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7話 その魚、まさに青魚

本日更新分 1/2



 ユーリによって捌かれた薄氷魚の分厚い切り身は、火山猪を焼いたのと同じ板の上でジュウジュウと音を立てている。その身の色はかき氷のブルーハワイを思い起こさせるような鮮やかな青でとてつもなく食欲を減退させるが、漂う香りはバジルを思わせるスパイシーさで食欲をくすぐってくる。調味料は使っていないので、これはこの魚が発している香りだ。

 この世界の食材は色々とおかしい。食べたくないような食べたいような、妙な気分にさせられる。どっちかにしてほしいものだ。できれば後者の方で頼みたい。



「君の能力は常識外れだ。高等魔法と同じ現象を起こす力を、何の詠唱もなく簡単に使えるということになる。……転移魔法を使える者なんて過去にも数えるほどしかいないぞ」



 魚が焼けるのを待っている間、ユーリに能力の詳細を説明することになったのだけど。瞬間移動の話を聞いた後、理解しようと努力していたのか彼は無言でぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 戸惑わせて申し訳ないのと同時に、なんだかちょっと可愛いなと思ってしまったのは秘密である。……精神感応はしっかり切っておいたから、伝わっていないはずだ。大人の男性に「かわいい」は失礼だろうし。



(でも、こっちにも魔法としても一応あるんだね。瞬間移動って)



 魔法として元々似たようなものが存在するなら別に可笑しくはないと私は思うのだが、ユーリはかなり驚いていて混乱状態にある。伝わってくる意思も混乱気味で、色んな方向に思考が飛んでいた。

 過去に移動魔法が使えた者は当時の国王に重用されたが、消費する魔力も大きくついには“魔力切れ”というこの世界特有の症状で亡くなってしまっている。この力が知られれば私が危険だろうから能力の扱いに注意しなくては、しかし息をするように能力を使う私をどうやってとめたらいいのか、と。色々考えてくれている。



「……危うさがよく分かってないだろう、君。本当に貴重かつ有用性が高い能力なんだぞ? 拉致されてから逃げ出したあたりの話がよく分からないと思っていたら、本当に移動能力を使っていたとは……」


『あ、うまく伝わってなかったんですね。……同一言語じゃないから仕方ないですけど』



 こうして会話してはいるが「こちらの言葉に直すならこんな意味」という翻訳された意思同士を交わしている状態なので、話が食い違う可能性はゼロではない。

 さっきも「知らぬが仏」と似た意味の慣用句が使われているのは分かったけれど、本来の言葉は分からないということがあったように。こちらの世界に仏がいるはずはないし、本当は何と言っているかは知らない。こういう部分から食い違いが起きていてもおかしくないのである。……だからこそ早く言葉を覚えたいのだけど。



「じゃあ遠視、と言っていたのは本当に遠くが見えるのか?」


『遠視……ああ、千里眼ですか。どこでも見えますし、なんなら透けますよ』



 私は一度も遠視という言葉を使って伝えた記憶がないので、千里眼という単語はこちらの言葉で「遠視」に訳されて伝わっているのだろう。少々ややこしい。しっかりすり合わせをしていかないと、どこかで齟齬が起きそうだ。



「……遠視魔法と透視魔法ができると……本当に多才だな。猪を倒した力はなんだ?」


『念動力ですね。これは……うーん、空気中に自由に動かせる手があるって感じですかね。手より便利なので人がいないとついこっちを使っちゃうんですけど』



 念動力を説明するなら感覚のある空気の手、というのが一番近い。ただし大きさや形は自由自在、使用範囲も広く見える距離なら離れていても難なく扱え、力の強さも固さも細かい調整が出来て、やろうと思えばナイフより切れ味のいい刃も再現できる。とりあえずそのあたりの小石を浮かべたり、真っ二つに分断したり、圧縮して粉々にしたりして見せた。



「ネンドウリョク……風の魔法に似ているがやはり別物だな。かなり自由度が高い。では、火を起こしたのも君の異能か?」


『火を扱う能力はありますけど、さっきのは自然の力ですね。私の世界じゃあんなに簡単には燃えませんが』



 人差し指を一本立てて、その先に火を灯した。発火能力は私の半径一メートル以内でしか発動できないが、自分の傍で起こした火を遠くまで伸ばすことは可能だ。とりあえず少し弱くなってきた焚火に念動力で枝を投入し、発火の火を投げ入れておいた。

 ……ユーリがどこか遠い目になって私の行動を見ているのがすこしばかり心外である。同じような魔法はある、とさっきから彼自身が言っているのに理解を超えたものを見ているような反応をしないでほしい。



「……もしかして、他にも扱える能力があるのか?」


『ああ、はい。あと私が自由に使えるのは念写とアポート……物を遠くから取り寄せる能力です。未来を見ることもありますけど、こっちは突然勝手に見えるものなので役に立ちません。あ、サイコメトリーも出来ます』



 念写は思い浮かべている映像を紙に映し出せる能力だ。人相書きと美術の絵の課題をさぼりたい時くらいにしか使えないと思う。カメラの代わりにはなるかもしれないが、現代人はスマホを持ち歩いているので本当に必要なかった。

 アポートは物体取り寄せ能力で、別の場所にあったり、箱の中に入れられたりしているものを手元に引き寄せられる。これは瞬間移動の能力を自分ではなく物に使っている感覚だ。ただし、生物には使えない。命あるものと移動するなら自分と一緒に瞬間移動する必要がある。

 サイコメトリーは物に宿る意思、物の記憶を感じる力だ。色判定の時のローブが残っていれば、これで私をこの世界に連れてきた人間のことが分かったかもしれない。そんな能力である。


 と、そんな説明をしていたらユーリはまた片手で目を覆ってしまった。頭を整理したい時の癖なのだろう。



「……ハルカ。君の能力は非常に高く、貴重で、それが魔法によるものだったら国家の中枢へと至れるほどの才能だ。けれど君は透明と判断されてしまっている。……君の力が知られればどのような扱いを受けることか……」


『ああ……使いつぶされる心配をしてくれるんですね。ありがとうございます』



 魔力の色がすべての世界。魔力がないけれど有能な人材は、いくらでも消耗していい資源に他ならない。少なくとも、そう思う人間は多くいる。ユーリからは私を蔑むような感情を全く感じないけれど、二人組や役人のことを考えれば私を普通に“人間”として扱っている彼の方が少数派なのだろう。



『でも大丈夫じゃないですかね。私の能力が有能なら大抵のことはどうにかできそうです。元の世界でも超能力で大抵どうにかしてましたから』


「…………君、実はかなり大雑把だろう。よく言われないか?」


『あーちょっと翻訳が微妙で、意味が分からないようです』


「こら、嘘なのは分かるんだぞ。君の能力のおかげでな」



 そう言いながらもユーリはフッと笑って見せた。かなり心配してくれていたようなので、笑ってくれて何よりである。

 この世界で味方になってくれる人ができたせいか、私は不安を感じなくなっていて。超能力でゴリ押しすれば大体なんとかなるだろうという楽観的な思考が戻ってきたのだと思う。

 元々性格的にポジティブな方なのだ。どうせすぐには帰れないし、せっかくの異世界を楽しまなければ損ではないか。



『どうやって生きていけばいいのかって不安がなくなったので……ちょっと楽しくなってきたところなんですよ。この世界、私にとっては食べ物一つすら不思議で面白いんですから』


「……そうか。それは、よかった。薄氷魚も焼けたみたいだから、たくさん食べるといい。君は食べ盛りだろう?」



 一番大きな魚の切り身を皿に盛って渡してくれるのはユーリの優しさなのだろうが、しかし、なんだろう。なんというか、彼から伝わってくる意識でなんとなくわかったのだけれども。



『ユーリさん、私を子供だと思ってませんか? ……うわ、魚も美味しい』



 青いくせに。見た目は全く食欲をそそられないくせに。調味料だってかけられていないくせに。何故しっかりと塩味と旨味を感じるのか不思議でならないが、これは魔力の味、というやつなのだろうか。触感としてはよく脂の乗った鮭のとろけ具合が近い。身の色は真っ青で美味しくなさそうなのだが、箸が止まらない。

 そんな私の様子を微笑ましそうにユーリは見ていて、やはり子供だと思われている気がしてならなかった。


 ……一応、十八歳というのはそれなりの年齢だと思っているので、なんだか落ち着かない。元の世界では成人間近なのだと伝えるべきだろう。


 ここは、異世界。私の常識とは違う世界なのだから。違和感を覚えたら、一つずつ確認していくべきだ。そうでなければいつかきっと、大変なことになる。……別に、子ども扱いされて“もう大人なのに”と拗ねているわけではない。ユーリからそういう子供を見る時の『背伸びしたい年頃なんだな』的な意思を感じるが断じてちがう。



(……子供っぽい言動はしていない、はずだし)



 だからきっとこれは見た目の話なのだ。日本人が海外で若く見られるように、この異世界では私も若く見えるのだ。……言動のせいではない、はずである。たぶん。



また長かったので分けました…なぜこんなに長くなるのか…。

というわけでもう一話更新します

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