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異世界84日目 6月23日(日) ②熱中症にはご用心!


 気分が悪い……吐き気がする。しかも痺れているような感覚で体を動かす事が出来ない。だが意識は辛うじてあるようだ。

 いや、違うか、意識が戻ったんだろう。確か、イリアさんとお茶を飲みに行く約束して、意識が遠のいて……。


 これは恐らく熱中症だな……こうなる前にアレを作っておくべきだった。しかし今さら悔やんでも仕方無い。


 なんとか目を開いてみるとぼやけてはいるが丸い物が二つ見えた……なんだこれは? それにここは一体何処だ?


「カズヤ! 気が付いたか!?」


 イリアさんの声、だな……ダメだ起き上がれない。首をひねるが精一杯だ……近くに居るとは思うが姿が見え……うん、これは、おへそか?

 ま、まさか! 今、俺って、ひ、膝枕されてる!? さっきの丸いものはお胸ちゃんでしたか!


 全身が痺れている状況での膝枕……きっと本当は柔らかな感触なんだろうな。でも残念、それらは全く感じられません。人生初めての膝枕……感動も何もあったもんじゃない。もう血の涙が出そうだ……。

 これ以上水分を無駄にする事は出来ませんが。


「す……ま……せん」


 なんとか言葉を出そうとはしたが唇が痺れており、まともな言葉にならない。痺れた口では全くろれつが回らない上、先程から頭が割れそうなぐらい痛い。これは重度の熱中症のようだ。考えるのもだんだん億劫に……。


 意識をしっかり持たなければ……命にかかわるぞ、これは。


「あたしのせいで……すまない、カズヤぁ……」


 こうなったら奥の手を出すしか無い。命の危機が迫ってるこの状況だ、止むを得ない。


「こし……ほ……と……さ……い」


 意識が飛びそうになるのを必死の堪えて言葉を投げかけた。まともな言葉になっていないが……伝わってくれ!


「腰の本!? これのことか!? ちょっと待ってろ!」


 ゆっくりと俺の頭を膝から下ろし、腰のホルスターから神ブックを取り出そうとしてくれているようだ。どうやらここは屋外ではなさそうだ、多分イリアさんの家であろう。ところで俺はどうやってここに運ばれたんだ? 

 ……きっとイリアさんにお姫様抱っこでもされたのかな? イリアさんパワーあるからおっさん一人ぐらい余裕で担げちゃうでしょうね。


 それにしても俺の言葉、良く解りましたね、流石はルーミィの泥酔状態の言葉を聞き取れるだけあります。


「この本をどうすればいいんだ!?」


「も……た……て」


「ああ、分った! 持たせればいいんだな!」


 正直触れている感覚は無い。だがイリアさんは確かに俺の手に神ブックを持たせてくれているのは辛うじて視界で確認出来た。


 それにしても翻訳能力が素晴らしいです……。これほどスムーズに行くとは思っていませんでしたよ。


 さて、神力を使うには神ブックに触れていないと発動出来ない。しかし、神ブックの制限で病に関する物、症状に関する物の回復行為は使えない。その点からも熱中症はグレーゾーンであり、症状の回復が出来るかは正直怪しい。

 そこで神力は使わないで神ブックの能力を使い、あのレシピを伝えて特効薬を作って貰おうかと思っている。


 神ブックのレシピページをイメージ……よし、あとは開ければレシピが出る。


「ほ……あ……て」


「分った、開けばいいんだな!」


 ほんとなんで分かるんでしょうか。助かりますが……。しかもこんな謎行動に疑う素振りや不信感も見せずに付き合ってくれてありがとうございます。


「文字が浮き出た!? なんだ……スライム……経口……補水液?」



 ――スライム経口補水液――


 材料

 水500ml、塩、砂糖、スライム一匹


 調理方法

 ①スライムをスライスして水、塩、砂糖と一

 緒に煮詰める。この際、塩は一つまみ程度、

 砂糖は塩の十倍入れる。

 ②十分煮詰まったら容器に入れ冷やす。



 これは夏本番に備え、園児達やルーミィの熱中症対策用飲料として考えていたものだ。しかし、まさか自分が最初に飲む事になろうとは……。


「これを作ればいいんだな! まってろ、すぐ作ってくるからな!」


 それほど難しい料理では無い。しかもイリアさんが作りやすいように今回は正確な分量も付け足してイメージしてレシピに乗せておいた。


 おそらく、スライムを利用する事によって従来の物より少しとろみが出るはずだ。もともと経口補水液は一気飲みするものではないし、ゆっくり摂取した方が良いかと思いスライムを使ってみた。


 この世界にも水やお茶、コーヒーなどは存在しているが、それらの摂取は逆効果だ。水は大量には飲めないし、利尿効果を促進してしまうものもある。体への塩分や糖分吸収率を考えると経口補水液、これが一番の筈だ。


 神力を使って元の世界にあるものを具現化させる事も考えたが、いかんせんこの状態だ。うまく神力を扱えるかも分からないし、不発してしまえば無駄な神ポイントを消費してしまう。


 この手は正直使いたく無かった。しかし使った以上、イリアさんにも伝えないといけない、俺の秘密を。


 まさか、アレクと相談した時の『その時期』がこんなに早く訪れようとは……。しかし、アレクのおかげで迷いは無い。包み隠さず全てを話そう……。


 ちょっといろいろ考え過ぎて疲れた……少し眠ろう……かな……。




「おい! 起きろ! おい! カズヤ!」


 イリアさんの痛烈な叫び声で意識が戻った。危うく次の異世界に旅立ってしまう所であった。気力を振り絞り目を開けてみた……相変わらずぼやけてるけどなんとか見える……ただ、さっきより感覚が鈍い。これはいよいよ末期だぞ……。


「良かった! ほら飲んでくれ!」


 スプーンで口元にスライム経口補水液を運んでくれたのだが、口が痺れて開けれず、そのまま頬を伝いシーツに流れ落ちてしまった。


 ……シーツ、汚してごめんなさい。でも口が開かないんですぅ……。


 先ほどから新たな症状として全身の毛穴から汗が噴き出ているように感じる……もううめき声すら出せる気がしない。目を開けているのが辛くなって来た、気を抜くと閉じてしまいそうだ。それに意識も……。


「カズヤ、飲んでくれ! お願いだからっ! 目を閉じるんじゃない!」


 イリアさんは何度も口元に運んでくれるものの、折角の補水液は頬を伝いそのままシーツへと流れ落ちるだけであった。


 自分の意思で口が開けれない……まさか異世界で熱中症で命を失う事になるとは。いや、これは元の世界でも起こり得ている現象だ。別に不思議な事では無い。


 遂に気力が尽き、目が閉じる瞬間にイリアさんの声が聞こえた。


「カズヤぁ!!」


 ……口の中に水分が? の、飲み込まないと……ああ、体全身に染み渡って行くのを感じる。あ、また入ってきた……。




 その後も何度も口の中に水分が補給され続けており、飲み込む動作を繰り返して行く内に体が少し楽になってきた。ゆっくりと目を開けてみると、イリアさんの唇が近づきそのまま俺の唇に触れると次の瞬間に口の中に潤いが溢れた。


 これは……口移し!? いや、その!? マジか!? テンパちゃう、おっさんもう何がどうなってるのか分からないよ!?


「んんやっ!」


 補水液を口に含んでいるので喋れないみたいだけど涙を流し、そのまま口移しをしながら抱きしめてくれた。まあ、感覚はまだ戻っていないのでなんか触れられてるぐらいにしか感じないのだが。

 きっとお胸ちゃんも俺にクラッシュして居る筈なのに、何ひとつ柔らかさを感じ取れない。しかし情けないファーストキスだ。風情も何もあったもんじゃない。


 くそっ! ファーストキスはレモンの味だぁ!? 経口補水液の味だよっ! 砂糖と塩の味だよ!

 柔らかい唇の感触? 何も感じ無かったよ! なんか当たってるだけの感触だよ!

 抱きしめる? 抱きしめられたよ! 更におっさん、多分お姫様抱っこで運ばれてたよっ!


 お、落ち着け俺。そうだ、これは人命救助だ。医療行為だ。俺のファーストキスはまだ健在だ! 


 ってどうして女性が考えるような事をおっさんが真剣に悩んでいるのだろうか……この状況で我ながらおバカさんだと思う。

 とりあえず……助かったぁ。ありがとうございます、イリアさん……。

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