3."不死の神珠"―種族ドワーフ―
「リーダス。率直な意見を聞かせてほしいんだが、お前から見てドワーフたちの提案はどうだ?」
三人の中ではもっともドワーフについて知識があるであろうリーダスに、ヴァリスが聞いた。だがサロイザースから派遣されている彼としては、どのような道がサロイザースの利になるのかも考えなければならない。
元々厳つい男の顔が窮愁によって風格を増していくが、その心中はサロイザースの利だなんだのの前に、他の理由で冷や汗で一杯だった。自分の顔を僅か十数センチ横から眺める、微笑を浮かべながらも目が全く笑っていない怜悧な美女の視線が突き刺さっているからだ。
「どれだけ邪心に満ちた蛇であろうと、口を開けた時に見せられる舌は一枚しかありません。リーダス。主様のお言葉には、偽りの心なく、正直に、考え抜いた上で応じなさい。さもなくば、口を開いた瞬間にそれが切り落とされているかもしれませんよ?」
「……や、やだなぁ姐さん。そんなの、当然じゃないすか。俺の舌なんて、姐さんがわざわざ切り落とすほど長くありませんって!」
時間がないと言うのに見慣れた問答を繰り返すこの二人は、ひょっとしたら仲がいいんじゃないか、とヴァリスは思いながらユキヒメを諫める。
「まぁまぁ。ユキヒメの懸念も分かるが、リーダスにはサロイザースの利益も考えて答えてほしいんだ。俺たちがパイをとり過ぎれば、当然反感を買うだろ?オクトが"対等な取引"の約束を果たしてくれている以上、出来るだけそうしたくない。俺たちが今のところまっとうに取引できるのは、サロイザースだけだしな」
そう言われてリーダスは、うす、と短く小さく呟いた。そんな態度が気に食わないのか雪女の笑顔はますます張り付いたものになったが、リーダスは全力で彼女から顔を背けて考え始めた。
パイを取り過ぎればとヴァリスは言ったが、そもそもどちらに転ぼうともサロイザースに益はあまりないのだ。グジ族が滅べば貿易相手が一つ無くなるし、この二人がグジ族を救えば、サロイザースとグジ族の取引量は今と比べて減少するだろう。とは言え、兵器を操るアンデッドの軍勢がドワーフ九氏族共同体を滅ぼしてしまうと、サロイザースはシェグルダール王国に対する優位性を失ってしまう。エルフの魔法に対抗できるドワーフ製の武具をシェグルダール王国に供給することで、サロイザースは長年かの国との関係を、少なくとも表面上は良好なものに保てているのだ。
「個人的には、悪くない取引だと思います。ドワーフは頑固でぶっきらぼうなところがあるものの、義理堅く約束を重んじる傾向が強いです。まぁ、あのラグダムと言う男は一般的なドワーフ像とちょっと違ってますがね。それでもこの件に協力すれば、大多数のグジ族から信頼を得られることは間違いないでしょう。何よりドワーフたちは、最も優れた製錬、精錬、鋳造技術などを持っていますから、例え一氏族に過ぎないとしても恩を売る見返りは大きいと思います」
結局リーダスの答えは、これしかない。サロイザースとしては、ドワーフ九氏族共同体を万が一にも滅亡させるわけにはいかないのだ。
「……とすると問題は、"不死の神珠"が呼び出したアンデッドとドワーフたちの兵器を俺たちが対処できるか、か。まぁ、あの龍の時ほどの気配はないが、こればっかりは相手してみないと分からないしな」
ドワーフの提案を受け入れる方向でそう言った主に対して雪女は、不満があったのかどうか分からないが、一切そのような様子を見せず頷いた。
「主様の御力、威光によって衆愚たちを啓蒙するのも一興でしょう。そうと決まれば一番槍は、このユキヒメにお命じ下さいませ」
「け、啓蒙?……張り切ってくれるのはありがたいが、無理はしないようにな」
ドワーフたちに協力することを意外にあっさりと決めたヴァリスは、彼の返答を待つ二人のドワーフの元へと向かった。
その厚い背中を、リーダスが追う。まるで雪女から逃げるようにヴァリスの側によった大男は、酷く小さな声で頼みこんだ。
「本当に申し訳ないんですが……解決の暁には、サロイザースからの客人であることも強調して頂けたら助かります……」
「ん?別にそれは構わないが」
そう言った後、ヴァリスは何か思いついたように、にやりと残酷な笑みを浮かべて見せた。
「お前も、俺たちと一緒に戦うんだぞ?サロイザースの代表として十分な活躍をすれば、英雄と呼ばれるかもしれないな?そしたら、俺がサロイザースからの客人だとアピールする必要もなくなるんじゃないか?」
「え」
自分の事は全く戦力に数えていなかった、雰囲気だけ歴戦の兵のような男は魂が抜けたように立ち尽くす。そのウドの大木の脇腹が、ひんやりとした何かに突かれた。犯人たる雪女の指先は、リーダスと比べるとかなり細く小さい。だが、彼我の力の差は圧倒的だ。
「良かったですね、リーダス。英雄と呼ばれるようになれば、ご母堂殿やご尊父殿の影を打ち払えるやもしれませんよ?あなたの獅子奮迅の活躍が見られると思うと、私の胸も高鳴ります。いやまさか主殿や私にだけ働かせて、自分は関係ないとばかりに後方でのうのうと待機していようだなどと……そのような愚かなことは考えていませんよね?」
艶やかな銀髪を揺らし、象牙のような肌によく合った薄紅の唇の両端を僅かに釣り上げた美女の相貌には、誰もが見惚れるだろう。だがリーダスは、その美貌の裏に覗ける悪意に、涙を流さずにはいられなかった。
グジ族の、と言うよりはドワーフ氏族がそれぞれ保有している大鉱山は、もはや鉱山と形容してよいか分からないほど大規模なものだ。居住区画、産業区画、商業区画などもあり、そこはもはや一つの町と呼べるだろう。常に崩落や通気などの問題がある鉱山内で、どうしてこれほど大規模に発展できたのかは不思議だが、それこそがドワーフの技術力の高さを証明しているのかもしれないし、異世界独自の何らかの力に依るものなのかもしれない。
その鉱山内の本道ともいえる大坑道を、ドワーフたちが忙しなく行き交っていた。大坑道ともなれば、縦幅横幅ともに転生前の世界では考えられないほどの長さがあり、ドワーフ十数人が一列に並んでも通ることが出来るほどだ。しかし今、その場所の一角でドワーフたちが揉み合っている。
「十二、二十八、四十三番道の封鎖は完了したのか!?」
「十五番道に亡者どもが現れたらしい!二十七番道と繋がっているから、早めに対処しないと大坑道を進んでいる亡者共の本隊に合流されるぞ!」
「十九番道ってどこのことなんじゃあ!?誰か分かる者はおらんかぁ!?」
「断腸の思いだが本道の隔壁が破られた以上、本道の一部を崩落させるしかないだろ!何!?本道が落盤するほどの爆発を起こすには時間が掛かるし、鉱山全体が崩れる可能性が高い?気合でなんとかするんだよ!」
「うぇぷ……飲みすぎた……何でこんなに皆が集まっておるんじゃあ?」
怒号に罵声をあげる者、パニックで右往左往する者、もうどうしようもないと悲嘆にくれる者。その様相は様々だが、事態がかなり切迫していることは誰でも理解できるだろう。
その騒然とする場に、パン、と乾いた大きな音が響き渡った。が、それは結局喧騒の中に消えていったので、仕方なくラグダムはもう三度ほど同じように自らの手を叩く。
「……いや、無理じゃよ」
ラグダムの背後に控えていたリュンラが呟く。この場の皆の注目を集めるには、音量も迫力も足りていない。
「仕方ありませんね……んんっ、すみませんが皆さん、少しそこを通して下さい!」
今度は大きな声をラグダムが上げる。近くにいたドワーフたちには聞こえたようで彼らはラグダムの顔を見たが、しかしすぐに視線を外して再び喧騒の中に加わる。無視をしたわけではなく、忙しい中でラグダムの要求を聞けないと言った感じだ。
「今のおぬしには無理じゃよ。これ、皆の衆ちょっとそこを通してくれ」
対してリュンラは大して大きくもなく、気迫もない声でそう言って大坑道に居るドワーフたちの背中を叩いた。叩かれたドワーフは、何だ何だとしかめっ面でリュンラを見て、それからすぐに敬意を表す様に頭を下げて道を譲る。
「なんか氏族長の息子で補佐のあんたより、リュンラの方が敬われてないか?」
「……そうですね。彼は、グジ族の中でも一、二を争う名工です。裏方に徹してきた私より皆によほど慕われていますし、敬われています。私自身も彼を誇りに思っています。しかし、これこそが我々ドワーフが抱える問題の一つであると、私は考えています」
ヴァリスの率直な疑問に、ラグダムは答えた。名工を見つめるその目には、憧憬とも憎悪とも判断のつかない何かが宿っている。しかしそれはすぐに、彼の焦げ茶色の瞳の奥へと消えていった。
リュンラが作った道を、一行が通っていく。ドワーフたちの不審げな視線を受けながら巨大な鉱山内の地図が広げられている机まで彼らがたどり着くと、ラグダムはその地図に状況を書きこんでいる仏頂面なドワーフに声を掛けた。
「ヴァイグ、状況はどうなっていますか?」
ヴァイグ、と呼ばれたドワーフは気だるげに地図から目を離して、自分を呼んだ声の主を確認した。それから、ふぅ、と長い溜息を吐いてラグダムの問いに答える。
「はっきり言って、最悪だ。アンデッドたちの本隊は、すでに本道の五分の一程度まで進んで来ている。お前の言った通りこちらは防衛と遅延に徹しているが、俺たち自身でも把握しきれていない小坑道や廃道にもアンデッドが溢れていて、いつの間にか本体の進攻を食い止めている部隊の裏を突かれたり、重要度の高い施設や設備に近づかれていたりと、てんてこ舞いだ」
「やはり敵の司令塔は、アンデッドたちを通じて全体を俯瞰できるのかもしれませんね……申し訳ありませんが、本道で防衛を行っている部隊を撤収させて下さい。そして彼らを主に重要施設へ再配置して下さい。敵の本隊は、この御方が相手をして下さいます」
「本隊を?この御方……?」
ラグダムが手で指し示して紹介したヴァリスを、ヴァイグは胡散臭げに見上げた。アンデッドの本隊にあてているドワーフの部隊の人数はおよそ百五十。その百五十人ですら進行速度を鈍化させるのが精々だと言うのに、たった一人―その男が従えているらしき見知らぬ者を入れても三人―で相手を出来るとは信じられないようだ。
「この方々は、例のお客人です」
「例のって、龍を討伐したとか言うあの疑わしい噂の?……大丈夫なのか?」
ぴきっ、と雪女の白い額に青筋が浮かんだが、彼女の怒りはその強く握られた拳の中に収められた。流石にドワーフたちの目が集まるこの場で威圧的な態度をとることは、主の崇拝者たる彼女としても避けたいようだ。
「猶予がない状況なのは分かりますが、そのような物言いは非礼にあたります。この御方なら、必ずや敵の本隊を対処して頂けます。全責任は私がとりますので、先ほど私が言ったとおりに指示をお願いします……私では、聞かないものも出てくるでしょうから」
尚もヴァイグはしかめっ面で見知らぬ三人をしばらく見ていたが、やがてボサボサの髪を無造作に掻きながら渋々と言った感じに頷いた。
「分かった。どちらにしろ、このままじゃあ増え続けるアンデッド共にやられるしな。ただ俺は、引き続き鉱山からの撤退の用意も続けるぞ?」
「ええ。よろしくお願いします。それと」
ラグダムはそこで言葉を切り、僅かに瞳だけをヴァリス、ユキヒメ、リーダスの方へと一瞬向けてから続けた。
「氏族長は今、どこにいますか?」
「……いつもの場所だ。そこの防衛をしている。そこから一歩も動かないつもりかもな。まぁあの人なら、上級のアンデッドにでも襲われない限り大丈夫だろうが」
「まったく」
吐き捨てるような口調でラグダムはそう零し、それからハッと気づいたようにパンと一度自分の顔を叩いてヴァリスたちの方へと向いて、大きく口を開いた。
「申し訳ありませんが氏族長は今、あなた方とお会いすることが出来そうにありません。しかし、この逼迫した状況を打破して頂ければ、必ずその御力に見合った返礼は私からさせていただきます。どうか我らに、力をお貸しください!」
近くにいる者たちに見せつけるような、芝居がかった大声だ。ヴァリスはそう思いながらも、その芝居に合わせて大きく頷いて見せた。しかし彼が、ラグダムの満足げな笑みに付き合ったのはそこまでだ。
唐突に、息が詰まりそうなほどの恐るべき威圧感が発せられた。その持ち主は当然、ラグダムの眼前の男だ。それまで、対面する者たちを萎縮させないように意識的に制御していたその圧倒的な気配を解放した男に、ユキヒメを除いた周囲の全ての存在が怯え、恐れ、釘付けになる。
それはこの事態を好転させるに足る説得力を感じさせるためかもしれないし、ラグダムに対する警告なのかもしれない。
ヴァリスは、その威圧感とはかけ離れた平坦な声色で言った。
「ああ。あんたらとこれから貿易をする勢力の頭としても、友邦サロイザースからの客人としても、あんたらを助けないわけにはいかないからな。だからあんたらも、こっちが困った時には助けてほしい。それが、対等な関係ってやつだよな?」
ラグダムは、体が芯から冷えていくのを感じて視線を落とした。勿論彼は、眼前の男が龍を討ち果たしたことを知っている。サロイザースの貿易船からまず最初に受け取ったのはオクトからの書簡であり、その内容のほとんどを占めていたのはこの男に関する事だったからだ。だからこそ彼は男の力を疑うことなく、この事態にも対応できると確信していた。
しかし、いくら何でも龍を一人で討伐出来るはずがない。恐らくは、仲間たちと共に討ち果たしたのだろう。どこかでそう思っていたことを自覚し、ラグダムは自身の不覚を悟った。実際は、死の龍に対する特攻ともいえる武器によって辛うじて勝利を手にしているのだが、その力がラグダムの想定より遥かに巨大であることは間違いない。
「……勿論です、ヴァリス殿。ドワーフは、受けた恩を忘れることはありません」
辺りがしんと静まり返る中、ラグダムは何とかそう言葉にするしかなかった。




