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4話 精神感応は、危険

本日更新分 1/2



 それの見た目は、元の世界で言うなら猪である。ただ、ねじれた角と大きな牙が生えていて、山のように盛り上がった背中からゴボゴボと沸騰するような音が聞こえるような、異質な姿ではあるが。

 どういう生態なのか全く分からないその猪は、真っ直ぐとこちら見つめ、そして恐怖の意思を発しながら私に狙いを定めて突っ込んできた。……魔力ではない私の力におびえているようだった。魔物とやらは人間と違って、私の力を感じ取れるのかもしれない。



「危ない……!!」



 ユーリは視界を邪魔するフードを跳ねのけ、剣を掴んで私の前に飛び出してきた。しかし猪は彼の構える剣にぶつかることなく、念動力で作った透明な壁に勢いよくぶつかって跳ね返される。

 目の前で起きたことが理解できず、ユーリの思考が固まっているのがよく伝わってきた。しかし、それにしても大変な衝撃だった。トラックに突っ込まれた時くらいには力が強かったのだがこの猪は化け物ではないだろうか。



(あ、いや、魔物って呼ばれてるから間違いなく化け物だよね)



 それならこの力強さも納得だ。冒険者は魔法を使ってこういうものを退治し、人間世界の平和を守っているのだろう。元の世界でも、ここでも、同じだ。人とそれ以外の生物の生存競争。住み分けられている間はいいが、暮らしが衝突してしまったなら奪い合うしかない。……この猪も、私を排除する(殺す)つもりなのだから、これはしかたないことなのだと自分を納得させた。


 念動力で猪を宙に浮かべ、抵抗し暴れるその体を捩じ切った。私の念動力には、肌に触れるのと似たような触覚がある。命を奪った感覚はしっかりと私に伝わってきて――――少し、心が疲れる。人間は生きるために命を頂いているとはいえ、生存競争だとはいえ、相手が私を殺そうとしていたとはいえ。殺す行為が心地よいはずはない。

 超能力者は能力制御の関係か感情の起伏が少ないと言っても、何も感じない訳ではないのだ。ほんの少しだけ息を吐いた。



「どういうことだ……? 君は、魔力を持っていない、はずだが」



 おそるおそる背後の私を振り返ったユーリの言葉遣いが下町っぽい荒々しいものから、丁寧で少し堅苦しいものに変わっているのを感じる。正確な言語を理解している訳ではないが、精神感応の感覚的にはそうなのだ。驚きのあまり言葉に気を使う余裕を失くしてしまっているらしい。いろんなことに気を遣う思考の余裕がなくなっている。

 隠していただろう髪を晒してしまっているというのにそちらに全く意識が向いていないことからもそれは明らかだ。



(……ずっとフード被ってたのは髪が真っ白だったからか)



 彼がフードを外して露わになったのは、光を受けて眩しいほどに輝く白い髪。髪の毛一本も零れないようにするためか、丁寧に編まれた三つ編みが背中に垂らされている。この世界でこの髪色を晒しながら生きるのはたしかに、とても苦労するだろう。隠して当然だ。

 私を見つめる瞳は燃える夕日に似た色で、それを縁取る長い睫毛は少し赤みがかっている。髪の色と相違があるのはどういうことだろう、と少し不思議だが私の美的感覚では美しく見えるので不自然ではない。むしろ整った顔立ちと相まって、神秘的だとすら感じる。



(あの二人組は……もう、戻らないから……今が話すチャンスかな)



 二人組の態度には苛立ったし、その思考は不快であったけれど死んでほしいとまでは思っていなかったので気の毒に思うが、何を思ってもあの二人は帰ってこない。あとで手を合わせて弔うとして、まずは混乱中のユーリに事情を説明することにした。




――――――




『と、まあ、こんな流れでした』


「……ところどころ理解が及ばない部分はあったが、おおよそは分かった。君は異世界から来た異世界人で、チョウノウリョクシャという存在だということだな。しかしその“チョウノウリョクシャ”とはなんだ?」



 私の精神感応で意思の疎通は成り立つが、全く別の言語で話しているため同じ意味の単語がない、つまり存在しない単語は意味が伝わらない。こちらの世界には「超能力者」という存在がないので、それに相当する言葉も存在しないのだ。何と伝えるべきだろうか。



『魔法でも魔力でもない、全く別の力で同じような現象が起こせる人間……と言えば伝わります?』


「そんな者がいることに驚きだが……実際にこうして妙な会話もしているからな。……異能者、と呼ぶべきだろうか。まるで御伽噺だ」



 異能者。こちらの世界の言葉ではそういう定義になるようだ。この世界の童話には魔法ではない力を使う特別な存在が出てくることもあるらしい。彼は私をそういう者と思うことにしたようだ。

 ……感覚としては元の世界の日本で、目の前に突然魔法使いが現れたようなもの、だろうか。私としてはこの世界の誰もが魔法を使っている方が不思議なのだけど、ユーリからすれば私の方が摩訶不思議な存在なのだろう。



「君が先程火山猪を退治した力は魔法ではなく、その異能を使ったんだな? だから魔力がなくてもああいう現象が起こせる、と」


『はい。突拍子もない話でしょうけど……信じてもらえますか?』


「……君が嘘をついていないのは何故か分かる。それに異世界の人間というのは珍しいが、いない訳ではないんだ。君みたいに特殊な存在なら、そうなんだろうと納得もできる」



 とても遠いよその国の話だが、異世界の人間を定期的に呼び寄せている場所があるのだそうだ。その国は閉鎖的なので詳しいことは分からないが、異世界の存在についてはこの国でも認知されており、異世界人を召喚しようとする者がいた時期もあったという。

 だが、やっていることは拉致に等しい。人道的ではないと禁止されたその研究を続けている誰かがいて、私を召喚してしまったのではないか、というのがユーリの推測だった。



「君は異世界に拉致されたようなものだ。普通なら君を召喚した誰かが君の面倒を見たのかもしれないが……違法行為に手を染める輩だからな。何をされるか分からないし、逃げられたのは幸いだったと思う」


『まあ、おかげで身一つで放浪するハメになりましたけど……あ、あのローブだけは持ってましたが』



 私としてはあまりの騒がしさに睡眠の妨害されたのが邪魔だったので移動しただけだが、どうやら相手は犯罪集団だったようだ。寝ぼけて移動したために場所も相手も分からなくなっている現状を多少嘆いたものだが、結果的によかったのかもしれない。

 ……いやどうだろう。超能力を使って締め上げたらやっぱり帰る方法の手がかりくらいは見つかっただろうか。今更過去をどうこう考えても仕方ないけれど。



「……その状況でよく色判定を受けようと思ったな。度胸がありすぎないか?」


『超能力があれば大丈夫だと思っていたんですよ。魔法は私の力と似ていると感じていましたし、まさか無色透明になるとは……』



 こればかりは本当に、見通しが甘かった。異世界人が纏う気は私と同質のものに思えたのだが、似ているだけの別物で。元の世界でもこの世界でも結局、私は異質な異物でしかない。……私もこの世界ならきっと普通の人間になれると、勝手な希望を抱いてしまったのが間違いだった。



『でもユーリさんに会えたので結果的に良かったと思うことにしました』


「……一つ疑問なんだが。初対面で何故、私をそこまで信用する?」



 それはもちろん、思考を読んだことでユーリがとんでもないお人好しの善人だと判断したからだ。問題はそれを彼に伝えなければならないことである。

 思考を読まれる、心の内を知られるというのは誰でも忌避するものだ。許可を取らずに心の内を探るのは(いちじる)しくモラルの欠如した行いである。私もそれは充分理解しているし、今のような状況でなければ精神感応で他人の思考を読んだりしない。

 でも、今はこの力に頼らないと私は本当に、何の情報も得られない。誰とも会話できず、世界の道理を何も知らず、異世界にただ一人。生きていけるはずがない。



(……使い慣れてないせいか、調整もできないし……)



 私が使っている精神感応は、大きく分けると二種類の力に分類される。「伝える」と「読み取る」の二つに。どちらか片方を使うことも、両方同時に使うこともできる。合わせて「精神感応(テレパシー)」の能力だ。

 読み取る力を使っている間は、声に出された言葉だけでなく思考や感情も同時に読めてしまう。同じように私の言葉を伝える力を使っている間は、私の伝えたい言葉だけでなく思考と感情が伝わるだろう。この能力を使ったコミュニケーションでは絶対に嘘がつけない。嘘であることすら伝わるからだ。


 伝える情報、読み取る情報を選り分けられるような便利さはこの能力にはないのである。動作に意志を乗せて意味を伝わりやすくするだけならできるのだが、これは少し力の使い方が違うので別として。会話出来るレベルの精神感応は、オンオフのどちらかにしかできない不便な機械と同じだ。全部伝わるか、全く伝わらないかの二択しかない。

 そして、これからも私はそんな精神感応の能力を使う。意思の疎通を図るためには必要不可欠で、使い続ける以外の選択肢はない。



(だからこそ、これは絶対に言っておいた方がいい。あとから教えた方が、信用に響く)



 不快感を持たれるのは覚悟の上。それでも私は貴方の心を読む能力を使っていると、相手に伝えておくのが道理というものだろう。私は彼のお人好しな部分を利用しようとしているのだから、せめて誠実でいたい。



『実は私、こうして話すために思考を読む、読ませる力を使っているので貴方が考えていることも丸分かりなんです。だから今、知られたくないことは考えないでくださ……いね……』


「……………もしかして、今の……伝わったか?」


『……伝わりました』



 思考は言葉よりも早いものだ。頭の回転がいい人ならなおさら、ほんの一瞬であらゆる考えが巡ってしまう。

 私は精神感応で普段から人の心を読んでいる訳ではない。勝手に聞こえるならともかく、自ら読もうとしなければ分からない力だから、この能力は使ってこなかった。……そう、つまり、使い慣れていないのである。



(やってしまった……読む方、切っておけばよかった)



 相手への注意の仕方も伝え方も自分の力の使い方もまったくもって配慮がたりなかった。おかげで彼が己の生い立ちを思考してしまったものを、しっかり読み取ってしまったのだ。……秘密を暴く気なんてなかったというのに。


 彼は、本名をユゥリアス=リィ=ドルアという。ここドルア王国の、現国王の弟である、らしい。




長くなったので区切ります。後でもう一話更新しますね

ユーリは王族でした。遥はそこまで知るつもりなかったのでばつが悪くなっています。


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お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。竜に転生してしまったが同族を愛せない主人公がヒトとして冒険者を始める話
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