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憧れの先生  作者: 槇 慎一


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6 音大受験



 高校一年の夏から音楽大学講師のるり子先生のレッスンに通い、ついに受験の季節になった。


 一週間置きに通ったレッスンは毎週になり、ピアノの時間を少しだけ減らしてソルフェージュのテストもしてくださった。


 慎一くんとかおりちゃんの成長も楽しみにしていた私は、レッスンの前後までわくわくした。慎一くんがいなくても一人でピアノを弾くかおりちゃんに会えた。逆にかおりちゃんがいなくて慎一くんだけが練習していることもあった。二人ともいない日はなく、いつも音楽があり、暖かい雰囲気に満ちていた。


 受験の日は、前日から寮に宿泊する。もう一日だけホテルに前泊して、るり子先生のレッスンを受け、東京に滞在することに慣れることにした。これは本当によかった。寮に来てから体調を崩してしまい、受験はどうしたのかわからない受験生がいた。慣れない気候に馴染むのに、一泊早めたことは、体が安心したような気持ちだった。


 同じ学年、同じピアノ演奏科受験のみかちゃんも、風邪もひかずに順調だった。お互いに全ての試験が終わったら一緒にごはんを食べようと約束した。お友達、特に同じ門下のお友達の存在は、本当に支えられた。


 不思議なことに、落ちる気はしなかったし、地元の家で暮らすのもあと僅かなのだと思うと嬉しさも、寂しさもあった。


 受験前のるり子先生の最後のレッスンが終わった。

「もう、言うことはないわ。元気で、体調をくずさないように。ゆっくり眠ってね」

と言われた。

 私も先生のおかげで、心配なことは何もなかった。もっとこれをしておけばよかった、という後悔もない。でも、そういう御礼は、合格した時に言いたい。私は、頑張ってきますという気持ちを胸に、先生に頭を下げた。これで最後じゃない。絶対に、また笑顔でお会いしたい。


 レッスン室を出ると、慎一くんとかおりちゃんがリビングで私のことを待っていたみたいだった。

「さやかさん、頑張って来てください。ここでお会いするのは最後ですね。良いご報告、お待ちしております。」

「さやかさん、かおちゃんも、こんどいちねんせいなの。おんなじね」

 胸がいっぱいになった。二人とも、背が伸びた。慎一くんなんて、もう私と変わらないのでは?笑うところじゃないのに、この二人のコメントが嬉しくて可愛くて、私は背が伸びたかおりちゃんを抱きしめて、ありがとうを伝えた。会ったばかりの時は、ぽちゃぽちゃしていたのに。


 ここで会うのは最後か。そうか、合格したら音大のレッスン室になるんだ。




 そして、るり子先生のお宅でのレッスンは、それが最後になった。


 合格してすぐに、発表会のためにもう1曲追加することになり、入寮手続きをしながら練習に励んだ。


 発表会のために一年がかりで仕上げた二年前。半年間から取り組んだ一年前。そして今、受験曲以外はレッスンに行かずに一人で仕上げている。自分でやるべきことがわかる。やればやるほど、次々に出てくる。いつか先生が言っていた。合格する頃には一人で仕上げられるようになると。


 慎一くんはショパンの『スケルツォ2番』、かおりちゃんはドビュッシーの『夢』だと言う。

 私は、メンデルスゾーンの『ロンド・カプリチオーソ』を弾くことにした。


 4月になってすぐの発表会の日。慎一くんの誕生日。るり子先生が一年で一番幸せという日。私も幸せだった。

 かおりちゃんは制服だった。相変わらず可愛いな。本番前、かおりちゃんはお手洗いでリボンを結び直していた。私は直ぐに外に出ようとしたが、かおりちゃんはずっと下を向いて手を動かしていて、結び終わる気配がなかった。


「かおりちゃん、リボン難しいの?お手伝いしようか?」

「さやかさん、リボンほどけちゃったの。いちねんせいになったらリボンがかわるの。むすべないの」

「そうか、新しいリボンなのね!大丈夫。今日は私が結んであげる。直ぐに慣れるよ……ほら、できた」

「ありがとうございました」

 赤ちゃんみたいだったかおりちゃんの長くて柔らかい髪、白い肌、長い手足は、絵画に出てくる外国の少女のようだと思った。


 慎一くんがかおりちゃんを見つめる眼差しも、ますます優しいものになった。もう、私達の前でかおりちゃんを抱っこしたり手をつないだりする場面はなかった。まるで小さな恋人のような、綺麗な二人だった。


 発表会の後、かおりちゃんが慎一くんと一緒に挨拶しに来てくれた。

「さやかさん、リボンをむすんでくれてありがとうございました。あれから、いちどもほどけなかったです。それから、きょうさやかさんがひいた曲、わたしもひきたいです」

 そのかおりちゃんの言葉に、慎一くんも驚いていたみたいだった。

「さやかさん、ありがとうございました。かおちゃん、もう少しお手々が大きくなったら弾けるからね」

「はい」

 私も、笑顔でかおりちゃんに言った。

「楽しみにしてるね。また聴かせてね」

「はい」

 かおりちゃんは、にこっと笑った。


 これで私もかおりちゃんも、一年生になった。











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