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第89話



 医務室に入ると、数人の兵士達が少年の眠るベッドを見張っていた。仕方ないことだけど、何だか見てて気持ちのいいものではないな。

 一国の姫君を殺そうとしていたんだから、死刑は確実だろう。私もそれは当然だと思った。でも、こうして弱った少年の姿を見てしまうと、その気持ちも揺らぐ。


 ツヴェルが兵士を下がらせ、私達は静かにベッドへと近付いた。

 この子がルシエル。シャルを殺そうとしていた少年。


「……こんな子供だったなんて、気付きませんでしたわ」


 レベッカが驚いた様子でそう言った。そういえば、魔術師と直接会ったことがあるのはレベッカだけだった。

 私みたいに変装か何かしていたのかもしれない。少年の姿じゃ貴族に近付くことなんかできなかっただろうし。


「……必要ないかもしれないけど、少年には魔力を封じる枷を手足に着けてある。目が覚めてもここから逃げ出すことは無理だろう」

「……そう」


 ナイトが淡々と説明してくれた。

 改めて少年の顔を見る。蒼白で微かに聞こえる寝息だけが、彼が生きていることを教えてくれる。

 目元にかかった長い前髪を払うように、そっと彼の額を撫でた。指先に触れた肌が冷たくて、少しだけビックリしてしまった。


「……ルシエル」


 おそらくこの少年の名前だと思われる言葉を呟くと、彼の指がピクリと動いた。

 意識を取り戻したのか、少年はゆっくりと目を開けて虚ろな瞳で私のことを見て涙を零した。


「…………ベル、さま……」

「私のことを知っているのね……」

「……なん、で……あの女を、助けるのですか……あなたを、苦しめる、あの女を……」

「……どういうことなの。どうして貴方は、ベルが死ぬ未来を知っているの?」

「…………何度も、見てきたから、です……」


 少年が、震えながら手を伸ばそうとした。私はその手を掴み、ギュッと握り締めた。

 細い腕。こんな体でずっと無茶な魔法を使っていたというの。私の、いいえ、ベルのために。


「……全てを教えて。ルシエルが何をしていたのか、私の知らないベルのことを」

「……あなたは、本当に、ベル様じゃない、んですね……本当に、いなくなっちゃったんだ……」


 悲しそうに目を閉じるルシエル。

 私は彼が言うヴァネッサベルではない。ルシエルが会いたいのは、ゲームに出てくる悪役令嬢ヴァネッサベル。プレイヤーにトラウマを植え付けた、ラスボスだ。

 何故、彼はそんな彼女のためにこんなボロボロになっているんだろう。その理由は、一体なに。


「……僕は、繰り返しているんです……何度も、何度も……ベル様が死ぬ未来を変えるために……」

「繰り返してる?」

「僕の、魔法特性……時間跳躍タイムリープ。ベル様が死んだとき、この力が目覚めました……」


 ルシエルの言葉に、そこにいた皆が驚いた。

 タイムリープ。過去に遡る力。その力で何度も彼は同じ時間を繰り返していたと言うの?

 何度も何度も。ベルが死なないように。

 つまり、ゲームで言うリセットを繰り返していた。君100のストーリーでいうハッピーエンドに辿り着く度に、バッドエンドへ向かうためにリセットする。

 その繰り返す時間の中で、シャルは様々な王子様と協力してラスボスであるヴァネッサベルを倒しに行く。

 ここは、バッドエンドの世界じゃなかったんだ。ハッピーエンドへ向かう世界線だったのに、この子がベルのためにバッドエンドにしようと必死でフラグを立てていたんだ。

 だけど、何故かベルの体に私の魂が入ってしまった。そのせいでこの世界の未来は大きく変わったんだろう。


「……ちょっといいか」


 話を続けようとするルシエルに、ナイトが口を挟んだ。


「喋り続けるのはキツいだろ。もしお前さえ良ければ、お前の記憶を覗かせてもらいたい」

「……ぼ、くの……?」

「お前と、ヴァネッサベル。二人の記憶を見た方が話が早いだろ」

「私も?」

「何度も過去を遡っていたのなら、お前の体にかつてのヴァネッサベルの記憶も残っているだろ。それと、コイツの記憶を合わせる。お前たちの共通した時間を見るのが早いと思うんだが」


 なるほど。それなら過去にベルがどう思っていたのかも知ることが出来る。

 この体に残った、ベルの記憶。彼女がなぜ悪役として実の妹の前に立ち塞がったのか。

 ゲームでは知ることが出来なかった真実が、分かるのね。


「私は構わないわよ」

「僕も……」

「よし。じゃあ準備をするから少し待っていろ」


 ナイトは魔法具の準備をするために部屋を出ていった。

 少し話をして疲れたのか、ルシエルは息を荒くしている。これ以上の長話は彼の体にも障るわね。


「少し、休んでいなさい……」

「……はい、ベル様……」


 頭を撫でてやると、ルシエルは安心したように目を閉じた。

 何だろう。彼と接しているときは心の奥から優しくなれる。この子を労る気持ちが溢れてくる。

 これは、ベルの記憶がそうさせているのかしら。


 じゃあ、今までシャルに対して言葉が厳しくなっていたのも、ベルがシャルを憎んでいたから?

 ルシエルがシャルに近づこうとしたときに体が動かなくなったのも、そういうことだったの?


 じゃあ、シャルを助けようとする私のことも嫌いだったのかな。




読んでくださってありがとうございます。

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