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異世界84日目 6月23日(日) ③女神様口調は怒ってる証


 イリアさんは汗だくになった俺のTシャツを脱がせ、額には冷たいタオルを額に置き、今は手を握ってじっと俺を見てくれている。


 定期的にタオルを交換し、首元なども冷やすなどして体の冷却を行ってくれたおかげで随分と楽になった。しかしこれ、完全に介護の領域なような気がする。おっさん、申し訳無さと恥ずかしさである意味死にそうです……。


「イリアさん、その本、取ってくれ、ませんか?」


 痺れも治まってきており、なんとか喋れるようになってきた。まだ流暢に喋れるほど回復はしていないので神ブックのメモ機能を使って俺の事を伝えよう。


「私の秘密……教えます」


 その言葉に対してイリアさんは首を横に振った。はて? 聞きたく無いのであろうか? ここに至るまで謎だらけの行動だった筈だが。


「今はゆっくりしていろ……それにカズヤの秘密は知ってる。異世界から来た事、元の世界に帰る為に試練中だという事、それに期限が後、三年無いんだろ?」


 どうしてその事を知っているんだ? ルーミィが……いや、それはあり得ないとは思うが。


「サマーフェスの時、途中で抜け出してアレクと相談していただろ? そ、その……悪いとは思ったけど隠れて話を聞かせてもらった。気配は完全に消したつもりだったんだが、アレクにはバレてたみたいだけどな」


 ああ、そういう事か。アレクはイリアさんの存在を知った上であの時アドバイスをしてくれたのか。俺の背中を押すのと同時に俺を探している女性陣達を気遣って……だから女性をほったらかしにしてはいけないって言って俺を送り出したのか。

 どこまでイケメンなんだ、あの勇者様は。


 それに気付かれたとはいえ瞬時に俺を見つけ、更に気配を殺して盗み聞きって……商人さんに出来る技なんでしょうか? 実は『昔、暗殺者やってました!』とか無いですよね?


「でもな、カズヤから秘密を話そうとしてくれた事が嬉しい。なあに、世界は広いんだ。カズヤの世界に行く方法を見つけて押しかけてやるつもりだからな、覚悟しとけよ?」


 笑顔を向けられた。あの時の顔だ……あどけない子供のような笑顔。そして俺、押しかけられちゃうんだ。イリアさんが元の世界に来たら……天下取れそうな気がする。オリンピックだろうが格闘技だろうが

確実に世界チャンピオン待った無しだ。


 イリアさんの心の内を聞かせてもらい、視線が重なるとその笑顔から恍惚とした表情に変化し始め、ベッドに手をかけ体を近づかせてきた。

 その途中でその先にある行き先を捉えたのだろう、瞳を閉じて口を少し尖らせた。二人の距離はどんどん迫って行き、微かな息遣いが聞こえるまでになっている。


「カズヤ……」


 イリアさんの俺を呼ぶ声が漏れた。今度はサマーフェスの時とは違って本気の物だ。場の空気が完全に甘い物となっている。俺、動けないんですけど……熱中症の後遺症のせいなのだが……ちなみに万全の体調だったとしても動けないだろうけど。


 遂に、遂に俺はここでファーストキスを――


「イリアさん! 和也ぁぁぁぁ!!」


 甘く甘美な空間はそれはもう元気いっぱいな息遣いに一瞬にしてかき消された。艶やかに迫るイリアさんとは対照的に、女神様は近くにあったイスを振り上げながら列火の如く迫って来ている。


「しまった!? 索敵を怠っていた!」


 何? その索敵って。やっぱり暗殺者なの?


「和也ぁぁ! 園にもイベント広場にも居ないからもしかしてと思ってたら、イリアさんと何してるのっ!? は、裸だし、手も握って! そ、それに何をしようとしてたの!?」


「お、落ちつ、いて、る、みぃ」


「何!? しっかり喋りなさい!!」


 ブチ切れられた……それが出来たらこんな状況になっていませんから。とりあえずそのイスを下ろしましょう。俺、さっきまで死にかけてたんですよ?



≪≪≪



「そ、その。ごめんなさい……。で、でもイリアさん、そんなの、ず、ずるいよぉ……」


 ルーミィは先ほど振り上げていたイスに腰掛け、小さくなりながら口を尖らせている。何がずるいのだろうか……。まあ、あの状況では何を言われても仕方が無い。俺もめっちゃドキドキしたし……。


「イリアさん、おかげで大分マシになりましたし、なんとか立てそうです。ルーミィも来てくれたので後は園で休養するとしますね。あの、シーツ汚して、すみません」


「シ、シーツを汚っ!? この野獣! 変態!」


 待て、ルーミィ。俺の状態分かってるよね? 死にかけてたって何度も言ってるよね? あ、言えてないか。


「あ、あたしはカズヤさえ良ければいつでも……いいぞ……」


 頬を染めてベッドに腰かけながらシーツに『の』の字を書いて恥じらっている。これは多分演技の奴じゃない……ガチだわ……。

 ルーミィの前でそのような態度を取るのはやめませんか? 後処理が非常に困難なのですよ? マシになったとはいえ結構ギリギリの状態なので処理しきれませんから。


「でも、今日はルーミィに譲ってやるよ。あたし……今日はもう十分……うふっ♪」


 なんですかその艶やかなお顔は。火種にガソリン撒き散らすよな行為は絶対にしてはいけません。爆発しちゃいますよ?

 それと、あれはキスでは無いですからね。人命救助の為の医療措置ですから。


「寿さん、園に戻ったら全て話して頂きます。宜しいですね?」


 ルーミィから放たれた言葉には感情が一切こもっていなかった。まるで作業のように読み上げられた言葉……何、その急な女神様口調と名字呼び。久しぶりに呼ばれましたよ、名字で。


「そ、それではお世話になりました!」


 撤退だ、急いで撤退だ。ここに居る限り戦火は止まない! 一刻も早く脱出せねば!




 イリアさんの雑貨店から逃げるように、いや、実際本気で逃げて来た。また改めてお礼は伝えるとしよう。とりあえず、今は一刻も早く園に戻り体を休める事が最優先だ。

 それにしても体が重い、そして気だるい。だけどもう少しで園に着く……この坂さえ登れば……早くベッドに体を投げ出したい。


「ところでイリアさんと何をなされていたんですか? 正直に答えて下さい」


 唐突にルーミィからお仕事の時に使用される女神様口調で話しかけられた。あの、約束では園に戻ってからって言ってましたよね? 

 もう園が見えてるんだから後にしてくれませんか? でも女神様口調が直っていない。あれは確実に怒ってる、従わなければここで命を刈り取らる可能性がある。


「熱中症で倒れてしまいまして。そんな俺を介抱してくれてたんですよ」


「……それだけじゃないですよね? 何か隠していますね?」


 その口調と目のコンボは怖いです……。睨むのはやめましょう。慈愛に満ちた女神様がするものではありませんよ? ほら、笑って笑って……って言ってる場合じゃ無いな。


「えっと……神力や神ポイントの事を話しました。私がこの世界に居るのも後三年弱と言う事も」


「えっ!? そ、そうなんだ……それでイリアさんはなんて答えたの?」


 相当焦ったのか、口調が普段通りに戻っていた。確かに誰彼構わずに話す事ではないのだが、イリアさんには知っていてもらいたかったのだ。


「私の世界に乗り込んで来るとおしゃっていましたよ」


「イリアさん……」


 会話をしている内になんとか園まで辿り着けた。随分難しい顔をしていたルーミィが気になるけど、とりあえず、もう一度水分補給しておきたい。


 園に入るや一目散にキッチンに向かい、冷蔵庫からお茶を取り出し一飲みした……ああ、染み渡る。少々頭が痛いが痺れは無いし、しっかり休養すれば大丈夫であろう。


「ルーミィもしっかり水分補給して下さいね」


 二人揃って倒れてしまう訳にはいかない。ルーミィの体調も万全では無い筈だ。お茶を入れておいてあげよう。さて、俺ももう一杯飲んで――


「……シーツ。なんで汚れたの?」


 飲みかけていたお茶を噴き出しそうになった……あ、危ない危ない。ってそこでシーツの話ですか?


「あ、あれはイリアさんに熱中症に効く特効薬を作ってもらったのですが、私の症状が悪過ぎて飲めずにこぼしてしまっただけですよ」


「そう、飲めなかったんだ。でも飲めたんだんだよね? どうやって飲んだの?」


 ぐうの音も出ない程の完璧な論破に俺は観念した。洗いざらい白状した。それは命を差し出す覚悟で。

ただ、救命措置であった事は強く、強く押した。ええ、押しましたとも!


「こちらに来て下さい」


 めっちゃ怒ってる! さっきまで普通の喋り方に戻ってたのにまた女神様口調に! だがここで言うこと聞かないなどと言う選択肢は無い。


 ふふ、情けないぜ、おっさんがこんな若い子の言いなりになるとは。


 ルーミィの前に立つと可愛らしい顔で見上げながら睨まれてる……何だろう、この天国のような地獄は。

 

 ルーミィは先程入れておいたお茶を手に取り口に含んだ。そこでお茶を飲むんですね。そうですね、喉渇いてたら怒れないですものね……。


 ルーミィはコップを置くと手を振り『こっち来い』のジェスチャーをしてきた。なんでしょうか? お茶変な味しました? 昨日作ったやつだし冷蔵庫に入れておいたので傷んではないと思うのですが。

 俺の味覚がまだおかしいのかな?


 コップのお茶の様子を伺おうとした瞬間、いきなり両頬を掴まれると、小さく膨らんだ頬が近づき唇を重ならせて来た。

 その瞬間に甘い香りと共に柔らかい感触が伝わり、お茶が口の中に流れ込み、そのまま喉を通った。


「こ、これで……イリアさんとまたおあいこ。私だって……負けないんだからね……」


 顔を真っ赤にしながら指をもじもじさせている。何? この超ド級の可愛さと対抗意識は。おかげでおっさんのライフはもうゼロだよ? 実際にはマジでゼロになりかけたけど。


「も、もうっ!!」


 俺を突き飛ばし走り去って行った……いや、半死人にダメージを与えないで下さい。それって死体蹴りって言うんですよ?

 もう何が何だか分からないよ、おっさんには……。


 いろいろな事があり過ぎて身も心も限界だ。考えるのは後回しにしよう……今日はもう、寝ようかな……。


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