1.鉱山内から、どうしよう―状況把握―
どうしてこんなことになっているんだっけ?
筋肉質な男は、四方を囲む、大理石のような美しい光沢を放つ壁に触りながら嘆息した。その壁の、ほとんど凸凹を感じない滑らかな手触りも見事なものだが、何より素晴らしいのは耐久性だろう。魔法にせよ、武器にせよ、この堅固な壁に大きな傷をつけるのは難しい。この場所から脱出できるほどの破壊を生じさせる必要があるなら、なおさらだ。
男、ヴァリスが顔を顰めて壁に背をつけたこの場は、牢屋だった。それも強固な壁に囲まれ、地下深くと言うことも考えれば、脱出は困難だろう。ヴァリスが、ただのガタイの良い男、であればの話だが。
「……ヴァリスの旦那、どうするんですかい?旦那なら、こんな場所なんて安々と破壊して逃げられるでしょうが、その……旦那の立場上、色々マズイと言いますか。オクトさんの顔に泥を塗ると言いますか」
同じく閉じ込められている精悍な顔付きをした男、リーダス・ラドップが不安げに問うた。彼の言う通り、異世界転移者であり、地球においては大妖怪・大嶽丸であったヴァリスならばここから易々と脱出できるだろう。
問題は、ここが港湾都市サロイザースの代理領主オクト・ラズームと友好的な関係にあるドワーフ氏族の一つ、グジ族の所有する大鉱山内だと言うことだ。ここから勝手に脱獄すれば、様々な人間、勢力の顔に泥を塗ることになるだろう。
ただでさえ、ヴァリスが率いる得体の知れない新興勢力と、国、いや村の土台すら出来ていない彼らと、貿易協定を締結したオクトの立場は危うくなってきているのだ。
「確かに、オクト殿にはお世話になっております。ですが、主様を理由もなく突如拘束し、あまつさえ閉塞感漂うこのような土蔵に閉じ込めたのは、到底許せることではありません。外交上の問題になると言うなら、それを先に犯したのはドワーフたちです」
色素の薄い美女が、透き通る蒼い瞳の中に憎悪の焔を宿らせて拳を掲げた。彼女の言う通り、ヴァリスたちはただ客人として鉱山内を案内されていただけだ。まぁ、鉱石を凍らせてしまったり、力加減を誤ってその鉱石を氷ごと砕いてしまったハプニングはあった。だがドワーフたちは驚愕の表情こそ浮かべど、快闊な大笑いの後に許してくれたのだ。その笑いは、敵意や陰謀を隠しているものとは到底感じられなった。
それにその件は、別に構わないと断るドワーフたちに、少し強引に金銭を受け取ってもらったことで解決しているはずなのだ。砕いてしまった魔力を貯蔵できると言う鉱石も、この鉱山内で何度も見かけたごくごくありふれたもので、希少なものと言うわけではない。
「途中までは友好的だったのになぁ。なんか、ドワーフの琴線に触れることでもしてしまったのかな?」
ヴァリスは肩を竦めて、自身の行動を振り返った。異世界から転移してきた元妖怪は、まだまだこの世界の常識、非常識、種族ごとの文化などほとんど把握していない。理性的ではありつつも、時々暴走気味に行動してしまう彼が、それらを知ったところで最適な行動をとれるかは別の問題ではあるが。
「……あまり考えたくはありませんでしたが、これはオクト殿やドワーフ、あるいは他の勢力が共謀して行った謀なのでは?この隙に我々を、そして龍瘴の森に居る我々の仲間たちを駆逐しようとしているのではないでしょうか?どうなのです、リーダス」
雪女は、射貫くような視線でリーダスを威圧する。その氷のような瞳を、リーダスは真っ向から受け止めた。それは屈強な肉体や、背中の立派な長剣が持たせた自信によって彼が支えられているから、ではなくただ恐怖で半分気絶しているからだ。
「……はっ!……ユ、ユキヒメの姐さん、勘弁してくださいよ。サロイザースから派遣されているとはいえ、俺みたいな小物がそんなこと知ってるわけないじゃないっすか!それに、オクトさんもそんな邪道なことは……」
言いかけて肩と膝を震わせる大男は、サロイザースを発展させるためにオクトがとってきた策略の数々を思い出した。その策略は基本的に、サロイザースに不利益をもたらす相手にのみ向けられる。だが四か月前街に突如現れ、被害を出さなかったとはいえ、半ば強制的に交渉の席を用意させたこの怪物たちはその対象ではないと言えるのか。
自信が無くなってきたリーダスはしどろもどろに、多分しないと思います、と語気を弱めて雪女の疑惑を一層深めさせるしかなかった。
「主様、やはりこの男は信用できません。このような強者の気配と風貌をしておいて、こんなに気弱な態度など、腹に一物を抱えた間者以外の何物でもありません」
「……違うんです姐さん。前も言いましたが、俺は昔から何故か実力以上の力を持っているように勘違いされる変な性質があるんです。見て下さいよ!この震える手を!膝を!涙目を!いい大人の泣き言を!ああ、自分で言ったら自分が嫌になってきた。ちょっと隅っこで、サナギになってきます……」
それなりに磨かれた床に座り込み、いじいじと地面に指を遊ばせる。とても二十半ばの人間の行動には見えないし、強者のプライドがあるようにも見えない。だからこそ疑り深い雪女は、ますます怪しく思うのだが。
「う~ん……なぁリーダス。俺は、個人的にあんたのことを信用している。この二、三か月の間あんたは俺たちと、仕事のためにサロイザースから嫌々派遣されて来た人間たちの間を、本当によく取り持ってくれたからな。そして確かに、あまり強くなく、そんな大人物でないことも俺は知っている」
「追い打ちありがとうございます……」
事実ではあるのだが、正直に言われるとそれはそれで更に落ち込んでしまう。とは言え、かつてドワーフたちを、そしてサロイザースを救ったと言われる英雄たちの息子と言う色眼鏡を外して率直な評価をしてくれるのは、ありがたいことだとリーダスは感じている。
「だからこそ、一つだけ聞きたい。本当に何の心当たりもないのか?すまないが俺やユキヒメは、ドワーフやドワーフ九氏族共同体についてあんまり知らないんだ。それこそここに来るまでに、リーダスやオクトが教えてくれたことだけだ。あんたたちがあえて教えなかった情報や、教える必要性を感じなかった情報の中に、この状況になった原因はないのか?信用しているからこそ、今一度考えて答えてほしいんだ。それが本当に何も心当たりがないって結論なら、俺はそれを信じる」
真摯な眼差しに打たれ、リーダスは立ち上がり眼前の化け物たちの主を見つめ返した。
頭を回転させる。彼の思索は脳内に収まりきらず、そこから飛び出て疑問符となり口から飛び出ていく。
「ドワーフに誘われて鉱山を案内してもらって。ヴァリスの旦那や、ユキヒメの姐さんの力を見せて。しばらくすると、案内をしてくれていたドワーフの元に慌てるドワーフが耳打ちして……まぁ、ここだよなぁ。休憩室に案内されたと思ったら、そこがドワーフの機械仕掛けで四方を壁で囲まれた牢屋になって。やっぱり、俺たちに落ち度は何もないと思いますけど……とすると、俺たちにどうしても知られたくないことが起こったのか?それも、オクトさんの客人としてやってきた存在を隔離しなければいけないほどの?」
ぶつぶつと呟く強面が、ますます皺を深める。思考する際に、その疑問を口に出してしまうのはリーダスの癖だった。昔からの知り合いには、直せと言われているのだが、癖は中々抜けないようだ。
「……いや、いやまさか。そんな憶測に憶測を重ねても。だけど、これぐらいしかオクトさんの客人として来た俺たちを閉じ込める理由が思いつけない」
ぶつぶつ呟き続ける大男を怪訝そうにみるユキヒメと、大男の結論を待つヴァリス。その二人が身構えたのは同時だった。
三人を閉じ込めている牢屋が揺れる。それは彼らを閉じ込めたときのように、機械仕掛けの何かが起動したからだと三人は思っていた。
だが、数秒経ち、数分経っても四方の壁に変化はない。
「……鉱山全体が揺れている?爆発物でも使った?それにしても凄い振動だった……やっぱ、これしかない。お二方、戯言みたいな憶測でいいなら一つ心当たりがあります」
リーダスは一瞬だけ、チラリと雪女の様子を伺った。その行動から発せられた恐怖に似た感情を受けた雪女は、こんな怖がらせ方は自身の本質じゃないと思ってか、軽く溜息をついて言う。
「はぁ……私だって、あなたの言うことを全部否定しようと言う気はありません。それに、可能性を考えているだけで、あなたが本当に間者……サロイザースの間者ではあるのでしょうが、ここまで大それたことをおくびにも出さず実行できる人間だとまでは思っていませんよ」
「……気を使って頂いて、すんません。それで、心当たりなんですが……もしかするとこれは、約三十年前に起きた事件と同じようなことが起こっているのかもしれません」
「それって、リーダスの両親が率いる傭兵団が解決したっていう事件か?」
「まぁ、そうらしいっす。と言っても、俺の両親が率いた傭兵団"血潮の盾"だけの活躍じゃあなかったらしいですけどね。ドワーフたち自身の尽力と、一人の変なエルフの協力があってこそ解決できたらしいですけど」
もう一度、牢屋、いや鉱山全体が揺れる。その不穏を告げる予兆に、ヴァリスは眉を顰めた。彼のスキル『百鬼夜行lv2』の残存ポイントは現在860。スキルの根幹と言ってもいい、妖怪を召喚する『ランダム召喚(小)』は使えるものの『ランダム召喚(中)』は使えない。『従属登録』『従属百鬼化』も、対象となる存在がいないためこちらも使用は不可能だ。
切り札である『百鬼夜行』は使えるが、その対象に出来るのは、ユキヒメと鉱山の外で待機している狸軍団総勢10体のみだ。距離があまりにも離れすぎているため、龍瘴の森に居る仲間たちを呼び出すことはできない。
距離がもたらす問題はそれだけでなく、ヴァリスの仲間たちが生命ある者を倒した際に得られるはずのポイントにも影響しているようだ。本拠地からある程度の距離が離れてからと言うもの、ポイントの増加が止まってしまっている。
「それで、どんな事件だったんだ?軽く聞いたことしかなかったんだが」
キナ臭い予感が近づいてくるのを感じながら、ヴァリスが聞く。
「俺も又聞きですし、オクトさんもこの事件には間接的にしか係わらなかったらしいので、話半分でお願いします。なんでもエルフたちから引き取った冥天神レドの神器"不死の神珠"を使って古代兵器を起動する魔力を確保しようとしたところ、失敗して古代兵器の一部が暴走し、さらに"不死の神珠"が生み出した亡者たちが九氏族共同体を跋扈するようになってしまったらしんすよ」
「あの商会の娘から貸りた本で見ました。冥天神と言う神は、エルフたちの主神の天敵でしたね。そんな天敵の神の道具を、よく外部の勢力に引き渡しましたね?」
「そこは不思議なんすよね。"不死の神珠"は、ラズリット王国が滅びた主な原因である死者の大行進事件の際に、エルフたちが派遣した援軍によって回収されたとされているんですがね。そのエルフたちでも破壊や封印が出来なかっただの、利用しようとして失敗しただの色々言われてますが、エルフからドワーフの手に渡った理由ははっきりとは分かっていないんですよ。それに、エルフとドワーフは不俱戴天の敵同士なんです。一体どんな経緯と取引があったのか。はっきりとしたことは、当事者にしか分からないでしょうね」
考え込むように顎に手を当てたリーダスだったが、その話は今関係ないと思い直したのか、首を軽く横に振って続けた。
「結局、古代兵器も亡者たちも"血潮の盾"とドワーフ九氏族。そのころは十二氏族だったらしいですがその連合軍、そして一人の奇妙なエルフの手によって無力化され、"不死の神珠"はドワーフの主神の神器の一つ"神火の炉"の中にくべられて破壊されたらしいです」
「なるほど……ってなんかさっきから軽々しく神器って単語が出てくるけど、そんな凄そうなアイテムっぽいもんが、ほいほいと存在してるのか?」
「各種族の主神であり、ヴァリヴァダス様を除いた人間にとっての七司神は基本的に三つの神器を持つと言われています。正直俺もあんまり覚えてないんすけど、ドワーフはたしか火と鉄の汗の神ヴァーダンガーを信仰していて、彼らには"神火の炉""魂吸いの金床"と言う二つの神器が与えられているようっす。まぁこれは、ドワーフたちと友好的であったラズリット王国が残した資料に残っているもので、その信憑性には疑わしいところもありますがね。"不死の神珠"は七司神とは別の、境界たる七外神の……すんません。これ以上はかなり長くなるし、俺もうろ覚えなので、また今度話します」
「ああ、話の腰を折って悪かったな。俺も、時間が出来たらもっと勉強するよ」
龍瘴の森で骸の龍を討ち果たし、本格的に拠点を構えることにしてからおおよそ四か月余り。ヴァリスはこの四か月、ひたすら忙殺されていた。サロイザースでの百鬼夜行決行の計画に始まり、拠点周りの構築作業やその指揮、エンセームからやってきた大商会の長女を始めとした、様々な勢力との秘密裏の顔合わせ。『百鬼夜行Lv2』の能力検証や人間とそれ以外の者たちとの諍いの仲裁。他にも、やらなければならないことは無数にある。
いくら睡眠を必要とせず長時間動き続けられる頑丈な大妖怪の肉体とは言え、精神的には限界がきており、今回このドワーフ九氏族共同体を訪れたのは外交目的でもあるのだが、ヴァリスの息抜きと言った側面もあったのだ。
もう一つの目的として、妖怪や魔物たちの主が不在の拠点がどうなるのか。彼がいない間、小さな問題は起こるものとして、大きな問題を起こさずにいられるのかを時期尚早ではあるが試みるためでもある。
その結果いかんでは、今後の道筋を改めなくてはならなくなるだろう。現在拠点を預かっている太三郎狸なら大丈夫だろう、とヴァリスは思っているが。
「えっと、俺の推測は本当に愚にもつかないものだと思います。でもドワーフたちにとって、サロイザースはほぼ唯一の貿易相手なんすよ。その客人を、突然閉じ込めなけらばならないほどの出来事。そして、情報を与えないようにする必要のある出来事。つまり、ドワーフたちは本当は"不死の神珠"を破壊しておらず、それを使って古代兵器の起動ないし修復を試み続けていて、今何か問題が起こったのでは……やっぱ、タイミング良すぎるよな?それに、そんなことを行っている大鉱山内に客人を案内するか?カモフラージュのためなら……いやでも……えー、やっぱなしで……」
ははは、と口だけ笑わせてから、リーダスは再び牢屋の隅っこで丸まった。なんて面倒くさい人間なんだ、とユキヒメはジト目で大男の逞しい背中を見やり、それから主に言った。
「この男の憶測が当たっているかはともかく、我々に関与されると不都合な何かが現在進行形で起こっている、とは私も感じています。主様、ユキヒメは主様の決断に従います。どうぞ、何なりとお命じ下さい」
ヴァリスは腕を組んで、どうしたものかと顔を顰めた。一つ確かなことは、このままここに閉じ込めら続けるわけにはいかないと言うことだ。何かとんでもない事態が起こっているなら、この牢屋は安全地帯とは言えない。ドワーフの大鉱山は非常に堅固な作りをしているが、何度か感じた大きな揺れは崩落の危険を十二分に連想させるものだ。
「……よし。オクトには悪いが、揺れに乗じて壁に穴を空けて脱獄するか。流石に説明もなしに拘束されて、そのまま放置され続けるのはちょっとなぁ」
「……そうっすよね。一緒に閉じ込められている時点であんまり意味はないと思いますが、一応俺は少しは顔が利くんで、ドワーフたちと争いになりそうになったらまず話をさせてもらっていいですかね?」
「長生きする秘訣は、あまり出しゃばらないことですよ。それを決めるのは主様です」
「俺としては、そうしてもらった方がありがたいから……頼んだぜリーダス」
ヴァリスはそう言って拳を構えた。四方が同じような壁で囲まれているこの場所は、入ってきた方向が分からなくなりそうになる。だが彼の直感は、この方向に拳を突き出すべきだと訴えていた。
大きな振動がする。ヴァリスの構えた拳が突き出たのと、壁が機械音と共に口を開いたのは同時だった。
「お、おわぁぁあ!!勘弁してくれぇ!儂らは、あんたらを閉じ込めた奴らとは違って、話し合いに来ただけなんじゃよ……」
ヴァリスの拳圧を受けてか、一人のドワーフが軽く後ろに吹っ飛び、命乞いをした。あと数センチ拳が前に出ていたら、このドワーフの顔に大穴が空いていたところだろう。
「あ、いや、悪い悪い。俺はただ脱獄をしようとしていただけで、あんたの命を取ろうとしたわけじゃあ……あ、やべ」
堂々と脱獄をしようとしていたと言い切った愚かな大妖怪に、吹っ飛ばされたドワーフとその少し後ろに控えていたドワーフは、何とも言えない視線を送った。とは言えそれは、敵対的なものではない。少し申し訳なさそうな、それでいてどこか期待の籠った眼差しでもあった。
「龍瘴の森の龍を倒したと言う噂は、間違いなさそうですね。この牢獄の耐久性には自信があるのですが、あなたなら容易く打ち破ることが出来るのでしょう。申し遅れました。私はグジ族で氏族長補佐をしております、グジ=ラグダム。座り込んでいる彼はグジ族の誇る名工の一人、グジ=リュンラと言います。あなた方に、お話があるのです」
そうしてラグダムは、脱獄しようとしていた三人に話し始めた。




