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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
神器『不死の神珠』&大商会の娘編
22/65

2.鉱山内から、どうしよう―状況説明―

「まず初めに、あなた方を説明もなくこのような場所に閉じ込めたことは、本当に申し訳なく思います。客人の身を守るのに最も適した場所が、この牢獄だったのです。また、現在想定外の事態がおこっており、その対応に追われていて説明が事後になったことも重ねて謝罪いたします」

 グジ=ラグダムが頭を下げた。体躯の小さい彼らドワーフが背を丸めると、大柄なヴァリスやリーダスの背丈の半分より少し高い程度になってしまう。

「実のない言葉には、何の重みもありません。下げられた頭の中にどのような邪智が潜んでいるのか分からないからこそ、謝罪には痛みが伴わなければならないのです。それも私やリーダスならともかく、主様に不敬を働いたのですから、その痛みは痛痒程度では済まされませんよ」

 牢屋内でリーダスを威圧した時の比ではないほどの、雪女の凍てつく眼差し。一瞬辺りが氷雪に包まれたかのような錯覚を感じさせるほどの敵意の中、ラグダムは頭を上げて頷いた。

「当然、我々の誠意は空虚なものではありません。必ず、あなた方にも、そしてオクト殿にも満足頂ける実利を約束致します。ですがそれらは、我々がこの事態を生きて切り抜けてこそお渡しできるものなのです」

 ラグダムとユキヒメの視線がぶつかった。一方は申し訳なさそうながらも僅かな笑みを。もう一方は感情すら凍えさせる冷淡な無表情を。全く違う表情を浮かべながら、彼らが試みていることは同じだった。互いに互いを測っているのだ。そしてその結論も、どちらも同じだった。

 この狸め。

 そんな二人を他所に、ヴァリスはへたり込んでいたもう一人のドワーフ、グジ=リュンラの手を掴み、彼の体を起こした。

「悪かったな。大丈夫か?」

「あ、ああ。こちらこそ申し訳ないのぉ。あんたがたの怒りはもっともじゃ。儂がその拳を受けられれば良かったのじゃが、あいにく貰いそこなってしまいましたわ」

「貰ってたら、比喩じゃなく頭に穴が開いてたよな……」

 ヴァリスの実力の一片を知るリーダスは想像し、ぼそりと呟いた。

「それで、誠意だの実利だのは確かに大事だが、それは後でいいんだ。今あんたらに、この鉱山に何が起こっているのかを正直に教えてほしい」

 ヴァリスは、ラグダムとユキヒメの腹の探り合いを打ち切らせるようにその間に入った。

 主が前に出たのを受けて、ユキヒメは白装束の袖を口に当てながらスッと身を引く。ドワーフたちに少し強い物言いをしたのも、この主の性格や言動を予測してあえてそう言ったのかもしれない。

「はい。端的に申し上げますと"不死の神珠"が再生成されたのです」

「再生成?」

 "不死の神珠"は"神火の炉"の中にくべられて破壊されたらしい。リーダスがそのように言っていたことを思い返しながら、ヴァリスは問う。

「三十年ほど前、我々は我らが神から賜った道具"神火の炉"の中にかの邪悪なる道具をくべました。それでその件は解決したのだと、思い込んでいたのです。ですがつい先ほど、その"神火の炉"の中から突如"不死の神珠"が現れ、アンデッドたちを生み出し始めたのです」

「そんなことあるのか?」

 流石に不審に思ったのか、ヴァリスは背後で強そうなオーラを放ちながら、その実ぽけーと直立しているだけのガタイの良い男に聞いた。

「……え、俺にはわからないっす。神器なんて大層な物、お目にかかったことありませんし。一応イグルマルグイ神の"生くるダンジョン"なんかは、この何百年で何度か出現しているらしいですが、それはその神器の特性ではないかと言われていますし……その"生くるダンジョン"も、勇者レクカインによって完全に破壊されたと伝えられていて、それから今日まで出現した記録はないですね」

「へぇ……あり得るとも、あり得ないとも断言できないか。それは分かったが、そのアンデッドとやらはこの鉱山を揺らせるほど怪力なのか?」

「それは」

 それまで責任を感じているような顔をしながらも、すらすら言葉を放っていたドワーフの言葉が詰まった。どうやら何か、触れられたくない核心を突かれたらしい。

「……それは?」

「……実は、アンデッドたちが我々の兵器を起動させまして。現在この坑道は、我々の兵器を利用する亡者たちの手によって崩落の危機に陥っているのです」

「危機管理どうなってんの!?ってか亡者たち知能高すぎない?」

 ヴァリスはそう突っ込んだが、ユキヒメとリーダスの疑念は一気に高まった。どう考えても、三十年前の状況とほぼ一緒だ。元々怪しくはあったが、こうなると"不死の神珠"の再生成と言う話も嘘である可能性が高いだろう。二人は呆れ果てた表情で、ラグダムを見ている。

「それでも、アンデッドと兵器の一部だけなら我々だけで対処できたのです。ですが問題は"不死の神珠"が呼び出したアンデッドの中に、別格いたことです」

 当然、ラグダムは二人の表情には気が付いている。その表情が何を言わんとしているのかも理解している。だが彼は、微笑を湛えた厚顔を崩さない。どう思われようと、気にしていないと言わんばかりだ。

「別格?」

「ええ。明らかに高い知能を持ったアンデッドの存在が確認されているのです。確かに兵器の保管はおざなりではありましたが、それでも知能のないただのアンデッドにそれらを使用できるわけがありません。恐らくそのアンデッドの統制のもと、我々の兵器が利用されているのだと睨んでいます」

「……色々酷いな」

 率直な感想を零してしまう。これまでどこか他人事で、余裕のある態度をとっていたラグダムだったが、その言葉には心から同意するように、申し訳ありません、と深々とした謝辞を口にした。

「で、結局のところ、あんたらは俺たちに何を求めているんだ?求めるものがあるからこそ、話し合いに来たんだろ?」

「はい。ヴァリス殿、率直にお頼み致します。この状況の打開のために、龍を下したと言われるあなた様の力を貸して頂きたいのです。当然、その力に相応しい報酬をお支払い致します」

 二人のドワーフはひれ伏した。段々と発生までの間隔の短くなる振動が、そして大きくなっていく鈍い音が、彼らにあまり余裕がないことを裏打ちしている。

 ヴァリスは、軽く唸ってから後ろを振り向いた。ユキヒメの表情は、明らかに怪しいので放っておきましょう、と言った拒絶の色が見える。リーダスは、なんとも複雑そうな表情だ。そもそもサロイザースの代表としてヴァリスたちの元へ派遣されている彼には、口を出しづらいことだろう。

「(鉱山の外で待機している忍小狸三体、忍中狸二体、鉄砲小狸三体、鉄砲中狸二体。そしてユキヒメに俺。これだけでなんとかなるのか?)」

 男は自分に問いかける。自分が、どうしたいのかを。

 その答えは、どうしたいもこうしたいもあんまりないな、と言った実に煮え切らないものだった。これまでドワーフに対して義理や親交があったわけでもない。オクトの客人として、ドワーフたちにとって貴重な鉱石を提供できる新興勢力の頭としてやってきたものの、このような事態に手を貸す義理はないのだ。そして、身も蓋もないことを言ってしまえば、グジ族の大鉱山が一つ潰れたところで貿易が出来なくなるわけではない。オクトが取引できるドワーフの氏族はまだ他に三つあるのだから。

 勿論、亡者の軍団が増大してドワーフ九氏族共同体の機能を麻痺させるまで、最悪滅亡させるまで追い込めば話は別だろう。しかしそうなるとも、ならないとも現時点では判断できないのだ。

 また、仮に力を貸してこの事態を解決できたとして、口約束では利益が得られる確証がない。もし"不死の神珠"が再生成された話が嘘なのだとしたら、口封じを行ってくる可能性すらあるかもしれない。

「ユキヒメ、お前の考えを聞かせてくれないか?」

 名を呼ばれた雪女は、はい、と頷いた。

 自分がドワーフたちに対して不信、不満を抱いていることは、主なら把握しているだろう。なら、自分に求められた役割を全うするだけだ、と彼女は意気を揚げる。

 ヴァリスはただ、純粋に彼女の意見を聞いてみたかっただけなのだが。

「はっきり申し上げまして、彼らに力を貸す理由はあまり見当たりません。そもそも、協力の対価として具体的に何が支払われるのかさえ明らかにしていないのです。急を要する事態なのでしょうが、それにしても彼らが嘯く報酬とやらは、我らに想像と言う甘美な毒を振り撒くだけの空虚なものです。何より、主様をこのような場所に説明もなく閉じ込めたあげく、厚顔無恥にもその御力を利用しようとし、あげく謝罪と交渉に来たのが氏族長ではなくその補佐などとは、おこがましいにも程があると言うものです!」

 ユキヒメが踏みしめる床が凍った。あくまで冷静にドワーフたちの非を言及しようとしていた雪女だったが、言葉にしていくうちにその体温とは反対に感情が燃え上がったらしい。

 その凍結の範囲は広がっていき、このままでは牢屋内を氷のリングに変えてしまうだろう。

「あ、姐さん。後生ですから、落ち着いて下さい!言っていることは本当にごもっともですが、このままだと辺りが、主に隣にいる俺が凍りついちまいます!」

「……ふん、氷の像として不格好な容姿であったことに感謝しなさい」

 リーダスに言ったのか、ドワーフに言ったのか。隣で焦る大男に止められたユキヒメは、そう言って感情を落ち着かせるように軽く息を吸い込んだ。小さな声で、一応感謝しておきます、と聞こえてきた気がしたのはリーダスの耳が凍り付く手前だったからかもしれない。

「……ユキヒメ、すまないな。嫌なことを全部お前に言わせてしまった。あんた達には悪いが、ユキヒメの言う通りだ。俺たちには、あんたたちに手を貸すだけの具体的な理由が、利益がない。強いて言うなら、新興勢力である俺たちの名が上がるかもしれないだけだ。だがそれすらも"不死の神珠"が起こした事態について知られたくないあんた達によって、握りつぶされるかもしれない」

「……」

 その言葉をどう受け止めたのか。ラグダムが立ち上がった。その顔にはこれまでの嘘っぽい笑みはない。何かを覚悟した、真っすぐな瞳がぎらりと燃えていたが、それはヴァリスではなく何か違うものに向けられているようだった。

「本当に、その通りです。いや、本当はそれよりも質が悪い。氏族長は、私の父は、あなた方を利用するだけ利用しておいて、その後はこの件が外に漏れないよう不意を突いてあなた方を闇に葬る計画を企てています」

「ちょ、ちょっと、なんかとんでもないこと言ってますけど!?"不死の神珠"だなんだの前に、最悪このお二人によってグジ族が滅びますよ!?」

 当然の暴露に、リーダスは隣の雪女と、前の大鬼の様子を交互に窺った。この数か月で彼らの性質を、その力量を多少なりとも掴んでいるリーダスは今、"不死の神珠"より彼らが恐ろしい。

 幸いなことに、隣の雪女は先ほど怒りを爆発させたこともあってか冷静だった。

「その暴露によって、我々の信用を勝ち取れるとは思わないことです。姦計の裏に、別の姦計が張り巡らされていないとは限らないのですから。いえ、それを暴露したと言うことは、あなたは氏族長より多少マシな計画を用意しているのでしょうね」

 ユキヒメとラグダムの視線が再度かち合う。ラグダムは、笑顔へ逃げることなく雪女へ頷いて見せた。

「はい。私は今回の件を利用して、父を氏族長の座から引きずり下ろすつもりでいます。ですがこのままでは、グジ族自体が滅んでしまうでしょう。"不死の神珠"によって、或いはあなた方に返り討ちにあって。私はグジ族を、三十年前の事件によって滅んだ三氏族のようにするわけにはいかないのです。何より"神火の炉"を持ったまま滅んだとあっては、ヴァーダンガー様に申し訳が立ちません」

 しばらく話を黙って聞いていたヴァリスが、首を捻った。

「ラグダム、あんたのやりたいことは分かったが、それが俺たちの利益になるわけではないよな?」

 利益利益と、商人のようなことを言いたくはなかったが、ヴァリスはこの数か月で嫌と言うほど思い知らされている。無償の善意が実になるには時間が掛かり、自分が率いる新興勢力にはそれを待てるだけの時間の猶予がまだないことを。例え卑しく思われようとも、勢力の頭として今求められているのは確実で手早い儲けだ。

「私が氏族長の座を得た暁にはまず、グジ族の代表として、あなた方の龍瘴の森における領有権を認めます。更に、我々の生産した兵器や武具の優先的な購入権や、あなた方の勢力への技術提供、人材派遣なども惜しみません。今は猶予がありませんので、ひとまずはこの程度しか提示できません。またこれも所詮口約束に過ぎないことも理解しています。しかし、私は父とは違うことだけは分かって頂ければと思います」

「具体的な内容が出たのはありがたいが、それはラグダムが氏族長になれてこそだろ。根回しなんかは終わっているのか?後、簡易的なものでいいから、出来ればあんたが書いたと証明できる文章として今の内容が欲しいんだけど」

「根回しについては、正直なところ芳しくありません。元々、我らドワーフはこのような裏工作を好まない性質の者が多いのです。逆に言えば、目立った勲功に対しては非常に快い反応を示します。"不死の神珠"が起こした今回のこの騒動が父ではなく、私の手柄によって解決されれば、氏族長の座を奪える可能性は高くなるでしょう。兵器の管理状態、客人への無礼、今回の騒動の初期対応など……他にも父を糾弾する材料はいくつかあります。私が書いた証明となる魔証印の入った文章については、すぐに作成しお渡しします」

「つまり、我らを自身の勲功のための尖兵にしようと言うわけですか」

 蔑みの声色でユキヒメはそう吐き出した。

「はい。その通りです。我々グジ族の戦力だけでは、再生成されたばかりの神器と言えど、食い止めることが難しいのです。また、あなた方にこの騒動を鎮めて頂ければ、私が氏族長となった際にあなた方を贔屓にする理由付けにもなると考えています」

「……それで、全部か?」

 ヴァリスの真っすぐな問いに、ラグダムは僅かな動揺を見せた。しかしその動揺が、自身の提案を受け入れられそうにないと感じてのことか、それともまだ何か裏があるのかは判断がつかない。

「これで、全部です」

「分かった。あんたらも大変だろうが、ちょっとだけ時間をくれ」

「はい」

 少しだけドワーフから離れて、ヴァリスとユキヒメ、それから遠慮がちにリーダスが集まる。

 これからどうするのか、話し合いが始まった。


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