の承諾の返事だった。



 船上で不安げに身を寄せ合っているエルフたちを、何とも表現しがたい表情で見つめている者が居る。だが、水面に反射する光にも負けないような美しい光沢を放つ銀髪を潮風に揺らしながら、微かに眉を顰めるその女性が思い浮かべているのは、視界に居るエルフたちの事ではない。

 ヴァリスの側近である雪女。ユキヒメが、顔を思い出すだけで忌々しい気持ちになりながらも頭の中で繰り返しているのは、グジ族の新たな氏族長となったドワーフと最後に交わした会話だった。



「私たちの元に前氏族長一派の一部を放逐して、良い御身分ですね」

 ユキヒメは、ヴァリスの元へ技術提供を行うドワーフのリストを眺め、眼前の薄笑いを浮かべたドワーフを見下す様に言った。その嫌味も道理だろう。彼女の言う通り、ヴァリスの元へと送られるドワーフのほとんどは、前氏族長と特に仲の良かった者、前氏族長を熱烈に支持していた者なのだから。これから新体制を作るため、体よくヴァリスの元へ追い払ったと言われて否定できるはずもない。

 安っぽい笑みを絶えず浮かべる新氏族長グジ=ダグラムは、その言葉に申し訳なさそうに頭を下げて謝意を表したが、続けてユキヒメの嫌味を受け流した。

「この短期間にこのリストの者たちのほとんどが前氏族長派であることを調べられたユキヒメ殿には、感服するほかありません。しかし情けない話ですが、そもそも私を支持してくれる勢力自体がこれまで非常に規模の小さいものだったのです。このリストの結果は、それがただ正直に露わになっているだけなのです。また、このリストの人材はいずれも手放すには惜しい、腕に覚えのある名工たちです。そしてそれは、グジ族を救って頂いたヴァリス殿への誠意であることに間違いはありません」

「いけしゃあしゃあと……しかし、誠意と言うならグジ族で最も鍛冶の腕に優れたグジ=リュンラを派遣するのが筋ではありませんか?それとも我が主様の元には、グジ族二番目の鍛冶の腕の持ち主で十分だと?」

 その言葉を受けてラグダムはしばし黙り込んだ。だがそれは、ユキヒメの言葉が刺さったからではない。ドワーフの一氏族長として、それを外部の者に伝えて良いのかどうか迷ったのだ。

「リュンラ殿は、もう一、二年もしないうちに彼の使命を果たされるでしょう。ドワーフの卓越した名工は、最期にその身をたった一打ちのために神器に捧げなければなりません。これは種族全体の使命であり、最大の栄誉です。彼の最期をその栄誉で……終わらせてあげたいのです」

 はっ、とユキヒメが嘲笑した。ドワーフたちの栄誉など、彼女にはどうでもいいものだ。と言うより栄誉なんかのために、主の元へリュンラを寄越さないことが彼女をより苛立たせる。

「あなたたちの栄誉など、事情など知りません。むしろ、我が主様の下で働けることこそこの上ない栄誉でしょう」

「勿論、そうでしょう。いえ、はっきり伝えず申し訳ありませんでした。リュンラ殿は、もうそう長くないのです。聞いたところでは、あなた方の拠点である龍瘴の森は、未だ僅かに死の龍の瘴気が漂っているとのこと。残念ながらその場所では、リュンラ殿はお役に立てないでしょう」

「……お元気そうに見えましたがね」

「ドワーフは、頑固で意地っ張りですので」

 ラグダムのこの気に食わないこの苦笑いに氷の塊でもぶつけてやろうか。ユキヒメはぐっとその衝動を抑え、肺に充満した熱い吐息を吐き出した。と言ってもあくまで雪女基準であり、その氷の息はラグダムの体を震わせる。

「そうだ。ユキヒメ殿に伝えておかなければならないことがあるのです。ドワーフとエルフの間で交わされた密約の事です」

 体を震わせながらも、表情は変えずにラグダムが声のトーンを落として言う。珍しく、自身が不利になるかもしれない情報の提供を対価なく行う意思を示した新氏族長を、ユキヒメは怪訝に見つめる。

「氏族長になり改めて調べてみたのですが、どうやら領土から逃げのびたエルフたちを保護した我々に対し、"不死の神珠"を贈与する代わりに逃げ延びたエルフたちを九氏族共同体の領土から出さないように持ち掛けて来たようです」

 ユキヒメの怪訝な表情が、さらに深まる。

「私には神器の価値が正確に測れませんが、"不死の神珠"はエルフの主神と敵対する神の神器なのですよね。あまりにも、ドワーフに求める対価が安すぎませんか?それこそ、保護したエルフを根絶やしにしろ、と要求してもおかしくないのではないですか?」

「ええ。最初の要求はそうだったようです。しかし、意外にもあっさりエルフたちが折れたようなのです。あまりに不自然ですが……何せ我らは口より手が出る者の方が多い種族。非常に危険な物ではありますが、古代兵器の復活に利用できるかもしれない、とあまり考えなしにエルフの契約魔法に応じて取引し、結果として三十年前の惨憺たる事件を引き起こしてしまいました」

「……それがエルフの真の目的だったと言いたいのですか?」

「どうでしょうか。しかし、そうでもなければエルフが我々に"不死の神珠"を渡す理由が思い浮かびません。"不死の神珠"の暴走による、ドワーフの根絶。それが目的であったのならば、多少は納得が出来ます」

 目を伏せ、深い思索に入ろうとしたユキヒメだったが、すぐに一つの問題点に気が付いた。彼女はすぐさまそれを指摘する。

「待ちなさい。契約魔法とやらの効力は知りませんが、言葉から予測すると契約を破らないような強制力を生じさせるものだと思うのですが、ではなぜ逃げのびたエルフの身柄を主様の元へと移せるのですか?」

「実際の契約内容は"不死の神珠がドワーフの元にあるあいだ、ドワーフは冥天神の影響を受けたエルフを現在のドワーフの領土から生死に係わらず一人も出さない"と言うものです。魔法の効力については……すみません、私は魔法に明るくないので確かなことが言えませんが、恐らくユキヒメ殿の推察通りではないかと思います。"不死の神珠"は未だ私の元にありますが、もはやそれは力を持たないただの物体ですので契約に反しなかったのだと……」

 呆れた、と言う顔をしたユキヒメの反応を、ラグダムは最もだと思った。得体の知れない魔法を用いた取引に応じた、かつての氏族長たちには彼自身も呆れている。

 だが、ユキヒメの呆れの理由はラグダムとは違っていた。

「"ドワーフの元にあるあいだ"?契約の内容が緩くはありませんか?契約魔法の具体的な内容は知りませんし、一つの例ですが、それこそ"不死の神珠を贈与する代わりに"とすれば、エルフ側にリスクなどほぼないでしょう。聞けばエルフは狡猾な種族だとか。あなた方ドワーフがこのように契約内容を緩くさせたのですか?それとも、エルフがこのような契約内容を提示したのですか?」

 ラグダムは言葉を失った。かつてエルフたちと契約を交わした氏族長の大多数が、三十年前の事件や寿命で亡くなっている。現役の氏族長もいるが、やり取りを覚えているかはかなり怪しい。それにドワーフたちは、国家間の契約にさえあまり丁寧に記録を取らない。議事録のようなものが見つかったとして、契約内容がどのような経緯を経て決定したのか正確に記載されている可能性はかなり低い。

「しかし……仮に"ドワーフの元にあるあいだ"と言う内容がエルフによる恣意的なものだったとして、そこにどんな意味が……?それに今回ヴァリス殿へエルフたちを引き渡したのも、レド神の神託があったからです。そうでもなければエルフたちを領土から出す意味や相手など、ドワーフ九氏族共同体にはないのですよ……」

 雪女は首を横に振った。分からない、と言うよりはどうでもいいと言った様子だ。ドワーフやエルフの内部事情を知らない自分が考えても答えは出ないし、そもそも彼女はドワーフに大して重きをおいていない。問題は、主様に危害が及び得るか、と言うことだけだけなのだから。



 船首で歌い終えたマーマンに拍手を送ったのは、大柄で屈強そうな肉体を持ったボサボサ髪の男、リーダスだ。サロイザースとマーマンの付き合いは長いとも、短いとも言えず、オクトが代理領主になって少ししてからだ。魚人の姿に忌避感を覚える者も多いが、彼は幼いころから見慣れており特に嫌悪を覚えたりはしない。幾つかハンドサインを使ってマーマンと単純な会話を行った後、彼は船長の元へと急ぐ。

 サロイザースを出航してどれくらいたっただろうか。かれこれ三週間ぐらいになるのだろうか。これまでリーダスは、貿易船を見送ったことはあっても、乗船したことはなかった。両親の最期の事もあり、最初は船に乗ることに抵抗のあった彼だが、風と水魔法を用いた機関によって加速していく船が潮風を切る感触は、忘れがたい経験となったのだった。

「船長、首尾はどうっすかね。サロイザースに着くまで、どれくらいかかりますかね?」

「……リーダスか。一週間から十日と言ったところだな。耳ながの乗員が増えたこともあって、舵のとりがいがあるよ、全く」

「ま、まぁまぁ。彼らはヴァリスの旦那の領民っすからね。丁重に、丁重に」

「船の上は俺の領土だ!……なんて、言ってみたくなるぜ。ったく、とりあえずもう少し待ってろ……いや、暇なら乗船者リストと実際の乗客を照らし合わせてサインを貰ってくれ」

「……マジ?」

 マジ、と返答する船長の真剣な瞳に圧されて、リーダスは渋々リストを手に取った。両親が不在なことが多かったリーダスが、小さい頃に面倒を見てくれた人間はサロイザースに何人かいて、この船の船長もその内の一人だ。

 俺が船長だったら。彼が酒を飲みながら、何度も何度もそう呟いて項垂れている姿を見かけたことがある。

 受けた恩は返さなければならない。大した手伝いではないが、リーダスはポーズだけ渋々と言った感じでリストを受け取った。

 そうして何十人分の確認を取ること三十分。ユキヒメに凍らせかけられたり、エルフたちに怯えるような視線を向けられたりしながら、一人一人確認を取っていた彼だったが、どうしても一人だけその姿が確認できず、むぅ、と唸った。

「船長、どうしても一人だけ見つからないんですが……この名前、船員っすか?」

「何ィ!?貸してみろ!」

 リーダスの手からリストを引っ手繰った船長だったが、その名を見て首を捻る。彼はサロイザースからの出航の際のリストを取り出し、その中の名前と照らし合わせ始めた。

 しばらくして、船長は再度、そしてさらに角度を深くして首を捻る。どちらにも名前があり、それは行きの乗客であったことと、帰りの乗客であることを意味していた。行きのリストには、拙いながらも何とか読み取れるサインさえもある。

 だが。

「……リーダス、行きの船に影錆(かげさび)って奴が乗っていた覚えはあるか?」

「……いや、船長。この船の行き乗客は、ヴァリスの旦那とユキヒメの姐さん。それにタヌキとか言う旦那の仲間だけのはずだ。船長も知らないってなると、船員でもないんだろ?」

 船長が頷く。念のためとヴァリス、ユキヒメ、ついでにタヌキたちにも確認を取ったがいずれも首を横に振るか、小さな手をふるふると左右に動かすばかりだ。

「密航者?いや、密航者がリストに載っているわけがないし、リストにサインをする理由がない。とすると、気配を消すスキル持ちとか?認識阻害の魔法?じゃあ、今隠れている理由はなんだ?単純に遅れているのか?」

 ぶつぶつと呟き始めた巨男を、相変わらずだな、とため息をついて見る船長だったが、リストの影錆と言う名前からそこはかとない嫌な予感を覚えて、口元を歪める。

 結局船は出航の準備が完了してから一時間待機した後、仕方なく出航した。



 グジ族の本拠であり、大規模な採掘活動、生産活動が行われている鉱山は"不死の神珠"によって受けた損害に負けず、サロイザースの船がドワーフの港から出航した三日後には、ほぼ完全に復旧を終えた。

 だが氏族の殆どの者が知らないとある部屋は、荒れ果てたままだ。かつて"不死の神珠"と高度な装置が設置されていた部屋だ。"不死の神珠"が生成する無限に近い魔力を、魔力を貯める性質を持った石に移していた精密機械は、影も形もなく無残な破片となっている。そしてその部屋はもう使われることのないまま、その存在を知っている僅かな者達の中からも忘れられていくのだ。

 その部屋のくすんだ破片たちの中に、少し違った輝きを放つものがある。それは真っ二つに折れた短刀だ。誰の者ともわからないそれは、確かに持ち主が居たのだと、ここで主張し続けるだろう。

 誰の目にも、とまらぬまま。

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