異世界99日目 7月8日(月) 利き手が使えないのはとっても不便
「かずやせんせ~お手てどうしたの? 転んだの?」
「旦那様、怪我したの!?」
アメリアちゃんとソフィちゃんが登園するなり俺のぐるぐる巻きされた包帯を見て駆け寄って来た。確かに痛々しい姿にはなっていると思うんだけど、ごめんねアメリアちゃん、本当の事は言えないけども実はカズヤ先生は一度も転んで無いんだ。
そしてソフィちゃん、感情が高ぶってるのかな? いつもと違って流暢に喋ってくれている上、具体的な夫婦の呼称に変わってるよね?
とりあえずソフィちゃんには先生と呼ぶように注意しておいた。
「先生~! おはよう~!」
おっ、サラちゃんも登園して来たか、今日はノンスリップじゃないか。いいぞ、その調子だ!
「ふえぇ……」
あれ、急に元気が。ああ、右手の怪我が気になるのかな?
「カズヤ先生、お手て怪我しちゃって。でも大丈夫だからね!」
「痛い……?」
サラちゃんは一言漏らした後、口をへの字に食いしばり、必死に涙を堪えているようだ。綺麗な碧色の瞳が俺の姿を映している。しかし、何故泣きそうになってるの!?
「全然大丈夫だよ! さ、みんなで朝顔とお芋さんにお水をあげようね!」
「……は~い!」
とりあえずサラちゃんの機嫌は直ったようだ。他の園児達も安心したのか、三人揃って水を汲んでいる。しかしサラちゃんの俺の怪我を見た時の心配の仕方はちょっと驚いたな……どうやら相当優しい性格の持ち主のようだ。
≪≪≪
「う~ん! 美味しいね!」
今日のお昼は武器屋食堂で村の散策を行い、みんなで昼食を取っている。この手では料理は出来ないし、しばらくは厄介になるつもりだ。
しかし、相変わらず一番喜んでいるのがルーミィと言うのも……まあ、ずっと昨日みたいに落ち込まれていても困るので今日は微笑ましく思う、いい笑顔だ。
「また可愛らしい子が増えて! さくら保育園は順調のようだね」
おばちゃんにサラちゃんを紹介した所、他の園児と同じく快く受け入れてくれた。まあ『おねえ~ちゃん!』の一言で決まったと思う。もうそれさえ言えば何でもありみたいになってきているな。
ちなみにその際ルーミィは少し固まっていたがすぐに動き出した、成長した事を褒めたたえてあげたい。
「おかげさまで。でもまだまだ問題は山積みでして」
「おっ、カズヤ! また面白い料理が出来たら教えてくれよ! それに今は雑貨店で買えるんだってな?」
俺の中で超一流シェフに位置付けしているおっちゃんから新製品の催促を受けた。まだまだスライム料理の案はストックしてますからね。楽しみしていてもらいたい。
「ええ、次回作でもおっちゃんを唸らせて見せますよ」
「おう、大きく出たな! まあ、お前ならやりかねないからな!」
おっちゃんとはカウンターで話をしており、おっさんの二ショットが完成している。ルーミィとは違ってとっても絵にならない。
「ところでお前、その手……」
「え、ええ。ちょっと怪我しちゃいまして。大した事は無いですが一応念の為に」
大きな嘘を付いてしまった。しかしみんなに無駄に心配をかける訳にはいかない、実際は大量出血で何度も意識飛ばしたんですけどね。
「実はこの手のせいと言う訳では無いのですが相談がありまして……」
「かずやせんせ~食べないの? ルーミィせんせ~が全部たべちゃうよお~」
「……もう食べ始めてる……無くなる」
ちょっと待て! 料理人同士の熱き語らいをしている間になんて事を! とりあえずおっちゃんとの話はこの辺りにしておいて早く席に戻らねば、俺の昼食が無くなってしまう。
おっちゃんとの新プランの打ち合わせを終え、急いで席に戻るとテーブルに置かれた昼食がほとんど消失していた。
なんてこった……全部食べる気なのか?
「みんな待たせてごめんね、よいしょっと。ルーミィ先生、私にも残して――っつぅ!?」
金属の甲高い音が鳴った。無意識に右手でナイフを握りしめてしまった為、傷口に痛みが走りそのまま落としてしまった。
「はは、ナイフ落としちゃった。交換してもらうね」
うっ……目線を感じる。サラちゃんだな、それと奥からルーミィも。泣き出す三秒前ぐらいの表情だ……君達そんな悲しい目をしないで。
「だ、大丈夫だからね、さあ、ご飯を食べようね!」
これから先思いやられるな……やっぱり神力で怪我治しちゃおうかな……。
≪≪≪
「今日もいっぱいあそんだ~!」
「……お花も大きくなってきた」
今日は流石にこの手でプールに入る事は無理なので、ルーミィが代わりに園児達をプールに入れて午後は遊んでくれた。
ただ、短パン、Tシャツだったのが少しだけ寂しかった。まあ、園児達の前であの透けるラッシュガードやイリアさんの超ビキニは教育上、宜しくは無いとは思うが。
保育終了時間となりお見送りをしているのだが、先程から傷の痛みが少しづつだが大きくなって来ている。どうやら薬が切れかかっているようだ。傷口に沿って鈍痛に混ざり時折鋭利な痛みを感じる。それに少々微熱もあるのだろうか、悪寒と共に足元がふらついてきた……。
「カズヤせんせ~、ルーミィせんせ~、またね~!」
「……カズヤ先生、ルーミィ先生、さようなら」
銀色と赤色の光の中で二人が手を振ってくれている。その姿に俺も手を振り見送った。園児達の前でせいっぱいのカラ元気を発揮中である。
「カズヤ先生、ルーミィ先生、さよう――」
おっと、今日は一度も転倒していないと思っていたがここでファーストスリップとは! しかし油断はしていない。サラちゃんは何故かこのゲート付近での転倒率が高い。そんな事は予測済みだ!
咄嗟に走りながらしゃがみ込み、転倒寸前のサラちゃんに体を素早く抱えた。両手を使って――あ、怪我してたんだ……俺のお馬鹿ちゃん。だか、もう遅い。
「ぐうぅっ!?」
激痛が走った。やばい、ちょっと傷口が開いたかも……。
「ふぇぇ……カズヤ先生……お手て……サラの、サラのせいでぇ……」
涙が溢れんばかりに瞳に溜まり出している……ダメだ、こんな小さな子に心配をかけては! 俺はおっさんである前に先生なのだ!
「サラちゃん大丈夫? カズヤ先生は平気だよ、ほら!」
手をサラちゃんに見せてあげたのだが……包帯から血が滲み赤く染まってしまっていた。逆効果だ、余計に不安にさせてどうするんだ……。
「はうぅぅぅぅ……」
「だ、大丈夫だから! お薬塗ればすぐ治るから、ね!」
「ぅ……ん」
「さ、お父様とお母様が心配するよ、明日も元気に保育園来てね!」
サラちゃんはしばらく俺の顔と右手を交互に見ていたが、何かを思いついたかのように一つ頷いてゲートに入り、帰宅していった。
「ふう、さっきのはマジで痛かった……多分傷口開いたな……しかも薬も切れてきたのかな、体もだるくなって……」
ルーミィがこちらを見てサラちゃんと同じような顔をしてる……しまった、ルーミィが居るの忘れてた。普通の口調で喋ってたし。
「だ、大丈夫ですから、さあ園の掃除をしましょう」
強がって見たものの、実はさっきからどんどん体が重くなって来ており右手が焼けるように痛む。どうやら完全に薬が切れたようだ。
「大丈夫じゃないよ! また血が出てるし、それに……ほら! やっぱり熱もあるじゃない!」
額に手を当てて体温を測ってくれた……いやん、恥ずかしい! でもひんやり気持ちいい、と言う事はやっぱり熱があるのか。
とりあえず部屋に戻ろう、痛みも昨日と変わらないぐらいのものになってきたし、持って来て貰った薬を飲まないと……。
「あ、ありがとうございます。昨日イリアさんか頂いたお薬を飲めばマシになると思いますので大丈夫ですよ……」
「大丈夫じゃないって言ってるでしょ!? すぐにイリアさん呼んでくるから待ってて!」
十七歳に本気で怒られるおっさんって……ふっ、情けない話である。しかし、この体の異常なだるさは一体何なのだ……まさか副作用とかじゃないよね、薬飲むのちょっと待ってようかな。
≪≪≪
「カズヤ! 大丈夫か!?」
立っているのも辛くなってきたので自室で横になっていた所、ルーミィを小脇に抱えたイリアさんが部屋に飛び込んで来た。
片道ぐらいの時間で来られましたね……とりあえずルーミィの顔色が俺よりも悪いような気がします。後、そんな荷物みたいな持ち方してあげないで下さい、その方、女神様なんで……。
「うぷっ……し、振動が……」
どれほどのスピードで来たんだ……まさか走って来たのか? いや、あり得る。アレクぐらいのスピードをイリアさんも持っているとしたら時間的にもつじつまが合う。
超特急……いや超電導リニアだな。あのスピードを生身で味わったと言うのか……。
イリアさんはルーミィを降ろした後、俺の状態と手の傷を見て顔をしかめた。あら、やっぱりまずい状態なんですかね……。ちなみにルーミィが口を手で押さえて胃の中の物を必死に飲み込もうとしている姿が視界の端に映った。
俺よりもあっちの方が重症じゃないかな?
「これは……傷口が開いた上に化膿しているな。カズヤ、動かすなと言っただろう! 悪化してるじゃないか! しかも傷口から発熱までしてるようだし、とりあえず消毒して包帯を変えるぞ!」
手際良く血の付いた包帯をほどき改めて処置を施してくれているのだが、ルーミィもふらふらと立ち上がり、傍で心配そうにその様子を眺めてくれていた。
処置の際に激痛が走り消毒の時に思わず声をあげてしまった……だって痛いんだもん……。
「処置はしたが昨日渡した痛み止めは飲まない方がいい。今のその体調では耐え切れないだろう」
危なかった……痛み負けて飲みそうになってたもんな……お薬の使用は用途を守らないとね。
「三日間は絶対安静だ、分ったな!?」
「はい……分かりました」
「保育園は休め、いいな!?」
「は、はい……止むを得ませんね」
「添い寝なら毎日してやる、これはあたしからのお願いだ!」
「ダメです、どさくさに紛れて何を言ってるんですか!」
最後は俺の代わってルーミィが即否定してくれた。最後に欲望を放り込んでくるとは。でもそんな事されたら余計に熱が上がってしまいそうなのでやめて下さい……。




