異世界96日目 7月5日(金) ①ルーミィ、懇願する
遊戯室に並べられているのは水まんじゅう、クッキー、タピオカミルクティー、経口補水液、アイス、今まで作り上げたスライム料理達である。
「よし、こんなもんかな?」
週末の夕方、園児達の保育が終わった後、ルーティン業務を終わらせてイリアさんを待っている。先日イリアさんと委託販売契約を結び、今日はこれらの商品を引き取りに来てくれるのだ。
今後は毎週金曜日にイリアさんが商品を引き取りに来てくれ、雑貨店に納品される。これで大量の販売が可能になった。
スライム料理改め、スライム製品の店舗デビューである。いやあ、遂に製品化しちゃったか……中々感慨深いなぁ。
「カズヤ~来たぞ~!」
どうやら到着したようだ……もうチャイムは鳴らさないんですね、普通に運動場突っ切って入って来てるし。
馬車を運動場の脇に止め、こちらに向かってくるのだが途中で足が止まった、何かを眺めているようだ、その視線の先は――プール、か?
今日は週末なので水を抜き、乾かしている状態である。まあ、初めて見ればそんなリアクションになるだろう。
「ご足労ありがとうございます。そちらは以前にもお話しました、園児用のプールと言う物です。この中に水を貯めて遊ぶんですよ」
「なるほど、この為の水着だったんだな。じゃ、じゃあ明後日はあたしの番だな。楽しみにして――」
「イリアさん! あの! 私も一緒に行ってもいいですか!?」
ルーミィが必死の形相で割って入って来た……鬼気迫るとはこの事だな。対するイリアさんは意外と余裕な表情を保っているようだが。
「そう言うと思ってたよ。大丈夫だ、食材は多めに用意しておくからさ。一緒に連れて行ってやるよ」
イリアさんの言葉にルーミィの表情は天にも昇るようなものとなっている。そのまま昇天して、神界に行けそうである。
「ありがとうございますぅ! イリアさん!」
「ただ、ふたつの条件が飲めたら、だけどな?」
怪しく笑うイリアさんに半歩後ずさるルーミィ……まあ、そんな美味い話は無いでしょうね、絶対何か仕掛けて来ると思ってましたよ、俺は。
≪≪≪
「まずはお疲れ~! 乾杯~!」
定番の挨拶と同時に俺のジョッキに自分のジョッキを軽く当てて飲み物を一気に喉へ流し込んでいる。
武器屋食堂にてイリアさんと二人きりでお酒を飲んでいる。先程イリアさんが出した条件のひとつはBBQの時は水着着用との事。折角の夏だし雰囲気を大事にしたいらしい。
もうひとつは俺と二人で今晩飲みに行く事。これらがイリアさんが出したふたつの条件だった。
ひとつ目の条件はルーミィもなんとか了承していたのだが、ふたつ目の条件には大いに反対していた。が、最終的には結局折れた。
その代わり、『酔った勢いで誘惑せずに日が変わらない内に帰ってくる事!』と言っていた。これで譲歩したようだ。
「イリアちゃんとカズヤさんの組み合わせとは珍しいじゃないか。ルーミィちゃんはお留守番かい?」
おばちゃんからの質問が投げかけられた。おっしゃる通りかなりレアな組み合わせだと思う。というかもはやコラボに近い、さくら保育園×雑貨店って感じで……まあ実際にスライム製品は雑貨店の店頭に並びますけどね。
「今日はカズヤを貸して貰ったのさ、折角のおっちゃんが作る料理を独りで食べるのは勿体無いからな」
「また、イリアちゃんは。でもそう言って貰えるとあたしも嬉しいよ!」
「独身女性ってのも寂しいもんだな、おばちゃんが羨ましいよ。あたしも早くおばちゃんみたいになれるよう頑張るとするよ」
……何この高等な話術は。自然な感じでおばちゃんをリスペクトしてるじゃないか。おっさんも結構いろんな人と話して来たけどそんな話術出来ないよ? 流石は商人さんだ、コミュニティー能力が段違いだな。
注文の方はイリアさんにお任せしているのだか、今飲んでいる葡萄酒もギルドのBARとはまた少し味が違う。料理に合わしたかのようなコクが軽めのテーブルワインのようだ。
しかしながら味が悪い訳ではない。ギルドで出される物よりもフルーティであり非常に飲みやすく、食事に適した口当たりなのだ。
これを選定しているおっちゃんの腕前が推し量れる。しかし飲みに行くと言ってたので、てっきりBARかと思っていたのだがまさか食堂とは。
「ルーミィの事すみません、お気を使わせてしまって」
「なあに、こうなると思ってたよ。それにしてもあのラッシュガード見ただろ? ルーミィは絶対素直に水着姿にならないと思ってたからあの素材を選んだのさ」
流石です。良くルーミィの事を分かってらっしゃいますね。どうやらあの時は俺は上司さんに感謝したのですが、失礼しました……貴女が神でしたか。
「お詫びに明後日は存分に腕を振るわせて頂きますね。ご期待下さい」
「ふふ、あたしの水着も楽しみにしておいてくれよ? とっておきを取り寄せたからな」
これは……相当覚悟せねばなるまい。どちらかと言えばルーミィの鉄拳を食らう覚悟の方を。
そんな水着トークの後はスライム製品の委託の件や、明後日の事を話すなど楽しい時間を過ごす事となった。それにしても食堂の料理は相変わらず素晴らしい物であった。
この世界はスパイスの文化が浸透しているようなので、プロ相手に真っ向勝負しても勝ち目を全く見出せる気がしない。やはり出汁文化とスライムで対抗して行くしかない。
あれ? 俺、今自分の仕事を履き違えてたな、保育園のお仕事しなきゃ。
食事を終え、グラスに残っていた葡萄酒を飲み干した。イリアさんはマイデキャンタを片手に結構なペースで飲んでいたがサマーフェスの時と同じく顔には一切出ていない。相変わらずの酒豪さんである。
「ふぅ……少し飲み過ぎたかな? 少し良い覚ましがてら歩かないか?」
やっぱり顔に出ないだけで酔いは回ってるのか……まあ、思ったよりも時間は経っていないしタイムリミットまで余裕もある、ここはお付き合いするとしよう。
「大丈夫ですか? 時間もまだありますしそうしましょうか」
早速おっちゃんとおばちゃんに挨拶をして食堂を後にする事にした。尚、行先は下見も兼ねて川を見に行く事になり、ランタンの明かりを灯しながら夜道を並んで歩いている。
ルーミィから釘を刺されたせいか、今日は積極的に攻めてこないのが救いであるが、服装は攻めっ攻めなので少々困るけどね。
それにしても全く喋らないな……酔っているせいであろうか。でも足取りもしっかりしてるし、イリアさんは酔ってるか酔ってないのか見た目で判断出来無いんだよなぁ……。
≪≪≪
「この辺りなんか良さそうですね。川は近いし足場もしっかりしてますから」
ランタンを照らして場所を確認してイリアさんに問いかけてみる。比較的平坦な地面でコンロやテーブルを置くにはちょうど良さそうな場所である。
だがイリアさんは食堂を出てまだ一言も喋っていない。一体どうしたんだろうか……。
「カズヤ……この世界はどうだ? 好きか?」
ずっと閉ざされた口からやっと出た言葉はいつもの陽気な口調では無く、絶望の淵にでも立たされているかのような重苦しい口調であった……。




