異世界275日目 12月31日(火) ③再研修が終わったら?
「うぷっ……た、食べ過ぎたかも……」
ルーミィがソファーにもたれて気分を悪そうにしている。そして『かも』ではないです。完全に食べ過ぎです。お餅はお腹が膨れますからね。
そんなリビングのテーブルには少し小さめの鏡餅が飾られている。本当はもっと大きな物が出来る筈だったのだが……理由は女神様の食欲のせいである。
「さて、それでは私はおせち料理の仕上げをしてきますね」
「ああ、その間に何かしておく事はないか?」
イリアさんには以前に大晦日とお正月の話をしたところ、その場で簡単に店を休みして泊まりに来ると決め、今に至っている。
村の雑貨屋さんはさくら保育園のせいで最近定休日が不規則になっている……その内クレームとかが来ないか心配……いや、イリアさんに物申す人はいないか。
だが正直この申し出は助かる。師走はネコの手も借りたいぐらい忙しいからね。
「そうですね、少しイチゴハウスの薪が減ってきましたので補充しておきたいところですかね」
毎日と言っていい程降り続く雪のせいでイチゴハウスは連日ストーブを付けている。少々読みが甘く、薪の消費が思った以上に激しかったのだ。
まあ、おかげでイチゴさんはすくすくと育ってくれているのだが。
「任せときな、レインも手伝ってくれるか?」
「はい、お任せ下さい」
「気を付けて下さいね、お風呂沸かしておきますので」
いやあ、雪の積もるこの時期に薪の補充が出来るのは大きい。それにあの二人なら心配もいらないもんな。仮に熊が出てきてもなんとかしそうだし。
≪≪≪
「栗きんとんに佃煮を添えてっと。おっと雑煮の方は……うん、いい出汁が出てるな! さて、なますの方もしっかり漬かってしんなりしてきたし、後は伊達巻と黒豆を用意してと」
独身のおっさんは毎年おせちを自作して楽しんでいた過去がある。手間はかかるが、三が日をおせち三昧にする為ならこの苦労は辞さない覚悟だ。
そんな事を繰り返したおかげで、今や立派なものが作れるようになった。だが今年は一人おせちでは無い。楽しく過ごせそうだ。
「和也~」
ルーミィがキッチンへとやって来た。どうしたのだろうか、お腹はお餅で膨れている筈だが。
「うわぁ、凄いね! お料理がいっぱい!」
「ダメですよ、つまみ食いしては。うん、いい味です」
なますを口に入れ、酢加減を確かめた。俺は味見という名のつまみ食いが許されている。これは料理を作る者の特権である。
「むう、和也は食べてるじゃん! でもね、つまみ食いしに来た訳じゃないの……」
ルーミィが食の事以外でキッチンに? そうか、明日は猛吹雪になるのか……。
「どうしましたか?」
「あ……う、うん。や、やっぱりいいや!」
それって絶対に気になるやつじゃないですか。射幸心を煽っちゃダメですよ? それ、元の世界では大問題になってるやつですから。まあ、課金とか一切関係が無いのだが。
「ちゃんと言って下さい。気になって料理が捗りません。おせちが食べれなくても構わない――」
言葉を途中で切った。ルーミィの茶色の瞳が潤んでいるように見えたからだ。ふざけるのはやめておこう。
「お話、お願い出来ますか?」
真剣に問い直した。するとその小さな口がそっと開いた。
「この前のクリスマスの時、再研修の事聞いて来たよね? その……カズヤがどう思っているのかなって」
再研修……ルーミィとは試練の成功、失敗に関わらず別れる事となる。これは何度も考えた事だ。そして答えは決まっている。俺は自分を隠すのは辞めたんだ。
「寂しいです。出来る事ならずっとここに居て欲しいです」
真っすぐに伝えた。ルーミィが少し震え、瞳の端には涙が溜まり始めていた。
「で、でもね、私は女神だし、それに和也にはレインやイリアさんみたいな魅力的な女性が――」
「再研修が終わったらもう会えないんですか?」
これは俺が一番気になっていた事だ。ここまで俺と一緒にさくら保育園を作り、そしてこれからもお世話になる存在。そんな人と会えなくなるのは考えたくも無い。
「……もう! ちゃんと会いに来るよ! 上司にお願いして! 何か弱みを握ってでも、脅してでも無理やりこの世界に転移して来るから! 今度は無期限で! だから和也も必ず試練を達成するんだよ!? じゃないと――」
「天罰ですもんね。もちろん、消滅しては元も子もありませんからね。頑張りますよ。それに無期限ですか……ますますやる気が出てきましたよ。これからも宜しくお願いしますね」
「う、うむ、宜しい! お願いされてあげよう!」
女神様が上から目線で答えてくれた。でもなんだろう、ちっとも嫌な気分にならない。
そっか、ルーミィも残ってくれるのかぁ……あ、これって自分の首を締めたよな。ますます試練達成後の最後の試練のハードルが上がってしまったじゃないか。
……でも正直嬉しい。もう会えなくなる存在と思っていたから。この感情ってやっぱルーミィの事好きなのかなぁ。でも相手は女神様だし……。
ああ、ギャルゲーの主人公ってこんな気持ちなのかぁ……誰を選べばいいのか俺には判断出来無いよぉ。
……今度、アレクに相談しよう! 消滅を回避する事ばかりに目線が行ってその先がノープラン過ぎる。
「なんか私、嬉しくなっちゃった……ねえ、少しだけ、くっついてもいい?」
おっと、女神様、それは完全に正座フラグです。しかも屋外でしないといけない程の厳しいやつですよ?
「そ、それはまずいですよ! イリアさんとレインもそろそろ帰って来そうですし……」
「お願い……少しでいいから……」
はう! おっさんは美少女からお願いされる事など今まで無かった訳でそういったものには滅法弱い。しかもまたウルウルしてるし……。
「ちょ、ちょっとだけですからね!」
「うん……」
腰に手を回して顔を埋めて来た……うう、恥ずかしいな。でも俺だっていつまでも恋愛レベル1のおっさんでは無い! 度重なる女性陣のプッシュを食らい続け、レベル2になったんだ! いつまでも棒立ちではないぞ!
そっとルーミィの頭に手を乗せた。すると更に体重を預けてきたのが伝わった。その顔はとても心地良さそうな顔をしており、見ている方も同じ気持ちになってくる。
だが、これがレベル2の限界だ! もう超恥ずかしいんですけどぉ!?
「さあ、二人が帰ってきますよ、そろそろ離れ――」
「ふう、寒いな~。薪は置いて来たぞ~」
「カズヤ様、ただいま戻りました~! あれ、いらっしゃいませんね? キッチンでしょうか」
まずい! 帰って来た!? な、なんとか誤魔化さないと! そう思った直後、ルーミィは急いで目の前のなますを口に含んだ。
な、成程! その作戦ですね!? 自分の特徴を良く把握してますね女神様!
「このなます、美味しい~!」
「こ、こら! つまみ食いはいけませんよ!」
「あ、ルーミィ様、お行儀が悪いですよ!」
「あんなに餅喰ってたのにまだ食べるのか? 本当に良く食うな」
なんとかルーミィの機転で事無きを得た。危ない所であった……しかし何気にルーミィが怖い事言っていたな、上司さんの弱みを握るとか言ってたが。
もう少し穏便に出来ないものだろうか……ちょっと上司さんが不憫ではある……。




