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異世界51日目 5月21日(火) ④おっさん、ホームシックになる


 キッチンに向い、盛りつけられた氷を取り除いてあらかじめ仕込んであった鍋に残りのそうめんを入れて一煮立ちさせた。今日は肌寒いので流石に完食出来ないだろうと思い、暖かい料理をちゃんと用意しておいた。


 鍋の中に仕込んであったのは出汁が香る味噌汁である。優しく、そして懐かしい匂いが漂ってきたので早々に椀に移し替えてキッチンを後にした。

 味見はしているがまだじっくりとは味わっていない。異世界に来て恋い焦がれた待望の味噌汁である……俺もこの料理は楽しみで仕方が無い。早く持って行こ~っと!




「お待ちどうさま、さあ、召し上がって下さい」


 ルーミィさんの前に先ほどの椀を置いた。ほんのり上がる湯気に白い麺が覗く優しい香りの汁物……具は先程のそうめんであり、にゅう麺にしてみた。

 ああ、味噌汁……遂に待ち焦がれた味が堪能出来る。

 

 とはいってもまずはルーミィさんの感想を聞かねばならばい。主にパン食のこの世界ではひょっとしたら口に合わない可能性もある。

 ところで神界の食文化ってパン食なんだろうか……でも少なくとも味噌汁は無いだろうな。


 ルーミィさんが満面の笑みでにゅう麺を一口含むと表情が変わった。がっついた感じからまるで憑き物が落ちたかのように安らぎの表情を見せた。

 飲み込見終わると『ふうっ……』と安堵感に包まれた、とても優しい言葉がこぼれた。


「なんだろう……すごく安心する味。体も心も温まるね」


 いつもの『美味しい~!』というハイテンションでは無く、しんみりと伝えられた。だが、その味に十分満足しているのは微笑むその表情が全てを物語っている。

 両手で椀を持って味噌汁を飲む女神様……なかなかレアな構図ではあるな。

 

「私が住んでいた国では大概の家庭で作られているものです。郷土料理みたいなものですね」


 そう言って俺も味噌汁を口に含んだ。


 我ながらいい出来だ。味噌の芳醇な香りの中にも昆布やかつおの出汁が活きている。やっぱ味噌汁は最高だな。

 ――なんだ? この感じは。この急に心が締め付けられるような感覚は……。


 そういえば元の世界はどうなっているのだろうか。あれからかなりの時間が経ったよな……弟よ、結婚式に出席出来ず申し訳無い……後、会社の方も大事になっているに違いない。

 いろんな人に迷惑かかってるだろうな、それに心配もかけてしまっている事は間違いない。早く元の世界に帰らないとな……でもその時まで俺の居場所あるかな? 


 しかしどうしてまた急に……そうか、味噌汁を飲んだせいかも知れないな。ちょっといろいろ思い出してしまった。


 うん? ルーミィさんがこちらを見てる? 驚いたような顔をしているが……おっさんの顔にそうめんか何か付いているのかな? 


 何気なく服の袖で顔をこすって見ると袖口が濡れている事に気付いた……って! 本当に付いてるじゃん! しかも水!? いや涙か!? 無意識に泣いてたのか!?

 きもい! 俺が俺を見てきもいと思う!


 うわぁっ! めっちゃ恥ずかしいぞ!? いい年したおっさんがホームシック、じゃないこの場合ワールドシックとでも言うのか? もう穴があったら入りたい! 誰か穴を! プリーズホール!!

 もう切なさと恥ずかしさのWパンチだ! と、とりあえず涙を拭って――


 頬の涙を改めて袖で拭おうとしたと同時に、ルーミィさんが立ち上がり、そのまま俺の席の後ろに回り込んできた。

 ルーミィさんの動きに理解が追い付かないままフリーズしていると、まるで包み込むように肩を優しく抱いてくれた。


「大丈夫だよ……一緒に頑張ろ……私が居るから」


 その一言が耳に届いたと同時に訪れた安堵感、それが一気に感情を書き換えてくれた。不安に押し潰されそうな恐怖感や焦りは消え去り、思わず頬が緩むほどの心地良さが舞い込んだ。


 すごい、これが女神様の力か……。癒しの効果が桁違いだ。こんな人を今まで怒らせてしまっていたなんて……今すぐにでも土下座して謝りたいぐらいだ。

 ほとんどが不可抗力によるものだけどさ……。


 そして俺も認識を改めざるを得ない。今まで心の中で理不尽の神と思っていた事を深くお詫びいたします。貴女は慈愛に満ち溢れた愛の女神様です。


 ルーミィさんのおかげで心のモヤは完全に晴れた。そう、俺は死んだ訳じゃないし、元の世界に帰る為に今を頑張ってる。そしてこの異世界で学んだ知識は元の世界に帰った時も必ず活きる!

 再就職は確定だが、日本にはモンスターは存在しないし、制限時間で消滅するようなデスゲームも無い。科学も遙かに進歩しているし、便利さはこちらの世界の比じゃない。


 なんだ、よくよく考えるとヌルゲーじゃないか、元の世界って。なんとかなる気しかしない。


 ちなみに今も尚ルーミィさんには抱きつかれたままである。ほんのり暖かくていい匂いがする。だが、この心地良さをずっと味わっていたがそうもいかない。

 いい加減、恥ずかしくなってきたのだよ……おっさんは。


「あ、あの。ありがとうございます。もう大丈夫ですので」


「うん……」


 そっと手を離しルーミィさんは自分の席に戻った。しかし表情から察するに明らかにまだ心配している様子だ。早くこの空気をなんとかせねば。


「さ、さあ。にゅう麺が冷めない内にいただきましょう!」


 とりあえず食事に逃げよう。しかし年下? の美少女に心配をかけてしまった……。


 俺の異世界生活はまだ始まったばかりだ。この先も苦難はあるだろうが絶対10000ポイント貯めてみせる! 消滅なんてしてたまるか!

 そして俺が試練を達成しないとルーミィさんの再研修も不合格となりかねない。受けた恩はしっかりと恩は返さねば!


 決意を新たに心に刻み、にゅう麺を一気に飲み込んだ。


 と、その直後、気管に入ってしまい盛大にむせて味噌汁と麺を卓上にまき散らし、ルーミィさんにこっぴどく怒られた……。

 締まらないなぁ……。



≪≪≪



 夕食の片付けも終わり、今は自室のベッドに転がりながら特に何をするでもなく神ブックの真っ白なページを眺めている。


 神ポイントの確認は先ほど終わらしておいた。レインコートと長靴のセットで30ポイント、二人分で60ポイントの支出だったが天使を二人も生み出せたのだ。惜しくは無い。


 しかし、さっきは焦った。結局、にゅう麺噴出事件であの空気は解消されたが、それでもちょっと照れくさくて今日は自室で神ポイントの確認をした訳なのだが、さっきのあの感覚……アメリアちゃんやソフィちゃんにも十分癒されるがルーミィさんのそれはまた違っていた。

 言葉では到底表現出来ない感覚で、まるで全てを包み込むような寛大さみたなものがあった。


 女神様の慈愛の力って本当に素晴らし……うん? 待てよ。さっきは考える余裕など無かったが、ルーミィさんの神力は俺が持ってるし、本人もただのか弱い女の子って言ってたぞ?

 本人も言っていたが特殊な能力も一切使えない筈……となるとさっきのは純粋な母性によるものか? おっさん相手に本気で心配してくれて抱きしめてくれたのか?


 いやいや、俺が試練失敗する事により再研修も不合格となるからそれを回避する為に……しかしそんな気持ちを持っていてあのぬくもりを出せるだろうか。


 いろいろな思いが交差していたが、手に持っていた神ブックを閉じ、枕元に置いた。


「よし、分からん! もう寝よう!」

 

 考えるのを放棄してみた。それにしてもこっぱずかしい一日だったな……おやすみぃ~……。


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