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さぁ、百鬼夜行を始めよう  作者: 一等ダスト
さぁ、百鬼夜行を始めよう
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八都市連盟録①―港湾都市サロイザースの代理領主へ届いた報告―

  手元の報告書に書かれているあまりにも奇妙な記載に、サロイザースの代理領主であるオクト・ラズームは整えられた銀の眉を顰めた。その内容を要約すると、龍瘴の森の北第二区域辺りで何の武装をしていない男に出くわし襲撃された、とのことだ。

  オクトは龍瘴の森の危険性を充分に知っている。彼もかつては名うての傭兵団に所属していた身であるし、重要な資源が埋まっているその森へ足を運んだこともある。

  だからこそ、この報告書は一層異彩を放っていた。まず第一に、武装をしていないこと。第一、二、三区域辺りは比較的危険度の低い場所とは言え、コボルト、ゴブリン、オークの縄張りであるその区域を無手で進んで無事でいられるわけがない。仮に男が魔術師だったとしても、杖くらいは持っているはずだ。実際は、杖だけ持って危険地帯に乗り込む魔術師などいるわけもなく。

  第二に、襲撃された内容だ。この男はコボルトと冒険者両方の武器を無力化したとある。それはつまり、コボルトと人間、そのどちらの味方でもないかもしれないと言うことだ。だとすると最有力候補はエルフだろう。魔法に対して圧倒的な才覚を持つエルフたちならば、あの森を無手で探索できるかもしれない。だが、エルフと八都市連盟ひいては人間国家は基本的に敵対関係にあり、わざわざ危険を冒してまで龍瘴の森を調べる理由が思いつけない。ドワーフなら分からないこともないのだが、彼らの小柄な体躯は特徴的で、冒険者たちがそれに気が付けないはずもない。

  そして最後に、この報告書が上がってきたということ。龍瘴の森で男に襲われたというこの報告書は、三星級の冒険者たちの口頭を元に作成されたものである。つまり、コボルトと冒険者の武器を無力化したその何者かは、そのまま彼らを手にかけなかったのだ。

  エルフたちならば、よほどの変わり者でない限り人間や魔物の命を奪うことを躊躇わないだろう。

  では、この男の正体は一体何なのだ。規格外の実力を持つ狂人だとでも言うのだろうか。

  「……リーダス、あなたは龍瘴の森を武装せずに探索できますか?」

  オクトの執政室に護衛として控えているリーダス・ラドップは、雇い主であり育ての親のようなものである初老の代理領主に顔を向けた。

  深い皺の刻まれた精悍な顔立ちと、怠惰ではなく鍛錬の果てに膨れ上がった肉体を持った青年からは、数多の戦歴を感じずにはいられない。まさに百戦錬磨の戦士と呼ぶにふさわしいだろう。

  リーダスはその強面に似合った渋い声で答えた。その口から放たれた言葉は実に、彼らしいものだった。

  「ふっ……誰に聞いていると思っているんですか?当然無理っすよ。そんなの考えるだけで、膝が笑うんですけど。大体、分かってることでしょう?嫌がらせですか?」

  がくがくと屈強な下半身を、ついでに顔も震わせてリーダスはぶんぶんと手を横に振る。歴戦の戦士の姿は霧散し、強そうな雰囲気だけの腰の引けた衛兵がそこにはいた。

  「ははは、当然嫌がらせですよ。最近、鍛錬をさぼり気味だと聞いていましたからね。別に両親の影を追う必要はありませんが、最低限護衛としての仕事が全う出来るくらいには、鍛えておいてくださいね?」

  「……あんたが一番追ってんだろ……」

  「何か言いましたか?」

  「いえ、何も」

  しばらく沈黙が続いた後で、オクトがリーダスに件の報告書を差し出した。受け取ったリーダスはしばらくその報告書を読みふけ、ぽつりと不思議そうに独り言ちた。

  「なんか、一番肝心な外見的な特徴が一切ないな。分かるのは武装をしてない男ってことだけ。命の危機で焦っていたのかもしれないけど、男の姿形になんの記載もないのはおかしくないか?いらない、と思って報告書の作成者が省いたのか?それとも冒険者の虚偽だからか?」

  その呟きにオクトは、書類の上で走らせていたペンを止めた。それから考えるように顎に手を当てる。

  「ふむ……そうですね。リーダス、この件を詳細に調べて下さい。報告書を作成した冒険者ギルドの職員もしくはギルド支部長、実際に遭遇した冒険者たちに対する聞き取り、また過去に類似した報告や噂がなかったかなどもお願いします。このような、明らかに虚偽の可能性が高い報告をわざわざ冒険者ギルドが送ってきたのには、何か理由があるはずです」

  高級そうな事務机から、印鑑のようなものが取り出される。それをオクトが真っ白な紙に押し付けるとわずかに発光し、それまでシミ一つなかった紙に紋章のようなものが浮かび上がる。

  オクトが何をしようとしているのか即座に読み取ったリーダスは、腰に差した小さなナイフを取り出して自らの親指を少し切りつけ、染み出た血をその紋章の中心へと押し付けた。

  再びの発光。同時に紋章が紙の中でのたうち回ると、紙自体も釣られたように形を変え、それはオクトが持っていた印鑑のようなものと同じ造形になる。

  「使えるのは二回までです。まぁ使わずともこの街でそれを見せれば、大抵のことは許可されるでしょうが、冒険者ギルドとメイラハク商会だけは私の息が及びませんからね。それでは、良い報告を待っていますよ」

  穏やかな笑みで一方的に話を進めると、それでこの話は終わりだと言わんばかりに再びペンを操り始めた。

  とりあえずリーダスは印鑑のようなものを手で摘まみ上げたが、慇懃そうで有無を言わせぬ代理領主へ疑問を投げかける。

  「……護衛が居なくなりますが、いいんですか?」

  「護衛?そのような頼もしい方、今までいましたっけ?」

  「ぐっ……!」

  本当に嫌なおっさんだ。ずかずかと足音を鳴らして執務室から出ていこうとする大柄な男の背中に、養父のような初老の男性は一言だけ声をかけた。

  「一応、気を付けて」

  リーダスは扉を開けるために伸ばした手を数秒だけ止め、そして執務室から出ていった。

  それから数十秒後、館の衛兵が執務室へやってくる。リーダスに何か言われたようだ。オクトはやはり薄い笑顔を浮かべたまま、衛兵が買って出た護衛役を受け入れるのだった。



  「くそっ……未練たらしく俺にあいつらの姿を求めるなよ。こっちは顔すら知らないっつーのに」

  リーダスは悪態をつきながら、石畳みの道を歩いていく。そんな彼に突き刺さるのは視線の数々だ。不機嫌な表情でぶつぶつ文句を言いながら歩けば注目が集まるのは当然だが、それにしても多い。道行く人々は振り返り、街の住人はなんとも表現しがたい失望にも好意にも似た眼差しを青年へとぶつけている。

  おおよそ三十年前、両親が率いた傭兵団"血潮の盾"はドワーフ九氏族共同体とこの街の英雄となった。と、リーダスは聞いている。だが、それと自分に何の関係があると言うのだ。

  英雄の息子は必ず英雄になるとでも?

  シェグルダール王国の前身であるラズリット王国を建国した人間随一の英雄、勇者レクカインの息子だって、優れた武を持ち合わせていなったと語られている。それどころか、"生くるダンジョン"によって疲弊していた王国地方領主たちに対して中央集権化を強要し、王国が崩壊する遠因を作ったと悪しざまに伝えられているのだ。

  「まぁそれは多分、シェグルダールの視点なんだろうけどさ……」

  口を尖らせながら、冒険者ギルドに向かう。昼間だからと言うこともあるが、港へと続く街道は人がごった返している。あまり人混みが好きではない大柄な青年は、ついついため息を吐き出してしまった。

  とはいっても、大柄な男は随分スムーズに移動出来ているほうだ。意識せずとも発せられる大物の雰囲気が、道行く人々を遠ざけさせている。妖怪の主が見れば、歩く蚊取り線香かよ、とでも突っ込みを入れていただろう。

  更に二十分程度歩いたところで、冒険者ギルドの看板が見えてくる。久々だな、とリーダスは指を折り曲げ数えながら冒険者ギルドの中へと入っていった。

  耳を襲ったのは、相変わらずの騒々しさだ。だが、リーダスが入ってきたことに冒険者たちが嫌でも気づかされると、その声は次第に静まりひそひそとしたものへと変わっていく。

  五星級の冒険者か?いや、もしかすると輝星級の可能性すらあるぞ。

  彼を知るごく少数の冒険者以外は、威圧感溢れる男を横目で見ながらそんなことを話し合っている。

  ではそんなリーダスの実力はと言うと、大して高くない。三星級と言う、中堅レベルの冒険者だ。しかもその中では、下から数えたほうが早いだろう。

  「すみません、ミレルさんはいますか?オクト・ラズームの命を受けてやってきたんですが」

  このギルドの支部長の名前を出し、懐からオクトが渡してきた印鑑のようなものを受付に見せると、ギルド内が完全に静まり返った。

  ギルド支部長とこの街の代理領主の名を軽々しく出せるなんて、この男は名のある冒険者で間違いない。

  リーダスと多少親交があり、彼の実力を知っている冒険者でさえ飲まれてしまいそうな重い静寂。受け付けの男性職員は当然リーダスの事を知っていたが、それでも自然と体が震えてしまう。もっとも、この雰囲気が耐えがたく、震え出したいのはリーダスも同じなのだが。

  「しょ、少々お待ちくださっい!」

  男性職員は舌を噛みながら頭を下げて、奥の支部長室の方へと走り去っていく。

  たまたま酒場で一緒になり、酒を交わしあった際には気安くバンバンと背中を叩いて来たのにな。男性職員の背中を見つめながらリーダスは、毎度どうしてこう大事っぽい空気になってしまうのか理解に苦しむ。原因は彼のスキルにあるのだが、残念ながらそのことを知る機会は未だ訪れていないのだ。

  「お待たせしました。こちらへどうぞ」

  受付の仕切りが開かれ、奥へ進むよう手振りされる。リーダスはそれに従って、支部長室へ通されると、大きな椅子にふんぞり返っている壮年の小柄な女性の姿があった。支部長であるミレル・マルダンだ。彼女は快活な声で、彼女なりのやり方でリーダスを歓迎した。

  「リーダス、久しぶりだな!ギルドにほとんど顔を出さなくなって、私は寂しかったぞ。なんせ、自分で作りでしたあの妙に重い空気の中で、右往左往しているお前の姿が見れなかったんだからなぁ!」

  大きく口を開いてがははと笑う。相変わらず騒がしい人だな、とリーダスが思ったのを読んでか読まずか、ミレルは口角を吊り上げてリーダスへ椅子を勧めた。

  「代理領主殿の名代なんだろう?そう仏頂面をするなよ。いや、もともとそんな顔だったかな。何せ、小僧っ子の時に散々面倒を見てやったと言うのに、最近は全く会いに来ないものだから、とんと人相を忘れてなぁ」

  応接用のテーブルの上に置かれた、美しい意匠のティーカップに自ら飲み物を注ぎながら、ミレルはそう皮肉った。実際に面倒を見てもらっていた仏頂面は言い返す言葉がなく、差し出されたティーカップを黙って手に取り口を潤すしかない。

  「で、今日は何の要件だ?と、言いたいところだが、代理領主殿の名代と言うことなら察しはついている。龍瘴の森で冒険者たちが遭遇した正体不明の男のことだろう?」

  すでに用意していたのか、冒険者たちの証言を書き留めたメモをミレルが手渡す。リーダスはすぐに、綺麗な字で書かれたその内容がめちゃくちゃなことに疑問を覚え、恩人に問うた。

  「武装をしていない男に武器を粉微塵にされたことは一致しているのに、外見の事となると四人とも証言がバラバラじゃないっすか。一人は太っていたと証言し、もう一人は筋肉質だったと証言している。低い声だったとあれば、少年のように高い声だったとも。こんな矛盾がいくつもあるのは、どう考えてもおかしい。この冒険者たちは信用して良い者たちなんすか?」

  それまでの明け透けな笑みを引き締め、ギルド支部長らしい朗々とした声でミレルが答える。

  「少々素行に問題がある者もいるが、依頼に対してはこれまで真摯に取り組んでいる。このような不可思議な報告をしたこともない。そして冒険者ギルドとしては、このような矛盾だらけの報告書を提出する訳にもいかない。それで結局、この何者でもない者の外見的な特徴は一切記載しないことにしたんだ」

  「何者でもない者…………だとしても、外見的な特徴が一致していないと言う趣旨の一文を入れて頂けたらありがたかったんですがね」

  「そんな不確かな情報で、多忙な施政者を困惑させるわけにはいかないだろう?確度が高いのは、冒険者たちが龍瘴の森で武装をしていない男に襲われた、と言うことだけだ。そしてそれ以外のことに、冒険者ギルドは報告の責任を持てないんだ」

  外見的特徴が一致しない理由は何なのだろうか。

  リーダスは、強面に皺を加えて考える。

  認識阻害魔法でもかけていたのだろうか。だが、この何者でもない男は自らコボルトと冒険者たちの争いに割って入っている。姿を認識されたくないものが、そんな行動をとる動機が見出せない。それに認識阻害魔法の熟練者でも、冒険者それぞれに別々の姿を見せるのは困難なことだ。

  男の事だけではなく、冒険者ギルドにも怪しい点がある。

  このような真偽不明な報告は一日に何度も入ってくる。この報告だけを代理領主へ直接送った意図が読めない。脅威は感じられるものの確実ではない報告は、定例報告の中に小さく紛れさせておくものなのだ。

  つまり、冒険者ギルドはこの件が大事へと発展する可能性を想定しているのだろう。そしてその裏付けを握っているはずなのだ。

  「まぁ、お詫びと言っては何だが、最近ガルドオズムを賑わせている面白い話を聞かせてやろうじゃないか。これは、向こうの支部長が通信魔法で送ってきた噂でな」

  「はぁ……」

  またミレルさんの無駄な長話を聞かされるのか、と気分が落ち込んだリーダスだったが、その面白い話とやらは明らかに今回の男の件と関係があると思えるものだった。

  「ガルドオズムの西側に森があるだろ?不踏山脈まで続いている、あの森だ。あそこで裸の男に襲われた冒険者たちがいるらしいんだよ。龍瘴の森には及ばないが、あの森だって危険な場所だ。そこで裸だよ、裸。しかも冒険者たちが話したその男の外見は」

  支部長がそこで溜めを作り、目を鋭く細めた。その先を言いたくて、口はうずうずと震えている。そしていよいよ溜めを解放しようとした矢先。

  「一致していなかった、ですか。なら、今回の男と同一人物の可能性が高いっすね。だから、真偽不明でも今回の報告を重要視してたのか。そのガルドオズムの噂は男が裸であることだけは共通してるんですかね?だとすると服装は認識できるのか?」

  一番おいしいところを持っていかれた支部長は、口をへの字にして不満を表明した。話の流れから誰でも落ちを予想できるだろうが、態々それを先に言ったあげく推測をべらべら喋ることもないだろうに、と憤慨しているのだ。

  「あ、すみません。ついつい気になってしまって」

  「ふん、まぁいい。つまりそう言うことだ。ガルドオズムで報告された裸の男と、今回の男は同一人物の疑いがある。ただそうなると、少々問題があってな。冒険者たちがガルドオズムのギルドに報告を入れてから、龍瘴の森で武装をしていない男を発見するまでの間隔は二日と半日程度なんだ。仮に上手くホセナド川の関所を通り抜けたとしても、昼夜問わずかなりの速度で歩き続けないと、二日と半日では到達できないはずなんだよ」

  「素手で武器を粉砕するくらいだから、身体能力は規格外でしょう。二日と半日で到達するのも無理じゃないかもしれません。あとは空間魔法や飛行能力なんかの可能性は……空間魔法は基本的に空間礎石の設置されている場所にしか行けないし、飛行能力は森では使いづらいんじゃないか?木々より高く飛べるなら別だけど、それだと今度は森の中にいる冒険者たちを見つけるのが難しくなるな」

  「はぁ……全く、相変わらず自問自答を口に出しているんだな。昔からの悪癖だぞ」

  僕のお父さんとお母さんは何処に行ったの?どうして僕に会いに来てくれないの?

  ミレルは、リーダスが物心が付いてから最初にした質問を覚えている。彼の質問に大人たちは、悲しい笑みを浮かべるか、沈黙を持って返すしかなかった。だが幼い孤児はまるで答えを探るかのように、黙するしかない大人たちの反応をじっと見つめていたものだ。

  結局彼はいつの間にか、誰に教えられるでもなく自身の両親の最期について理解していた。

  「すんません。直そうとは、思っているんですけど」

  目線を落とし、手と手を軽く合わせて返答する。そんな大男がまた思考を口から垂れ流す前に、ミレルは一気に捲し立てた。

  「ガルドオズムで噂になっている男と、今回の男が必ずしも同一人物だとは限らない。だから、注意せよ、としか言えない。龍瘴の森での探索依頼を出すなら受け付けるが、最低でも五星級、個人的には輝二星級以上の冒険者でないと、足がかりすら掴めないと我々は予測している。そしてそんな冒険者はそうそう居るものではない。それにもし、件の男が龍瘴の森の奥地へも行ける実力の持ち主なら、正直冒険者ではどうしようもない。せめて黴の生えた伝説を呼び覚まさないように、願うばかりさ」

  空になった自らのティーカップを指で弄ぶ。彼女は冒険者ギルドの職員だが、サロイザースの出身であり、リーダスの両親に助けられた者でもある。街に迫る不吉な予感に、彼女の心労も積もっているようだった。

  「そうですね……あ、そだ。ちなみに裸の男に襲われて死人や重傷者が出たって話はあるんですか?」

  「そんな噂も立っているらしいが、ギルドに報告してきた冒険者たちに被害はなかったようだ。転移石を使用して逃げたようで、金銭的な面では、かなりの損害だったと言えるだろうがな」

  「へぇ。やっぱり命までとる気はないんでしょうかね?だとすると、敵意を明確にされるより、厄介かもしれないっすね」

  「さぁな。冒険者ギルドは、遠くから見た火が猛々しいものだからと言って、その危険性を断定することはない。人をおびき寄せる見せかけだけのものかもしれないし、近付くと飛び込みたくなるような強制力を持っているかもしれない。だから、このほとんど情報のない男に評価を下すことはしない……個人的にはそもそも生物かどうかも疑わしい、奇妙な現象のようなものの気がするがな」

  両の掌を頭の後ろに当たるように組んで、椅子を揺らす。日々冒険者ギルドに入ってくる情報は、虚実合わせて膨大なものになる。その混交玉石の中から、ギルド職員たちは価値ある情報を選別しなけらばならない。今回のこの男の件も、ガルドオズム支部から先に連絡を受けていなければ、おかしな虚偽報告として打ち捨てられていただろう。

  だからこそ、どうするべきなのかと頭が痛くなっているわけなのだが。

  「そうだ。今回の男の件と似たような報告が過去になかったか、調べたんだ。お前も興味あるだろ?」

  リーダスが返事をする前に、ミレルは紙の束を応接室の机の上に置いた。その紙の束には、割と厚さがある。意外に似たような報告が入っているんだな、と思いながらリーダスは手に取った。

  「いいんですかこれ?ギルドの非公開資料でしょ?」

  「ふん、紙の束に大した価値なんてないさ。見る人間によって、値打ちは変わるものだからな。それに、重要資料ってわけでもないし。私は、この男の件が穏便に解決されるよう手を打っているだけだよ。まぁ、私の立場を守るために、胸元にしまっている魔証印は押してもらうがね」

  すっ、と中央に大きな円の書かれた紙が差し出される。オクトがリーダスに渡した印鑑のようなもの―魔証印を生成する際に用いた用紙と似た材質だ。

  リーダスは慣れた手つきでナイフを取り出し、親指に切れ目を入れた。まず自身の血を円の中央に垂らし、次に魔証印を血に重ねるように押す。すぐさま放光がおこり、紙がくるりと筒状に丸まった。

  「それとこれは、証言した冒険者たちが泊っている宿の名前だ。場所は知っているよな?」

  「勿論。何から何までありがとうございました」

  感謝を示して下げた頭にミレルの手が伸ばされる。かと思うと、その手はバンバンと大柄な男の頭を叩き、同時に歯切りの良い声が飛び出てくる。

  「ああ。仕事以外でもたまには顔を見せるんだぞ!」

  再び一礼をして、リーダスは支部長室から出ていく。一体どんな重要なことを話していたのかと、冒険者たちはその大きく頼もしく見える後ろ姿を、ひたすら眺めていた。


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