2 2回目のレッスン
るり子先生の2回目のレッスン。
前回は初めてだったからはお母さんと一緒に来たけれど、今日は一人で来た。レッスンとは言え、一人で東京に出かけるのは楽しみ。あまり洋服を買ってもらえないからお洒落できないのは残念だけど、東京までの往復切符、音楽大学の先生のレッスン代……すごく良心的なレッスン代みたいだけど、それでも今までとは全然違う。絶対に合格して音大に行きたいから頑張らなければ。
前回の曲に加えて、バッハをもう1曲、ツェルニーを次の5曲もさらってきた。ベートーヴェンのソナタは精度を上げた。
緊張する。意を決してインターフォンを押した。
「はい、少々お待ちください」
……あ、あのカッコいいお兄ちゃんがドアを開けてくれた。水色のストライプのシャツを着ている。都会の男の子がカッコいいというのもあるけど、この子は特別カッコいいんだろうな。
リビングでは、妹ちゃんがリビングのテーブルでマグカップの中をのぞいていた。
「かおちゃん、まだ熱いからね。あと30数えて」
「いーち、にーい、さーん……」
小さい声で真剣に数え始めた。
「かおちゃん、その前にお姉さんにご挨拶……」
「しーち、はーち、……」
「……あ、すみません。29・30!かおちゃん、お姉さんにご挨拶して」
いきなり30になり、妹ちゃんはパアッと顔を輝かせて、私に大きな声でご挨拶した。
「こんにちは!」
「ふふっ、こんにちは」
可愛いなぁ。
「あれは何ですか?」
お兄ちゃんに聞いてみた。
「プリンです。まだ出来立てで……」
お兄ちゃんの手作りプリン。何て素敵なんだろう。……いけない、また和んでしまった。
前の生徒さんと入れ違いに、レッスン室に入った。前回、前後になった人だ。相手もそう思っただろう。二人とも笑顔で会釈した。
るり子先生が私達に言った。
「貴女たちは同じ学年なの。ぜひお互いにいいお友達になって?メール交換したら?さやかちゃんは夏期講習は参加申し込みしていないのよね?集まれる人だけでも試演会と門下会をしましょう。みかちゃんも、夏期講習の最終日の夕方から夜、空けておいて?さやかちゃん、東京に一泊できるかご両親に相談してみて?」
るり子先生はリビングに行った。私達はレッスン室で、お互いのメールアドレスを交換した。どうしよう、何だかうれしい。
「わあ~ん!」
妹ちゃんの泣き声が聞こえた。
「かおちゃん、どうしたの?」
るり子先生の声が聞こえる。きっと、プリンが熱かったんだろう。私にご挨拶するために、冷まさないまま食べてしまったんだな。
「あの子たち可愛いね」
みかちゃん、ていうのかな。
「ふふっ、本当にね。さやかです。よろしくね」
「みかです。メールするね。じゃ、また」
「またね」
私はレッスンのために気持ちを引き締めた。
るり子先生の3時間レッスンは、私が練習してきた内容を聴いていただくだけではなく、練習の仕方やソルフェージュの訓練も含んでいて、その場で強化したい内容のエチュードを作って練習したりした。少し教えてもらってできるようになると、少しだけ自信がついた。私は進度が遅れているだろう。それでも、ただ埋めていくだけじゃなくて、こうして内容を充実させていかなければと思った。今までも、自分で頑張ってきたつもりだったけど、何て受け身な習い方だったのかと気づいた。
「焦らなくても大丈夫。だんだん自分で仕上げられるようにレッスンしていくから。その頃には大学にも合格しているし、道は拓けてくるわ。試演会は、大学の広いレッスン室で何人か集まって、順番に弾くの。さやかちゃんは、ベートーヴェンはやめておいて、バッハの2曲と、ツェルニーを10曲でどう?暗譜はしなくてもいいわ。毎年4月に発表会があるから、そこでベートーヴェンのソナタをじっくり全楽章披露してもらいましょう」
「はい、頑張ります」
試演会も門下会も初めてだけど、絶対参加したい。夏期講習は、るり子先生のプライベートレッスンが受けられなかったら参加するつもりだった。
三時間のレッスンを終えると、リビングからは驚くほど綺麗な音のバイエルが聴こえた。えっ?お兄ちゃんがお手本で弾いているのかと思ったら、あの小さな妹ちゃんが弾いていた。さっき、プリンが熱くて泣いていたあの子が……確か年少さん、ってるり子先生が言ってた。あまりにも綺麗で、少し立ち止まって聴いてしまった。今度は同じ曲を、違う調で弾いていた。短い曲だけど、4つ位聴いてしまった。それはステージで弾いているかのような集中力で、本当に楽しそうな弾き姿だった。
お兄ちゃんは、妹ちゃんを止めずにそっと席を立ち、私が玄関に行くのを見送って、静かに礼をして鍵を閉めた。
ピアニスト……ピアノの先生のおうちの子って、すごいなぁ。地元では私くらい弾ける人だってなかなかいないのに。それだって、私は別にすごいわけじゃないし。前回はバイエルの中頃の曲だったのに、2週間後の今日は、もう最後の方の曲だった。いろいろな調で弾いて応用もしていた。きっと、小さい手でできる全てのことをしているんだ。美しくて、表現力も素晴らしかった。今度……2週間後、あの子はどんな風になっているんだろう。そして私は?……私も頑張ろう。
帰りの新幹線で、みかちゃんにメールしてみようとしたら、既にメールが来ていた。夏期講習の最終日は一緒にホテルに泊まればってお母さんに言われたと書いてあった。うれしい!一人でホテルに泊まったことなんてないから、お母さんが何て言うか心配だった。私は、お母さんに試演会と門下会のこと、同じ学年のお友達が出来たこと、夏期講習の最終日にその子と一緒にホテルに泊まろうと誘われたことをメールした。
夏休みが楽しみになった。




