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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
神器『不死の神珠』&大商会の娘編
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4."不死の神珠"―神域へ―

 薄明かりの中を、ぼろを纏った死霊が歩いていた。白骨の左手が握る枯れ木のような杖で地を打ち鳴らし、怪しくも弱弱しい紫色の光を放つ球体を右手で守る様に抱えている。

 その歩みは肉のない骨の脚に相応しくそれ程速いとは言えないものであったが、その存在の前進を阻むことが出来るものなどいなかった。

 付き従えるは、数多のアンデッド。死と腐臭を辺りにまき散らしながら、彼らはただただ進軍し、暴虐を行う。目につくもの全てに敵意を向ける彼らは、死線を模した破壊装置の様ですらある。

 しかしこの死の軍団とも言えるアンデッドたちにあるのは、ただそれだけだった。彼らはあくまで"不死の神珠"と言う神器に操られる人形であり、そこに意思や目的と言ったものはない。それはアンデッドたちの司令塔とも言える、上級死霊であるぼろを纏ったリッチでさえ、例外ではなかった。

 不思議なことに、神の道具とは言え物体である"不死の神珠"のみが、何らかの目的や理由をもってその力を揮っているのだ。或いは"不死の神珠"でさえも、それを生み出した冥天神レドの目的に副って動いているのかもしれない。

 それは神からの神罰なのか、それとも超然的な視点に立たなければ解の出ない理や動機があるのか。どちらにせよ、巻き込まれる側にとってはたまったものではないだろう。

 今まさに前線のドワーフたちはその理不尽に晒されていた。ドワーフたちが構える盾は非常に強固なもので、彼らが照準を合わせる魔力を貯蔵できる鉱石を用いた遠距離兵器は、通常のアンデッド程度なら一発で葬れる威力を有したものだ。だが問題は、その何れも敵であるアンデッドが使ってくることだった。

「くそっ!折角の武器を、あんな適当にバカスカ打ちやがって……!それ一発にどれだけの職人の汗が流れているのか、お前らに分かるのか!?せめて、狙いをつけて打たんかぁ!」

 爆風によって土埃が気管を襲う中、前線のドワーフの一人がそう激怒した。が、当然そんなことを分かっていないアンデッドたちは、ドワーフたちが構築した簡易的な土塁目掛けて魔力の塊を打ち放つ。そのほとんどはあらぬ方向へと飛んでいくものの、数を打てば当たるとは正にこのことだと言わんばかりに放たれる飽和攻撃に晒され、土塁は呆気なく吹き飛んでいく。

「ぐうううぅ!!退けっ!退けぇ!十八番道から回られたら、またしても後ろを取られるぞ!三十六番道と四十二番道の合流地点付近でもう一度防備を固めろ!当然、小坑道は封鎖しておけよ!」

 後方に退くよう前線の指揮官が命令したが、彼も、そして素早く退き始めたドワーフたちも感じ取っていた。自分たちの後方に猛獣が、いや猛獣を通り越した得体の知れない何かが近づいて来ているのだと。

 もしかすると、リッチを超えるアンデッドが現れたのか。それとも、他の何かなのか。どちらにしろ、挟み撃ちにあうわけにはいかないドワーフたちは、その気配から避けるように出来るだけ脇の小坑道を通って、撤退していく。

「皆さん、大丈夫です!巨大な存在感の持ち主は、私と取引をしてドワーフの味方に付いて下さった方です!今撤退している者は、作戦本部まで下がってヴァイクの指示を受けて下さい!」

 もし、その声の持ち主の近くに得体の知れない何かの気配がなければ、その指示に素直に従う者は少なかっただろう。氏族長の息子であり氏族長補佐のラグダムだが、彼はドワーフの価値観からすれば、ろくな鍛冶の技術も、武芸の腕も持たない只の頭でっかちだ。どれだけ他の氏族やサロイザースとの商談において有利に立ち回っても、日々鉱石や武具、兵器の在庫量を正しく記録し丁寧に管理しようとも、職人たちが鋳造に集中できるように道具や場所を整備しようとも、ごく少数の者以外に評価されることは無かった。

 だが、この絶対絶命の状況を解決できる援軍を連れてきたとなれば、少しばかり彼らも考えを変えてくれるかもしれない。

 それが全てではないとはいえ、そう軽く期待していたラグダムであったが、もはやそんな甘い考えは消えている。

 頼ったそれは、とても自分如きが御せるような存在ではない。

 それはラグダムより深慮遠謀に長けているからと言うわけではなく、舵取りを正しく行えたところで想定を越える事態がおこる可能性が高いからだった。

 つるはしを使う必要のある作業に、ダイナマイトを使用して目的が正しく達成されるだろうか。ヴァリスと言う存在は、彼が頭の中で繰り返していた計画の遂行に対してあまりにも強大過ぎた。

「リーダス、あなたは剣士なんですよね?」

 一行が死者の大軍に向かうなか、顔色一つ変えず走る雪女が、同じように隣で走る男の荒い息を鬱陶しく思いながらそう聞いた。

「はぁ、はぁ……ん、そうっすけど、姐さん?この背中の剣は、はぁ、飾りじゃありませんぜ」

「……なら何故、ドワーフのてつはうをそんなに抱えているのですか?」

「それは、はぁはぁ、この腕が飾りだからですよ?武器を持った死者の大軍を剣で、んん、俺がまともに相手できると思います?イチコロですよ、俺が」

 両腕と両肩にドワーフの遠距離武器を担ぐ大男は、自信満々に白い歯を見せてから、大きく息を吸い込んだ。背中の剣と、四つの遠距離武器を抱えながらここまで走れているのだから、身体能力はそれなりに高いのだろう。まぁ、ヴァリスとユキヒメ、そして先ほど呼び出された狸軍団はラグダムとリーダスの速度に合わせて走っていて、彼らからすると鈍いと言えるスピードではあるのだが。

「……疑問に思った私が愚かでした。申し訳ありません」

「初めて謝罪をもらったのに、凄い敗北感!」

 リーダスはそう言って落ち込んだが、そもそもヴァリスやユキヒメと肩を並べて戦えるかと言うと、それは無理だろう。はっきり言ってしまえば、邪魔になる。

 肉体だけは逞しい男が遠距離武器を選択したのは、保身からとは言え正解だった。

 ただし、その正解を活かす機会があるのかは彼次第だろう。

 ヴァリスがアンデッドの軍団の先頭集団と接敵するまで残り三百メートル。"不死の神珠"は、この日二回目の強い輝きを見せる。それは、かの神器に残されていた魔力を全て振り絞って行われた防衛行為だった。近づいてくる気配が、死者の軍団と今の残存魔力ではマトモに対抗できないと判断した神の道具は、アンデッドを生み出すことを止めて自身と残存魔力の全てを媒介にした最後の手段を講じたのだ。

 同じくして、"不死の神珠"を抱えたリッチが、杖の底部を地面にニ、三度叩きつける。鉱山の薄暗さを助長させるような、漆黒の線が素早く地を駆け幾重にも円陣を刻み始めた。それまで下級アンデッドの指揮に専念していたその存在が、ついに自ら動き出す。だが、輝三星級の冒険者でようやく戦いになるレベルのアンデッドが"不死の神珠"から与えられた命令は、ただの時間稼ぎと目くらましであった。

 残り百五十メートル。最前線のアンデッドが一斉にドワーフたちの武器から魔力の弾丸を噴かせた。更に、リッチが生み出した骨の壁が上級アンデッドと"不死の神珠"を囲み始める。触れただけで相手の生命力を奪い取り、呪いを植え付けるその死の繭を打ち破るには、高レベルの聖魔術や魔力を宿した銀の武器、何よりそれらを満足に操ることのできる、一流と称せる力量を持った存在を用意する必要があるだろう。

「うわっ、本当に武器を使ってる……よし、行くか」

「主様!お待ちを!」

 右足に軽く力を籠めて一歩。それだけでヴァリスは、彼の急加速に気付き手を伸ばして主を呼んだユキヒメを置き去りにして、アンデッドとの距離を残り五十メートルまで縮める。

 アンデッドの大軍やその司令塔はともかく、"不死の神珠"はもしかすると死龍エグンシェムと同程度の脅威かもしれない。その可能性も考えていたヴァリスだったが、エグンシェムを前にした時のような、あの肌に突き刺さる凄まじい圧はそれを目前にしても感じられなかった。

 けれど、ヴァリスの鼓動は微かに速まり続けている。それは、"不死の神珠"の与えた影響と言うよりも、彼の脳裏に僅かに過った光景によるものだった。

 エグンシェムの時は、躊躇して最悪の事態を招いた。同じことを、繰り返すわけにはいかない。

 ヴァリスはそう決意して、ここで全て打ち切らんとばかりに放たれるアンデッドたちの攻撃の中を一人で突っ切って行く。当然その攻撃に、当たらないはずがない。と、言うよりかはヴァリスは避けるつもりがなかった。すでにその威力は、リーダスの提案を受けて確認済みだ。例え何十発直撃を受けようとも、人間状態のヴァリスにさえ傷をつけることは出来ない。

 大嶽丸としての肉体を解放すれば、この騒動自体はより容易に解決するだろう。ただいくらドワーフたちの手によって築かれた強固で広大な鉱山とは言え、大妖怪の体躯では流石に狭く、またその腕力を用いた一撃に耐えられるはずもない。力加減の難しい大嶽丸状態で戦うことは、被害を不用意に大きくするだけだろう。

 ドワーフの武器を平然と数発身に受けながら、更に左足でもう一歩。群がる亡者たちを体当たりで粉砕しながら、ヴァリスはその視界に骨の繭を収めていた。それにしても、また骨か。勝手に漏れた溜息と合わせるように彼は繭に向かって飛び上がり、肥大化した右拳をそれ目掛けて振り下ろした。

 知らず、リッチは骨の繭の中でほくそ笑んだ。もっとも、表情筋がなく"不死の神珠"によって操られているそれが浮かべた、表情とも言えない歪な骨の変動を笑みと言えるのならば、だが。"不死の神珠"が感じた勝利が、自然とリッチにその表情を作らせたのかもしれない。

 "不死の神珠"にとってはこの男こそ、最大の敵に他ならないのだ。

 ヴァリスの拳と骨の繭が衝突する。男の拳は魔力を纏っているわけでもなければ、アンデッドに効果がある銀を材料とした武器と言うわけでもない。高度な死と呪いの障壁魔法へ男が向けたのは、魔訶不可思議な力ではなくただの腕力だ。

 だが男の鉄槌は、余韻なく骨の繭を崩壊させる。

 大妖怪の力を持つ男には、生命吸収も、呪いも通じない。準備なく骨の繭に触れれば数分と掛からず死へと誘われるはずなのに、ヴァリスには一つの影響も与えられない。

 ただ、骨の繭は正しく繭だった。右腕の烈火のごとき勢いが止まる。打ち砕かれた障壁から孵化したのは、神の領域への階。決して現人が触れてはならぬ神域が、"不死の神珠"が発動した転移魔法の先から漏れ出していた。

「主様!」

 主が骨の繭を攻撃する直前、その繭の周辺の熱量が急速に膨張したのを察知し、ユキヒメは一瞬で指と指の間に氷のナイフを生成した。突き刺さった場所の、相手の温度を奪い凍結させる絶対零度の刃を、主の攻撃によって姿を見せた"不死の神珠"目掛けて投擲する。だがその攻撃は、"不死の神珠"を守る様に武器を捨てて飛び出てきた数々のアンデッドによって阻まれ、リッチの前に薄い氷壁を作り出してしまう。

「姐さん、のいてください!ぶっ飛ばします!」

 リーダスが、ユキヒメの変調を汲み取って念のためにと構えていたドワーフの武器から火花を散らせる。持ってきたドワーフの武器の中で、もっとも威力のあるその兵器の反動によって軽く尻もちをついた彼だったが、狙いは中々正確だった。大きな魔力の塊が淡い光の尾を引きながらアンデッドの入り混じった氷壁に着弾し、それを粉々にする。続いて、出番を待ち構えていた鉄砲狸隊五体の一斉砲火が行われた。それらは飛び散る氷や死体の欠片の間を縫い、転移魔法の範囲内にヴァリスを捉えてその体の自由を数秒奪うことに成功した"不死の神珠"目掛け、正確に飛んでいく。

 最後に身を挺したのは、リッチだった。"不死の神珠"を手放し、五発の狸火を正面から受け止めて上級アンデッドは荼毘に付される。司令塔を失ったアンデッドたちの動きが鈍化し、次々にその腐敗した、もしくは骨の手からドワーフの武器が落ちていくが、それはヴァリスに対する何の手助けにもならなかった。

 神の領域の入り口に数秒囚われていたヴァリスに対して、"不死の神珠"はその魔法を完結へと導くべく、最後に強く一輝きする。

 まるで、そこだけ切り取られたようなあまりに不自然な黒が唐突に現れてヴァリスを囲んだ。光が中へと吸いこまれているような、まさしく深淵のカーテンに一瞬姿を隠された彼は、"不死の神珠"から漏れていた紫の残光が完全に消えると同時に、その姿を消したのだった。


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