旅に出る
初投稿です(大嘘)。
燃え盛る濃い青か紫の炎、その中心で俺は唖然としていた。周りにいた醜悪な獣が口や目といった場所から勢いよく炎を上げては、消滅していく。
焼ける肉の音と不快な匂い。先程まで毒に侵されていたためか、まだ倦怠感が抜けきれない体。そして、現代日本では早々お目にかかれない生きた獣を焼き殺す光景に胃の中の僅かなパンが溢れだしそうになってくる。
唖然としている俺とは対照的に、この惨劇を生み出した俺の初恋の人はまるで料理でもしているのかのように炎を操っていた。
人間というか男子というか男というか、まぁ俺みたいなオタクっていうのは創作に憧れるものだ。チートで無双とかハーレムとか、2つ合わせてチーレム無双とか、割とみんな憧れる。誰だってそうさ、俺もそうだったし。
まぁ……だったのだ。もう社会人5年目の高卒オジサンとしてはそんなのはどちらかと言うとイタイ様に見える、てかぶっちゃけイタイ。
まぁ、俺はそんな王道に行く気も無く、こうして異世界転移した今も営業スマイル浮かべて、ラノベにありがちな王様に言うのだ。
「私、どうやら役立たずの様ですし、旅に出ようと思います」
「なんと!? どういうことだ!」
周りがうら若き高校生の中1人オッサンが居れば悪目立ちするしそれが最弱とあればさらに悪目立つ。王、いや国としては「うら若き猛者の勇者達が異世界から来てくれた」と言いたいだろう。
だが、その中にくたびれたオッサン、しかも最弱スキル持ちが居れば色々と不都合だ。象徴はいつでも輝かしく、強いものであった方が良い。
だからこそのこの提案。最弱自らが旅に出ると言っている。まぁ、俺が勇者だと言って悪さする可能性も向こう側としては否めないであろう……自分で言っててなんだが、俺の目が死んでる節あるし。
そこで、中世あたりの雰囲気漂うこの世界で使えそうな言葉がある。
「もちろん、自分を勇者と言ったり、悪さをしたり致しません。私は最弱なりにこの世界の役に立とうと旅に出たいのです。ええ、神に誓って」
「そうか……」
中世の歴史を学ぶ時、宗教は重要な単語だ。十字軍やカノッサの屈辱と言った宗教関連の組織や出来事は多々ある。この世界でもそれと同じような歴史を辿っているのなら、恐らく……。
「ふむ……分かった。勇者としてのその姿勢、素晴らしい! 旅に出ると良い」
かかった。ついでに少し、ワガママを言っても通るだろう。
「ありがとうございます。つきましては、路銀を少々と身分を証明する物、それと旅道具一式をいただけるとありがたいのですが……」
「よかろう、すぐに用意させよう」
「度々ありがとうございます」
これでよし、これで恐らく高校生の中にいる主人公的な子の物語に巻き込まれなくて済む。俺は物語のモブすら嫌だ、出演すらしない、サラッと名前が出る程度のモブで良い。
最弱はこういう系の話だと主人公に嫉妬して主人公を襲って断罪されるのだ、ヒロインを襲ってそれを主人公が助けて2人の距離が縮まるといったイベントもあるかもしれない。俺とかオッサンだし丁度良いだろうな。
だから俺はそんな風にならないためにさっさと主人公達から離れたいのだ。
この後はどうしようか、正直帰る気は全く無いしなぁ……高卒はブラック企業に入るしかないんだよ、残念ながら。まぁ、なるようになるさ。明日は明日の風が吹く……ケセラセラだっけか? まぁ、のんびりと行きましょうかね。
「さっさと行くといい。勇者様の面汚しが」
見下したような目線で騎士が言う、黙れクソが、言われなくても行くっての。ああ……もう本当にクソみたいな一日だったわ。痴漢冤罪にかけられるわ異世界転移させられるわ、しかも呼んどいて見下すわ。ステータスって生まれつきのものだと思うのにそれで呼んだ人を見下すのって失礼だと思うんですよ!
俺もフランスで暮らしたいよ。
まぁ、さっさと行くか。地図に載ってるこのイスデの町って所にでも行くか……今更だけどなんで言葉解るし読めるんだろうか? そういや身分証明書として身分を表示するアイテム貰ったんだっけ? あー……技能ってところに”言語変換”って書いてあるわ。
なんというか、テンプレだなって。まぁ、テンプレだと俺みたいなオジサンでも理解しやすいしありがたいな。どうやらイスデの町、農業が盛んなようだ。理由は簡単、地図に作物の絵が描いてある。とりま働かせてもらえるように頼むかね。一応うちの実家農家だったからそういうのの心得ありますしお寿司。
「さてと、遠藤さんのまったり旅in異世界編、始まり~ってな」
言っててなんか空しくなってきたな。てか虚しい。空じゃない、虚だ空すら存在しない。畜生こういうところで自分の年齢を感じるぜ……でも23って世間一般で言えば割と若い方な気がする……気のせいか。
色々と考えながら歩いているといつの間にかさっきまでいた城から結構離れていた……目測3キロメートル位だろうか。意外と長い距離を歩いていることよりも全く疲れていないことに驚いた、この世界に来た影響か何かで身体能力が向上しているのだろうか? テンプレだな、うん。二回目だわ二回目。
「うーん……風の威力が強いわ。まぁ、ビルも何もないし普通はこんなもん……じゃないな、うちの実家も平野だったけどここまで風強くなかったわ」
寒害とか大丈夫かな? 山はないけど風上が海でこの風の強さだったら塩害もあり得そうだし……この世界って意外と農業ハードモードだったりするのかねぇ。
空を見ればちょうど真上辺りにある太陽。ある程度整備されている街道の先を見れば霞んで見える大きな森。森は昼の内に抜けときたいし、森の手前で野宿する感じでいいかな? キャンプアニメ見てから偶にキャンプしてたし野宿は得意だ。テント以外何も持ってかない縛りプレイキャンプしててよかったわ……忘れてただけだけど。
ひとすらに歩くって言うのもいいものだ。時間に追われずにゆっくり景色を見ながら、草木を見ながら歩くのって意外と気持ちがいいんだなって。心が洗われていくぅ……出家した方が良いレベルで心汚れてそうだもんな、俺。
「あ~~……こりゃあ暫く飽きそうにねぇや」
そういって俺は柄にもなくテンション高めで霞んで見える森へ駆け出すのだった。無論、日が沈むころに何とか森に着いたがその時にはへとへとだったのは言うまでもないだろう。いくら営業で鍛えているからと言って、いくら異世界転移で身体能力上がっているとはいえフルマラソン並みの距離走ったらそりゃそうなるわ。
納得の息切れだわ。もうちょっと運動しておけば良かったわ……後の祭りというかなんというか。明日からはしっかり運動しよう、というか旅なんだから運動だろ。
「さて、野宿の用意するか……焚き火跡があるからそこに薪入れて。火起こしは……この世界って魔法あるかねぇ、あれば習得して火起こしを楽にしたい。まぁ、今日は頑張るか」
畜生異世界来てまで肉体労働かよ。まぁ、楽しいからやるけどね!! 幸いにもまばらに木が生えてるし、朽ちた木の枝とか枯れ木とか枯草とかを搔き集めて。
さて、板と板で枯れ草を挟みます、無いなら諦めましょう、そして板で枯れ草を思いっきりこする! すると摩擦熱で枯れ草に火が……火が……火がつ………………火が着くので!! あとは、大きな枝の上に小さな枝、そして火種の枯れ草を上に乗せて燃え移らせれば……良し出来た。焚き火は上に大きな枝で下に小枝と火種の方が良いんだけども小枝と火種を大きな枝や薪の上に置くと燃焼効率が悪くなって長持ちするらしい。
「やっぱ火って見てると落ち着くなぁ……」
適当にカバンと外套を布団代わりにして地面に寝転がり、入っていたパンを少し炙って食べる。意外とうまいんだよなぁ、これ。パンは少し焼いた方がうまいって乞食にも書かれてるから、知らんけど。
「キュアァァァ!」
「うおらぁっ!?」
唐突な人間の悲鳴に驚く。急いで立ち上がり、枝を切ったり獲物を調理する用であろう短刀を構える。空手使えるしまだ素手の方が良いかもしれないな。などと冷静な考えと熱い考えが同居する中、悲鳴が聞こえた方向を見る。しかし、そこに居たのは人ではなかった。
「黒い……狐?」
「キュアッ!」
そういえば狐って鳴き声が人間の悲鳴みたいな声だったんだっけか? びっくりしたわ。というかまだ動悸が治まらないんだけども。とりあえず地面に座る、狐には負けんよ。座っていると狐が近づいてきた。
そして焚き火によって照らされたその背中を見て俺は再び驚愕した。
日本の狐面。黒い体に白いソレは酷く目立っており、一周回って芸術作品ではと思ってしまう。とりあえず俺の思考が全体的に落ち着いていないことは分かった。しかし見れば見るほど魅了される何かがあるというか。どこかで見たことがある気がするというか……。
ふと、なんとなく黒狐がじっと何かを見ていたので、黒狐の目線を追ってみれば俺が手に持っていたパンを見ていた。
「キャアァ……」
「……欲しいのか?」
持っているパンを振ってみると視線でパンを追う……可愛いな。パンを半分ほど千切って狐の口の高さ位まで持っていく。まぁ可愛い、とことこと寄ってきてちびちび食べ始めたではありませんか……可愛い。もうなんというか可愛い(語彙力崩壊)。
「キュアアァ!」
「……全部やろう」
可愛いは正義、ハッキリわかんだね! まぁ、断食には慣れてるし俺より過酷な生を送っているんだ。少しくらい俺の物を渡したって良いだろ。何より俺が少し困るだけで済むんだから全然いいさ、QED証明完了!!
「キャアァ?」
まるで「いいの?」と言っているようだった。お前にそんなに思いやりの気持ちがあるのか……まぁ、普通に食わせるんですけどね。う~ん可愛い!
もうこれだけで白ご飯20杯くらいイケない。20は無理だな~イケて5杯くらいだな。あ~美味そうに食うなお前。
「キュアッ!」
「お~美味いか~? そうかそうか~……さてと。俺はもう寝るかねっと……お休み黒狐」
どうせ朝になれば居なくなっているさ。悲しいけどそれが動物だ。まぁ、癒してもらえたし明日から頑張るとするかね! とりあえず、明日は森を抜けたいかな。
薄目を開けて見た異世界の星空は。どれ一つ知らない星だろうけど、故郷の山で見た星空を思い出した。
俺はただ、可愛い狐とオッサンが見たかったんだ……でも無かったんだ。無いなら書けばいいじゃないか!!