11.龍瘴の森―野球やろうぜ―
男の握り方は、明らかに素人のものだった。地球において、人間に混じって生活を送っていた彼は当然、人間が嗜むスポーツについてもある程度の造詣を持っている。ただ、たった0.1秒を縮めるために、たった1km早くするために人間が行うあらゆる技術の結晶は、彼にとってあまり興味の湧かないものだった。
普通に投げる。それだけで、驚異的な速度が生み出せるのだ。つまり、彼がつい一秒前に投げた物体は、木の棒を構えるコボルトリーダーの横を超高速で通り抜け、ついでに木々の幹に穴を貫通する結果となったのだった。
「……野球はいつから命の取り合いになったのでありますか?」
自身の頭上を彗星の如く通り過ぎた物体によって、しばらく聴覚を奪われたキャッチャーの少女は恐怖に震えていた。野球やろうぜ、なんて軽いノリで誘った男の手元から放たれたのは、とてもスポーツを楽しむ気のあるものではない。そもそも多少の弾力を持っているとはいえ、魔物の毛皮を妖怪の主の握力で丸めた球体を使っている時点で危険なのだ。キャッチャー役はただの生贄でしかないのだが、そこは妖怪や魔物。人間よりも頑丈であるし、流石の男も力加減には細心の注意を払うのだろうと子女郎は考えていたのだが、憐れにも犠牲となった後方の木々を見ると、とてもピッチャーが手心を加えているとは思えなかった。
「お、上手いこと言ったつもりか?残念ながら野球は、球じゃなくて点の取り合いなんだよな」
「死球が文字通り死の球なデスゲームなんて、野球に対する冒涜でありますよぉ……!」
涙目で訴えながら、子女郎はキャッチャー役を放棄した。このままでは、命が幾つあっても足りないと言わんばかりだ。
「確かにちょっと力が入り過ぎていたな。それはすまない。だが、子女郎だって俺がバッターだった時、狸火を投げてきたじゃないか」
「主殿の痛烈な当たりで死人が出るのを避けるためであります……とにかく、主殿は出禁でありますよ。子女郎と小狸たちが夜なべして作ったこちらの特等席で、解説をお願いするのであります」
子女郎と小狸たちが夜なべして作ったと言う特等席は、ただの切り株だった。その切り株に刻まれている、とくとうせき、と言う文字からは、多少は努力したのだと言う主張が聞こえてくるようだ。だが、妖怪の主の唐突な思い付きが実行に至るまでの時間を考えると、仕方のないことではあった。
幸いなことに、妖怪の主の勘に障るようなことはなく、彼は切り株の上に座って野球をプレイするコボルトたちを眺めた。
いきなり野球をやるぞ、などと言い出した時には子女郎の目は点になったが、この前のギャンブルの時同じように、意外とコボルトたちに盛況のようだ。逸るコボルトたちを落ち着かせ、彼らの連帯感を高めるために男が突如試みたことだったが、ある程度の成果は上げているようだ。
もっとも、魔物の巣の前で行われているそれは、とても野球と呼んでいいものではなかったが。
「あー、解説の主殿、コボルトリーダー率いる第一チームと、コボルトソーサラー率いる第二チームの状況はどんな感じでありますかね?」
「えー、これはひどいですね。彼らは、木の棒で丸い物体を打つことしか理解していません。唯一、ソーサラーのみは地面に描かれた線に沿って走ることを分かっているようですが、彼は他のコボルトたちがルールを理解することを諦めていますね」
「おっと、コボルトリーダー選手、突然全速力で巣の中に入っていったのでありますよ?何をしたいのでありますかね?…………これはすごい、バットの代わりにこの前主殿に折られた大剣を持ってきたのでありますよ」
「しかも、ホームランを予告していますね。彼はバット(大剣)をバックグラウンドに向ける行為が、ホームランの予告を連想させることをどこで知ったのでしょうか?」
「いえ、あれは恐らく、ピッチャーに脅しをかけているだけだと思われるのでありますよ。第一球、非常に緩い球が投げられて……コボルトリーダー選手、その球を大剣で打ったのであります!」
「素晴らしい当たりです。事前に、周りの木々を軽く伐採しておいた甲斐がありましたね。八百長であったことを少しも気にする様子もなく、解説席に向けて高らかに手を上げていますよ。おっと、少し遠くの第三チームと第四チームでは早くも乱闘が起こっていますね。良くあることなので、少し発散させてから止めに行きましょう」
ルール無理解、ルール違反、八百長、乱闘、たった数分の間にこれだけの問題が起こっているが、そもそも言葉で伝達が不可能な血気盛んな者たちに、野球を成立させられるわけがない。彼らが野球を興じ始めたのは、自分たちの主から勧められたと言うただ一点のみだったが、投げられた球をバットで遠くまで飛ばす感覚に楽しさを感じ始めている者もいるようであった。
中には、木の棒の長さ大きさや、その構え方などに試行錯誤をし始めるものもいて、失礼ながらも妖怪の主は驚嘆してしまう。あらゆる技術や工夫の始まりは、楽しい、と言う感情からなのかもしれないな、と変に感慨深く納得してしまっている。
「お、さっきはいい投球だったぞ。お前は木が邪魔する中、よくあそこまで飛ばしたな」
自身の投球や、打った飛距離を自慢しに駆け寄ってくるコボルトたちとハイタッチしながら、妖怪の主は彼らを褒める。妖怪の主も子女郎も、何となくではあるが彼らの表情が読み取れるようになっていた。彼らから覗ける喜色に、野球を提案した妖怪の主は満足げだ。
「(……こういうところは、流石でありますね。中途半端だからこそ、出来ることであります。妖怪なら、こんな人間の娯楽に興じないのでありますし、人間なら、自分たちとは違う異形に野球を提案したりはしないと思うのでありますよ)」
喜ぶ主の隣に立つ少女は、珍しく自身の主を心の中で褒めた。あえて口に出さなかったのは、中途半端であることについて言及するのは躊躇われたからだ。
「さて、それじゃあ子女郎君、そろそろ雌雄を決しようか。俺が率いるチーム"わんぱくコボルトズ"と、子女郎の率いる"ぽんぽこたぬきーず"で、決勝戦といこうじゃないか」
「そんなチーム率いた覚えがない上に、チーム名が絶望的にダサすぎるのであります……!」
「ださっ……嘘だろ、愛嬌の溢れるいいネーミングじゃないか!」
「狸だからぽんぽこって辺りが、すごい安直でありますよ。子女郎は"ファイブスターラクーンドックス"が良いのであります」
「なんか、こう、人のこと言えなくない?あと、どっからスターがやって来たの?」
「うぐぅ……正直、子女郎にもネーミングセンスはないのであります。ちなみに、スターは単純に格好良さそうだから付けただけで、特に意味はないのでありますよ」
にこにこと屈託のない笑顔を受かべて無意味であることを話す子女郎を前に、男は乾いた笑い声を上げた。時々、見た目通りの幼さを発揮するのは、子女郎狸と言う存在の基底なのか、それともそう振舞っているのか。
どちらにせよ、ゴングは妖怪の主によって勝手に鳴らされた。全く身に覚えのないチームで主と争うことになった子女郎は、ぽきぽきと骨を鳴らそうと手と手を組み合わせ、無理そうだったので諦めたのだった。
「ちょっと子女郎狸さん、聞きたいことがあるのですが」
いざプレイボール、と言うところでいきなり手を上げて質問をしてくる主に、子女郎はやれやれと首を振って肩を竦めた。これから始まるところだと言うのに、興ざめだと体全体で表現している。
「どうしたのでありますか、主殿?」
「どうしたもこうしたも……ピッチャーの構えが明らかにおかしいのですが」
「主殿、それはピッチャーの鉄砲小狸に対して失礼でありますよ。ちゃんと構えているのでありますよ」
「うん、確かに構えているね。武器をね?」
即席で作ったマウンドの上に立つ鉄砲小狸は、火縄銃っぽくある何かを構えて微動だにしない。その火縄銃かもしれない武器の威力を知っている一部のコボルトたちは、戦々恐々せずにはいられなかった。そこから放たれる青い火の玉が、魔物たちを黒焦げにしてきたことを知っているからだ。
「えー、ちょっと間違ってしまったみたいでありますね。申し訳ないのであります。いえ、ご心配なく。そちらのチームがどう思われようと、我々は野球に鉄砲を使ったりはしないのでありますよ。くっくっくっ」
ニヤリといやらしく子女郎は笑った。とても十代前半の少女の笑みとは思えない、この世の酸いも甘いも嚙み分けた、老獪な笑みだ。
「ま、まさかプレッシャーをかけるためにわざと……おのれ子女郎、ダーティープレイもお手の物と言うわけか。だが、俺は信じている。この一日間、努力してきたお前たちの姿を、その野球に対する飽くなき暴力的な姿勢を。勝つのは俺たちだ。いくぞ!」
妖怪の主はそう言ってコボルトたち一人一人の目を見つめ、拳と拳を強制的にかち合わせる。彼らは主の意図が分からず、とりあえず付き合っているがとても不安気だ。主が爽やかな笑顔を浮かべていなければ、鉄砲を前にするより震えあがっていただろう。
「このノリ、きついでありますよぅ……」
悪役を演じさせられた子女郎は、すっかりその仮面を外して本音を零す。マウンドでは、鉄砲小狸に代わって人間の子供の姿に変化した忍小狸が丸い物体をその手の中に収めていたが、はっきり言って子女郎は野球に何の興味もなく、ぼんやりとそ の雄姿を眺めていた。
「(まぁ、コボルトたちの熱意が狩りから少しでも逸れるのなら、野球を愚弄するこの意味不明のスポーツを行ったかいがあると言うものでありますが……)」
すでにコボルトの群れの四分の三を『従属登録』の影響下に置き、ますます過熱化の兆しを見せていたコボルトの暴走だったが、コボルトリーダーの復帰も大きく影響してか、ギャンブルや野球みたいなものへとその矛先が向かったのか、少しずつ沈静化へと向かっている。
それでも、その熱意の全てを妖怪の主がコントロール出来ているわけではない。現に今も、数体のコボルトが狩りに出ている。それはすでに、生きるため、食料を得るための狩猟とは違った目的で行われているものだ。
「おー……かなり飛んだでありますね。当然ではありますが、子供の身体能力ではやはり、コボルトには勝てないのであります」
がっくりと項垂れるリアクションをわざわざ取った忍小狸の投げた球は、外見年齢から考えればかなりの球速だったが、コボルトたちにとっては易々と打ち返せる球威しかないようだった。丸い物体は勢い良く飛翔し、すぐに木にぶつかって地面へと落下する。そもそも木々が生い茂る森の中で野球など正気の沙汰ではないが、飛距離の概念などないコボルトたちのとっては、ボールをいい具合に打ち返せればそれで満足なのかもしれない。
再び鈍い打球音がして、二番手のバッターが丸い物体を捉える。真っ向勝負で小狸たちに勝ち目はない。中狸でもいれば話は違ったのかもしれないが、狸たちが得意としている分野ではないのだ。
そんな狸たちを率いている子女郎を、三番手のバッターが指を指して挑発した。いいぞいいぞとばかりに、他のコボルトたちも沸き立つ。彼らからしてみれば、主と近い位置にいるも、大して強い力を持っているようには見えない少女に日々鬱積した不満があるのかもしれない。
「ふぅ。仕方ないのでありますね。たまには、見せつけてやるのであります」
コボルトたちから煽られる子女郎は、一瞬だけ俯いてそう呟き、顔を上げた。その表情はとても不安気で、コボルトたちの声に気圧されているようにしか見えない。忍小狸の斜め後ろ、野球で言うなら二遊間辺りでこれまでぼーっと突っ立っていた彼女は、遅々とした歩みで、渋々と言ったように、マウンドに上がった。
その手には、妖怪の主お手製の丸い物体の他に一枚の木の葉が握られている。彼女は右手を背中の後ろに持っていき、丸い物体を自らの右足に沿って真っすぐ地面に落とすとすぐさま振りかぶり、コボルトたちの視線をその挙げられた手へと集めた。勿論、その手から何か零れ落ちたことに気付いたコボルトも数体いたが、結局茶色の丸い物体が投げられたのだから、抗議する者もいない。
子女郎の外見年齢が忍小狸の変化した姿より多少上だったためか、その球速は先ほど忍小狸が放った球よりも少し速いものだった。だがコボルトたちにとっては、その差など些末なものだ。
打席に立つコボルトの口元が吊り上がる。それは、もらった、という確信のためだったのだろう。
雑な握りと、奇妙な構えから繰り出された一振りはしかし、強烈だった。子女郎の投げた緩い球がその一振りに当たるかと思われたその瞬間、忽然と丸い物体が消失する。結局、コボルトの一振りの後に残ったものは、風圧によって舞い上がった木の葉のみだった。
「ふふふ……魔球"ファントムリーフボール"であります」
消えた球の行方を捜すコボルトたちにドヤ顔を見せないように、180度姿勢を回転してから子女郎が痛々しい技名を自慢気に言う。木の葉を丸い物体に変化させ、木の棒に当たりそうな瞬間に術が解けるよう術の加減を調整しただけなのだが、変化の術を知らないコボルトたちにとっては衝撃の一球だっただろう。
一方、狸に化かされた打者コボルトは消化不良感が否めないのか不満げに唸っていた。だが、自分から挑んだ勝負の結果は素直に受け入れるようで、彼は子女郎に近寄っていき頭を下げる。こういった純粋さを見せられると、子女郎は少し後ろめたい気持ちになってしまう。
「(うぅ、やはりやりにくいのでありますね。もっと挑発的に来られたら、色々と化かしてやろうと思えるのでありますが……)」
気にしないように、と伝えるために、子女郎は頭を下げたコボルトの肩を叩こうと背伸びをする。その肩越しに見えた次のバッターに、子女郎はもううんざりとなった。
「へいへい!ピッチャーびびってるよ!来いよ、子女郎!」
「……バントでホームランを打てそうな存在に、わざわざ挑みたいと思えないのでありますよ。あと、打球に当たって死にたくないので、バッターの交代を要求するのであります」
「いやいや、ちゃんとその点は気を付けるから。俺も、コボルトたちと一緒に楽しみたいんだよ。頼む、子女郎。子女郎にしか頼めないんだよ。一球だけでいいから」
「もっと高位の怪異を召喚して頂ければ、子女郎ごときに頼まなくとも、真剣勝負ができると思うのでありますがね。子女郎なんて、小さな悪戯が精々でありますから……」
子女郎は、ふぅ、と息を吐く。すでに変化による"ファントムリーフボール"なる謎の魔球はタネが割れているだろう。彼女が言ったように、身体能力が物を言うスポーツにおいて、彼女が主に敵うことはない。それでも経験に差があるなら一縷の希望もあるのかもしれないが、それも長年人間として過ごしていた男の方が上だろう。
「(……子女郎は、所詮小妖怪であります。主殿が楽しむためには、見合った妖怪を召喚する必要があると思うのでありますが、その気はあまり感じられないのでありますよ)」
地面に落ちている茶色い球体を拾い上げる。もしかしたら幻術ではなく、本当にその球を投げるかもしれない、と主に思わせるせせこましい努力だ。
「それじゃあ、一球だけ投げるのであります」
「おう、来い!」
子女郎は振りかぶった。それは、知識として与えられた野球の輪郭をなぞっているだけで、経験者から見ると突っ込みどころの多いポーズだっただろう。
ふわふわ、と表現するに相応しい力の抜けた球が妖怪の主に向かって放たれる。だが、男に隙はなかった。これが変化の術による球なら、子女郎が設定した変化の効果時間より早くバットを振り、風圧で空高く打ち上げればいい。そしてこれが本物の球なら。
「(……本物の球なら、どうすりゃいいんだ?同じように空に打ち上げるのは、変化の術を見破れなかったと告白するようなもんじゃないのか?いやいや、勝てば官軍って言葉もあるように、ボールを空高く飛ばしさえすればいいんじゃないか。でも変化の術なんてお構いなしにただそれを高く打ち上げるのなら、子女郎の言った通りもっと身体能力の高い妖怪と勝負すべきで……あれ?)」
僅かな間に思考が巡り、彼の意気を急速に萎ませていく。とにかくバットを振りたがる体と、バットを振る理由を探す脳が、男に奇妙な乖離を感じさせる。
「(なんでこんな下らないことを考えなきゃならねーんだ?気持ちよく振り抜きさえすれば、全部解決だろ。本物でも、偽物でも、どうだっていーじゃねーか)」
そう結論に達して、男は手を動かした。
だがそれは、バットを振りぬくためではない。横を通り抜けようとするボールを掴むためだった。
「……何をしているのでありますか、主殿?」
男は、手の中にしっかりと残る感触に何故か安堵を覚えていた。今朝、綺麗な球体になるようにと、自分で丹念に丸めた魔物の毛皮の手触りだ。幾つか制作したそのうちの一つは、確かに手の中にある。変化の術がかけられた木の葉ではない。
「…………ふっ、子女郎、素晴らしい投球だった。だが、きっちりキャッチしたぜ」
「いや、キャッチしたぜ、じゃないでありますよ。ドッチボールじゃないのでありますよ?なんでいきなり競技が変わったのでありますか?」
不思議そうにしながらも、子女郎はマウンドを降りて安堵の表情を浮かべた。主の腕力ならどの道、球体か木の棒が壊れて被害はでない……かもしれないだろうと思ってはいたものの、万が一のことを考えると気が気でなかったのだ。
それでも彼女は、変化の術による小細工ではなく真剣勝負を選んだ。それは主の熱意を感じ取ったからこそなのだが、肝心の主は胡乱な行動をとったのだから、もうどうしようもない。
安堵する子女郎と、冷めていく主とは裏腹に、コボルトたちの歓声は凄まじかった。あの消える魔球を、木の棒で打つのではなく素手で掴んだ、と彼らは思ったのだ。掴んだ意味はわからないが、とにかくすごい、と単純に褒め称えている。
もうこいつら、何でも喜ぶんじゃないか、と男は顔だけ笑わせた。
「なぁ、子女郎。なんで変化の術を使わなかったんだ?」
丸い物体を手で弄びながら、バッターボックスから離れた男が子女郎に聞く。頭から離れない疑問の一部を、彼は解消しなければならなかった。
「主殿が真剣勝負を望んでいたからでありますけど……?」
「え。それだけなのか?」
「まぁ、大部分はそうであります。何となく、本物かもしれない偽物よりも、偽物かもしれない本物の方が、主殿は迷いそうだと感じたから、と言うのもあります。そも変化の術を使ったのなら、主殿はすぐ見破ったでありましょうし。なら、真剣勝負の方が勝算があるように感じたのでありますよ」
「……なるほど」
丸い物体に回転を加えて軽く上に投げながら、男は不思議と納得していた。
前々から思っていたが、もしかすると子女郎は俺よりも俺を見透かしているのかもしれない。
「そっか。ありがとな、子女郎」
「いえ。子女郎ごときでは主殿の相手にはならないのでありますから、礼を言われるようなことは……」
「ごとき、何て言うなよ。そんなこと言われたら、いつも助けられている俺の方が困るんだけど?」
子女郎は滅多に浮かべない照れたような表情を少しだけ見せて、すぐに顔を背けた。これも少女らしい演技なのか、それとも。
「さて、今度はピッチャーとしてコボルトたちと勝負してくるか」
「それはやめたほうが良いのありますよ。大惨事になるのが、目に浮かぶようであります」
「じゃあ、子女郎が打者として立ってくれ」
「絶対嫌であります!」
一時間ほど前に頭の上を掠めていった剛速球がトラウマになっているのか、子女郎は断固として拒絶した。
男の残念そうな声と、逃げる少女の姿。そしてコボルトたちが彼らなりに野球を行う姿は、この鬱蒼とした森で唯一の、明るい光景かもしれなかった。




