第98話
こうして、私がよく知ってるヴァネッサベルが生まれた。
悪逆非道の令嬢、国を崩壊させる姫として。
この国がなくなれば、自分が死ぬ未来はなくなる。
ルシエルの魔法が発動することもない。
どんなに本人にその気がなくとも、シャルロットという存在が人々の心を狂わせている。この国が駄目になる。
この国はシャルロットを使って他国との繋がりを強化しようとしていた。シャルロットは人の心を魅了する天性の力があった。ゲームしているときの私はヒロインだからみんなに愛されるのが当然だと思っていたが、実際はそうではない。
無条件に愛される才。それを父親は利用していたのだ。現にシャルは他国の王子から好意を寄せられていた。縁談の話も後を絶たなかった。そこから政治的な繋がりを作ることも出来る。
私たち姉妹は、この国にただ利用されていただけなんだ。
だったら、終わらせてしまえばいい。
悪役令嬢として人を騙し、シャルを追い詰めて、国を乗っ取ろうとした。
何度も、何度も。シャルを生かそうとするこの世界と戦い続けた。
もう死にたくない。過去に戻りたくない。
ルシエルの命を削らせたくない。
本当は何度も過去に戻った瞬間に死のうと思った。そうすればタイムリープは発動しない。条件は十八歳の時に死ぬこと。それ以外で死ねば、終わらせることが出来るはず。
そう思っていたのに、出来なかった。
だってベルは生きたかった。納得できない死を繰り返して、何度理不尽に殺され続けても、その先の未来を生きたいという願いだけ捨てきれなかった。
だけど、気持ちだけでどうにか出来るものじゃなかった。
記憶は蓄積される。死んだ記憶、人を騙した記憶、誰かを殺した記憶も。全て、残り続ける。
血生臭い記憶に心はすり減り、ベルは立ち上がる気力も失われた。
疲れてしまった。
心が死んでしまったのだ。
だからベルの中に、私という存在が生まれた。異世界で死んだ私の魂が、何度も繰り返されたタイムリープで次元が乱れたことでこの世界に転生をしたのかもしれない。
自分の中に自分以外の魂がいることに気付いたベルは、自分の代わりに未来を変えてほしいと願った。
どうか。未来を変えて。
私にはもうどうすることも出来ない。
あの子を、助けて。
シャルロットが死ななくてもいいように。
ルシエルがもう苦しまなくていいように。
どうか、どうか。
その願いが私の耳に届くことはなかったけれど、私は未来を変えるために動いた。家出をして、あの国との関わりを断った。
国の人達からヴァネッサベルという存在は薄れ、もう反感を買うこともない。
だけど、私は彼女にとって大事な記憶を知らなかった。ルシエルのことを知らなかった私は、彼を迎えに行くことが出来なかった。
彼は私のために一人で国への復讐を行っていた。ベルのために、シャルロットを、ハドレー国を壊そうとしていた。
私がもっと早く彼のことに気付いていれば、こんなことにはならなかったのに。
ルシエルはベルのために魔法具を使って魔力を生命力を削って戦ってくれていた。
彼は何を思って、夢でベルと接してきたのだろう。ベルの体に怪我をさせてしまった時、彼はどんな思いだったのだろう。
考えるだけで心が痛い。
知らなかったこととはいえ、ルシエルのことを思うと、後悔しかない。
「貴女は何も悪くないわ」
「……っ! ベル?」
ふと声が聞こえ、私は顔を上げた。
気付いたら周りの景色が変わっていて、真っ暗な場所に体が浮いていた。
目の前には私と同じ見た目の、髪の長いベルがいる。この体の本来の持ち主、ヴァネッサベル。
「私には出来なかったことを、貴女は成し遂げてくれた。このまま十八の誕生日を迎えて、死なずにいてくれれば……私の願いは叶う」
「それは、そうだけど……貴女はどうなるの?」
「私はもう、消えるわ……だって、私はもう何度も死んでいるのよ。本来なら生きているはずのない命だもの……それに過去が何度も戻されたとはいえ、私はもう何人もの人を殺しているの。レベッカ・グレッチャーだってその一人なのよ。今生きているからって、彼女が何も覚えていないからって……それが許されるはずないのよ」
「……ベル」
「何より、私が耐えられない……私の中には……シャルロットを愛おしいと思う気持ちと同じくらい、あの子を憎む気持ちもある。あの国を滅ぼそうという気持ちは、消えないのよ……」
ベルが苦しそうな表情を浮かべている。
私には分からない、心を蝕む苦痛。ベルの心は疲れ切ってしまったんだ。タイムリープを何十回も繰り返したということは、同じ時間を何百年も生きたということになる。
そんなの、正気を保っていられない。ツラかっただろう、苦しかっただろう。
「…………でも、そんなの悲しいよ。貴女はこんなにも頑張っていたのに、何一つ報われないまま消えていくなんて……」
「私の罪は決して消えないわ。せめて、シャルロットにごめんなさいと……ルシエルに、ありがとうと伝えてほしいの」
「…………っ、嫌よ!」
「え……」
「それは貴女の口から伝えなきゃ駄目よ。こんなお別れ、私が嫌だ! ここで諦めるなら、私は十八になったら死ぬわよ!」
「……あなた」
「まだ消えないで。最後にちゃんと、伝えようよ」
私はベルの手を掴んだ。
その瞬間、私たちの体は光り出して意識が遠のいていった。
読んでくださってありがとうございます。
感想・レビューなどありましたら励みになるのでよろしくお願いします。