【第壱話】呆けた色に変わっている、緑の電話と蛍光灯。
ーー何がなんだかわからない。
ここに来た直後も、同じことを考えたな、なんて考える余白も無いくらい、脳の中は『ハテナ』で埋め尽くすされていた。
そりゃあさっきの出来事を整理しても、しきれないくらいに、情報が混雑している。兎角、今あった事を整理する。
まず、ランニング中に某4vs1ホラーゲームを彷彿とさせる、黒い霧が目の前を覆い、視界が悪い中、恐る恐る目を開けると、見知らぬ路地裏、そして男の背中。
ゼロ距離の男達にぶつかり、男達のフードの下は、大量の目がギョロリと、此方を向いていた。男達が手に持つ長めの鉄パイプで、リンチに遭うかと思いきや、疾風のごとく現れた少女に助けられ、右手に『五寸釘』を瞬時に持ち、左手に持つ、3体の『藁人形』にめがけて五寸釘を刺した瞬間、男達の心臓部は飛び散っていった。
そして自分も殺されるかと思ったら、「別に殺したりなんかしないよ、君は依頼されてないし。」殺せと依頼された男達は、どうやらこの少女に呪われたらしい。
ーーいやぁ……最近の呪術は凄いなぁ。お兄さん感激だよ。
そして今に至る。
男達の死体を、ランニングシューズでグリグリしながら、質問をしてきた。
「何で君は『ハギノ』を知らないんだ?どっから来たんだ?」
死体についてとてもツッコミたいのだが、先に質問に答える。
「ちょっと……遠い街から来たんだ。だからあまりこの『ハギノ』を知らないだ。」
(口が裂けても別世界から、急に飛ばされたなんて言え……あっ!)
「君、もしかして阿呆?」
呆れた顔で言う。ーーなんぼでも言え!
「ああ、どうやらそのようだ。」
「ところで別世界から来た事に、何でそんなに驚かねえんだ?」
「最近この街にとどまらず、各地で失踪事件がおきてるようだからな。もしかしたら君は、別世界の方で、此方の世界の事件に巻き込まれたのかもね。」
「……へぇ。」
「でも何で俺の元々いた世界でおきたんだ?」
「……それはわからないな。」
「でも君が異世界、此方の世界に来ている事がまず一番の謎だろ?」
「確かにそうだな。」
路地を裂いて見える空は幽かに紅く染まっている。そこを、産まれたてのヒナみたいな見た目をした巨大な鳥が、バサバサと音をたて飛んでいる。
少女が背負う緑の電話ボックスは、受話器や、金槌や、御札が貼ってあり、とてもごちゃごちゃしている。少しずつ、心のざわめきがおちついてきたところで、少女に名前を訊ねる。
「名前は?」
「君、名前を訊ねる時は、最初に名告るのが礼儀ってもんだろ。」
「随分、定番なセリフだな。」
「俺の名前は膳所凛太郎だ。」
「異世界なのにこっちと同じ様な名前だな。」
ーーと、ポケットに手を入れながら言う。
少女の手に目が反射的に移ったが、包帯やら絆創膏やらが、ちらりと見えた。
「…………?」
「私の名前はだな、夜久日登美だ。」
「へぇ……、不思議な事もあるんだね。」
確かに名前は異世界だからヨーロッパっぽい名前かと思ったら、バリバリ日本だ。いや、異世界だからイコール西洋は違う気がする。昔から日本風の異世界ファンタジーは普通に存在したし、なんなら九龍城みたいな本当にこの今いる世界まんまの、作品はあったわけだ。
路地裏の影が濃くなり、黄昏時の終わりを告げる様に、夕飯と思われる匂いが、路地裏にも流れ込んでくる。元々昼から何も食べて無いので、釣られてギュルルとお腹が鳴る。
「助け賃……といきたいとこだが、色々と君に興味が湧いてきたよ。」
はぁ……と、溜息を付きながら、言う。
「ホントですか!マジ姉貴かっけーッス!」
「……君のほうが私より年上じゃない?」
「まぁ……そうかもな、ちっちゃいし、色々。」
「色々とはなんだ!色々とは!」
ポコポコと小さな手で俺のお腹を叩いてくる。ちょー可愛い。
そうかと思いきや、ハッとした顔をして、徐に男達の血が若干付いたカランビットナイフを取り出す。
「…………!?そのナイフを下ろしてくださいお願いします!」
「じょーだんじょーだん!」
ーー本当にやりかねんからマジ焦りました。
「そろそろ俺の腹も限界だし、それじゃあ適当に近くの店に行くか!」
「私の金だぞ!感謝しろ!」
8、9メートル先にある路地裏の出口に向かって、俺達は歩きだした。
路地裏から出て、右手の方には寂れた看板とネオンがあり、左手の方にはまたもや寂れた看板とネオン、そして錆で汚れた自動販売機が一つ、ぽつんと置いてあった。今にも消えそうな看板の灯りでも集まれば、そこそこな明るさになり、居酒屋通りはこんな感じなんだろうなと思った。行ったこと無いけど。
ところで異世界に来ても、随分落ち着いてきている事が、自分自身でも驚きだ。しかも、相手は初対面なのに、やけに、お互い馴れ馴れしい。
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